第109話 五大神会議
「ラムタプト方面軍の総大将を大地の女神ライザ、東南諸国方面軍を天空の女神リアナ、帝国方面軍を海洋の神ゾルデンに交代。兄さんには帝国方面軍への助勢をお願いすることにするよ。それと、西のエルフの大国フェルニアが14000の援軍を派遣してくれることになった」
大いなる光の神デュアルクワスが開口一番発したその言葉に、それぞれ異なる反応を見せる、光神国を治める五大神の面々。
「総大将の交代はまあ仕方がないとしても、局地戦での敗退とあの程度の損害、ラムタプトの侵攻と東南諸国の反攻程度で、私たち五大神が簡単に前に出るのはどうかと思うわ。今の光神国はそう簡単に敗れるようなやわな国じゃないし、かつての一大決戦の時のように、私たち五大神が自ら前線に立つことによって負傷することもあり得る訳だしね。それに帝国方面軍の総大将がゾルデンってことは、実戦部隊の指揮や戦略の大部分にあのエルフ女、シェミナが噛んでくるんでしょ? しかも帝国方面ってことは、今懸案になってる例の豚男君やエルフの大国フェルニアとの因縁もある訳だし、わざわざ好き好んでそんな冒険、しなくてもいいと私は思うわ」
先ずけだるげに意見を述べる、天空の女神リアナ。
だが同じ五大神のそんな意見を、海洋の神ゾルデンは鼻で笑うと、
「だから良いのではないか。残り短い己の人生の全てをかけ、かつての思い人と、全身全霊をかけてぶつかる。それもこれまでのようにただ自らの力でねじ伏せ、徹底的に叩き、根絶やしにすればよい訳ではなく、憎むべきフェルニア軍と協力して戦い、最終的にはかつての思い人を救い、なおかつ我々五大神を納得させる形で決着させなければならない。それにそのかつての思い人は自分の事を全く覚えていない上、その隣には、今は別の女がいると来たものだ。何より、それらが全てうまくいったとしても、最終的には最も憎むべきこの俺を喜ばせる結果にしかならない。こんなに面白いゲーム、逃す手はないだろう?」
そう意地悪く言って見せる。
そんなゾルデンの言葉に、リアナはあからさまに顔をしかめ、
「うわ、趣味悪。私たちもたいがい性格が捻じ曲がっている自覚は多少あるけど、あんたよりはマシだと思うわ。かつて殺されかけたことへの復讐のつもりなのかもしれないけど、それ、私たちにも共感してもらえるなんて思わないでよね」
そうげんなりしたように言う。
一方、大地の女神ライザはそんな二人のやり取りにも我関せずとばかり、
「私は私の全力をぶつけるに足る強敵と戦うことさえできればそれでいい。その点で言うとラムタプトより帝国の方がより手ごたえがありそうで私には望ましい」
そう自分の意見を述べる。
「でた! 私が求めているのはより強い敵だけ、みたいな。これだから戦闘狂は――」
呆れてため息をつくリアナ。
そんなライザに、デュアルクワスは苦笑いを浮かべ、
「まあまあ、ラムタプトも獣人の大国、その配下には獣の神の血を引く猛者もいる。特に王の叔父ゼストは長年辺境の砂漠の荒野を治め、蛮族と争ってきた侮れない相手だ。それに国力、戦力から言ってもラムタプトは帝国より上、実戦経験で劣るからと言って、帝国より弱いということはないよ。それに帝国とラムタプトはあくまで合流した上での一大決戦を望むはず。となれば戦う相手はラムタプトばかりとは限らないしね」
なだめるように言う。
その言葉に、完全には納得していない様子ながら引き下がるライザ。
そんな他の五大神のやり取りを見、それまで沈黙を守ってきたファルデウスがおもむろに口を開き、
「エルフの反光神国勢力が帝国軍に合流しつつあることは既に耳に入っておる。つまりバームとやらは過去の因縁について、すでにある程度の情報を掴んでいると考えるのが自然だ。あの者とその周りをとりまく者たちの顔ぶれからするに、どれだけ完璧に記憶を封印していたとしても、いつか真相にたどり着く可能性は高い。そうなればバームは勿論、かつての我が娘も黙ってはいないだろう。その時にはゾルデン、そなたの命、今度こそないものと思っておくことだ」
忠告するように言う。
その言葉に、そろって驚愕の表情を浮かべる他の五大神達。
「――まさかあなたの口から冗談が聞ける日が来るなんて思いもしなかったわファルデウス。異世界出身の父から受け継いだ知識を振りかざして調子に乗っているだけの豚男の事を買いかぶりすぎよ」
呆れた様子で言うリアナ。
一方ライザは真剣な表情を浮かべ、
「――認めない者の事は決して名前で呼ぼうとしないファルデウスがそこまで言うなんて……、少し興味が湧いたわ」
そう微笑を浮かべる。
だがゾルデンはそんなファルデウスの言葉をも鼻で笑ってみせると、
「真に受けるなライザ。しかし冥府の神ファルデウスともあろう者が、心配性をこじらせるあまりそんな幻想を抱いてしまうとは、デュアルクワスに敗れてからというもの、かつてのさえは見る影もない。やはり五大神の席次はそろそろ考え直さねばなぬと思わぬか皆?」
逆に挑戦的に答える。
その言葉に一瞬、それぞれ鋭い表情を浮かべる五大神の面々。
「望むなら、いつでも応えてみせるが?」
ゾルデンの言葉に、刃のように鋭く返すファルデウス。
だが直後、
「ダメだよ」
