第15話 『再びの空へ』(執筆者:金城暁大)

「ヒャッホー!」


 トウラは、ルノーの後ろにけん引された小型機の複座ではしゃいでいた。


ドラゴンになって飛ぶのもいいけど、この飛行機ってのもスリルがあっていいなぁ!」


「騒ぐなトウラ! 墜落したらどうする!」


「大丈夫だって! そしたら俺が助けてやるよ! 風が気持ちいいー! 空が近いー!」


 はしゃぐトウラを他所に、シオン達3人ははらはらしながら飛行を続けていた。


 シェロの言っていた通り、離陸は問題なくできた。


 確かに、多少離陸が滑走路ぎりぎりで危なかった所はあったが、そこを除けば特に問題はなかった。


「ね、言ったでしょ? 私を信じてって。」


「そうだね……。でもシェロがどんなに上手くても、僕はやっぱりこの飛行機は少し怖いよ。」


 その言葉通り、シオンはルノーの複座で鳥肌をたてながら縁にしがみついていた


 シオン達を乗せた飛行機は、既にルイドの町を囲む山々を過ぎ去り、広大な草原地帯の上を飛んでいた。


 その草原の上で、羊飼いが羊に牧草を喰わせているのが見える。


 やがて、草原の向こうから田園が姿を現した。田園を分けるように、陽の光を反射する水路が規則的に引かれている。


 その田園の上を撫でるように、飛行機は飛んでいく。たまに何人かの農夫が、田植えだろうか、脇に籠を抱えたまま頭上を飛び去る飛行機に手を振っていた。


「もうすぐでシャールに着くわ。」


 シェロは操縦桿を握る方とは逆の手で、ルノワールから聞いていたシャールの場所が示された地図を確認した。その地図で示された通り、進むにつれ、眼下に人が増えていく。


「この辺で良いわね。着陸するわよ!」


 シェロは、丁度自分達の進行方向に伸びる一本の道を狙い速度を落とした。


 今度は昨日のような派手な着陸はできない。シェロはそう思いながら、慎重に操縦桿を下げた。


 地面が段々と近づいてくる。


「うわわわわわ……」


 シオンの複座を縁を握る手に力が入る。


 話には聞いている。今回のように後ろにけん引している物がある場合、離陸はもちろんのこと、着陸が最も難しいという事を。


 それは後ろの二人も知っている。彼らも状況が呑み込めたようで、特にトウラに関しては表情が一変している。


「シェロ! 本当に大丈夫なんだろうな!」


シュートの大声にシェロが振り返らずに返す。


「大丈夫よ! しっかり掴まってなさい!」

「その台詞、信じるからな!」

「大丈夫、俺はドラゴン、俺はドラゴン……」


 シュートの後ろで、トウラはまるで呪文のようにぶつぶつと自己暗示をかけていた。


 やがて、2機の飛行機は地表と触れるか否かという距離まで近づいた。


 だんだんと、その距離が縮まっていく。


 徐々に……徐々に……そして、


 ズン!


