第10話 『蘇った記憶』(執筆者:金城暁大)

「どうしてなんですか?」


 シオンの問いに、トウヤは険しい顔をした。


「俺が神と戦った時、奴は言っていた。『この世界には穢れが多すぎる。だから一度世界をまっさらに壊し、再び理想の世界を作る』ってな」

「そんな勝手な事が許される訳がない!だって、この世界には皆さんみたいに良い人だって沢山いるんだから!」

「そうだな。俺も神の理屈は間違っていると思うよ。だが、奴の眼にはそんな物は欠片も映っていないんだろうな」

「…………」


 シオンには受け入れ難かった。

 シオンは今まで、神とは善良な人々を救い、福音を授けてくれる存在だと信じていたからだ。しかし、この世界の神は違う。


「言ったでしょ?」


 考え込むシオンを慰めるようにシェロが言った。


「この世界では、神様は忌み嫌われる存在なの。災厄の象徴として、ね」

「……僕の前にいた世界の神様とは随分違うんだね」


 すると、シュートは組んでいた腕をほどき、テーブルに腕を乗せながら言った。


「確かに俺もここに来る前は神は人味方だと思ってたよ。未来、希望、理想、愛、光……そんな風に善良な象徴だって思ってたんだ。

 でも、この世界に来て世界の真理を……神を知ってからは真逆。そんな考え方は一瞬でぶっ飛んじまったよ。なぁ、知ってるか?」


 シュートはテーブルに軽く身を乗り出し、声を顰めながら言った。


「この世界の神は他の世界にも干渉する事が出来るんだ。そしてこの世界にしているのと同じ様に、災厄をもたらす事だって出来るんだ。

……シオン、お前は覚えていないか?お前の世界で起こった災厄の事を」


 災厄


 その言葉が脳内で反響する。

 そして、ソレはいつしか不協和音となり、記憶の底から歪な感情を湧き起こさせた。


 災厄


 そうだ。


 僕は知っている。


 その言葉の意味を。

 それがもたらした結末を。


 脳裏に徐々に忌むべき日の光景が蘇り始めた。


 逃げ惑う人々。


 泣きわめく子供。


 助けを求める女性。


 崩れゆく家の数々。


 割れる地面。


 その中を、自分は何かを背負いながら走っている。

 無我夢中で、一心不乱に走り続ける


 そして、その背中の何か……誰かに話しかけている。


 何だ……いや、誰なんだ?



 君は一体……誰なんだ?



…………ちゃん


……にぃ…ゃん


『お兄ちゃん!!』


『怖いよ……助けて!お兄ちゃん!!』







「う……う、うぁああああああ!?」


 突如、シオンは頭を抱え、テーブルに伏した。


「シオン!?どうしたのシオン!?」

「シオン君!?」

「どうした!?何が起きたんだ!?」


 俯きながら絶望の悲鳴を上げるシオンに3人が驚き、どうにかシオンを落ち着かせようとする。


「うああああああああ!?怖い……怖いよ!僕は、僕はぁあああああ!!」

「シオン!しっかりして!落ち着いて私を見て!」


 シェロは何とかシオンを落ち着かせようと声をかける。しかし、シェロの声はシオンには届いていない。

 何故なら、シオンの意識は自らの中に――――記憶の中にあったのだから。






 そう、僕は覚えている。


 災厄を。


 あの日の出来事を。




『怖いよ!シオンお兄ちゃん!!』




 シオンの脳裏に、“彼女”の顔が鮮明に蘇った。

 そしてその瞬間、足元の地面が裂けた。その先には無明の闇が広がっている。


 抗う暇もなく、その闇に二人は吸い込まれていく。


 響く悲鳴。そして自分の名を呼ぶ“彼女”の声。


『お兄ちゃん!!助けて!!』


 闇に呑まれながらも“彼女”の手を掴もうと、自分は必死に手を伸ばす。

 けれど――――その手は何も掴むことは出来ず、ただ虚しく空を切っただけだった。



――――マ……リ!!



――――ヒマリ!!






