第1話 ハジマリノ語リ・下(執筆者:あかつきいろ)



「くそっ、どうして俺はこんなに無力なんだ!?」


『諦めるのか?』


 少年以外、誰の姿も見られない暗闇の中で声が響いた。あまりにも不可思議で、あり得ないと称しても良い程の事態に対して、少年は何とも思わなかった。こんなにもあり得ない事ばかり起きているのだ。自分にあり得ない事が起こっても仕方がないと思っていたからだ。


「 じゃあ、どうすりゃ良いんだよ。父さんも母さんも多分死んでる。アイツだって、訳の分からないモノに浚われちまった。このまま落ちて死ぬ以外にどうしようもない俺に、一体どうしろって言うんだよ?」


『それは君しだいだ。ここで諦めるもよし、抗おうとするもよし。どのような選択をするかどうかは君の自由である。このまま諦めるのなら、死ぬだけだろう。けれど、もし君が抗う事を諦めないと言うのであれば――――――――君に妹を救う選択をさせる事が出来るだろう!』


 君に妹を救う選択を出したその神の言葉は、絶望と諦観によって支配されていた少年の心に灯をともした。

 それは最早何もない少年にとって、唯の縋る縁とも言える物だったからだ。

 否、それぐらいしか少年が求める存在はもはや残されていないのだ。だからこそ、条件反射的にその言葉に反応した。いや、してしまったと言うべきだろうか。


「どういう意味だ!?」


『あの少女は_________君の妹はとある世界に送られた。幻想渦巻く世界、分かりやすく言えば異世界という奴だ。そこに君の妹は送られた。そして、私は君をその世界に送る事ができる。もし、君がまだ抗う道を選択するというのならば…… 私が君に選択肢を与えてやろう』


 それはまるで砂漠で与えられた水のように甘美な提案。罠かもしれないし、詐欺のように騙しているだけなのかもしれない。

 けれど、その選択をしないという選択肢こそ少年の中には存在していないのだ。それだけが少年の心残りであるが故に。


 だからこそ、少年は手を伸ばすのだ。


 たとえその選択をした結果に自分がどうなるとしても頓着しないだろう。ここで手を伸ばさずに諦めてしまえば、それこそ後悔する事になってしまう。それだけは、絶対に認める事ができない。


 たとえ悪魔に魂を売り払う事になっても、大切な家族だけは守ってみせる。と少年は自分自身に誓ったのだから。


「抗う。抗ってやる!俺は絶対にアイツを取り戻してやる!……だけど、その前に訊かせてくれよ!」


『ふむ、まだ時間はあるだろう……良いぞ。何なりと聞くがいい、答えられる範囲で答をあたえよう』


「あんたの口振りだと……この地震は誰かの手による物なのか?」


 この時、まだ12にも満たない年月しか生きていない少年の生涯の中で最も頭が回っていた。誰かが聞いたのならあり得ないと言いたくなるような事だが、それでも少年の頭の中にはそんな予兆があった。


 だって、誰だっておかしいと思う筈だ。

 多発する大地震。これだけ巨大な、底すら見えないほどの深すぎると言わざるを得ない亀裂。先ほど妹を浚っていった謎の光。

 そして、今少年に語りかけている謎の存在。

 1から10まで不可思議どころかありえない事のオンパレードだ。まだ、誰かの思惑によって起こっていると言われた方が納得がいくほどに。


『これは とんだジョーカーを引いたものだな』


「おい!どうなんだよ!?」


『君の聡明なる智慧に敬意を表し、応えたいところではあるんだが――――どうも時間がないらしい。…不運だったな少年……』


「なっ!」


 地面の動く音がする。

 この亀裂を作り出している壁が元に戻ろうと動き始めているのだ。それはまるで、不要な事に気付いた少年を消そうとしているかの如く。


 この瞬間、少年は間違いなくこんな大災害を起こした黒幕がいる事を理解した。そして、絶対にそいつだけは許さないと決める。


『先程も言ったが、君がこれから赴く世界は幻想渦巻く異世界だ。戦う力を持ち、自らの大切な者を守らんと戦いを続ける世界でもある。そんな世界に今の君を送ったところで、軽く10回は死ねることに間違いはないだろう』


