第107話 安堵の時

 光神国兵の抱える先をとがらせた丸太が木製の城門を突き破り、裏側の閂まで破壊。

 次の一瞬、巨大な城門が開け放たれると、何百何千という光神国兵の集団が、一気に城内になだれ込んでくる。

 それは本来城側にとって、陥落にも直結しかねない、極めて危険な状況。

 だがそんな状況を眼下に収めてなお、ティアさんは冷静な態度を崩さず、


「まだよ、射兵隊はギリギリまでひきつけて。それと温存させていた第7大隊を第三門前に移動、待機、出撃に備えさせて」


 追加で指示を出す。

 その間に光神国兵は、折れ曲がった細い経路と土橋を通り、三角郭の門と本丸に至る第二門に到達、また先をとがらせた丸太をぶつけ、城門の破壊を試みる。

 だが大軍が一気に城内になだれ込んだことにより、細く折れ曲がった経路に敵兵は密集、身動きもままならない状況となる。

 ティアさんはそれを見てとり、


「今よ、射撃開始!」


 言葉と共に、掲げた手を振り下ろす。

 直後、待っていましたとばかり射撃が再開され、第二門側からに三角郭、ダイヤモンド型の突出部からと、4方向から猛烈な射撃が、光神国軍に一気に襲い掛かる。

 眼下から沸き起こり、一瞬にして戦場を包み込む、敵兵の上げる悲鳴と断末魔。

 4方から降り注ぐ弾丸と矢と岩石の雨を前に、優れた金属製鎧を纏っているはずの光神国兵がバタバタと地面に倒れ、土橋の脇の堀に落ち動かなくなる。

 それでも生き残った光神国軍兵は諦めず、盾を構えて必死に攻撃に耐え、丸太を城門にぶつけて突破を試みる。

 だがそんな敵兵に、城門上からは再び熱湯が浴びせられ、盾や鎧で防ぐことが難しい攻撃に、また多くの敵兵が打倒される。

 

 あまりの損害に耐えかね、城内に侵入した光神国兵は後退しようとする。

 だが城内の惨状を知らない後続の光神国部隊は逆に城内に突進しようとし、逃げようとする兵と細長い経路上でぶつかり合い、進退窮まる。

 そこに帝国軍は容赦なく射撃を浴びせ、第二門までの経路と脇の堀は、倒れた光神国兵で埋めつくされる状況となる。

 余りの惨状に、敵の事ながら言葉を失ってしまう僕。

 だがティアさんはあくまで冷静な表情を崩さず、


「第7大隊を第二門前の武者だまりに移動、出撃に備えさせて。射兵隊は主目標を城外の敵に変更、城内に侵入した敵兵はすでに死に体よ、これ以上叩いても意味は薄い、それよりわざと撤退の余裕を与えて、打って出ての追撃でとどめを刺す」


 歴戦の将、敵兵の立場からすれば悪魔のように恐ろしい指示を、次々と出していく。

 程なく緩められる城内に侵入した敵兵への射撃。

 城内に残っていた敵兵はそれを見、我先にと城外へ脱出、その多くは陣列に戻ることなく、そのまま戦場そのものからの逃亡を図る。

 敵軍の将校はそれを止めようとするが、兵は逆にはむかい、敵軍内で仲間割れの抗争が起き始める。

 時を同じくして、城壁に攻撃を仕掛けていた敵軍も後退を開始する。


「これは、もしかして……」


 僕が思わず呟くと同時、櫓に新たな伝令が駈け込んでくる。


「クワネガスキ、敵上陸部隊を含む攻撃を撃退。小丘の城も同様。敵軍は逃亡兵を出しつつ、全線で後退を開始。小丘の城はエイルミナ殿、クワネガスキはゲウツニー中将が出撃準備を整え、攻撃指示を待っております」

 

 もたらされる報告に、表情を和らげる将校達。

 ティアさんも頷き、


「もう少しだけ待機させて。あまり早く激しく追撃しては、窮鼠猫をかむという状況になりかねない。大丈夫、あと少しすれば、敵は逃亡兵で勝手に崩壊してくれる。反撃開始はそれを待ってからよ」


