第106話 格子掘の攻防

 射撃戦の戦況が帝国側有利に傾き始めてからしばらく後、光神国側から放たれる矢が、通常のものから、矢じりに火のついた火矢へと変化する。

 

「敵勢、火攻めに転じました」


 そんな報告が櫓にもたらされる頃には、すでにオレンジの炎を帯びた火の雨が城内に降り注ぎ、木製の建造物のあちこちに突き刺さっていた。

 だがその報告にも、ティアさん以下帝国軍上層部の面々は動じず、


「バーム殿の火攻め対策の有効性はこれまでの戦いですでに実証されている。この程度の風と乾燥ならば問題ないはずだ。慌てず対処せよ」


 冷静に指示する。

 その間にも火矢は城内に雨のように降り注ぎ、城の建造物は無数の矢が突き刺さったハリネズミのような姿となる。

 だがそんな状態になってもなお、火が大きく燃え広がることはない。

 木製の建造物の表面に藁を混ぜた泥を塗り、泥を塗れない箇所には事前に水をかけて湿らせておく対策が今回も大きな効果を発揮。

 さらに城内各所に設置した防火用の水桶から、兵たちは慌てず水をくみ上げ、燃え広がる前に手際良く消火していく。

 

 火攻めは通用しない。

 敵軍はそう悟ったのか、今度は魔道士隊を前に押し出し、中距離から魔法攻撃を開始。

 火球や水、氷弾、稲妻が、遠距離攻撃の際をはるかに上回る精度で城内に降り注ぎ、障壁を貫通して城壁や将兵をなぎ倒していく。

 そんな戦況を眼下に見てとり、


「欺瞞紙片の使用を解禁して」


 鋭く指示を飛ばすティアさん。

 程なく、櫓に合図の旗が掲げられると、兵たちは待ちくたびれたとばかり紙片の入った箱を準備、城壁や櫓から城外へと紙片をまき散らす。

 効果はすぐに表れた。

 それまでかなりの精度で城を襲っていた敵の魔法攻撃のほとんどが、目に見えてまき散らされた紙片へと逸れ始めたのだ。

 現在魔道士のほとんどは、探知の魔法を使用した誘導・照準を行っている。

 このため探知の魔力波に対して強い反応を示すこの紙片をばらまくことで、目標を誤認識させることができるのだ。

 そして普段から探知の魔法による誘導に頼ってばかりの魔道士に、それ以外の照準方法への切り替えなど簡単にできるものではない。

 

「……なんて言ったところで、やはり魔道士は兵科の王、そう簡単には抑えられないか」


 眼下の戦況を見てとり、僕は思わずつぶやく。

 確かに当初、魔法攻撃のほとんどは紙片へと逸れていたが、城壁や櫓からばらまいている関係上、攻撃が逸れた先にも城壁や櫓といった構造物がある場合もあり、その場合は命中してしまう。

 また時間が経過するにつれ、敵も照準方法を目視に切り替え、その攻撃精度も高まりつつあった。

 そして魔法対魔法の正面対決となった場合、戦力に勝る光神国側が有利。

 ジリジリと押されだす戦況に、帝国軍将兵の間に、再び緊張が走る。

 

 だが軍配はまたしても帝国側に上がる。

 光神国軍が魔法攻撃を切り上げ、魔道士隊を後退させたのだ。


「こちらが押されているのに、なぜ?」


 僕が思わずつぶやくと、


「恐らく魔力と疑似魔法石が尽きたのね。これまで圧倒的物量で押しつぶす戦法を常用してきた光神国軍は、補給が乏しい状況での戦闘の経験が少ない。だから継戦力を見誤ったのでしょう」


 ティアさんが冷静に状況を分析する。

 そのうち、光神国軍は槍兵を前面に押し出すと、盾を構えてさらに前進を開始、帝国軍の射撃に耐え、ついに堀に達する。

 この城は山の高所を利用しない平城の上、傾斜の緩やかな土塁を採用しているため、一旦敵兵に取り付かれると比較的容易に上られてしまう。

 その弱点を補うのが、この堀である。


 先ず堀の前から内部、その先の土塁の斜面にかけて、剣山のように所せましと植え付けられた逆茂木が、攻城側の侵攻を阻み傷つける。 

 堀は堀底に土塁状の仕切りが互い違いの格子状に掘り残された障子掘で、仕切りの上は三角形にとがらされ幅がなく、歩いて渡るのは困難。

 しかもこの堀は、前回小丘の城に急増で構築したものと比べ、深さも幅も圧倒的に上。

 堀に押し寄せた光神国兵は先ず、逆茂木を破壊し、堀の内部に押し入り、格子を乗り越えようと試みる。

 だが城壁に接近したこの距離では、鉄砲の弾丸は光神国軍の構える木製の盾を貫通する。

 加えて矢や石が複数方向から雨あられと降り注ぐ中では、逆茂木を破壊し、格子を乗り越えることは困難だ。

 

