一章 異世界に降り立つ聖女 ③
「リカルド・フリードリヒ・デ・バシリウス。大国キンバリー王国の第一王子にして、
ハンナがくれたリカルド王子のプロフィールと地図を
リカルド王子との謁見から丸一日が
キンバリー王国は、ルシアン王国から見てほぼ東に位置する大国だ。目算でもルシアンの七倍ほどの面積を持つ。
気候が安定しており、農耕に向いた土地で、海に面しているために魚介や塩もとれる。それだけでもルシアンが
もはやルシアンがキンバリーに勝っているものなどひとつしかない。そう、宝石だ。こればかりはキンバリーの広大な土地を探しても、
──ルシアンって、
だからこそ、聖女の存在は彼らにとってとても重要で敬われるものなのだ。
そんなことを考え、はっとして
「ダメダメ! 私は帰るんだから!」
「あれ? これ俺の国だね」
ふっと地図に
「俺の事なら、俺に直接聞いてくれればいいのに。君の質問ならなんでも答えるよ」
なんでも、なんて聞いて
リカルドは目を丸くして言った。
「おや。すっかり
「何か
「
「では『謎の男性』とお呼びしましょうか」
「そうそう、その話をしたかったんだ。玉座の間で、口を
「……全部ぶちまければ良かった」
満足げなリカルドの顔がなんだか腹立たしくてぼそりと
「川辺で会ったのはこのまま秘密にしてくれないか。二人だけの秘密もいいものだよ」
思わせぶりな言い方で
理沙の疑念と不安は、リカルドがやって来たことで
知らない世界にやって来た理沙にとって、未来を知っているというのは一種の
現在、それは根底から
理沙は、考えの読めないリカルドの笑みを見つめる。
「王子がこの国にいらした理由はなんですか?」
「ここに来たのは、次期国王として見聞を広げるためと、あとはルシアンの産業を学びたいからだよ。国王からそう聞いていない?」
確かに訪問の理由は遊学だと聞いている。だがそもそも、ルシアンに勉強のために来たという理由が信じられない。ルシアンは、キンバリー王国からすれば取るに足らない
なにより彼は、この国に王子として正式に
疑問がぐるぐると頭を回る。しかし、真正面から聞いてもはぐらかされるだけなのは分かっていた。更に
「いいね」
「え?」
リカルドが口を開いたことで、理沙はいつの間にか自分が深く長考していたことに気付いた。目の前のリカルドは自身の
「その瞳で情熱的に見つめられると、気分がいい」
「はっ? 情熱的になんて見てません!」
「そう? 急に押し
「誤解です! 見てませんし見ないでください!」
からかわれているのは分かっているが、熱烈に、ひたむきに、などと言われては言い返したくなる。理沙は全力で否定し、青い
「……楽しそうですねえ。リカルド様」
「オスカーか」
リカルドの腹心でもあるこの従者は、いつも
「そう見えるか?」
「はい。いきいきとしていらっしゃいます」
「言い返してくる言葉が小気味よくてね。まるでお前と話しているような
「はいはい。どうせ私は性格がとんでもなくねじ曲がっていて、目だって
リカルドは
「聖女なんて
オスカーはするりと自身の
「なるほど。まあ、
「ああ。色々聞かれる前に話を終わらせたくてね。わざと怒らせた」
「……へえ」
「なんだ」
「別に。ただちょっかいを出したかっただけじゃないかと思いまして」
「そんなわけないだろう」
「この国に来た目的を、お忘れにならないでくださいね」
「分かっている」
リカルドがしっかりと
【画像】
本の内容と現実が
理沙は今度こそ、決断を
──でも、殺されるかもしれない。
ぎゅっと痛いほど両手を
二日後ようやく
部屋に入った
「ラードルフにも聞いてもらおうと思って、私が呼んだのだ。宝石事業についての話なのだろう? それならば彼の
国王にそう言われてしまえば、理沙としては頷くしかない。気持ちを切り
「今度の採掘場の視察の件なのですが、ロレンツ王子ではなく、私に行かせてもらえませんか」
想像していなかった申し出なのか、国王は目を
自分が採掘場に行く。これが理沙の出した答えだった。
──中途半端な決断だって思うけど……。
だが、理沙ができる最善はこれしかない、と考えたのだ。理沙がロレンツの代わりに採掘場に行っても、彼の命が一日二日延びるだけかもしれない。それでもなにかしたい、と考えた結果だった。ロレンツにはここに来る前に事前に話をしていた。彼は自分が行くべきだと最後まで
「その……、聖女として採掘場の様子を見てみたいんです。神の加護が今もルシアンの地にあることを、確かめたいんです」
聖女らしい物言いを意識して言うと、案の定国王が目を
「それはいい!