 余裕の表情で返答を返す。

 その言葉通り、しばらく前まで威容をもって城を圧迫し続けていた敵の大軍勢も、今や各所で陣形を乱し、多くの逃亡兵を出して崩壊を始めていた。

 ティアさんの指示を受け、命令を伝達すべく去っていく伝令。

 どうやら、勝利はほぼ確実らしい。

 そんな思いが脳裏をよぎると、僕は思わずほっと息を吐く。

 これで帝国軍将兵の犠牲を、大きく減らすことができた。

 いざ勝利を手にしたとき、心の奥底から先ず湧き上がってきたのは、喜びではなくそんな安堵であった。


 直後、戦場に吹き込む冷たい一陣の風に、


「へくしっ」


 僕は思わずくしゃみをし、鼻をこする。


「――風邪でも引いた? 体調がすぐれないならすぐにでも休んで。今あなたが無理をして寝込むような事でもあれば、その損失は兵数にして数百、数千人分にも匹敵するんだから」


 真顔で心配するティアさんに、僕は思わず苦笑いし、


「いくらなんでも大げさですよ……それと、体調は大丈夫です。多分誰かが噂でもしていたんでしょう。それより、城門の多重構造がうまく機能したのは良かったですけれど、もし敵が塹壕でも掘って正攻法で来たら、危なかったかもしれません」


 努めて冷静に答える。

 だがティアさんは首を横に振り、


「大げさなんかじゃないわ。敵は十分な攻城兵器の備えも無く、陣地も攻城のためというより、こちらの奇襲を防ぐための防御を主眼としたもので、明らかに城の防御を甘く見ていた。この勝利はあなたのものよ。さあ、そろそろ追撃をかけないと」


 呟いて采配を振るうと、第二門後方の武者だまりに控えていた部隊が一斉に城から打って出る。

 敵にわざと逃げる隙を与えた上での容赦ない追撃、味方ながら恐ろしい戦術の手腕だ。


「それより、以前言っていた軍船の件だけど……少し奥ゆかしすぎない?」


 ティアさんが尋ねる。

 奥ゆかしい、というのはその設計の事だろう。

 というのも僕の設計した軍船は、武装も、その他の性能も、はっきり言って大したことがない仕様なのだ。

 そんなティアさんの表現に、僕は苦笑いを浮かべつつ、


「そうですね、皆そう思いますよね。そりゃ武装も性能も、もっと追求したいところです。でも人も、物資も、資金も、何もかも足りない現状では、それは贅沢だと思うのです。となれば武装と性能は全体的に抑えつつ、あらゆる状況に対応できる汎用的なものにする。輸送船の護衛にも使えるよう、外洋航行能力は高め、構造は簡略化してコスト削減と生産速度の向上に努める。様々な戦況に柔軟に対応できるこの艦を重点的に量産することで、量産効果も期待できる。とにかく頭数をそろえたい今は、それしかないと思うのです」


 自分の考えを曲げずに主張する。

 そんな僕の態度に、ティアさんは微笑み、


「あなたは気が弱いように見えて、自分の考えは絶対に曲げない。そしてこの分野にかけては、誰もあなたには敵わない。――わかった。今度の軍船も、あなたの設計そのままでいきましょう」


 強い口調で答えてくれる。

 そんなティアさんの言葉に、僕もその期待に応えねばと、大きく頷きを返すのだった。




 その後、帝国陸海軍と航空隊は逃げる光神国軍を猛追。

 4万の大軍といえども、統率を失い多数の逃亡兵を出す戦況では全く帝国軍の敵ではなく、それまでの苦戦が嘘のように、帝国軍はこれを撃破し続けた。

 特にティアさんの判断で小丘の城に待機していたエイミーの働きぶりは目覚ましく、名のある敵将2名を捕縛する大戦果を挙げた。

 その後帝国軍は激戦により将兵が疲労する中、夜間まで追撃戦を継続。

 帝国軍はヨシュルノ川北岸まで進出し、光神国軍はさらに北方へ大規模退却を余儀なくされた。

 結果、帝国軍は光神国軍に大損害を与え、さらに多数の捕虜と遺棄物資を獲得、失地の大部分を奪還する、誰の目にも明らかな大勝利を手にしたのだった。

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