第13話 『ダビデの鍵』(執筆者:金城暁大)

「シオン君。お主の探している妹さんじゃが、無事じゃよ」


 そのオウルニムスの言葉に、シオンは思わず椅子から立ち上がった。


「本当ですか!?」

「どれ、見せてやろう」


 すると、オウルニムスは杖を中空に掲げ、詠唱文を唱え始めた。同時に、杖の先に掌程の青い魔法陣が現れた。



The person who求心者よ asks help,purchase求め給え.

 It's a spirit,かの者は輪廻link the blood繋がるは血 to him and show証明するは a guidepost彼の道標.

 The preson who見る者は sees is led導かれる.

 The prooh that it's示されるは raw to be shown生の証.……」



 オウルニムスが詠唱を終えるや否や、杖の先の中空に頭程の空間が現れた。

 それはまるで水の様に揺らいでいる。

 そして、その空間の中に、シオンは見慣れた人物を見つけた。



「ヒマリ!」


 思わずシオンは叫んでいた。


「ヒマリ! 僕だ! お兄ちゃんだよ!」



 空間の中の妹に向かって名前を呼ぶが、彼女は全く気付く気配はない。



「無駄じゃ。こちらの声は向こうには聞こえん」

「そんな……」


 シオンはもどかしい気持ちで、空間の向こうの妹を見つめた。

 見た所、どうやら妹は無事なようだ。

 よく見れば、何か可愛らしい服を着せられ、どこか、豪華な部屋に座っている。



「あれが妹のヒマリちゃん?」

「可愛い妹じゃねぇか」

「やっぱ兄妹は雰囲気が似るもんだな」


 シオンの後ろから、他の3人もヒマリの様子を覗き込む。



 シオンは一旦は、妹の安否を確認し、安心した。

 だが、浮かない表情でいる妹にふと気付き、異変を感じた。


「――あっ!」


 シオンは妹の横に在るものに驚く。


「あれは、鉄格子だ……!」


 荒げたシオンの声につられ、他の3人も今一度空間を凝視した。

 ヒマリがいる部屋は、一見すると貴族風の部屋に見えるのだが、よく見ればその周囲には、まるで鳥籠の様に鉄格子が掛けられているのだ。



「まるで牢屋の中じゃない!」

「どうして! どうしてあんな事に!」

「残念じゃが、それは儂も分からないのじゃ」

「どうしてですか」

「儂が知り得るのは、このヒューマニーの世界の事のみじゃ。メルフェールの世界には、儂の魔眼は干渉出来ん。

 せいぜいこうして、覗き見る事が出来るくらいじゃ」

「そうなんですか……」

「そして恐らくじゃが――」


 オウルニムスがやや深刻そうな顔をする。


「彼女もまた、シオン君と同じ様に、神に記憶を消された可能性がある。

 自分の事はおろか、お主の事も忘れているかもしれぬ」

「そんな……!」


 シオンは絶句した。


「あのクソ神がっ! どこまでクズな野郎なんだ!」


 シュートが拳を壁に叩き付ける。


「そんな……何とかして早く助けてあげないと!」

「でも、メルフェールに渡る方法は分からないのよ?」



 行き場のない感情を噛み締める4人。そこで、オウルニムスが口を開いた。



「儂は知っておる。“方法”とやらをな」

「「「「 本当ですか!? 」」」」


 4人の声が一斉に重なる。


「おおお、でかい声を出すでない。老人は騒音に弱いのでな」

「本当に、メルフェールに行く方法を知っているんですか!?」


 興奮しながらシオンが問い詰める。


「知っておる。儂もそれを探して旅をしているのじゃからな」

「そうだったんですか!」


 オウルニムスのその言葉に、希望を見たシオンは更に問い詰める。

 するとオウルニムスは杖を掲げるのを止め、改めて4人を見据えた。



「お主達は、“ダビデの鍵”というのを聞いた事は無いかの?」


 すると、シュートが反応をした。


「もしかして、聖書に記されている“鍵”の事じゃないのか?」

「聖書の鍵?」

「そうだ。権威や権限、知恵の象徴を、“鍵”という比喩を使って聖書に書かれてある。旧約聖書のイザヤ書22章2節や、新約聖書のマタイによる福音書16章13から20節にそれが見られる。

