第11話
「こんなとこで何してるんだ」
廊下の片隅で、使用人ともみ合っていたマリーは、聞き慣れた響きに驚いた。
「サクラソウの人……?」
「の人、ってのは、やめろ。サクラソウでいい」
「あの、どうしてここに?」
聞きたいことは山ほどあった。けれど、身長もそれほど高いわけでもないのに、サクラソウはマリーをひょいと抱えあげた。
「帰るぞ」
「えっ?」
動転するマリーの側で、使用人も、見知らぬ少年の行動にどうしていいか分からなくて硬直していた。
「あの、迎えに来てくださったんですよね……? ご迷惑おかけして、ごめんなさい、」
「他に言うことはないのか」
マリーは、階段を下りる少年の横顔を見つめる。
「……助けてくださって、ありがとうございます」
「おい、礼はいいが、使用人がたかってやかましい。何とかならないのか?」
「え」
階段の下にも上にも、使用人達が集まっている。何人かは、箒だの、武器になりそうなものを抱えていた。
連れ出しておいて、ここから先は無策なのか。
マリーは一瞬呆然としかけたが、自分だって、さっきまで、使用人の目をかいくぐって部屋を脱出し、使用人をひっぱたいてでも走って逃げようと考えていたのだ。無策なのは同じだった。
ならば。
マリーは、毅然と顎を引く。できれば凛々しく、勇ましく、可愛らしく見えるように祈った。
「ごきげんよう、皆さん」
堂々と声を張ると、空気が澄み通るようだった。
ここは声が通る。気持ちがしゃんとする。潮風の匂いが、少ししている。
「屋敷の主の方と、多少の行き違いがございましたが、先方もわたくしの気持ちを汲んで、返してくださるそうです。わたくしは、おいとまいたしますね」
丁寧に、人を使うのに慣れた声音で、自信を持って言うと、使用人達は逆らいにくい。
「もし貴方がたが叱られるようなことがあれば、わたくしがここを通ったことを、知らなかったことにしてくださいね。何と言っても――そう、わたくしは、魔女。とっても強い、魔女ですから。どんな方法だって使って、みなさんが気づかないうちに、出てゆくこともできるんですのよ」
ざあっと風が鳴る。サクラソウの花びらが、祝福のように舞い散った。
若い魔女の言葉を恐れて、使用人達は左右に逃れる。サクラソウは、ふと笑いながら、マリーを抱え直して、外へ出た。
*
マリーがうたた寝をしている間に、サクラソウがどんな魔法を使ったのか。まだ明るいうちに、祖母の家に帰りついた。
屋敷に戻ると、心配していたのであろう、多くの人影が、玄関先に集まっていた。
「潮風かぶって気持ち悪い」
サクラソウが言うので、あたふたと数人がバケツに水を汲みにいった。戻ってくると、それぞれ一斉に、サクラソウにおおざっぱに水を浴びせかけた。一足先にサクラソウから引き離されたマリーは、執事に、お守りできず申し訳ありません、と謝られて動揺した。
「私がっ、不用心だったからです、ご心配をおかけしてごめんなさい」
「いいえ、我々が、本当に不用心すぎたのです」
周囲の人々が、小刻みに頷きあっている。
マリーの知らない男女、顔がはっきり見えない者、うっすらと輪郭がぼやけている者も多い。
「おばっ、」
マリーはぞっとする。お化け! と叫んで逃げかけた。その肩を掴まえ、支え、執事がマリーを彼らの方へ向ける。
「貴方が来られて数日の間に、これだけの植物が、人に化けられるようになり、貴方を心配して待っていました」
「え……植物……?」
彼らは一人ずつ何かを言いたそうだったが、サクラソウにしっしっと追い払われ、散っていった。
「またそのうち、サクラソウが紹介してくれるでしょう」
「ここは……もしかして、人間の使用人は、誰も、残ってなかったんですか……?」
マリーは呆然と呟いた。執事はマリーの背を押していて、顔も見えない。ただ、声色が笑う。
「立ち話もなんですから、屋敷に戻りましょうか」
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