 機体に大きな衝撃がおきた。


 シオンはその瞬間、目を瞑り、死を覚悟した。


 だが、痛みはない。


 ゆっくりと目を開けると、機体は田園に挟まれた道をゆっくりと滑っている。


「着陸成功よ!」


 シェロのその声に、3人は胸を撫で下ろした。


「良かった、助かった……。」


 シオンは後ろの2人を見ると、彼らは呆然と中空を見つめていた。


 やがて飛行機が停止すると、シェロは何事も無かったかのように操縦席から颯爽と飛び降りた。


「さぁ、シャール村に行くわよ。」


 だが、他の3人は全く微動だにしない。


「どうしたのよみんな? 村はすぐそこよ?」

「いや、ちょっと……。」

「え?」

「腰が……抜けて……」

「俺も……」

「俺は……違うけど……うっぶっ!オエロエロロロロロエエエ――」


 トウラの吐き出した液体は、陽の光を取り込み小さな虹を描いた。




 ◆ ◆ ◆




 シャール村に着いた一行は、早速オウルニムスに聞いた教会を探した。


「確か、レッド・マウンテンズを崇める教団の教会なんだよね?」


「ええ、彼はそう言っていたわ。」


 すると、その会話に横を通り過ぎた村人が反応した。


「あんたがたも、教会に御布施かい?」


「お布施?」


「ええ、そうです。」


 首を傾げるシオンに革ってシェロが対応した。


「だったらこの道をまっすぐ行くといい。広場を少し挟んで少し大きな教会が見えてくる。この村に教会は、そこの一つしか無いからすぐにわかるさ。」


「メルシー。行ってみるわ。」


 すると村人は、シオン達を物珍しそうな目で見た。


「見た所、あんた方は冒険者のようだが、旅の安全の祈願かい?」


「そうよ。何分、旅をしていると危険が多いからね。」


「本当にそうだよな。近頃は転生者が至る所で悪さをしているから、まったくおちおち旅行にも行けないよ。あんた方も、くれぐれも転生者には気を付けろよ?」


「メルシー。そのご忠告、ありがたく受け取っておくわ。」


 村人はシェロ達に別れを告げると、自分たちとは反対方向に向かって去って行った。


「ここでも俺は厄介者扱いって訳か。」


 シュートはシェロに頷く。


「ここだけじゃないでしょう。今は世界の至る所で貴方達は嫌われているわ。」


「そりゃ嬉しいね。」


「ともかく行きましょう。この先にあるって言っていたわね。」



 


 ◆ ◆ ◆





 教会はすぐに見つかった。村人の言っていた通り、あのまま道を真っ直ぐに進めば目の前に現れた。


 ルネサンス様式の中々大層な教会だ。


 教会の尖塔の先には、洋紅色の魔鉱石を掲げる銅像が建っている。


 あれは誰だろうか。


「中に入りましょう。」


 シェロの言葉に、一同は教会の中に入った。


 教会の中はとても物静かだった。礼拝堂には数人いるが、皆熱心に祈りを捧げており、声高に話をするものは誰一人としていない。せいぜい信者から呟かれている祈りの言葉が聞こえるだけだ。


 天井はドームになっており、ステンドグラスの採光窓からは荘厳な光が礼拝堂の中を照らしていた。


 ドームの内側に描かれているのは絵だ。あれは何の絵だろう? 多くの人が、何か光るものを掴もうと互いに押しのけ合いながら必死の形相で争っている。その足元には、刺又を掲げた黒い人が、彼らを追い立てている。


 あの絵にはきっと、物語があるに違いない。


 一行は礼拝堂の奥にある祭壇の前まで歩いて行った。


「凄い……。」


 シオンはそれを前にして思わず呟いた。


 祭壇は抱える程の、尖塔にあった物と同じ色の魔鉱石が燭台に囲まれておかれている。だがシオンの目を奪ったのはそれではない。


 その背後の上部、


 そこには巨大な金の山のイコンがあった。全体がくまなく金で作られた山は、初見のシオンにもそれが何の山かわかった。


「これが、レッド・マウンテンズなんだね。」


 シェロが返答しようとしたその時だった。


「はい。その通りです。」


 一同の背後から、穏やかな声がした。


「この金の山こそ、この世界の人々が何よりも崇めている聖なる山です。この山が火を噴く時、世界には災厄がもたらされ、人という人は死を迎えるとされております。それこそ、神が人の罪を裁くための贖罪だと伝えられています。」


