第108話 勝利のもたらすもの
「えい、えい」
ティアさんのかける掛け声に、
――おう!
数千の帝国軍将兵が一斉に応じ、雄たけびを上げる。
帝国軍の勝利の勝鬨が戦場に木霊したのは、追撃戦を終えた夜明けの事だった。
誰の目にも明らかな大勝利。
その事実に、夜通しの追撃戦を終えた疲労の中にも関わらず、帝国軍将兵の表情には笑顔が浮かぶ。
だが勝鬨を終え櫓から降りたティアさんは、即座に表情を引き締めると、
「戦況報告をお願い」
勝利に浮かれることなく、早速戦況の把握に努める。
「先日の城での戦闘とその後の追撃戦により、敵軍は数千の損害と多数の逃亡兵、捕虜を出しヨシュルノ川北方に退却。我が軍は夜明けまでにヨシュルノ川北岸まで進出し、現在は夜間のうちにトウルバ港に上陸した兵4000の部隊が、追撃戦を終え疲労した部隊と入れ替わり、最前線にて光神国軍と対峙しております。またクワネガスキの翔空機基地の復旧作業も順調の推移しており、本日中に戦闘機隊の再進出が完了する予定です」
参謀の報告に、頷きを返すティアさん。
帝国軍は決戦に勝利した場合に備えて、新たに4000の陸兵を輸送する準備をあらかじめ整えていたのだ。
「光神国軍の動きはどう? さすがに海軍はまだ動けないだろうけど、陸軍はあの大軍だし、そろそろ立て直してきているのではない? 空軍の動きも気になるわ」
ティアさんが尋ねると、参謀は表情をわずかに曇らせ、
「は、お察しの通り、敵艦隊ははるか東方に退却し再侵攻の兆候は今のところほとんどない一方、陸軍は士気こそ大きく落ち込んでいるものの、散逸した部隊は再集結を終え、統率も回復しつつあり、その兵力は2万を越えております。また敵空軍は活動こそ不活発ですが、決戦における損害は決定的なものではなく、逆に我が方の航空隊も決戦における消耗が激しく、制空権は今だ拮抗状態にあります」
そう返答する。
「――やはり勝利したとはいっても敵は大軍、一挙に殲滅とはいかなかったわね。でもあれだけ大量の遺棄物資を残していったのだから、物資、特に兵糧は欠乏しているはず。士気も大きく落ち込んでいるようだし、ここは一気に攻めきって、北方で唯一ここまで持ちこたえてくれたハラツ砦を、一刻も早く救援しなければ。でもそうなると、やはり敵空軍の戦力が健在なのが痛い。夜間の輸送だけでは効率も良くないし、何とか敵空軍の動きを抑える手立てを考えないと」
参謀の返答に、わずかに唇をかむティアさん。
決戦における大勝利にも関わらず、気を緩める余裕など全くない。
それだけ、光神国と帝国の国力差は大きいのだ。
だが程なく、一人の将校が速足で駆け寄ってきたかと思うと、
「朗報です。決戦における帝国軍の大勝を受け、ラムタプトが光神国との休戦協定を破棄し宣戦布告。王自ら5万の大軍勢を率い、光神国国境に向け進撃を開始した模様。また光神国の圧迫を受けていた東南の複数の小国が反攻に転じ、あるいは光神国に反旗を翻したとの情報が入りました」
笑顔を浮かべ報告する。
その言葉に、小さな歓声を上げる参謀たち。
「ようやく山が動きましたな。いかに光神国といえども、大国ラムタプトを抑えるのは容易ではないはず。これに東南の諸国が加わるとなれば、帝国に再び大軍を差し向ける余裕はなくなるでしょう」
多くの参謀や将校はそう喜びの声を上げる。
だが一方で、
「しかし光神国の謀略工作がラムタプトの国家中枢まで及んでいることはすでに調べがついております。この状況で王と大軍勢が国を留守にすれば、光神国に通じた者らがその隙を突いて国内で反旗を翻し、王の背後を脅かすでしょう。それを承知している光神国が攻勢をかけたなら、ラムタプト王は光神国軍と光神国に寝返った者らの軍による挟撃を受けることになる」
数名の参謀が表情を険しくし、懸念を口にする。
だがティアさんはその言葉に、
「いや、むしろそれがラムタプト王の狙いなのよ」
軽い口調で応じてみせる。
その言葉に、驚きの表情を見せる参謀と将校達。
「光神国が危機に陥っているこの状況でラムタプト王が大軍勢を率いて国を留守にするとなれば、光神国に通じる者たちはその隙を突くことを半ば強制される事になる。そうでなければ逆に光神国を裏切ることになるからね。そうして裏切り者をあぶりだして、これを機にまとめて始末するつもりなのよ。だからラムタプト王はあらかじめ帝国に、国内の反乱分子鎮圧への協力を求めてきた。光神国が寝返った者たちを支援する方法は、陸路でラムタプトの正面を突く事の他は、海路で物資を送る方法しかないから、その海路の封鎖に協力してほしい、ってね。航空戦における物資援助も、その見返りの一つだったってこと。もちろんこのまま我が軍が光神国領内奥深くへ侵攻することそのものも、間接的にはラムタプトを支援することになるけどね」
ティアさんが続ける言葉に、僕も含め周りにいる者全員が納得し頷く。
情勢は帝国有利。
後はこの勢いでどこまで光神国に攻め入ることができるかどうか。
「本日夜間には新たに兵5000と、陸戦における切り札である角竜部隊が上陸する予定です。そうなれば大陸に駐屯するわが軍の総兵力は約15000、対する光神国軍は現在約2万の上、ラムタプトや他国の攻勢への対処で大規模な救援が送られてくる可能性も低い。となればハラツ砦の救援も不可能ではないかと」
