第7章 死神の技量
青田やその仲間からの情報によると、捜索する範囲はかなり狭まってきているようだった。
渡されたメモを律子が読み上げると、孝志は地図上の主要な路線や通過ポイントに次々と印を付けていった。
「ここは通ってない。こっちにも来てない、と」
後は、ほぼ真南に走る数本の道路が残った。
「助かった。さすが青田君だ」
感心した。ボンネットに描かれた天使は、二つとない特徴だと思うが、どこをどう走っているか分からないのに、ある程度まで場所を絞り込めたというのは驚異的なことに思えた。
再び車に乗り込み、捜索を開始する。
「青田君のお友達、ずいぶんたくさんで探してくれてるんですか」
律子が言うと、孝志がうなずいた。
「それでも今日は大至急だったから、動いてるのは三百人くらいじゃないかな」
「三百人?」
青田とその仲間には、強固なネットワークが確立していて、青田が一声かければ、千人あまりが集まることもあるという。
「すごい……」
「青田君はすごいよ。いい奴だし、仕事もできる」
おれの尊敬する師匠だ、と孝志は言った。
「師匠? 青田君がですか」
20代半ばに板金塗装業に転職した孝志が一からその技術を教わったのが、10歳年下の先輩・青田誠道だった。今フリーでやっているカスタムペイントも、青田の協力なしでは軌道に乗らなかったと孝志は言った。
いつもは控えめな印象の、金髪青年の笑顔が目に浮かんだ。お兄ちゃんのこと話した時も、冷静だったな。実はすごい人なんだ。
「みんな“せいどー君”なんて、気安く呼んだりして」
いいんですかね、と律子が言うと、
「いいんだよ」
孝志が笑った。
「青田君、かっこいいだろ。惚れた?」
苦笑するしかない。私、ついさっき失恋したばっかりなんですけど。
「たぶん世界で二番目だぞ」
「でしょうね」
うなずいて、窓の外を見ていたら、りっちゃあん、と大声で嘆かれた。
「何ですか?」
「普通はそこで“じゃあ一番は?”って聞くだろ」
「聞きませんよ、私は」
わざと冷たく言ってやった。
「どうせ、おれだ、って言うの分かってるもん」
「分かってても聞けよ」
「いやです」
怒ったふりをするつもりが、つい笑ってしまった。
「でも、10も年下の青田君に、よく仕事を教わる気になりましたね」
「仕事の腕に年は関係ないからな。向こうが先輩なんだから当たり前だ」
なるほど。でもやっぱり年下の先輩、年上の部下ってやりづらいと思う。転職は収入や待遇よりも、そういう人間関係がネックになると聞いたことがある。二人とも、すごい。
「あ」
「どうした?」
「竹中さんの歳、分かった!」
少し前、森元が自分と青田、律子が三人同じ歳だと話していたのを思い出したのだ。その10歳上なら35歳だ。全然見えない! 年上でもせいぜい2、3歳くらいの差だと思っていた。
「ちっくしょ~。森ちゃんには内緒な」
孝志は悔しそうだ。
「どうして隠すんですか?」
「先入観あると付き合いづらいだろ。おれが20ン歳に見えるなら、それがおれの歳なんだよ」
何か妙な説得力がある。でもうまく言い包められている気もする。
「左手に指輪しないのも、同じ理由ですか」
小さな声で尋ねた。胸がしくっとした。
「違うよ。それは職業上の理由」
塗装した車に傷を付けるといけないからと孝志は答えた。
「ちゃんと、肌身離さず持ってるよ」
ほら、と言われて隣を見ると、孝志が片手で首から下げている鎖を引っ張り出した。鎖の先にリングが下がっている。
「でも、結婚してるの隠してたじゃないですか」
「独身って言った覚えはないぞ。彼女いるかって森ちゃんに聞かれた時は、いないって答えたけど」
「どうして? なんでそこで、奥さんならいる、って言わないの?」
律子が天使の絵を選んだ時、天使のモデルを尋ねた時、図書館の女性の話をした時、それが自分の妻だという機会は何度もあった。
「聞かれりゃ正直に言うよ。好きな人はいるか、とかさ」
「聞かれりゃ、って……」
律子の中で押さえていたものが、一気に爆発した。
「そういうの、やめた方がいいと思う!」
兄の事件も今は頭からふき飛んでいた。
「え、何で?」
「彼女いないって聞いたら、期待しちゃう女の子がいるかもしれないじゃないですか!」
「ん~、それはそれで嬉しい」
「ひどい!」
運転席をにらんだ途端、涙が溢れ出た。
「ひどいよ」
「おい、待てよ。なんで泣くんだ?」
「全然、ひとの気持ち、考えて……ない」
「わ、ちょっと、おい。参ったな」
「竹中さんのばか。大っ嫌い」
おろおろする孝志の隣で、律子は声を上げて泣いた。後から後から何かに突き上げられるように涙が込み上げてくる。孝志も兄も、天使の絵も全部流れてしまえばいいと思った。
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