意見を求められたラードルフは、思案するように視線を飛ばした。
「ですが国王様。この視察はロレンツ王子が行くことに意味があるのでは? ようやく体調が安定した今、次期国王として国政に
言葉だけなら、国の未来を考える宰相そのものだ。しかしどうしても理沙は、ロレンツを採掘場におびき出すために言い
「それはまあそうだが……」
「ロレンツ王子が採掘場に行かれることは、これから何度も機会が訪れるでしょう。ですが、私はいつまでこの地にいるか分かりません。言い伝えをご存じでしょう? 最初の聖女は、いつの間にかこの国から姿を消しました」
国王が
「待ってくれ。そなたも消えてしまうということか?」
「それは……、神のみが知ることですから。ですからどうか、今回は私に行かせてください!」
理沙は頭を下げた。ロレンツ王子の死を
いついなくなるか分からないと言った理沙の言葉は、国王の心に深く残ったようだった。それからラードルフがいくら言っても、国王は首を縦に
話し合いが終わり、理沙は大仕事を終えたような
「聖女様の護衛となる
「はい。よろしくお願いします」
そこでラードルフはじっと理沙を見つめ、何気なく言葉を続けた。
「鉱山では、
「は、い……」
理沙はギクリとして、ラードルフを見上げた。ふわっと
「やあ。今日も
リカルドが、
「君の着る服にはいつも赤と青と緑が使われている。着る服も決まってるのかい?」
理沙は自身の服を見返した。ハンナが選んでくれた服はいつも美しいが、
「おっと」
すぐさまリカルドが腕を取って支えてくれた。
「気をつけて」
「あ、ありがとうございます」
慌てて
「国王の執務室から出て来たよね? なんの用だったの」
「それは……、リカルド王子には関係のないことです」
「そうそう、ロレンツ王子が宝石の採掘場視察に行くんだってね」
理沙は表情を
「そういえば」とリカルドが理沙に耳打ちする。近さにぎょっとするが、次に言われた言葉にそれどころではなくなった。
「君と出会った川辺は、採掘場に近いね」
「え?」
「知らなかった? あの川で、採掘した原石を洗ったりもするらしいよ」
理沙はリカルドを見て、目を瞬かせた。そういえば、川辺で村人が近付いてきた時、最初に音に気付いたリカルドは「村人か、それとも採掘者かな」と言っていた。
──川。そうだ。私がこの世界で初めて目を覚ました場所。
あのとき自分には意識がなかったので今まで気付かなかったが、リカルドによれば理沙は川で
──もしも川の中に、もとの世界へ帰る道があったら?
飛び込めば、帰れるかもしれない!
