第5話 『賞金首』(執筆者:星野リゲル)

《一方、ルイドの町》


「すごい町並みだよ、シオン。ここなら転生者に関する情報が手に入るかも」


 シェロは自分の事のように胸を躍らせていた。しかしその直後、二人は後ろから聞こえる声にヒヤリとした。


「あなた達、待ちなさい!」


 その声は先ほど、このルイドの町へと通じる扉の事を教えてくれたお母さんだった。


「まずい。嘘がバレたかな? どうしようシェロ、逃げようよ」


「待って。あの人、手に何か持っている」


 二人はお母さんが持っている紙に目を向けた。どうやらそれは指名手配書らしい。


「あなた達が探している転生者って、ひょっとしてコイツじゃない?」


 手配書に目を向けると、そこには男の似顔絵が描かれていた。黒髪をボサボサに生やし、目つきは鋭く、右目の下に大きな刀傷があった。さほど歳は取っていないらしく、恐らく二十代後半あたりかなあと予想できる。


「……ご親切に、ありがとうございます。しかしこの子、残念な事に犯人の顔を見ていないらしくて、転生者って事しか分かっていないんです」


 シェロは上手い具合にこの場を切り抜けようとしていた。


「いいかい? 手配書のコイツ、今ルイドの町ですごく有名な悪人なのよ。木属性の魔法とか、得体の知れない異能を使って、人々を陥れようとしているの」


「異能って事は、コイツその……転生者なんですか?」


 シオンは興味のあまり、声を荒げて聞いた。


「そう、懸賞金1000万アイロ。シュート・アリベルト、別名魔の転生者よ」


「……魔の、転生者」


 シェロは一体そいつはどんな奴なのだろうか、と半分興味を持ったような顔つきになり


「その手配書、もう一枚ありますか?」


 と催促した。


「手配書ならあげるわよ。かたき討ち、頑張りなさい」


 シェロはて手配書を受け取った。


「ありがとうございます。私も、この子の無念を晴らすよう全力を尽くします」


「良いのよ、お礼なんか。それとこの道をまっすぐ行った所にそんなに大きくない酒場があるの、いつも顔馴染みどうしで集まっているみたいだから、そこに行けば転生者の情報の一つや二つ手に入るかも」


「助かります」


 そういう事で、二人は言われた通り、酒場を目指して歩き始めるのであった。

 このルイドの町並みは見事なもので、空は青く澄み渡り、絵に描いたように真っ白な雲が泳いでいる。そしてなにより四方を囲んでいる断崖が神々しさをより放っていた。

 シェロとシオンはしばらく無言で歩いていた。風の匂いを感じつつ町並みを堪能していたので少しばかり長い道のりが苦では無かった。

 しばらく歩いていると、先ほど教えてもらった酒場が見えてきた。


「見えた。多分ここだよ、シオン」


「入ろうか」


 カランカラン、という乾いたベルの音を鳴らし二人は酒場に入った。入ってすぐ、常連と思われる数人の客がワイワイと盛り上がっていた。酒とタバコの臭いがかなり鼻につくなあと感じたが、二人は足を進める。