デュアルクワスの放つ、押しつぶすような圧力を秘めた一声に、その場の全員が視線を向ける。
「五大神同士の争いは厳禁、それに我々五大神は皆同格で席次など存在せず、互いが互いを敬いあわなければならない、その決まりのはずだ。実質的な力の差はあるにせよ、ね。その決まりを破るなら、同じ五大神といえど容赦はできないよ」
続けて穏やかな口調で、しかし決して笑っていない目で告げるデュアルクワス。
その言葉に、ゾルデンは視線をファルデウスへと向けると、
「無論、決まりを破る気など最初から毛頭ない。我々五大神が互いに争った所で、他国を利するだけだからな。ただ我々は秘めたる互いの実力について、理解が十分に及んでいないのではないか、あるいは同等の力を持つはずの仲間への敬意と信頼が足りていないのではと思ってね。いや、分かってくれさえすればそれでよいのだ。
ところでファルデウス、そこまで案じてくれるからには、相応の戦力の助勢を期待してもよいのだろうな?」
そう勿体つけるように問いかける。
対するファルデウスは静かに瞳を閉じると、
「30000だ」
短く、だがはっきりと答えてみせる。
「――何?」
飛び出したその数字に、思わず怪訝な表情を浮かべ漏らすゾルデン。
他の五大神もそれぞれ、再び驚愕の表情を見せる。
ファルデウスは続けて、
「歩兵22000、射兵4000、槍騎兵2000に馬蹄族式弓騎兵2000、計30000。わしが育て上げ、北方の馬蹄族との激戦を潜り抜けてきた歴戦の精鋭だ。異存はあるまい」
そう淀みなく、言い切って見せる。
だがその言葉に、リアナは血相を変え、
「待って、北方の馬蹄族はファルデウスが抑えているから表向き従っているにすぎない。ファルデウスが治める北方は土地こそ広くてもほとんどは砂漠か荒地、中央と南の飛び地の領土を含めても、30000といえばほぼ全力の動員、当然北方の守りは相当手薄になる。その隙を馬蹄族に突かれでもしたらーー」
そう慌てて反論する。
だがファルデウスはそれを遮るように、
「リアナ、この中で北方の情勢に最も詳しいのはこのわしだ。その一点にかけてはデュアルクワスにも負けん。そのわしがこう言っておるのだ、口をはさむべきではないのではないか?」
鋭い視線と表情を向ける。
その言葉と態度に、額に冷や汗の粒を流しつつ唾を飲み込むリアナ。
一方ゾルデンも一度口元を一文字に引き結んだ後、
「それはありがたい。その援軍が到着する前に、戦いの決着はついてしまっているかもしれんが」
そうやはり強気で応じる。
だがその言葉に、ファルデウスは冷たく鋭い表情を保ちながら、
「この期に及んで未だやすやすと勝てるなどと思っているのなら、その幻想は今すぐ捨てることだ。わしの援軍が到着するまで、焦って兵を損ずるなよ。戦況によってはわしの援軍を加えても、この戦、敗れるかもしれぬ」
最後にそう言い残すと一人席を立ち、踵を返して去っていく。
そんなファルデウスの背中を見送り、険しい表情を浮かべる他の五大神たち。
だがそんな中で一人ライザだけがクスリと笑い、
「あんなに生き生きとしたファルデウスを見るの、何年ぶりかしら。娘とその選んだ男の活躍がよっぽど嬉しかったのね」
そう笑顔を浮かべるのだった。
「くそっ、シェミナ!」
五大神の会議を終え、ゾルデンは一人吐き捨てつつその名を呼ぶ。
「はい、こちらに」
その言葉に即座に答え、現れるシェミナ。
そんな彼女に、ゾルデンは険しい表情を向け、
「予想通り帝国方面の受け持ちになった。フェルニアが14000、ファルデウスが30000の援軍を率い助勢に来る。ファルデウスの軍の到着は北の馬蹄族の動き次第だが、かなりの速度で来援することは間違いない。そのファルデウスの援軍が到着するまでに決着をつけねばならん。いつまでに動ける?」
そう唐突に問いかける。
「――今回は謀略工作に内地の兵器の生産、開発体制、部隊編成、訓練に至るまであらゆることに手を加えねばなりません。現地入りして実際に部隊の指揮に入るまで、急いでも2、3週間はかかります」
即座に、毅然と答えるシェミナ。
ゾルデンはそんな彼女の顎に手を当て、無理やり顔を上げさせると、
「これまで俺を満足させ続けてきたお前だが、今回失敗は許されん。かつての思い人が相手だからとわずかでも手を抜くようなことがあれば、分かっているな?」
底なしの闇をたたえた瞳で、彼女の瞳を真っ直ぐ覗き告げる。
対するシェミナは一瞬、その瞳を真っ直ぐ睨み返したのち、笑顔を浮かべ、
「過去は捨てました。私が愛し従うのはあなたのみ、今回も必ずあなたを満足させて見せます」
穏やかだが揺るがぬ声で答えてみせる。
その答えに、一拍の間の後、ゾルデンは不気味な笑みを浮かべると、
「それでこそ我が妻。貴様が俺を満足させ続ける限り、約束は守ろう」
そう言って彼女の顎から手を放し、踵を返し去っていく。
そうして去っていくゾルデンの背中を見送り、彼女は以前より大きく広がり、色も濃くなった痣を掻き、歯を食いしばりながら、
「大丈夫、あと少しの辛抱、だからそれまでもって、私の体」
ゾルデンに聞こえぬ小さな声で、絞り出すようにつぶやくのだった。
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