第6話 『博愛の男』(執筆者:星野リゲル)

 その声が、この最悪な店の空気を一掃する。男の動きを止める程、凍り付いた店内を溶かすようなとても良く通る声、と同時に客がざわつき始める。


「アイツ……どこかで見た覚えがある」


「しょ、賞金首だ!!」


「あの例の、てっ、転生者だ!」


「懸賞金1000万アイロの、シュート! シュート・アリベルトだ!」


 客の声に、男が反応を見せた。


「ほーう、お前があの魔の転生者か……噂だけあって肝だけは据わっているようだな」


「お前、ちょっと俺と取引しないか」


 客の強張った表情とは裏腹に、シュートは余裕の雰囲気を出していた。


「普通なら応じねぇな。だが1000万アイロのテメェの話だ。よほどいい条件なんだろう?」


「いい条件だぜ。俺と決闘しな。お前が勝ったら俺の懸賞金と……この店にいる全員の命、やるよ」


「乗ったね…………じゃぁ、始めようかぁ」


「ああ」


「そう、死んで後悔するがいい!」


 奴はシュートの首筋に向かって斧を振り下ろした。だが、その斧が彼の体に触れる事は無かった。

 シオンとシェロは、シュートの口元に目を移した。何かを口走っているみたいだ。


「pierce the truth, roar of my fresh green, rejoice, shoot《真理を貫きし我が新緑の轟よ、歓喜せよ、撃ちたまえ》」 


「この独特の長い詠唱、木属性の上位魔法だ。初めてお目にかかるわ!」


 シェロが驚きの声を上げた時、酒場は光に包まれた。そしてすぐ、それがシュートの手の平から発されている光だと気が付いた。

 奴は吹き飛び、壁に直撃した。

 爆音を立てて壁にめり込んだのだ。


 一呼吸おき、酒場から一斉に拍手喝采が巻き起こった。


「……すげぇ。すげぇよ」


 シオンはその一部始終を瞬き一つせずに眺めていたので、シュートの圧倒的な快進撃に魅せられていた。いや、シオンだけではない。シェロやマスター、そして少女も感動と歓喜に包まれていたのではなかろうか。


「まだだぜ、お客さん! まだ始末がされてねぇ」


 その声で、一斉に我に返る。


「……この死にぞこないめがァ」


 奴は再び攻撃しようと試みる。

 だが、勝敗は見えていた。再びシュートの手から迸る閃光弾により奴は白目を向いた。

 シュートはポッケに手を入れながら悠々と奴の方に近づいて行った。


 そして耳元で彼は囁く。


「……悪いな、お前に不利な取引をしちまったみたいだ。だから今度はお前に最も必要な取引を用意しているんだ」


 するとガラスの破片を拾い上げたシュートは奴の両手首に傷を付けた。


「curse of the trees anger《樹々の呪い・怒り》その傷は直後魔方陣になる……そして、殺しをしようとすると、手首から先がもげる。成熟した果実のようにね」


 シュートはただ男を倒すだけではなく、二度と殺しをさせないよう呪いを掛けたという訳である。そうして話を続けた。


「それと、俺ら転生者は稀に、魔法と異能の両方を完璧に使いこなせる人材がいる。質も量もお前らとは比較にならん。ただの蛮族が、真正面からやりあって勝てると思うなよ」


 そう言い残し、颯爽と立ち去っていくシュートに周りの人たちは拍手喝采を送った。賞金首のことなんて頭に無かった。ただ、いまか弱き少女を救った。ただそう、英雄だった。


「悪いな、マスター。いろいろ店の中を荒しちまった。お代は後で付けておいてくれ」


「待って……」


 立っていたのは先ほどの少女であった。


「私、なんてお礼をしたらいいのか……助けてくれてありがとうございます。あのっ、私何でもします……だから…その」


「じゃあ帰りな。お嬢ちゃんのかわいい笑顔が、俺にとって最高のプレゼントだぜ」


「ええっ?」


「俺は報酬をもらいたくって君を助けた訳じゃないんだ。それに俺は悪党だぜ、転生者だぜ。こんな野郎と関わっていると、母ちゃんに叱られちまう」


「……かあさん。いないんです」


「ん?」


「殺されたの。蛮族に」


「へぇ、それでこの近郊に仇がいると踏んで、情報集めに酒場に……か、ケナゲだな」


「それで、見ちゃったの。アイツが……かあさんの毛皮を……」


 少女は今にも泣き喚きそうだった。

 その切羽詰まった表情を見て、シュートはぎゅっと少女を抱きしめた。


「せっかく、仇を打ってくれても……母さんは、もう……でも誰も助けてくれない、獣耳族は穢れた種族って………」


 少女の涙がシュートの服を濡らした。そうして彼は少女の耳元に「落ち着いて」と囁いた。


「いいか? 人がどれだけ君のことを穢れた種族と言おうが、どれだけ後ろ指を指して馬鹿にしようが、その耳、その瞳、肌、髪の毛一本一本に至るまで、君の母さんの愛情をしっかり受け継いでいるんだ。俺には分かる。きっと君は綺麗な大人になるよ……」


