第14話 『別れの朝』(執筆者:金城暁大)
翌朝。
一行は宿を出ると、オウルニムスに礼を言った。
「本当に貴重なお話、ありがとうございました」
「いやいや。あれしきの事しか出来なんだ。それに、食事と宿を与えて下さった御礼じゃよ」
「そうは言っても、私達にあんなに重要な事を教えてもらって……」
シェロの言葉に、他の3人も同意した。
「そうですよ。あの話でどれだけ僕達が救われたと思うんですか」
「本当にな。まさに大賢人の名に相応しい力も、見せて貰ったしな」
「ああ。俺の命も救って貰ったしな」
彼らの言葉を聞き、オウルニムスは満面の笑みを浮かべた。
「ホッホッホ。喜んで頂けて何よりじゃのう」
すると、シェロが腰のポーチから何かを取り出した。
「これは御礼よ。あなたに受け取ってほしいの」
「……なんと! とんでもない! こんなものは受け取れんのう」
シェロが取り出したのは、数枚の金貨だ。
「そんな事言わないで。これがあれば、もう数か月の寝泊りと食事代は何とかなるはずよ」
「それは有り難いのじゃがのう。じゃが、このお金はお主が持っていなさい。近いうちにこのお金が必要になる時が来る」
「そうは言っても……」
シェロの他に3人も同意した。
「儂を信じなさい。なぁに、儂は大丈夫じゃ。
大賢人の名前は伊達ではない。こう見えて、いくつもの苦難を乗り越えてきた身じゃ。多少の無理は効く」
その台詞にシュートが笑った。
「あんなに宿主に泣き付いていた奴がよく言うぜ」
「あれも叡智のなせる技じゃ。あれくらいの演技をせぬと、泊めてくれぬでの」
「叡智ね。ハハハ、違いねぇ!」
一行が高らかに笑い合った。
やがて、東の空に見えるレッド・マウンテンズの峰から、朝日が昇り、。暖かな光が5人を照らした。
「では、ここでお別れじゃのう」
「ありがとうございます。オウルニムスさん」
「早く妹に会えると良いの。シオン君」
「ええ」
シオンとオウルニムスは握手を交わした。
「メルシー。本当にありがとう」
「お主は本当に綺麗なお方じゃ。見た目だけでなく、心も美しい。きっと良い伴侶になるでの」
「……褒めても何も出ないわよ?」
「いやいやお世辞などではないよ」
オウルニムスは、シェロが頬をほのかに赤くしたのを見て微笑むと、シュートとトウラに向いた。
「また会えたら、今度はそっちが奢って貰うからな」
「そうじゃのう。――そう言えば、宿主に渡したあの宝石は、お主が賊から調達した物じゃったかのう。確かに、はした金ではないのう」
「おぉ、それもお見通しだったか」
「ホッホッホ。知らぬが花、という言葉もあるでの」
「でも、俺は知って花ですね。命が助かる方法を教えてくれて、ありがとうございます。オウルニムスさん」
「うむ。ノア・ルクスが快く気を許すことを願うぞ」
「上手く口説いてみせますよ。こう見えても俺、こいつよりモテるんです」
「ホッホッホ。確かにのう」
「何さりげなく馬鹿にしてるんだよ」
「本当の事だろう? ほらオウルニムスさんだって」
「ホッホッホ。大丈夫じゃよ。2人とも男前じゃ」
「本当か? フフフ」
「そうですか? エヘヘ」
2人はオウルニムスの言葉の余韻に、顔を緩ませた。
そんな2人を見て、シオンとシェロは溜息を吐くのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
オウルニムスに別れを告げ、彼が町の外に行く道の向こうに姿を消すのを見届けると、一行は険しい表情になった。
「ここから大変だね」
「そうねシオン。楽な道では無いわ。でも安心して。私が全力でサポートするわ」
「俺もだシオン。俺がお前を守ってやる」
「ああ。俺達はもう仲間だ」
「そうですね」
するとシオンは3人に向き直り、頭を下げた。
「改めて、よろしくお願いします」
そんなシオンの律儀さに、3人は微笑を浮かべ、了承した。
「こちらこそよ、シオン」
「ああ。よろしくな」
「俺を兄貴と思って良いからな! シオン」