 突然饒舌に説明する女性に、シオンは困惑した。見た所ここのシスターだろうか。黒い礼服で頭から足先まで身を包んでいる。


「貴方がここの管理者ですか?」


「いいえ、私はここのシスターに過ぎません。司教様は別にいます。ここに来るのは初めてですか?」

 そのシスターの問いに戸惑うシオンの代わりに、シェロが答えた。


「ええ、そうです。私たちは冒険者なのですが、旅の安全を祈る為にここに来たのです。ここは非常にご加護があると伺って。」


「それはよろしい事です。ここでの祈りは聖山へ必ず届きます。それが、人々の救いになるのです。」


 するとシスターは、祭壇の横の台の上に置かれた器を指し示した。


「ここにお布施をすれば、皆様の願いはより一層強く叶えられます。僅かでもよいのですが、お布施は多ければ多いほど、聖山からの加護があります。」


 そのシスターの後ろめたさのない振る舞いに、シュートとトウラは目を細めた。


「お布施とやらはいくらかなら良いんだ?」


「200アイロです。」


 その金額に、シュートは舌打ちをした。


「ここに集まる信者は月にどのくらいだ?」


「そうですね……大体3000人程でしょうか?」


「それはこの村だけじゃないな。外部からも信者を集めているだろう。」


「そうですね。ここのような規模の教会は、この周辺の村には無いものですから。中には教会が無い村も多くありますね。」


 それを聞くと、シュートは鼻で笑った。


「200アイロか。それだけ聞くとそうでもない額だが、ここに来る人数を考えると大層な額になるな。」


 すると、シスターは悪びれもせずに手を合わせて微笑んだ。


「ええ、そうなんです。皆様とても熱心で、ここの運営資金は大変潤っております。」


 すると今度はトウラが尋ねた。


「その協会の運営資金、本当に全部が教会の運営に下りているんですか?」


「勿論です。教会の維持にはお金がかかりますからね。全部、余すところなく使わせていただいてますよ。」


 その時だった。


「シスターセリア、何をしているのです?」


 セリアと呼ばれたシスターの後ろから、彼女と同様に黒い礼服に身を包んだ老人が現れた。


「これは司教様、今丁度、冒険者の方々に教えを説いていた所です。」


「下がりなさい。貴方は奥で昼食の準備を。」


「はい。」


 司教の言葉に、シスターセリアは礼拝堂の裏手の部屋に姿を消した。


「これは彼女が飛んだご無礼を。どうかお許しください旅の方、彼女はまだ修道中のみでして。」


「貴方がここの司教さんですね?」


 シオンの言葉に、老人は頷いた。


「はい。私がこの教会の司教を務める、ヨハネス・アリディアーナです。」


 司教が頭を下げると、つられて4人も頭を下げた。


 ヨハネス司教は頭を上げると、険しい表情を見せて言った。


「あなた方はここに祈りに来たのではないですね? 目的は何です?」


 するとシュートが前に出て問いかけた。


「ここに、ノア・ルクスという人物がいるはずだ。」


 だが、司教は首を傾げた。


「はて? その様な人物はここにはおりませんが。」


 するとシュ-トは、ヨハネスの耳元で囁くように言った。


「ノアとやらが転生者なのは知っている。俺達は大賢人オウルニムスに教えられここに来た。俺達もノアと同じ転生者だ。ノアに助けて欲しい事がある。」


 するとヨハネスは一瞬驚いた表情を見せたが、何かを思いついたかのように落ち着きを取り戻した。


「わかりました。ですがここは礼拝堂です。他に何も知らない信者の方々もおります。どうぞ奥へ。」


 そう言って、ヨハネス司教はシスターセリアの入って行った扉を案内した。





 ◆ ◆ ◆




「さて、ノアに何用です?」


 司教室に招かれた一同は、各々椅子に座ったり、壁に寄りかかったりしていた。


 自然と一行の代表者になっているシェロが司教と向かい合った。


「実は早急にノア・ルクスに頼みたいことがありまして――」



 *  *  *



 シェロが一通り事情を話すと、司教は手を組んで考え込んだ。


「成る程、聖獣の魔素を……それは確かに常人では扱いきれぬものですね。」


「ですから、ぜひノア・ルクスのお力をと思いまして。聞けば彼は人ではないそうですね。」


「ええ、私も彼から彼の素性については聞いています。確かに大賢人の理屈では、ノアは竜≪ドラゴン≫の魔素を取り込め、使えるでしょう。ですが彼は……。」


 するとその時、部屋のドアが開いた。


「話は聞かせてもらった。」


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