第11話

「こんなとこで何してるんだ」

 廊下の片隅で、使用人ともみ合っていたマリーは、聞き慣れた響きに驚いた。

「サクラソウの人……?」

「の人、ってのは、やめろ。サクラソウでいい」

「あの、どうしてここに?」

 聞きたいことは山ほどあった。けれど、身長もそれほど高いわけでもないのに、サクラソウはマリーをひょいと抱えあげた。

「帰るぞ」

「えっ?」

 動転するマリーの側で、使用人も、見知らぬ少年の行動にどうしていいか分からなくて硬直していた。

「あの、迎えに来てくださったんですよね……? ご迷惑おかけして、ごめんなさい、」

「他に言うことはないのか」

 マリーは、階段を下りる少年の横顔を見つめる。

「……助けてくださって、ありがとうございます」

「おい、礼はいいが、使用人がたかってやかましい。何とかならないのか?」

「え」

 階段の下にも上にも、使用人達が集まっている。何人かは、箒だの、武器になりそうなものを抱えていた。

 連れ出しておいて、ここから先は無策なのか。

 マリーは一瞬呆然としかけたが、自分だって、さっきまで、使用人の目をかいくぐって部屋を脱出し、使用人をひっぱたいてでも走って逃げようと考えていたのだ。無策なのは同じだった。

 ならば。

 マリーは、毅然と顎を引く。できれば凛々しく、勇ましく、可愛らしく見えるように祈った。

「ごきげんよう、皆さん」

 堂々と声を張ると、空気が澄み通るようだった。

 ここは声が通る。気持ちがしゃんとする。潮風の匂いが、少ししている。

「屋敷の主の方と、多少の行き違いがございましたが、先方もわたくしの気持ちを汲んで、返してくださるそうです。わたくしは、おいとまいたしますね」

 丁寧に、人を使うのに慣れた声音で、自信を持って言うと、使用人達は逆らいにくい。

「もし貴方がたが叱られるようなことがあれば、わたくしがここを通ったことを、知らなかったことにしてくださいね。何と言っても――そう、わたくしは、魔女。とっても強い、魔女ですから。どんな方法だって使って、みなさんが気づかないうちに、出てゆくこともできるんですのよ」

 ざあっと風が鳴る。サクラソウの花びらが、祝福のように舞い散った。

 若い魔女の言葉を恐れて、使用人達は左右に逃れる。サクラソウは、ふと笑いながら、マリーを抱え直して、外へ出た。

 マリーがうたた寝をしている間に、サクラソウがどんな魔法を使ったのか。まだ明るいうちに、祖母の家に帰りついた。

 屋敷に戻ると、心配していたのであろう、多くの人影が、玄関先に集まっていた。

「潮風かぶって気持ち悪い」

 サクラソウが言うので、あたふたと数人がバケツに水を汲みにいった。戻ってくると、それぞれ一斉に、サクラソウにおおざっぱに水を浴びせかけた。一足先にサクラソウから引き離されたマリーは、執事に、お守りできず申し訳ありません、と謝られて動揺した。

「私がっ、不用心だったからです、ご心配をおかけしてごめんなさい」

「いいえ、我々が、本当に不用心すぎたのです」

 周囲の人々が、小刻みに頷きあっている。

 マリーの知らない男女、顔がはっきり見えない者、うっすらと輪郭がぼやけている者も多い。

「おばっ、」

 マリーはぞっとする。お化け! と叫んで逃げかけた。その肩を掴まえ、支え、執事がマリーを彼らの方へ向ける。

「貴方が来られて数日の間に、これだけの植物が、人に化けられるようになり、貴方を心配して待っていました」

「え……植物……?」

 彼らは一人ずつ何かを言いたそうだったが、サクラソウにしっしっと追い払われ、散っていった。

「またそのうち、サクラソウが紹介してくれるでしょう」

「ここは……もしかして、人間の使用人は、誰も、残ってなかったんですか……?」

 マリーは呆然と呟いた。執事はマリーの背を押していて、顔も見えない。ただ、声色が笑う。

「立ち話もなんですから、屋敷に戻りましょうか」

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