既に朝日は昇り、頭上には快晴の空が広がっていた。
その空を見て、シェロは両手を空に向けて背伸びをした。
「うーん! 新たな旅立ちにはもってこいの空じゃ無い? 良い気分で飛べそうだわ」
そこまで言って、シェロはある事に気付いた。
「そう言えば、シャールまで遠いのかしら。
もし、飛行機で行く様なら、全員は乗せられ無いわね」
するとトウラが胸を張った。
「それについては問題ないさ。俺が竜化して、シュートを乗せて飛べば良い」
しかし、他の3人はそれに怪訝な様子を見せた。
「お前忘れたのか? 竜化の力を使えば、死が早まるって爺さんが言っていただろ」
「そうですよ。トウラさんの体は今凄く危険なんですから、力を使っちゃ駄目ですよ」
だが、トウラはヒラヒラと手の平を顔の前で泳がせて笑った。
「平気平気! 全てノア様が俺の魔素を取り込めば済む話さ。一時期の辛抱だよ」
「まぁ、確かにそうですが……」
シオンはもちろん、シェロもシュートも不安で仕方がなかった。
だが、そんな3人の不安を他所に、トウラは元気な笑みを湛え、空を指差しながら言った。
「目標ー、シャール村! 総員、出撃せよ!」
トウラの威勢の良さに、他の3人はやや安堵感を覚えた。
「……じゃあ、先ずは私の飛行機を取りに戻らないと。もう給油も済んでいる筈だし、直ぐに飛べる筈よ」
「おお! シェロの飛行機が見られるのか! 興味湧くな!」
トウラは浮かれた様子で、目を輝かせた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一行は、トラン村付近の小さな飛行場に辿り着いた。
「ボンジュール、オーナー。ルノーの調子はどう?」
シェロが声をかけた先には、格納庫の隅で新聞を読むオーナーがいた。
彼は新聞を下げてシェロを見ると、年期の入った皺を顔に浮き立たせて笑った。
「おお、シェロ! ルノーはもうすっかり元に戻ったぞ。テスト飛行してみるか?」
「ノン。そんな時間は無いのよ。直ぐにでも飛びたいの」
「そうか……大丈夫なのか? 確かにメンテナンスは完璧すぎるくらいだが……」
彼が目線を送った先には一台、薄茶色の複葉機が停まっていた。
「こいつがシェロの飛行機か」
「ぴっかぴかだな!」
「はい! あの時の傷もなくなっています!」
シェロの飛行機は、マキナとの空戦で付いた傷をすっかり無くしていた。それどころか、丹念に磨きがかかっており、何かワックスの様なものを塗ったのか、艶が出ている。
「良かったわねルノー。こんなに綺麗にしてもらって」
「ルノーって、この飛行機の名前?」
「そうよ。本当は“ルノワール”って名前なんだけど、略してルノーって呼んでるの」
飛行機に名前を付けるなんて、彼女は本当に空が好きなんだなと、シオンは思った。
その一方で、シオンは不思議にも思っていた。ルノワールという名前は、自分が元いた世界で聞いた事があった気がしたからだ。
やっぱり、ヒューマニーと元の世界とは、何かしらの繋がりがあるのかもしれない……。
しかしながら、――確か“ルノアール”は男の人の名前だった筈。飛行機に異性の名前を付けるあたり、よほどこの飛行機に愛着があるのだろう。だからこそ、シオンは名前が気になって仕方がなかった。
「シェロ、聞いていい?」
「何かしら?」
「そのルノワールって人、シェロの恋人か何か?」
この質問に、シェロは始めキョトンとしていたが、意味が分かったのか、突然吹き出した。
「プッフフフフ! いいえ、そんな事無いわ。
ルノワールって言うのは、この子を設計した設計士の名前なのよ。それが、この人よ」
そう言って、シェロはオーナーを指差した。
「おう、俺がルノワールだ! よろしくな、坊や」
「……え!?」
先程の新聞を無造作な束にし、シオンの前に現れたオーナー。その人は、たわしの様な短髪に、筋骨隆々の日に焼けた肌の持ち主だった。
あまりにも自分の想像とかけ離れていた為、シオンは絶句するしかなかった。