【画像】
翌日、理沙はひとりの騎士を探すべく、
現在訓練中で、休憩所で休む
──いた……。よし、これは本の通り。
長い裾を
屋根の上で、
──
短めの
「ザック・ハルトマンさん? 起きてください」
毎朝五時に起きてお弁当を作り、満員電車に揺られて仕事に行っている社会人としては、仕事サボってんじゃないわよ! と
ザックが片目だけをあけて、声の主の姿を
「……聖女様が何の用だよ」
「聖女じゃなくて、鈴木理沙と申します。ザックさんに
「断る」
「私の護衛をしてもらいたいんです」
「聞いてねえな人の話」
ザックの受け答えは想定内だったため、理沙は押し通して言った。
理沙は今、自分の命を守ってくれる味方を
味方が欲しい、と理沙は痛切に思った。しかも、理沙の命と自分の命と両方守れるくらいに強い人間がいい。リカルドの顔がなぜかポンと頭に浮かんだが、
そんな理沙が考え
「俺は眠い」
「あなたのお仲間は現在、訓練に明け暮れている最中ですよ」
「だから?」
サボっているのに悪びれる様子もない。これで本当に使えない人間なら、
ザック・ハルトマン、二十六歳。近衛騎士団所属。他国で
理沙がなぜザックを知っているのか。ザックはルシアン王国物語の本に、最初はやる気のない騎士役として出てきた男だった。しかし物語の終盤で
理沙は味方を作ろうと決めた時、ザックの名が思い浮かんだ。念のためにハンナにザックについて調べてもらうと、ほぼ本通りの人物だと分かったため、こうして出向いている。
「屋根で
「それは、命令か?」
じっと理沙を見つめていたザックが、ひょいと起き上がった。しなやかな
「え?」
「自分は聖女なんだから他人が従うのは当たり前だとでも思ってんのか? それとも、金を積むから命を
ザックは
「俺は相手が誰だろうが、いくら金をもらおうが、気に入らない相手の護衛はしない」
──ああ。やっぱり彼は、思った通りの人だ。
どんな人間にも
「話は終わりだ」
「えっ。まだ終わってな……」
「あんたはその黒い瞳から
ザックはもう理沙を見ることもなく、屋根を下りてどこかへ行ってしまった。
そんな最初の
──しかし、敵も強敵だな……。
理沙はぐぬぬ、と両手を
──どうしよう。こんなことしてたら、あっという間に視察の日になってしまう。
どうすれば、あの
「あ!」
そうだ、と理沙はひとつの案を思いつく。そのまま足早に王宮に
「これを読んでください」
理沙は目の前で最高潮に
部屋でとある用紙を作成した理沙は、休憩所の横を歩いていたザックを待ち
「あ? なんだよこれ」
「いいから目を通してください」
「……『護衛騎士における
「そう。私があなたを
ザックは変なものでも見るような目で理沙を見つめ、また紙に視線を落とした。
理沙が提示した条件は以下の通りだ。
『採用年月日・本日より
雇用期間・本日より一か月間(延長あり。なお、雇用主が王宮を去った場合はその時点まで)
勤務場所・王宮、採掘場、並びに雇用主の
勤務時間・週五日 午前八時三十分から午後五時十五分まで(
その他・残業手当、危険手当は
「本給については、近衛騎士の
このお金に至っては、理沙は国王に頭を下げた。そして近衛騎士団の主である国王に、一時的だが護衛役に引き抜くことも許可をもらった。国王は丁度護衛役は付けるべきだと考えており、すべて必要経費だと言ってくれた。お金を用意できない自分は情けないが、仕方ない。
条件は整えた。あとは目の前の男の、説得のみである。理沙は息を
「本当の忠誠って信頼関係から生まれるものだし、それを
ザックは紙から顔を上げた。
「四六時中命を
「あんた、すっげえ変わってるな」
「私はただの
「他の騎士にこんな勧誘の仕方したら、騎士道の
「分かってます。でもあなたは言わないでしょう?」
ザックが口を
「騎士っていう大きな
ぐっと
「……いいぜ」
「えっ」
「権力とか忠誠とか、ごちゃごちゃしたのはナシってことだろ。
ザックは理沙の作った雇用契約書を、ピンと指で
理沙は
「契約成立ですね、ザック・ハルトマン。七時間四十五分、私の
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