第7話
3
*
草をむしったり、辺りを散歩するのが、マリーの楽しみになっていた。
といっても、採ってはいけない草に手をかけそうになると、必ずサクラソウが現れて、ちょっと嫌みを言って止めるのだ。散歩についても同じで、足下がぬかるんで危ない場所とかは、先回りして現れ、マリーをすぐに追い返した。
(とっても、面倒見がいいひと)
ふふ、とマリーは声を出さずに笑う。
今日は、サクラソウの周りにある枯れ木を取ってきれいにする。様子を見に来たサクラソウが、恥ずかしがって(多分)マリーを追い払おうとしたが、マリーは頑として動かなかった。舌打ちしたサクラソウは、いったん引き下がったが、
「ほら。かぶってろ」
マリーの帽子の上に、さらに大きめの布をかぶせた。
「お前の帽子だけだと、首とか日焼けするだろ。人間はあんまり日に当たりすぎても体に毒だって、ばあさんが言ってた」
「おばあさまが?」
祖母のことを聞けるのは、やっぱり嬉しい。自宅ではほとんど、祖母のことが話題にならないのだ。祖母と長年一緒に暮らしたわけでもなく、たまにしか会わないからだろうか。
それとも。
(おばあさま自身が、強い魔女だからと気に病まれて、ずっと屋敷を出なかったからかしら)
だが、彼女の葬儀のときには、多くの手紙、弔文、弔問客があった。必ずしも、祖母のことをいろんな人が知らない、というわけでもないだろう。
(私達が、知らなさすぎたの)
だから聞きたい。マリーがサクラソウを見上げていると、ふと彼が気まずそうな顔になった。
「とにかく……お前が飽きて帰るまでは、まぁ、怪我しないように。風邪引かないように。気をつけろ。こっちがあの、でっかい耳のあいつに叱られる」
「ヘルベチカのこと? あの人は、ちょっと変わっているところもあるけれど、いつも世話焼きで、気のいい家庭教師でもあるんです。多分、変わってるけど」
マリーはわざわざ念を押してしまった。
「変わってるっていうか……人間じゃないっていうだけじゃなくて、異様にお前のこと心配してただろう」
「異様……それは、仕方がないんです」
空は明るくて、怖いことなど一切ないような、いいお天気だった。
マリーはうっかり口を滑らせた。
「私は祖母みたいに魔力があるようですが、それを自分では悪用しないとも限らないって思っていて。自分で自分が怖い」
「怖い?」
サクラソウは意外げに、眉をあげた。マリーがまだ、あまやかな、子どもの姿をしているからだ。完全に見くびられている。
――やれることなどたかがしれている、と。
言いたくないけれど、マリーは口早に続けてしまった。
「小さい頃、小鳥を捕まえたいって思ったら、自分の足下の影がにゅっと伸びて、気味の悪い手に化けて、小鳥を挟みつぶしたんです」
「え」
「私、我を忘れてぼんやりしているときとかに、あの気味の悪いものが、勝手に動く、それが怖い。どう考えても、それは私の、心底の願いを叶えているようで……」
気持ち悪がられるのが怖くて、マリーはサクラソウを見られなかった。あのときみたいな声で、楽しげに小鳥が鳴いている。
「魔法を使いたくないって、自制する努力をするようになってからは、もう、あんなことは、ほとんど起きなくて。庭では、あれが起きないように気をつけます。本当です。だから、」
(嫌わないで)
嫌いにならないで、とは、言えなかった。
(そんなの、ここに来たことと一緒で、とてもわがままで身勝手なんだ……)
うつむいて黙り込んだマリーの首筋に、サクラソウのため息がかかった。
「……魔法のことは、知らない」
どことなく平板に聞こえるのは、彼がマリーを恐れたからだろうか。
マリーは目をつぶった。汗が目にしみて、痛い。
「ちゃんと、魔法を習った方がいいんじゃないのか? こんな、庭に来なくたって」
「下手に使えるようになったら、私きっと、使ってしまう。使わないで暮らしたい」
「庭に、魔力を投げ落として、外の世界で遊ぶ自由は捨てるのか」
花である彼に、「外の世界」と言われると、自由に遠くへは動けないことの苦しさが感じられた。
サクラソウは再びため息をついて、それから、ぐりぐりとマリーの頭を帽子ごと押しつぶした。
「? 何? 何ですか?」
「子どもがそこまで背負い込むな。ばァか」
「え?」
「花ぐらいで気が晴れるなら、……」
続いた言葉は小さくて、帽子が揺らされるがさがさした音にかき消される。
(もしかして……なぐさめてくれたの?)
気づいたときには、サクラソウは去ってしまっていた。
(いつも、どこから出てくるのかしら)
とりあえず、手持ちぶさたなので、マリーはしゃがんで草を抜いた。雑草という草はないとは言うが、サクラソウが草の勢いに負けそうな箇所があるので、謝りながら引き抜いた。草の匂いがして、土の中の虫が転がり出てくる。
生きている。
(おばあちゃん……どうしたらいいの……)
心許なくなって、涙ぐんだ。
やがて草むしりの山ができて、マリーはすっかり、さっきまで何を考えていたのか忘れていた。
喉が渇いてきたので、屋敷に入って執事にお茶を貰おう、と決める。
そして立ち上がろうと考えたとき。
「お前は――か?」
聞いたことのない声がした。
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