「いらっしゃい!! あらっ。お客さん、見ない顔だね」


 マスターと思われる人物が声を発した。


「ごめんなさい、ちょっと調べたい事があるの」


 シェロは早口にそう言うと、空いているテーブル席に無造作に腰を掛けた。そうしてシオンに、おいでおいでの合図してから


「マスターっ。ここハンバーグは置いてないの?」


と聞いたのである。


「そんな、悪いよシェロ。さっきもご馳走してもらったばかりなのに」


「いや違うのよ。今度は私が食べたくなっちゃったから」


「ええっ、……シェロ意外と大食らいなんだね」


 と、その時であった。

突然、カウンター席の方から叫び声が上がった。


「お客さん!! 困りますよ!」


 店員の声の方向には、薄汚れた毛皮を身にまとい、身長2メートルは超えるであろう、かなり大柄な男が立っていた。腰に装着しているのは錆びついた斧である。

 その男は何か気に食わない出来事があったのか、店員に怒鳴り散らしている。


「イッタイこの店は、どういう神経してやがる! あんな野郎今すぐぶち殺しちまえってんだよオ!」


「……あいつ、恐らく蛮族よ」


 その横暴な佇まいの男にシェロは目を光らせた。


「蛮族?」


「ええ。そういう種族がいるわけじゃないんだけど、私が見る限りアイツは暴力的な事件を起こす事が大好きな野郎だわ」


 その説明にシオンもまた、男に目を向けた。相も変らず店員に怒鳴り散らしている。


「ああ? 困ってんのはどっちだって話だぜぇ! 俺はなア、こういう生ぐせぇ血の獣耳族がでえっ嫌れえなんだよぉ。見ているだけで虫唾が走るんだ!」


 二人が目をやると、そこには少女がいた。髪の毛を痛々しく握られ、悶えている。しかし普通の少女ではない。獣のような耳を持つ《獣耳族》であったのだ。その獣耳族の少女は目に涙を浮かべながら、か細く、弱々しい声で「助けてください」と嘆いていた。


「アイツは多分、獣耳族が嫌いなのね。ルイド以外の町でも劣った種族って差別的な扱いを受けていたみたいだけど、ここまであからさまなのは許せないわ」


 獣耳族の少女を店から追い出さない事に憤いが増したのであろうか、男の怒鳴り声により一層の拍車がかかった。


「今からなぁあ、俺はコイツの首をこの斧でぶった切って、皮を剥ぎ、腸を抉りだし、トランの町へ売り出せば、ちぃっとは金になろうってやつだぁ、アッハッハッハ!

 ……だからよぉマスター、止めてくれんなよ。何ならちょっくら、こいつ売るの仲介するか?」


「そんな……許せない」


 シオンは固く拳を握りしめたが、シェロは冷静だった。


「待ってシオン、ここは穏便に事を運びましょう。誰もけが人を出さずに、あいつらに帰ってもらうの」


「……でも、どうやって?」


 しかし、事態は二人の思わぬ方向へ揺れ動いた。さらに良くない方向へ、だ。


「よおーし。俺はこれから、このゴミ種族の獣耳族娘を殺すのをやめる」


「やめる?」


 それは二人にとっても、恐らく少女にとっても意外な言葉だった。コイツの目的は何か、金だろうか、仲間の釈放だろうか、しかしそういう予想を大きく裏切るのが蛮族だ。

 男は電球に向かって発砲した。前方の席の明かりが消え、薄暗くなる。カウンター席に散らばるガラスの破片と共に、客からは悲鳴が上がった。少女はさらに怯えた。

 するとヤツはマスターに銃口を突き付け、持っていた斧を押し付けた。


「アイツ何をする気だ」


 シオンは困惑した。


「俺は、コイツを殺さねぇ。手が血で汚れちまうからなぁ、だからテメェが殺すんだ、マスターであるお前が、お前の手で……この斧で、獣耳族娘をブチッとなぁあ"!」


 マスターの顔はみるみる青ざめていく。一瞬で背中に冷や水を浴びせられたような感覚に陥った。

 自分が死ぬか、目の前の罪のない少女の命を奪うのか、二択だった。


「できるわけ無いじゃないですか……………………こんな何の罪も無い子を!」


 マスターのとても張り詰め、かすれた叫び声が固まった店内に響き渡った。


「できないじゃねぇ……お前が殺るんだよ」


「…………できるわけない、私には」


 静かな男の脅迫は、悪魔そのものの声だった。


「じゃあ、仕方ねぇなァ! 俺がゆっくり痛めつけながらあの世へ送ってやるぜ」


 男は少女を殴り付けた。鈍い音が響く。痛々しい少女の悲鳴が、酒場を凍り付かせた。誰も止めることなど出来なかった。

 それから男は、少女の髪の毛を鷲掴みにするとそのまま蹴り上げる。


「……痛い! 痛いよ……誰か、誰か…助けてぇっ……!」


 少女は頭を押さえていた。狂ったように嗤う男の手にはどっさり抜けた少女の髪の毛が握られていた。

 シオンは思った。(何故だ、なぜ誰も助けようとはしないんだ!)

 だが、シェロは違った。男の邪悪な行為にシェロは黙っていられなかった。


「待って!!」


 シェロは立ち上がった。


「殺すなら、私を殺しなさい!」


「……えっ?! ダメだ、シェロっ、君が犠牲になっちゃ」


「だったら、ただ指を咥えて見てろって言うの? 私は、アンタみたいな蛮族、絶対許せない!」


「ほーう。度胸がある女だ、じゃあ目の前で絶望しな! 血が飛び散るぜ! アッハッハッハ!」


 男が少女に向かって斧を振り上げた。

 その時だった。


「やれやれ……この店は少しスパイスが効きすぎだな」

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