「ヒマリ!!」


 シオンは無意識のうちに叫んでいた。


「はぁはぁはぁはぁ……ヒマリ。そうだ、ヒマリは!?」


 シオンの言葉に3人は心配そうな表情を浮かべながらも、シオンに訊ねる。


「ヒマリ?誰なの、その子は?」


 シェロの言葉に、シオンは彼女の肩を掴んで揺さぶりながら叫ぶように言った。


「ヒマリは僕の妹だ!何処だ?一体、何処にいるんだ!?」

「落ち着いて、シオン!妹さんは少なくとも此処にはいないの!私たちも知らないの!だから落ち着いて!」

「ヒマリ……大変だ。僕と一緒に地割れに呑まれて……ああぁ!!」


 シオンはシェロから離れると、頭を抱え始めた。


「思い出したか……」


 頭を抱えているシオンを見下ろしながら、シュートは呟いた。


「ヒマリ……!ヒマリ!!あんなものに呑まれたら、きっとヒマリは……!!」


 シオンが絶望に呑まれかけた、その時だった。


『やっと思い出したんだね』


 突如、シオンとシュート、そしてトウラの脳内に声が聞こえた。突然の事に3人は驚き、身構える。

 しかし、シェロには聞こえていないらしく、3人の突然の変化に首を傾げていた。


「この声は……奴か!」


 トウラの言葉に、シュートの眼の色を変えた。


「神!!」


 シュートもトウラもまるで獣のような目つきをしている。シェロが二人の黒い髪が逆立っているかのように感じられるほど、二人は強烈な怒りを露わにしていた。


『良かったよ、シオン君が思い出してくれて。シュート君にトウラ君。君たちには感謝しなければならないね。彼の……キングの記憶を呼び覚ましてくれて』

「おい、何処にいる!?出てきやがれクソ神!」


 シュートは凄い剣幕で外に向かって叫んだ。シェロや周りの客たちは何事なのかとシュートを見るが、彼はお構いなしだ。いや、彼には構っている余裕などないのだ。


「キング?……ゲームのつもりか、神!」


 トウラの言葉に声の主――――神は笑いながら答えた。


『そう、これはゲームだ!壮大なストーリーの上で行われるゲームなんだよ!君たち転生者はその駒、という訳さ』

「ふざけんな!テメェのその気紛れのためにどれだけの人が死んだと思ってんだ!」

『そんなのエンディングのための感動要素でしかないよ。物語には必要だろう?ハッピーエンドのための、バッドストーリーはさ』

「テメェ……!」


 シュートはギリギリと拳を握り締めた。


「この声の主が、神……」


 シオンは自分の想像上の神と似ても似つかない非道さに、ただ呆然とするしかなかった。


『安心してね、シオン君。君の大切な妹のヒマリちゃんはちゃんと生きているから。僕が生かしておいてあげたんだ』

「えっ!?本当ですか!?ヒマリは、生きているんですか!?」


 シオンは飛び上がりそうと思えてしまう程高い声を出した。


『ハハハハハハハ!やっぱり妹が大切だよね?本当さ。ちゃーんと生きてるよ

ただし……この世界とは異なる世界――――メルフェールでね?』

「えっ……」


 シオンの表情から感情が消えた。

 さっき聞いた話では、このヒューマニーからメルフェールへ行く手段はない。それが意味するところ。それはつまり、シオンとヒマリは永遠に会う事が叶わないという事だ。


『アハハハハハハハ!そうそう!僕はそういう顔が見たかったんだよ!

中々いい顔が出来るじゃないか!きっと、君は将来有望な役者になれるよ!』


 その人道外れな神の台詞にシュートは食ってかかる。


「クソ神……テメェ、いい加減にしろよ!とっとと出てこい!俺がこの場でぶっ殺してやるからよぉ……!」

『おお怖い怖い。シュート君、そんな言葉遣いじゃ傍の美女に嫌われちゃうよ?』

「うるせぇんだよ……ふざけんのもいい加減にしろよ」

『やれやれ……これだから人間って奴は血の気が多くて嫌なんだよ。

 まぁ、でも安心して良いよ?シオン君。君たちの世界からメルフェールに行く方法はちゃんと用意してあるんだ。いや、この場合は残っている、という表現が正しいのかな?』


 神の言葉にシオンは再び希望の光を宿した。


「……本当なんですか?」

『本当も本当さ。それにしても、君は律義な子だね?僕みたいな奴に態々敬語を使うなんてさ。そこの二人を見てみなよ。クソだのなんだの好き放題だ。君も自由に喋って良いんだよ?』

「……どうやったらそこに行けるんだい、神様?」

『フフフ……さぁ?それは君自身で探しなよ。それが、君の冒険譚という奴なんだからね。吟遊詩人アイツじゃないけど、言わせてもらうよ。それが君の物語の始まりだ、ってね。