 そこで光神国兵は、後方の陣地から長板や丸太を運び込み、堀に渡して橋にし、渡ることを試みる。

 だが事前準備が不十分だったようで、運び込まれる板や丸太の量が少なく、帝国軍は敵兵が細長く不安定な急造の橋を渡ろうとしたところを集中射撃。

 さらに魔法や投石により橋そのものを破壊し、突破を阻止する。

 それでも一部では敵兵が堀を突破し、土塁をよじ上り木製の城壁に梯子をかける。

 だがそこまで辿り着ける兵士は全体のごく一握りであり、帝国兵はかけられた梯子を落し、あるいは上ってきた敵兵を槍で直接攻撃し、次々と攻撃を撃退していく。


 そんな戦況下、敵兵は城門前の細長い土橋へと殺到する。

 だが土橋はダイヤモンド型の突出部と三角形の郭の間に位置するため、帝国軍は橋を渡ろうとする敵兵に複数方向から射撃を加え、これを次々と打倒していく。

 これに対し光神国兵は盾を橋の左右、さらに頭上にまで構え、帝国軍の射撃に耐えながら、先をとがらせた丸太を運び込み、城門に体当たりして突破を図る。

 これに対し帝国兵は城門上から熱湯を浴びせ、数次に渡りこの攻撃を撃退。

 それでも光神国軍は諦めず、何度も城門に押し寄せる。


「あれほど損害を出しながら、まだ諦めないなんて……突撃させられる敵兵があわれにすら思えるわ」


 光神国軍の執拗な攻撃に、ティアさんが険しい表情を浮かべて呟く。

 敵はどれほどの損害を出そうとも、突破するまで攻撃を繰り返す気のようだ。

 

「――これは短時間のうちに敵に大打撃を与え、戦意を奪う必要があるわね。バーム、もし第一門を敵にわざと突破させたとして、城は攻撃に耐えられると思う?」


 ティアさんが放ったその言葉に、僕も含め、周囲にいた将校たちは驚愕のあまり目を見開く。

 わざと城門を突破させ敵兵を城内に引き入れる。

 それは現状の戦力差からするなら、本来あまりにもリスクが高すぎる戦法。  

 確かにこの城は第一門を突破されたとしても、第二、第三門で耐えられる設計にはなっている。

 だが万が一にも残る城門の突破を許すことがあれば、城は容易に落ちるし、これまでの努力はすべて水泡に帰すことになる。

 しかし確かに、第一門の内部から第二門までの経路は細く折れ曲がり、城の構造上三角郭も含め全方位から集中射撃を加える事ができるため、攻撃という点では現状よりさらに有利ではある。

 

 問題は残る第二、第三門が敵の攻撃に耐えられるか否か。

 万が一にも判断を誤れば、全将兵の生死に直結する。

 僕はそのリスクを理解し、しばらくの間努めて冷静に思考した上で、


「現在までの両軍の攻防、敵軍の装備から推察するに、十分耐えられるかと思います」


 それでも、その結論を導き出す。


「――さすがはバーム。それでこそよ」


 僕の回答に、ティアさんは笑顔でつぶやくと、


「第一門は敵に突破させる。門の守備兵を三角郭内に退避させて」


 戦局に一石を投じる決断を下す。

 思いがけない指示に、一瞬、唖然とした表情を見せる将校達。

 だがしばらくの思考の後、将校たちはまた精悍な表情を取り戻すと、


「了解しました。各所に作戦を伝達。いいか、これは作戦だ。意図を各部署に間違いなく伝達、理解させよ」


 迷いなくはっきりと指示を飛ばす。

 程なく城内の方々に伝令が走り、将兵はにわかにざわつきを見せながらも移動を開始。

 やがて配置が完了すると、将校の一人が櫓に戻り、


「準備完了。いつでも行けます」


 ティアさんに報告する。

 その言葉に、ティアさんは大きく頷くと、


「よし、作戦開始!」


 声を張り上げ、掲げた手を勢いよく振り下ろす。

 間もなく、掲げられた合図の旗に、第一門を守備していた兵たちが一斉に三角郭内へと退却。

 光神国兵は無人となった第一門を突破すると、一斉に城内へとなだれ込む。

 次の一瞬の攻防が、この決戦の勝敗を決する。

 脳裏をよぎる思いに、僕は汗のにじむ拳を握りしめ、眼下で繰り広げられる攻防に、視線を注ぐのだった。

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