 キリスト教では天国の鍵とも言われていて、絵画なんかにも描かれているんだ。『聖ペテロへの天国の階段の授与』や『最後の審判』。それに――」

「ヴァチカンの国旗にも、だろ?」

「そうだ。協議では“聖杯”や“ロンギヌスの槍”同様、定義や所在が曖昧な故に、学者達の研究対象になっている。そういう意味においても、“鍵”は聖書を読み解くにあたって重要な単語なんだ」


 そのシュートの饒舌さにシオンとシェロは驚いた。



「シュートさん、聖書に詳しいんですね。凄いです」

「昔、仕事柄、ちょっとな」

「私には初めて聞く話だわ。貴方達の世界も中々面白そうな謎があるのね」


 そして、オウルニムスも感心した様に頷いていた。


「中々博学じゃのう。感心じゃ。じゃが、この世界での鍵は、お主らの世界の鍵とは物が異なる。

 この世界での“ダビデの鍵”とは、ヒューマニーとメルフェールを繋ぐ橋を作る為のもの――魔法式なのじゃよ」

「魔法式、ですか?」


 オウルニムスはシオンに頷く。


「そうじゃ。お主らは、あの“バベルの橋”がどうして出来たか知っておるか?」


 問いかけられた4人は首を横に振った。


「あの橋は、この世界の人の、体内魔素から出来ておる。その量は膨大じゃ」

「人って、ちょっと待って。人は魔素を奪われると死んじゃうのよ? 貴方の話が本当なら、バベルの橋は……」

「そうじゃ、多くの人間の犠牲の上に作られたのじゃよ」

「なんて事……」

「しかも、その知恵を与えたのも、神なんじゃよ」

「……」



 またもや神の悪意を垣間見ることになってしまった4人は、もはや言葉が見つからなかった。



「つまり、ダビデの鍵は、神が与えた知恵魔法式の事をいうのじゃ」

「じゃあ、僕達は多くの人を犠牲にしないと、メルフェールに行けないということですか?」


 オウルニムスは首を横に振った。


「いや。それは違う。確かに以前はそうじゃった。じゃが、今は、お主達はその代替えとなるものを持っておる」

「代替えのもの?」

「“聖獣の魔素”じゃよ。それを、魔素として、ダビデの鍵に吹き込むのじゃ。そうすれば、かつての二世界の王がそうした様に、バベルの橋を架けることが出来る」

「つまり、僕達が鍵を使う為に“聖獣の魔素”を使わなきゃいけなくて、その魔素を使うには――」

「そうじゃ。ノア・ルクスの協力は不可欠じゃのう」


 話が見えてきた。

 つまり、その鍵が見つかるまでと、鍵を見つけた後も、何としてもノアの協力が必要という事だ。


「そして、もう一つ。お主達、転生者に必要な事を話すぞ」


 何ですかそれは、と問うシオンを掌で止めると、サイドチェストに置いていた水筒を再び手にし、今度はその中身を一気に飲み干した。



「お主達に必要な事。それは、元の世界に帰る方法じゃよ」


 その発言に、4人は再び声を上げた。


「帰る方法!?」

「本当か爺さん!!」

「マジかよ!! 教えて下さいオウルニムスさん!!」

「どんな方法なの!?」


 オウルニムスはまたもや発せられた大声に両耳を塞いだ。


「じゃから、そんなに大声で騒ぐでない。若い者は落ち着いて話せんかのう」

「すいません……」

「まぁ、若さじゃのう。よく聞くのじゃ。

 お主達が元の世界に帰る方法。それは――」


 四人がつばを飲む。



「神を殺す事じゃよ。

 お主達が元の世界に帰るには、この世界を支配する、災厄の象徴である神を殺す必要があるのじゃ」

「神を殺す……」


 シオンが呟いた言葉に、オウルニムスは頷いた。

 すると、シュートとトウラが息を吐いた。



「そんな事、出来たらとっくにやってるさ」

「ああ。俺もああまで圧倒されると、希望は薄いと思う」

「……ほう。お主が竜化の力を使ったのはこの時じゃったか」

「ええ。それで勝てると思ったのですが、結果は惨敗でした」

「奴は化け物だ。トウラのあの時の傷を見ただけでも分かる。とても同じ次元の強さじゃない」



 その話を聞き、オウルニムスは顎鬚を撫でた。



「そうじゃろうの。普通に戦ってはお主達に勝ち目はない。じゃが、勝つ方法はある」

「勝つ方法?」

「何だそれは?」


 シュートとトウラが目を鋭くさせる。


「“神聖櫃しんせいひつ”を使うのじゃ」

神聖櫃しんせいひつ?」

「太古の昔、まだ今の神がこの世界を統治する以前。旧神がこの世界の人々に、繁栄の印として授けた箱じゃ」


 すると再びシュートが口を開いた。


「驚いたな。この世界にも神は“聖櫃せいひつ”を与えていたのか」

「知っているんですか?」

「ああ、でもそれを言う前に、まずは俺達の世界でのメシア、モーゼについて教えないといけない」


 メシア。モーゼ。……単語の響きは聞いた事がある気がする。しかしそれが何を意味しているのかまでは思い出せない。

 シオンが顔をしかめていると、トウラから助け船が出された。


「メシアっつーのは“救世主”。モーゼっつーのは、ユダヤ教の信仰者を、エジプトから逃がす為に、海を割った奴のこと。……だよな、シュート?」

救世主メシアを“奴”呼ばわりするな、トウラ。

 ……まあいい。そのモーゼが、神と契約した際に授かった十の制約・十戒じっかいが刻まれた2枚の石板を納めたとされている、黄金の箱のことを“聖櫃せいひつ”というんだ。伝承によると、その箱には、石板と共に神と意思を交わす力が納められているらしい。

 長い間、イスラエル王国のエルサレム神殿で崇められていたんだが、その国が滅びてからは行方知れず。現代の考古学者達の間で研究対象になっている代物だ」

「なるほど。お主達の世界の聖櫃せいひつはそういう扱いなんじゃな」

「違うのか? ここの聖櫃せいひつは?」


 オウルニムスが頷く。


「この世界の聖櫃せいひつは、恐らく古の神が、神の暴走を止める為に与えたものだと儂は踏んでおる。――今の神は災厄を起こすものとされておるからの、聖櫃せいひつが、儂ら人の未来を紡ぐ力を約束し、繁栄の象徴となったのじゃろう、とな」

「つまり、今の神にとって“神聖櫃しんせいひつ”は、俺達の手に有ってほしくない代物なんだな」

「その通りじゃ。神聖櫃しんせいひつには、今の神の命――すなわち存在そのものを脅かす力が納められていると、聞いておるからの」

「じゃあ、その聖櫃せいひつを手に入れれば、神を殺す事が出来るんですね」

「確かにそうじゃが、それだけではない」

「と言うと?」


 オウルニムスはふむ、と一言。腰掛に深く座り直した。



「神に触れる為には、神の次元に行く必要がある」

「神の次元?」

「そうじゃ。神の次元、それは二世界とは異なるもう1つの次元の事じゃ。神はそこに居る」

「そこに行く方法はあるんですか?」


 オウルニムスはシオンに頷いた。


「ある。それが、“聖櫃せいひつ”と“鍵”の二つが揃った時に、それを手にした者を導くとされている“天の階段”を登り、その先にある“聖門”を潜る事じゃ」

「成る程。手段が分かればこっちのもんだな」

「ああ。つまり俺達は、“神聖櫃しんせいひつ”と“ダビデの鍵”を手に入れれば良いんだな! そうすれば、神を直接ぶっ倒しに行ける!」

「待って下さいシュートさん! トウラさん!」


 そう強く声を上げたシオンの表情は、どこが不安げに見える。



「……話してみなさい」


 穏やかな声で応えたオウルニムス。シオンは息を深く吐いた。



「……神の次元は、僕達がいる世界とは全く違う所なんですよね?」

「ああそうじゃよ?」

「もしかして、それって死んで天国に行くって事なんじゃ、ありませんか?」



 するとオウルニムスは首を振った。



「死とは少し違う。似て非なるものじゃ。

 “生昇天せいしょうてん”と呼ばれているのじゃがの。つまり、肉体の受肉を保ったまま、昇天するのじゃ」

「……帰って来られるんですか?」

「条件がある」

「何です?」

「神を殺す事じゃ。神を殺せば、この世界の理が、全てあるべき姿に戻る。

 そうすれば、自然とお主達も元の世界に帰れるという訳じゃ」

「つまり、神の次元に行ったきり、この世界には戻って来られない……」

「そういう事じゃな」


 4人は息を飲んだ。

 本当にとんだ事に巻き込まれたんだ、と、シオンは思った。



「もし、俺達が神に殺された時はどうなるんだ?」


 オウルニムスは、問いを投げかけるシュートの目を凝視した。そして、4人を見て僅かに黙る。

 彼の視線は、まるで4人が覚悟を決めているか、確かめている様にも伺えた。


「その時は、お主達は存在そのものが消えてなくなる。人の記憶からも、お主達の事は消え去るのじゃ」

「……」


 シオンの背中に何か黒く重いものがのしかかった様な気がした。


 オウルニムスが言った事はつまり、ヒマリの記憶からも、自分の事が消えるという事だ。

 ヒマリだけではない。自分が関わった人間の全てから消え去り、文字通り、自分は消滅する。



 4人の間に嫌な沈黙が流れた。

 その沈黙を破ったのはオウルニムスだった。



「鍵と聖櫃せいひつについて一つ忠告しておこう」

「……何でしょうか?」

「ダビデの鍵と神聖櫃しんせいひつは、このヒューマニーに確かに存在する。

 そして、その力も一部の者達の間では認知されているのじゃ。“二つを手にした者は、その力でこのヒューマニーを統べることが出来る”とな」

「何ですって?」

「鍵と箱の力は神を殺せるだけではない。何者も服従させる絶対遵守の力も持つのじゃ。

 それはこの世界において、文字通り“神”となるに等しい」



 神。

 もう何度聞いたか分からないが、この世界に来てからシオンの中で、神という概念は変容していた。

 その言葉に、以前の様な、光の様な感覚は無い。



「そして今、この世界で起きている小競り合いの裏には、その箱と鍵が絡んでおる。権力者の誰もが、この2つを探し求めているのじゃ」

「という事は、つまり、聖櫃せいひつと鍵を探す事は、この世界の争いに関わるってことなのね?」

「そうなるのう。じゃが、それを避けるか受け入れるかはお主達次第じゃ」



 4人は再び黙ってしまった。

 もし、そんな戦争に巻き込まれる事になれば、最悪、元の世界に戻るどころか、死ぬかも知れない。

 シオン達は、これから待つ受難を、唯々無抵抗に認める他に出来なかった。



「最後にもう一つ」


 オウルニムスは人差し指を立てた。



「このヒューマニーには、お主達の他にも神の悪戯によって召喚された転生者が大勢いおる。皆、お主達の様に様々な試練を持って、あちこちの世界から召喚された者達じゃ。

 ……彼等を仲間にする事じゃ」

「仲間にって……」


 シオンは困惑した。


「どうやって出会ったら良いんですか?」

「さぁ、それは精霊の導きの向くままじゃのう」


 4人はオウルニムスの投げやりな言葉に、喉まで出かかった何かを飲み込む事にした。


 ――一体どれだけの転生者がいるのだろう。

 だが、今は仲間が1人でも多くいる方が良いはずだった。

 神に挑む。

 それを果たすためには、当然、この人数では心許無い。



「さて、話は終わりじゃ。これからお主達はどうする?」

「そうね。先ずはシャールって村に行くわ。そこでノア・ルクスに協力を仰ごうと思うの。皆、それで良い?」



 シェロの意見に、他の3人は同意した。



「何よりも先に、トウラの死を回避しないとな」

「ああ。そうして貰えると俺も嬉しい」

「決まりですね」


 一同の意見の一致に、オウルニムスも笑みを浮かべながら顎鬚を撫でた。



「仲が良い事で何よりじゃ。この様子なら、あの時のようになる心配はいらないかのう。ホッホッホ」

「あの時――あ」


 シオンはふと、宿前での喧嘩の事を思い出した。


「ふふっ、確かに。オウルニムスさんがそう言って下さるなら安心ね。そうでしょう? シュート、トウラ」


 

 こう言葉を投げかけられたシュートとトウラは、ばつが悪そうな表情だ。

 窓の外には、夜の帳に満点の星空が広がっていた。


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