第11話 『トウラの力』(執筆者:金城暁大)
「どうしよう……。よりによって、ルイドがこんな町だったなんて! こんな町で野宿でもしたら……」
こんな町。
シオンは夜の帳の降りた町並みを見渡した。見ると、町は大きく二つの区画に分けられている。
華やかな商業地区らしい区画と、寂れた住宅街らしい地区だ。
住宅街の建物はとってつけたような小屋が殆どで、殺伐としている。おそらく、この町の税収の殆どが、商業地区に落ち、一般市民には還元されていないのだろう。
そして、その商業地区も、見れば殆どが飲食店と売春宿だった。――シュートの行きつけのあのお店は、本当に稀な店だったらしい。
確かに、こんな所で野宿でもしようものなら、魔法の使えるシュートやトウラは兎も角、シェロは身の危険に晒される。
「シュートさん。この辺に、女性でも問題なく泊まれる宿は無いんですか?」
「うーん、そうなんだよなぁ。この町は観光客が滅多に来ない上、ごろつき者の溜まり場みたいな町だからな。
シェロがストレスを感じずに泊まれる宿は知らねぇな」
「繁華街の宿も、殆どが売春宿と兼業しているしね」
シュートとトウラの話に、シェロががっくりと肩を落とす。
「一応、行きつけの知っている宿はあるんだけど、そこ、予約を取らないと泊まらせてくれないのよ。でも、一応行くだけ行ってみましょうか」
「どこにあるの?」
「まずはルイドを出る必要があるわ。それから――」
「それ、ロップルの宿か?」
不意にトウラが口を挟んだ。瞬間、シェロの血色がたちまち良くなっていく。
「知っているのね……!」
「まあな。この辺には長く居座ってるから何でも知ってる。知ってさえいれば、俺は何処へでも行けるし、何でも移動させる事が出来るんだ」
「そういえばシュートが言っていたわね。確か、あなたは念力で物を遠くへ移動させられるって」
「なんだ、シュートから聞いていたのか。なら話は早い! 俺がその念力で宿まで運んでやろう」
「ただ、トウラの念力は、トウラが知っている物、場所じゃないと使えねぇ……あ……そうか。その事をすっかり忘れていた」
突然、会話の腰を折ったシュートが、ばつが悪そうにトウラを見つめては、口ごもる。
「どうしたんだよ、シュート?」
「ああ、すまないトウラ。このお嬢さんの飛行機をカフェまで運ぶことが出来るって言っちまったんだ。トウラはどんな飛行機か知らないっつーのに」
「おいおい。お前俺とどれだけいると思ってるんだよ。それを忘れるなんて。
それに、俺を便利な道具みたいに使うなよ」
「すまない」
平謝りをするシュートを見て、トウラは溜息を吐く。
「……まぁいい。気を取り直して――お三方、俺の周りに集まってくれ」
トウラに言われた通り、3人はトウラの周りに集まった。
すると、トウラは手を地面に向け、何かをぶつぶつと呟き始めた。
――きっと詠唱文だ。呟く彼を中心に、翠色の魔法陣が足元に現れる。
「
すると、地面の魔法陣が光り出した。
同時に、トウラを中心に周りに小さな竜巻が巻き起こった。
「
その詠唱が終わるや否や、シオン達の姿は忽然とその場から消えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
シオンが目を開けると、目の前には、暖かい明かりの灯る建物があった。
三階建てのその建物は、一目では大家族が住んでいそうな一軒家に見える。しかし、建物の入り口の上には、宿屋を示すらしい枕のロゴが描かれていた。その横には、英文で『
こうして文字が読める辺りは、シュートの言う通り、ヒューマニーは自分の元いた世界と変わらないのかも知れない。
もしかしたら、ヒューマニーは同じ地球上の世界で、時間軸が違うだけの世界かも知れないと、シオンはふと思った。
「さぁ着いたぜ、ロップルだ」
「凄い! 本当に一瞬ね!」
手を叩きながらシェロが褒める。するとトウラは「まぁこんなもんさ」と、笑みをくしゃりとこぼした。