「だったらどうするって言うんだよ!?」


『君に力を与えよう。戦うための力を。生き残るための力を。君がこれから赴く世界で生き残り、無事に君の妹を助けるために必要な力を。ただし、当然リスクはついてくるぞ。

 人はご都合主義的な力に頼ってはならないのだから』


「なんだよ、ケチ! このケチ神め!」


『人生で最も危険な事を避けさせてやろうというのに、言うじゃないか。報酬には代価を、これは古来よりの習わしなんだ。君も甘んじてそれを受け止めたまえ』


 どこからもなく、音が響き渡る。その音は少年の身体を縛り、何かをその身体に注ぎ込んでいく。その瞬間、少年は絶叫という表現すら生易しい程の叫びをあげる。


 しかし、それは当然の事。元来持つはずのない物を直接身体に植え付けられているのだ。痛みがない筈がない。

 激痛は身体中を舐めつくすように奔る筈だし、肉体は風邪なんかの時とは比べ物にならない程の熱量が植えつけられている筈だ。文字通り、身体を業火の中に突っ込んでいるような物だ。

 意識が抗う事を諦めれば、その瞬間に少年の身体は灰となって消え去るだろう。


 その事を少年は理解している。だからこそ、せめて心の中では抗う心を捨てない。妹を救ってみせるという決意だけは捨てない。その一心で耐えきっている。


 その間にも壁はじりじりと近づいていき、少年の身体を押し潰さんとしている。事態は最早、少年が最後まで耐えきれるのが先か、それとも壁によって押し潰されるのが先かというデッドヒートに直行していた。


「負けて、たまるかぁあぁああああ!!」


『時は満ち足りた!さぁ、少年よ、行くが良い。人は何かの犠牲なしに何かを得ることは出来ない。それは翻って言えば、何かを犠牲にする覚悟のある者だけが何かを得られるという事だ。その事を、君は努々忘れてはならない!


 最後に、この言葉を君に送っておくとしよう――――リスクを負う者だけが自由なのだ。挑戦する事を恐れるな。

 

 君が真実、妹の救済を願うのなら。君の果たすべき役目を果たすがよい!』



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 少年が漆黒の闇に呑まれ、大地の壁はピタリとくっついた。1ミリの隙間もない程にピタリと合わさったソレの上即ち、地上には竪琴を持った不思議な青年が立って竪琴の弦は先程まで竪琴を奏でていたのか、微かにに揺れていた。


「ふう……何とか間に合ったか?まったく……自分が好き勝手するのは好きな癖に、他人に好き勝手されるのは嫌いというんだから堪った物ではないな。この星にしてもこれだけ好き勝手にして 後で怒られても知らないぞ」


 大災害という言葉が相応しい被害に、ため息を吐く青年。まるで何もかもを知っているかのような態度を取るこの青年を見る者がいたとすれば、きっとこう問うだろう。


『あなたは一体何者なんだ?』


と。


「なんにしても、まずは己の役割を果たすとしようか青年はそう呟くと手を広げながら、誰もいない空を見上げ朗々と謳いあげた。


「______皆々様!これにて舞台は整いました!あの少年と少女はいかなる道を辿るのか? 未だ結末の定まらぬ劇の開幕に私は感動が絶えません!

 どうか、彼らの行く末に祝福あれと願わずにはいられません!

 しかし、彼らの行く道は決して容易い物ではない。

 故にどうか! 彼らの綴る物語を!

 幻想と現実交わる奇想譚を!

 どうか、心行くまでお楽しみください!」


 青年がそう口にし、いつの間にか持っていた帽子をかぶると姿形残さず消え去っていた。そして暫くすると、地震など最初からなかったかのように平凡な、いつも通りの光景がそこには広がっているのだった。

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