参謀の言葉に、大きな希望を抱く面々。
そんな中で将校の一人が、
「ところで総帥、城塞守備兵から捕虜と遺体の処理について指示がほしいと声が上がっておりますが、いかがしましょう? 何分人数が多く、兵も決戦における疲労が蓄積しており、捕虜の管理だけでも相当な負担となっております。この上遺体の処理に、城塞と基地の修理復旧、ヨシュルノ川北岸に布陣する味方への物資の運搬と、全く手が足りません。ここでもたつけば、敵は完全に体勢を立て直してしまいます」
ティアさんに指示を仰ぐ。
それに対しティアさんはわずかに思考した後、
「余裕がないのはその通りだけど、遺体をそのままにしてはおけないわ。遺体はクワネガスキに運び、船から水葬に付しましょう。遺体の処理と運搬、遺品の回収等の作業は捕虜に命じて。ただし傷病者は免除、それに捕虜への暴行も厳禁よ、ここでいたずらに彼らの怒りを買えば、人間との戦は永遠に終わらないわ」
指示を出す。
そんな将校とティアさんのやり取りに、僕の脳裏をよぎる、たくさんの敵味方の兵が傷つき、地面に倒れる光景。
考えてみればそのどちらも、僕の開発、設計した武器や城塞が生み出したものだ。
僕は直接誰かを手にかけたわけではない。
だが、だからこそ、この手には死の重みというものがほとんど伝わってこない。
自分はそれから目をそむけていていいのか?
脳裏をよぎる思いに、僕は視線を自分の手へと落す。
そんな時、ティアさんは参謀や将校達との話し合いを終えると、
「バーム、どうしたの?」
そう、何かに気付くように声をかけてくる。
「あ、いえ、大丈夫です」
とっさに答える僕に、ティアさんはどこか怪訝な表情を浮かべると、
「――そう? 気になることがあればいつでも、何でも言ってね。それに今日までずっと兵器開発作業にかかりきりで、疲労もたまっているでしょう? 今のうちに休んでおいて。これは命令よ」
その表情を途中で柔らかな笑顔へと変化させて告げる。
するとその言葉に、
――いやいや、バーム殿もそうかもしれませんが、一番休まなければならないのは総帥ですよ。
――そうです、総帥は働きすぎです。特にここ数日は睡眠も削って働き詰めではないですか。
――日頃は休むべき時に休むよう我々に言っておられながら、そうやってまた倒れられるおつもりですか?
周りの者たちがすかさず言い、周囲は暖かな笑いに包まれる。
兵に夜通しの追撃戦を命じておいて、自分が眠るわけにはいかない。
ティアさんはそう言って、昨夜はほとんど一睡もしていなかった。
とはいえ、日頃部下たちには休むべき時にしっかり休むよう命じている彼女がこれで倒れては、それはそれで示しがつかないのも事実。
そんな周りの者たちの言葉に、ティアさんは一本取られたとばかり苦笑いを浮かべ、
「そうね、皆の言う通りだわ。私も処理がひと段落したら一休みさせてもらうから、みんなも休んで」
そう応じるのだった。
「これは……」
それから程なく、僕は昨日激戦が繰り広げられた平城の東第二門を出、堀にかかる土橋に立ち、思わず絶句する。
昨日の激戦の後、帝国軍はほぼ全力で追撃戦に移行したため、土橋など戦闘に関係のある場所を除いて、遺体の回収作業などほとんど手つかずの状態だった。
そのため堀や土塁上にはいまだ多数の敵兵の遺体が野ざらしとなっており、周囲には異臭が漂い、ハエが飛び交っていた。
「これが僕の開発した兵器と城が生み出した結果。勝利の産物」
折り重なるように倒れ動かなくなった血みどろの敵兵、その中に僕と同い年くらいの兵の姿を認め、僕は胃から湧き上がってくるものをこらえきれず、口から吐き出してしまう。
兵器の開発に携わっている以上、こうなることは分かっていただろう? 今更何を戸惑っているんだ?
脳裏をよぎる思い。
しかしそれを現実に直視したとき、耐えがたい何かが僕を襲う。
するとしばらくして、周囲で生存者の有無の確認を行っていた兵達が僕の存在に気づき、
「バーム殿だ、バーム殿が来られたぞ!」
そう言って笑顔を浮かべ駆け寄ってくる。
――お見事ですバーム殿、今回もまたお手柄でしたな。
――見てください、バーム殿の設計したこの城と開発した兵器のおかげで、あの光神国軍の大軍がこのざまです!
――これで殺された家族や友らに、ようやく報いることができました。
――俺たち、まだ生きてます。明日がきっと人生最後の日だって覚悟していた俺たちが。
――それもこれもバーム殿のおかげ、ありがとうございます。
そう口々に賞賛の言葉をくれる彼らに、しかし僕は作り笑いを返すことしかできない。
彼らの言う通り、僕は味方の命は救ったのだろう。
そしてそうでなかったなら、今頃彼らと僕が、今目の前で倒れている者たちのようになっていたに違いない。
だがそれでも、直接的にではないにしても、僕が数千数万という光神国兵を殺し傷つけたという事実は変わらない。
理解していたつもりで、全く理解できていなかったその事実に、僕は僕を称賛してくれる彼らの目の前で、再び胃から湧き上がってきたものをこらえきれず、口から吐き出してしまうのだった。
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