「じゃあ、宿が空いているかどうか聞いてくるわね」
そう言ってシェロが宿屋の入り口に入ったところで、シオンは徐にトウラに尋ねた。
「トウラさんのあの念力って、魔法なんですか?」
「あ、やっぱりそう思う?」
トウラはニヒヒと笑みを浮かべた。
「え?」
「実はさぁ――」
すると、彼の後ろからシュートが呆れたように言った。
「お前も美人の前だと本当にカッコつけたがるよな。意味のない詠唱なんかしやがって」
「え?」
シオンが目を丸くする。
「おい、シュート! それ俺が言う事だろ!?」
「どっちにしたってバラすんだろ。いいじゃないかよ」
「え、じゃああの長々しい詠唱文って……」
「ああ、悪い悪い。シェロの前でカッコつけたかったから、適当に作ったんだ」
「えええええええっ!?」
シオンは、しばらく開いた口が塞がらなかった。
「あんなに長い詠唱文を即席で!?」
「ああ、あれぐらい容易い容易い。それにな、あの詠唱文は魔法としてはちゃんと意味があるんだけど、あれは体の周りに風を起こさせる為だけのものなんだ」
すると再びシュートがトウラの後ろから口を開いた。
「お前、嘘も大概にしろ。あのなシオン。あの詠唱文の魔法は、自分の周りに起こした竜巻で、自身を飛翔させ、遠くへ飛ばす魔法なんだ。本来ならもっと大量の魔素を注入させて発動させるんだが、こいつはカッコつける為のエフェクト代わりに使いやがったんだ」
「だからお前やめろって! 俺が説明すんの!」
トウラはシュートに、まるでダダをこねる子供のように怒っている。
「えええ……それじゃあ、トウラさんの念力って……」
「ああ、じゃあちょっと見せるか」
そう言うとトウラは懐から貨幣を取り出した。
そして、両手の平を上に広げ、右手の平に貨幣を乗せる。
「いいか。このコインをよく見てろ」
言われるがまま、シオンはコインを注視する。
「
トウラが数字を言い終えた瞬間だった。
トウラの右手から、コインが消え、瞬時に右手の平に移動したのだ。
「……今、コインが瞬間移動した!?」
するとトウラは再び得意げな笑みを浮かべた。
「これが俺の念力だ。魔法とは違う、異能さ」
「凄いですトウラさん! こんな事が出来るんですね!」
「ありがとう。後は、こんな事も出来るぜ」
瞬間。トウラの姿が消えた。
シオンが目の前の状況を飲み込めないでいると、誰かが彼の肩を叩いてくる。
振り返ると、そこにはトウラがいた。
「こういう風に、物体だけじゃなく、自分も転移させることが出来るんだ」
「へええええ! 凄い凄い!」
シオンが手を叩いて喜ぶ。そんなトウラとシオンを見ているだけのシュートは、ため息をつくばかりだ。
「こんな事も出来る」
トウラはシオンに手をかざした。
刹那、シオンの視界が転換した。
「なっ!?」
目の前には夜空が広がり、足元にはバラックの――家、と言えるのだろうか? 風雨を凌げるかも分からない――建物が小さく並んでいる。
町の時計塔に転移させられたと理解したのは数秒経った後だった。
「どうだ? 凄いだろ」
背中から追いついてきたトウラが声をかける。
「凄いです! 手を触れなくても人を転移させられるんですね!」
「そうだ」
トウラが再び、シオンに軽く手をかざした。
瞬間、2人は元いた宿屋の前に戻って来た。
「こんな具合で、俺は人や物を何処へでも瞬間移動させられるんだ」
「凄いです! この世界の魔法も凄いと思ったけど、トウラさんの“念力”は群を抜いて凄いです!」
「ただし、こいつの異能を使うには条件がある」
「おいぃシュートぉ」
「あ、そうでした。確か――」
「こいつが転移させられるのは、こいつが知り得るものだけだ。つまり、転移する人、物、場所は、一度こいつが直接触れ、見て、行き、知る必要がある」
シュートの説明が終わると、トウラはがっくりと肩を落とした。
「はああぁ。……お前は本当に肝心な所を全部持っていきやがって。そうなんだ。俺が転移出来るのは、俺が知り得るものだけ。それが、この異能の唯一の“欠点”なんだ」