細やかながら、シオン君の冒険に幸運があらんことを願わせてもらうよ』


 それだけ言い残すと、神はブツリと交信を断った。

 暫くすると、シュートは荒々しく椅子に座った。それでも我慢ならないのか、テーブルに拳を叩きつけた。


「あのクソ神が……舐め腐ってやがる」

「ああ、同感だよ……」


 シュートとトウラは歯軋りするほどに歯を噛み締め、その顔には苛立ちと怒りの感情浮かべていた。


「言うに事欠いて駒だってよ。ふざけてるよな」

「ああ。あんな奴に弄ばれていると思うと、その事実だけで殺したくなってきやがるよな……!」


 2人の怒りは最もだ、とシオンは思った。神とは到底思えないあり方。アレはまるで、人をおちょくる事を何よりの楽しみにしている愉快犯そのものだ。

 絶望や苛立ち、何より怒りで立ちすくむ3人に状況がまったく理解できないシェロが声をかけた。


「……落ち着いた?それじゃあ、そろそろ何が起きていたのか説明してくれるかしら?」

「ああ、すまない。さっきのは……」


 シェロに声をかけられ、ようやく感情を少し制御できるようになったシュートはシェロに説明を始めた。


 ◆ ◆ ◆


「……なるほど。やっぱり神様がクズ、っていうのは本当だったのね」


 シュートの説明を聞き、シェロは何とも言い難い不快感を胸に感じていた。同時に、この3人はそれ以上の物を感じているんだろうけど、とも思っていたが。


「ムカつくわね」

「まったくもって同意見だな」


 シェロとシュートの言葉に、シオンとトウラも頷いた。


「でも、シオンの妹さん……ヒマリちゃんだっけ?その子の事はそんなに深刻になる必要はないんじゃない?神様だって、保証したんでしょ?」

「メルフェールに行く方法がある、って話か……」


 とはいえ、半信半疑が良いところだろう。なにせ情報源があの神なのだから。


「そう。今までは無かったかもしれない。ううん、神の言葉通りならきっと『バベルの橋』は壊されていなかったのね。きっとあの神がその『ゲーム』とやらのために封印したのね。そしてその橋を渡ってメルフェールに行くために必要な……そうね。何かしらの『鍵』を作ったのよ。

“探せ”って事は、少なくともこのヒューマニーのどこかにある筈よ」

「何処かに、か……」


 シュートは険しい表情を浮かべた。同じように、トウラも苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。この場合、『何処か』というのが問題だからだ。


「時間がかかるな」

「そんなの……!」


 シオンは食ってかかるように、声を出した。その声はとてもか細く、泣いているようにすら思えた。


「そんなの待ってられない!今もヒマリがあっちの世界でどんな目に遭っているのか分からないのに……もしかしたらさっきの獣耳族の女の子みたいに酷い目に遭っているかもしれないんだよ!?」

「落ち着いて、シオン。今私たちが慌ててもどうにもならないでしょう?それはヒマリちゃんを信じるしかないわ」

「そうだぞ、シオン君。きっと俺たちみたいな善人がヒマリちゃんを守ってくれてる。そう信じるしかないだろう?」


 シオンはシェロとトウラの言葉に不安を何とか呑み込んだ。


「……そうだと、良いんだけど」


 シェロとトウラもそうは言ったものの、3人としてもヒマリの身の上については心配だった。4人とも口を開かなくなり、自然と沈黙が生まれた。その場には静かにクラシックが寂しげに流れていた。


「お客様」


 不意にシェロの後ろから声がした。シェロが振り返ると、そこには黒い燕尾服を着た男が立っていた。


「あら、注文をした覚えはないけれど?」

「いえ、その事ではありません。申し遅れましたが、私はこの店舗の店長をしている者です」


 店長が直々に声をかけてきた。その事実に、4人は何となく理解しながらも嫌な予感があった。


「失礼ですが、先程お客様方がお騒ぎになっていた件で他のお客様からクレームが寄せられておりまして」

「あら、そうだったの?デショール、それはごめんなさい」

「いえ、謝罪には及びません。しかし、他のお客様が不快に感じておられます。申し訳ありませんが、当店からご退店願います」

「はぁ……そうね。仕方がないわよね」


 シェロが頭を下げると、3人も頭を下げた。そして無言で席を立ち、シュートに会計を任せて3人は店を出た。会計を済ませる際、シオンはシュートが店長から何か一言を言われていたのを見た。その事をなんとなくシュートに訊ねてみた。


「俺たちみたいな柄の悪い客はもうあの店に来るな、だとよ。お高くとまってやがるよな」


 舌打ちしながらそう言ったシュートに対して、シェロは呆れながら言った。


「あんな店であれだけ騒げば当たり前よ。それにあの店を選んだのは貴方でしょう?シュート。そう言われてしまう責任の一端は貴方にあるわ」

「……まぁ、そう言われりゃそうなんだけどさ」


 シュートはバツが悪そうにそう呟いた後、蛮族の男から奪った宝石袋を覗き見た。


「ちっ、迷惑料だから仕方がないとはいえ、結構えげつなく持って行きやがった。中々がめついなあの店長」

「まぁ、しょうがねぇよな。あれだけ騒いだんだから」


 トウラもシェロ同様、既に状況を呑み込んでいた。


「しかし、これでは今日の宿は難しいな……野宿でもするか?」


 シュートのその言葉にシオンとシェロは我に返った。


「そうよ!シオン、大変よ!私たち、まだ今日の宿を決めてないわ!」

「……あ!そうだ、早く宿を探さないと!」


 だが、シェロはシオン以上に切羽詰まった様子だった。

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