 シュートはしばらくの間、肩を貸していたが


「君がいなければ、俺はアイツを見逃していたと思う。今日は君の大活躍だ。まあ達者で暮らせよ」

 と言い、立ち去った。


 だが、シュートはシオンの真横を通るときふと耳元に

「お前も俺と同類なんだろ? 話がある、この後時間を取らせるよ」

 と口走ったのだ。 


「えっ?」


 シオンは驚いた。

 突然、シュートに話しかけられたので彼は息を飲んだ。


「えっ? なぜ、それを」


「分かるさ。君の目を見れば」


 そうして咳払いをしてから、彼は声のトーンを変えた。


「さて。ここでは人目が気になる。お連れさんも一緒に俺の行きつけのカフェでお茶しません?」


 シュートはシェロに向かって言う。


「私は別に構わないけど……シオンは」


「あっ。でも」


 ためらうシオンにシェロは言葉を投げかけた。


「賞金首みたいだけど、さっきの騒動見ていたら何か、良い人みたいじゃない。こういう誘いには乗るべきよ」


「そうだね。分かった」


 シオンが了解すると、すぐさまシュートは彼の方に目を向けた。その目の奥は深かった。まるで深淵を覗いているような、だがとても暖かく優しい、美しい瞳であった。


「シオン君って言うのかい? これからする話は俺たち転生者にとって、かなり需要な話になる。最も核心に迫る神についての話だ。分かるかい?」


 その深刻そうなシュートの眼差しにシオンの心は不安感で満たされた。

これから自分にとって最も重要な話をされる。それが神についての語らいであるという。

 シオンの胸はより一層、脈を打った。動機が止まらない。漠然とした不安感に包まれてシェロの方を振り返った。


 まだ会ってから日が浅いシェロ。だが、シオンには彼女が昔からの大親友であるかのように思えた。そんな安心感があったのだ。


「……シオン、大丈夫よ。この人も転生者。きっとあなたの背負っている物も理解できる」


 そう言われて、シオンは覚悟を決めた。


「分かった。行こう」


「よかった。そう言ってくれて。まあ俺の奢りだからゆっくりしてくれよ」


 そうして三人は店を出た。

 酒場を出る時の客や店員たちのすごい視線を感じながら三人は、歩き始めるのであった。





 シュートはカフェに行くとか言っていたがルイドの町のカフェでは、また新たな転生者との出会いはあるのだろうか。いや、それ以前に神についての重要な話とは何なのだろうかと、シオンは思った。


「そういえばシェロ、君の戦闘機、茂みに置きっぱなしだけど大丈夫なの?」


「うーん。まあちゃんと隠したし、大丈夫なんじゃない?」


 その声にシュートは反応した。


「えっ、シェロちゃん。君パイロットなの?」


「ええ、一応。冒険者やっているわ。だから追われる身っていうのはお互い様ね」


「そうだな。まあ俺の場合、追手は軒並みザコだから問題ないんだけど。ハッハッハッ」


 蛮族と闘っていた時のキリっとした表情とは打って変わり、なんだかシェロに対してデレデレしているような感に見えたが、すぐに話を元に戻した。


「戦闘機ね。心配なら俺が友達に頼んで、向こうのカフェに届けるけど」


「えっ。そんな事が可能なの?」


 シェロの驚いた表情にシュートは答える。


「ああ。着いたら話そうと思っていた事なんだが、実はその友達が今回のお話の重要人物、神についてよく知る人物だ。俺と同じ賞金首で転生者」


「転生者?」


 シオンは食いつく。


「ああ。そいつの異能は念力だ。つまり、俺とテレパシーでやり取りし、君の戦闘機をルイドのカフェへ届けてもらう」


「本当? 嬉しい。じゃあお願いしようかな」


 三人がしばらく道を歩いていると、目的のカフェが見えてきたようだ。


「ほら、お二人さん。あそこが俺の行きつけの店だ。それじゃあ、ゆっくり語り合うとするか…………あれ? 妙だな。戦闘機がない」


「ふふ、シュート。あなた意外とミスをする事もあるのね。まあ私の戦闘機は大丈夫、気にしないで」

 シェロの軽い声とは裏腹に、シュートは暗い表情を浮かべていた。


「いや、違う…………トウラ、アイツやられたのか」


「トウラ? それって、誰の事」


 シオンが聞いたその瞬間だった。

 ドォーン!! と凄まじい爆音と共に、砂煙が舞った。

 シェロとシオンは目を丸くしていた。

 空から人が降ってきたのだ。


「トウラぁあああ!!」


 シュートは落ちてきた人間に駆け寄った。何が起きたか理解できていない二人はただ茫然とその光景を見つめていた。


「シュ……シュートか?」


「どうしたんだお前、その傷……まさか、神と戦ったのか」


「ああ、竜化の能力なら行けると思った。まあ無理な話だったが」


「傷は浅……くもないな。……あまり無理してくれるなよ」


 シュートが短めの詠唱をするとトウラの傷は塞がっていった。


「シュート、あなた回復魔法も使えるのね。さすが、1000万アイロの懸賞金だけあるわ!……でもなんで媒体無しで魔法を……? さっきもそうだったわ、魔法の媒体となるものにさわっていなかった。なのに、魔法が発動された……」


「まぁ細かいことはいいじゃねぇーか。あと、賞金首っても、コイツは60億アイロだけどな」


「60億!?」


 二人は驚きの声を発した。シオンはいまいち金額の大きさがわからなかった。

 するとトウラは立ち上がった。


「シュート、この二人は?」


「見ての通りこの少年は転生者、シオン君だ。でこの美しいシニョリーナが冒険家のシェロだ」


「悪いね。お二人さん、多分状況が飲み込めないだろうから、あの店でゆっくり一から説明しよう」


 と、いう事でシオン、シェロ、シュート、トウラの4人はルイドの少しオシャレな店で語り合う事になったのだ。

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