――確かにそれは欠点だ。これから冒険するとして、新しい場所に行きたい際には、この力は使えない。
だが……。
「でも、一度知ってさえいればとても便利な力ですよね? 僕はやっぱり、トウラさんの異能は凄いと思います!」
「お? そうか? そうか、そうだよなぁ」
シオンに絶賛されたトウラの顔に、徐々に活気が戻ってきた。
「そんなに凄い能力なのに、どうしてシェロの前であんなまどろっこしい事をしたんです?」
「だって、この転移、確かに便利だけど――シオン君も見ただろ? 本当に一瞬なんだよ。なんか味気無いじゃん?」
「そうですか? 僕は十分派手だと思いますが」
「そうか? そうかなぁ? エヘへヘ」
トウラは無造作な黒髪を掻き、満悦な表情だ。
それを見たシュートが、ついに2人の間に割って入って来た。
「シオン。こいつをあんまりおだてるな。こいつおだてれば何処までも調子に乗るからな」
「そんな事ねぇよ! お前だってシェロの前でデレデレしやがって、気持ち悪ぃ! 色男のつもりかよ!」
「なんだと、この爆発頭!」
「おう、やるのか? このデレデレ野郎!」
「ちょっと2人共、止めて下さい!」
突然、喧嘩が始まった。
シオンの声は、互いが互いを罵る声でかき消され、2人の耳へ届きそうにない。
シオンが慌てふためくしかないその時だった。
「はいそこまで!」
「痛て!」
「あたっ!」
喧嘩する2人の頭に鈍い痛みが走る。見れば、シェロが2人の間に立っていた。
「こんな人目のつく所で喧嘩? 冗談はやめてよね」
シェロが、拳に握った拳銃をしまいながら言う――拳銃の把による殴打が、鈍い痛みの根源といえそうだ。
「あんた達、仮にも賞金首なんでしょ? 喫茶店での事があったにも関わらず、更に問題を増やすつもり?」
そのシェロの言葉に2人は我に返った様子で、彼女に頭を下げた。
「宿が取れたわ。行くわよ」
「本当? 大丈夫だったんだね!」
「ふふふ、まぁね」
その意味深な笑みに、シュートが食い付いた。
「おいおい、もしかして女の武器を使ったって訳か? シェロは美人だからな」
「メルシー。でも、舐めないでちょうだい。こう見えても私、節度はあるのよ」
シェロの一喝に、シュートは苦虫を噛み潰した様な顔をした。そのシュートの背中を、トウラはニヤニヤと見ていた。
「さあ、中に入るわよ。暖かいベッドが待ってるわ」
その時だった。
「出てけ! この死に損ないが!」
突如、店から怒鳴り声が聞こえた。
その直後、店から転がり出る様に1人のみずほらしい老人が店から出てきたのだ。
そして、その老人に、彼の持ち物と思われる長い杖を投げつけた。
「二度とこの宿に来るんじゃねぇ!」
「後生です! どうか、今夜だけでも……わずかでも良いんです。食事と寝床を恵んで下さい!」
「うるさい! お前みたいな薄汚い奴がこの店に来ると迷惑なんだよ! 浮浪者め!」
それだけ言うと、店主らしい男は老人を蹴飛ばした。
だが、シェロと目が合うと男は一変。腰を低くしながらこちらに近付いてきた。
「これはカロリアーナ様! とんだお恥ずかしい所をお見せしてしまいましたね! 申し訳ありません。
おや、これは御一行様も一緒ですか! ようこそ! 宿ロップルへ!」
にへらと笑顔を作る男の様子は、シオンが見ても「態度が違う」ことは明らかだった。
そこで、すかさずシェロがシュートに耳打ちする。
「あの宝石はあとどれくらい残ってる?」
「ん? まぁ残ってるっちゃ残ってるが……あんまり数は無いぞ?」
「それを全部私に貸してくれない? 利息付きで返すわ」
「え? なんでそんな――」
「良いから!」
シュートは意味が分からず、宝石の入った袋をシェロに手渡した。するとシェロは、宝石の入った袋を店主に渡して言った。
「あのご老人も、私の同伴者にします」
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