「おーい、そこで何を話しているんだ? 早く行こうぜ」
後ろの方からトウラ達が急かした。
「そうね。行きましょうか」
その時だった。
「おいおいシェロ……。もしかして、あの2人、賞金首の――」
そのルノワールの察しにシェロとシオンは焦った。
「ち、違うわよ! 確かによく似ているけど、別人よ! ね、シオン?」
「そ、そうです! 賞金首とは似ても似つかない、とっても良い人達ですよ」
だが、ルノワールの懐疑的な態度は消えない。
「うーん、とてもそっくりなんだがなぁ」
その時、シェロはある問題点に気付いた。
「(しまったわ! ここで竜化の力を使えば、2人が賞金首だってバレてしまう!)」
シェロはルノワールに言った。
「ねぇ、ルノワールさん? 突然で悪いんだけど、あの2人にも飛行機を貸してくれない? もちろんタダでとは言わないわ」
その要望に、ルノワールは眉間に皺を寄せた。
「うーむ。申し訳無いんだが、今ちょっと立て込んでてな。あれくらいしか無いんだ」
ルノワールの指差した先。格納庫の端にそれはあった。
「……え、あれなの?」
「シェロ。あれ、ひどく汚れているよ」
2人乗りの、シェロの複葉機より一回り小振りな単葉機。プロペラもエンジンも付いておらず、有るのは翼と2人乗りの操縦席だけだ。しかも、シオンの言う通り汚れはひどく、傷も多かった。
それはどう見ても、とても飛べそうにない代物だった。
「今、殆どここにあった飛行機は出払っててな。元々ここの飛行機が少ない上に、今は空輸業の繁忙期なんでな。
申し訳ないが、あれで勘弁してくれ」
「あれでどうやって飛ぶのよ?」
「方法はある」
ルノワールは、シェロの飛行機の後部を指差した。
「ルノーの後ろから、アンカーワイヤーであいつを牽引すれば良い。推進力はルノーが受け持つから、あいつは操縦だけで済むって仕組みだ。
翼もそんなに傷んでないから、飛べはする筈だ。
一旦空に出てしまえば、後は手放しでも問題ない。ただ、離着陸は……」
「オーケー、オーナー。あれで良いわ、貸してちょうだい」
「ちょっとちょっとシェロ!」
シオンの耳打ちに、シェロはシオンの口を抑えた。
「仕方ないじゃない! ここでトウラが竜化でもしてみなさい! オーナーがたちまち追っ手を呼ぶわよ。そうなったら貴方だって、身の上が危なくなるのよ。
大丈夫。操縦技術なら自信があるから」
「でも、あんなオンボロ飛行機……」
「私を信じて、シオン」
シェロの自信に、シオンは渋々状況を飲み込んだ。
「何をコソコソ話してるんだ?」
「い、いいえ、何でも無いわ! そんな事より、オーナー、あの飛行機はいくらになるの?」
「そうだなあ……」
ルノワールは顎に手を当てて考えた。
「あれだけの品だし、割引して……ざっと50万アイロだな」
その金額にシェロは反発した。
「50万!? いくななんでも、あんなボロに高過ぎよ!」
「あれでも親機さえいれば使えるんだ。それにさっきも言ったが、今は繁忙期なんだ。1台でも惜しいんだよ」
シェロは目を瞑り、長い間唸った末。
「……分かった。分かったわ。50万アイロ。それで良いわ」
「50万って、シェロ。大体どのくらいなの?」
「大体ひと月分の、ちょっと良い宿と食事にありつけるくらいの金額よ」
「それって――」
シオンの言おうとした先を、彼女も察した。
「ええ。あのお爺さんに渡そうとした金額よ」
あのお爺さん――そう。大賢人オウルニムスの事だった。
確か彼は、シェロが渡そうとした金貨を「近いうちに必要になる時が来る」と言って断っていた……。
「叡智の梟……さすがよね。私、もしまた会えたら、ちゃんとお礼を言わなくっちゃ」
シオンは静かに頷く。
もしかしたらあの老人は、語らなかっただけで、もっと沢山の事を自分達の背中に見ていたのかもしれない、と、シオンは想像した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます