第12話 『謎の老人』(執筆者:金城暁大)

 店主は、シェロのその行動に仰天し、やがて困惑した表情を見せた。


「カロリアーナ様……今、なんと?」

「ですから、あの老人も、私と同じ宿泊者一行に加える、と言っているのよ」

「ですが……それは……」

「あら、これでは足りなくて?」


 シェロは袋の中身を取り出し、店主に見せた。


「……いえいえいえ! とんでもございません! 十分過ぎる程でございます!」


 そう言いながら、店主は大げさに仰け反り、シェロから袋を取り上げた。そして店主は玄関への道を開けた。


「メルシー、オーナー」


 するとシェロは老人に歩み寄り、そして手を差し伸べた。


「さぁ、これで今夜の寝床と食事は大丈夫よ。行きましょうお爺ちゃん」


 すると、老人は涙を流し、シェロの手を取った。


「おおお! お優しい方! なんと有難い!」


 老人はシェロに肩を借りながら、店の中に入っていった。

 シオン達は、その様子をただ呆然と見てるだけだった。


「あの嬢ちゃん。本物の美人だな」


 シュートの言葉に、シオンとトウラも頷いた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「いゃあ、助かりました! まさか、こんなあぶれ者の町で貴女のようなお優しい方に助けてもらえるとは!」


 老人はシェロに何度も何度も頭を下げた。

 宿の食堂では、シェロの連れてきた老人に怪訝な目を向ける者もいるが、老人はそんな事よりも、シェロに助けて貰ったことに歓喜している。


「なんとお礼をしたら良いか。この御恩は、いつか、いつか必ず返しますぞ」

「良いのよ。あんなお金、はした金だし。そんな事より、食べたらどうかしら? お腹が減っているんでしょ?」


 老人の謝礼を軽く受け流しながら、シェロは老人の前に置かれたハンバーグとスープを指し示した。


「おお、そうでした。本当にありがとうございます。では、頂くと致しましょう」


 老人は、ホクホクと湯気の出るスープとハンバーグに手を付けた。

 それを食べる様子は、さも生死の境を彷徨った者が、この世に生還した様だった。


「おい、爺さん。あんた何日食べていないんだ?」

「はて、さぁ。もうかれこれ1週間近く水しか飲んでいないものでな」

「なんと……」


 老人に質問したシュートだけでなく、一同が絶句した。

 こんな老人が水だけで1週間も。

 よく生きられたものだと、誰もが思った。


「お爺さん。お金はどうしたんですか?」


 シオンの問いに、老人は恥じらいを表情に見せた。


「恥ずかしながら、旅の資金は持っていたんですが、1週間前に、この町の賊に盗まれてしまいまして。それからは、こうして宿に泣き寝入りを重ねているという訳ですじゃ」


 その話に、シオン達だけでなく、同じ食堂で聞き耳を立てていた宿泊者達も哀れみの目を向けた。


「ですが、こうして、貴方方に救われた! これも旅の何かの縁。きっと精霊様のご加護に違いありませんですじゃ」


 そう言いながら、老人はあっという間に料理を平らげたのだった。


「ふぅ、満足満足。大変美味しかったですぞ」

「それは何よりよ。ここの食事は宿の中でも腕前が確かだと有名なのよ」

「ほう。それはまたなんと幸運な。これだから旅は楽しくて止められないのじゃよ。ホッホッホ」

「お爺さん。冒険家なの?」


 シオンが尋ねると、老人は白く長い顎鬚を撫でた。


「左様。儂はしがない冒険家じゃよ。しかし、もう旅を始めてかれこれ60年は経つのう」

「そんなに長い事……」

「そうじゃ。儂はあるものを探していての。それを見つける為に旅を始めたのじゃが、中々見つけられないのじゃ。その間に気が付いたら、こんな老いぼれになってしまったという訳じゃ。ホッホッホ」


 そんな老人の話に、シオンは興味をそそられた。

 シオンだけではない。他の3人も同じように好奇心を駆り立たされた。

 特にシェロは、その話に食い付いた。


「お爺さん。もしよろしければ、その話、詳しく聞かせて貰えない?」


 すると、老人は尋ねたシェロを見、そして4人に視線を移す。

 そして、何かを考えた様に、手を顎に当てた。


「ふむ。お主達には話しても良いかのう。今夜の御礼もしなければならないしのう。

 ……じゃが、ここはちと人が多過ぎる。お主達の部屋で話そう」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「まぁ、楽にせい。少々長話になるでの」


 4人は各々、部屋のベッドや木組みの椅子に腰掛けた。

 木造の枠組みがむき出しになった、漆喰の壁で囲まれた部屋。

 頭上にひとつだけある明光石のランプが、オレンジの暖色光で部屋を照らしている。

 老人は懐から、使い込まれた瓢箪ひょうたん型の水筒を取り出すと、中身を一口飲み、そして口を開いた。



「まず、儂の話をする前に、お主達の事を話そう。いや“お主達にとって必要な事”とでも言おうかの」

「爺さん、まるで俺達の事を知っている様な言い振りだな」

「知っておる知っておる。お主達“転生者”の事は、儂は昔からよぉく知っておるよ」


 シュートは目を細めた。


「こちらの事はあらかたお見通しって訳か……爺さん、あんた何者だ?」

「ホホホ。名乗る程の者ではない。だが、あえて名乗るなら、オウルニムスと名乗ろう」

「オウルニムスですって!?」


 老人の名前が明かされた途端、シェロが腰掛けていた椅子から立ち上がる勢いで老人に迫った。


「ホッホッホ。やはりお嬢さんは知っておったか」

「シェロ、誰なの? オウルニムスって」

「大賢人・オウルニムス。又の名を“叡智の梟”。

 彼は、この世界が生まれた時に、神より遣わされたとされる人々、“預言者”の末裔なのよ。

 しかも彼らは伝承の中でしか語られない存在で、決して表の世界には出てこないと言われているの。けど、世界の変革の時には必ず姿を現して、時の権力者や民を率いるとされているわ。

 今まで私が読んできた歴史書にも、彼等を指し示すと思われる言葉は数多くあったんだけど、実際に存在した、という決定的な証拠は、これまでの冒険では見当たらなかった――」


 シェロの饒舌な語り振りは、部屋にいる全員を圧倒させていた。

 ぽかんとする3人と、白髭を撫でながら微笑むオウルニムスを、シェロの語りは更に突き放してゆく。


「――どうして証拠が見つからないかというとね、彼等は本来名前が無くて、時と場所によっていくつもの名前で呼ばれるからなの。

 ちなみにオウルニムスという名前は、彼が持つ知恵を象徴した“梟”から取った呼称よ。

 とにかく、彼がもし歴史書にあるオウルニムスなら、私達は今、生きた伝承を目の前にしている、という事なのよ……!」


 シェロがひとしきり語り終えると、オウルニムスは朗らかに笑った。


「さすが冒険家を名乗るだけあって知っているのう。空賊と呼ばれるのがちと惜しいの」

「あはは……。その事も、お見通しなのね。それもやはり、“覚者の魔眼”のなせる技なのかしら?」

「その通りじゃ」

「覚者の魔眼って?」

「見ただけでその者の過去、現在、未来の記憶を知ることが出来る眼のことよ。彼、オウルニムスだけがが持っている技なんだけど、……流石だわ。噂に聞くだけはあるわね」

「そんなことが……まるで魔法使いみたいだね」

「殆どそのままよ」


 シェロの言う通り、オウルニムスの風貌は、お伽話に出てくる魔法使いそのものだった。

 一見、浮浪者にも見えるが――白く長い波だった髪、禿げ上がった頭頂部、胸元まである白い顎鬚、曲がった腰、まるでボロ雑巾の様に擦り切れた薄茶色のローブ。

 そして、身長よりも頭一つ程長い、使い込まれた木製の杖を胸に抱える出で立ちは、一層伝承じみたものにさせた。


「さて、儂の自己紹介も終わったことじゃし、話の本題に入ろうかの」

「えっ? 僕達の名前は聞かないんですか?」

「ホホホ、もう知っておるよシオン君。そして、そのお嬢さんがシェロちゃんじゃな。その後ろの怖そうなお方がシュート君、元気そうな君がトウラ君じゃな」


 流石、魔眼の力といった所だろうか。

 シオンはその力を目の当たりにし、驚くばかりだった。


「“君”はやめろ爺さん」

「ええと、俺も、お願いします」

「私も“ちゃん”はやめて頂きたいわね」

「ホッホッホ。そうじゃな。3人共、年頃の若者じゃものな」


 まるで子供扱いをするオウルニムスに、4人は苦笑いを浮かべた。それも、彼の老練さ故なのだろうとシオンは思う。


「さて、話をしようかの。じゃが、もう一点、少し横道に逸れた話をする必要があるのう」

「何ですか、オウルニムスさん?」


 シオンが尋ねると、オウルニムスは突如、杖でトウラを指し示した。

 突然の指名に、トウラは自分でも自身を指差す。


「え、俺ですか?」

「お主、ドラゴンの魔素を取り込んだじゃろう?」


 そういえば、喫茶店の時に言っていた。トウラさんは規格外の魔素を取り込んだとか、竜化が出来るとか。


 オウルニムスが言っていることは多分、その話だろう。トウラが間の抜けた声で肯定すると、オウルニムスは短く息を漏らし、自分の肩を杖で叩き始めた。


「お主、馬鹿な事をしたのう。あれはお主に扱い切れる様なものではない。“聖獣”を体に取り込むなど、常人が許される事ではないのじゃよ」

「聖獣? 何ですか、それ」

「お主、まさかそんな事も知らずに飲み込んだのか? はぁ。本物の馬鹿者じゃのう」

「オウルニムスさん。聖獣ってなんですか? 僕も知らないので、教えてもらえませんか?」

「……そうか、無理も無い。お主達転生者は、この世界の人間では無いからのう。それに、今では聖獣を知る者は少ない」

「それじゃあ、シェロも知らないの?」

「そうね……名前だけは聞いた事があるわ。なんでも、太古の昔に崇められていた神様だそうよ」


 シェロの台詞にオウルニムスは頷いた。


「聖獣は太古の昔――“原初の時代”と言われた時には、この世界の神として崇められていた。しかし、いつしか今の神がこの世界の神として崇められ、そして、やがて神は人に敬われるものではなく、恐れられるものとして変わった。

 じゃが、時代は変われど、聖獣はかつての力を衰えさせてはおらん。人が崇める事を忘れても、我らの生きる姿をただ静かに見守り続けているのじゃよ。

 聖獣はこの世界に無数におる。フェンリル……ラタトスク……ヨルムンガンド……ユニコーン……グリフォン……ペガサス……セイレーン……フェニックス……玄武……白虎……シヴァ……」


 オウルニムスが聖獣の名前を上げるごとに、トウラから血の気が失せてゆく……。


「因みに、お主が飲み込んだ聖獣は“ドラゴン”じゃ」

「……じゃあつまり、俺、神様を食べちゃったんですか?」

「そういう事じゃ」

「えええええ! それってかなりヤバいんじゃ……」

「その通りじゃ。下手をすればお主の死に関わる」

「死……」


 言葉を口にしたトウラだけではない。それを聞いたシオン達も凍り付いた。


ドラゴンの魔素は大きすぎる。ドラゴンだけでは無い。聖獣は、強大な魔素の塊なのじゃが、彼等はその強大な魔素を制限する、肉体という制約から解き放たれておる。それ故に、実体を持たないのじゃ」

「え? でも、俺が竜化した時はちゃんとドラゴンの姿になってますよ?」

「それはお主の記憶、幻想、心が、実体を作り出したに過ぎぬ。そしてお主の人としての器、つまり受肉がある故に出来ることじゃ。しかしのう……」


 オウルニムスの金色の瞳が、トウラの紅の瞳を見つめた。

 まるで品定めする様な視線に、トウラは背筋が伸びるのを感じた。


ドラゴンの力を使い続ければ、やがて器であるお主の肉体が力に耐え切れず、崩壊を起こす。

 そもそもドラゴンの魔素は人間の肉体などには収まらんのじゃ。何もしなくても肉体は滅びてしまうじゃろう。まるで熟れた果実の様にな」

「そんな――!」

「今のお主の身体は、今にも溢れそうに並々と水が注がれたコップの様なものじゃ。そのままでいれば、やがて器から水が溢れ、器も壊れてしまう」


 その話に、トウラは悪寒を覚えた。


「お、俺、どうなるんですか?」

「じゃから、死ぬであろうと言ったじゃろう」


 平然と告げたオウルニムス。4人からは何も言葉が出なかった。


 やがて、死を告げられたトウラの目から、涙が滝の様に溢れ出る。


「い、嫌だ! こんな若さで! こんな訳の分からない世界で! 俺は死にたくなんか無い!」


 俺を助けて下さい! と、トウラはオウルニムスの服の裾を掴み、すがった。

 シュートが落ち着かせようと声をかけるも、トウラは――半ばパニック状態だ――泣き喚き、言う事を聞かない。


 一方で、オウルニムスは呆れた様に溜め息をついていた。


「何をそんなに喚く必要がある」

「そりゃあそうだろ!? トウラはいつか死んじまうんだろ!?」

「いや。助かる方法はある」

「は?」


 オウルニムスの言葉に、トウラはぴたりと泣き止んだ。


「お、オウルニムスさん……今、なんて?」

「じゃから、助かる方法はあると言ったんじゃよ」

「本当ですか! どんな、どんな方法なんですか!?」


 オウルニムスは安心せよと言うように穏やかに言った。


「ふむ。ある人物を頼るのじゃ」

「ある人物?」

「そやつは、お主らと同じ転生者じゃ。

 じゃが、お主達の元いた世界とはまた異なる世界の住人じゃ。加えて、そやつは人では無い」

「人ではない、転生者、ですか?」

「そうじゃ。そいつにドラゴンの力を移し替えると良い。そうすれば、お主の身体は元に戻り、死の危険からも逃れられる」

「何処にいるんですかその人!」

「そやつはここから離れた、シャールという村の教会におる。レッド・マウンテンズを崇拝する教団の教会じゃ。名を、“ノア・ルクス”と言う。

 じゃが、注意しておけ。少し気難しい奴での。儂がこの世界の事を教えたばかりに警戒心が強くなってしまってな。協力してくれるかは、約束出来ないのじゃ」

「それでも構わないです! 頼るしか他に無い!」


 オウルニムスの話に、4人の肩から、わずかに重みが外れた。


「良かったですね、トウラさん!」

「じゃあ、早速明日、シャールの村に行きましょう!」

「決まりだな、トウラ」

「ああ! 力づくでも協力させるぜ」


 4人に希望を与えられたのを確認すると、老人は柔らかな笑みを浮かべた。

 オウルニムスはまた懐から水筒を取り出し、中身を口に含むと、備え付けのサイドチェストに水筒を置き、再び口を開いた。



「さて、話が逸れたが、ここからが本題の話じゃ」


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