第98話 反撃

「かなりやられましたね」


 着艦作業を終えた攻撃隊を見、大杉が呟く。


「は、護衛の戦闘機の割合を増やしていたとはいえ、やはりそもそもの戦力差が大きすぎました。しかし、上げた戦果はそれ以上。それに発艦後も艦隊を前進させ続けた効果もあり、機位喪失による未帰還は相当抑えることができました」


 それに対し副官は、どちらかというと肯定的に答える。

 翔空機による長距離攻撃は、自機の位置が分からなくなり、母艦に帰ることができなくなるリスクが高くなる。

 だが帝国艦隊は発艦後も艦隊を前進させ続けることで攻撃隊の飛行距離を短く抑え、このリスクを低減させることに成功していたのだ。 

 しかし副官はそこで、


「後は退避が間に合うかどうか」


 そう目を細めて呟く。

 はたしてその数秒後、


「前衛艦隊の対空探知装置が敵偵察機を補足。戦闘機隊が排除に向かいました」


 艦橋にもたらされる報告。

 

「補足されたか」


 大杉の言葉に、副官は今度こそ表情を険しくし、


「現在の彼我の距離からすると、ギリギリ敵の攻撃圏内。敵も空母をやられて必死です。反撃は間違いないかと。すでに艦隊は全力で退避に入っていますが、逃げ切るのは難しいと思われます」


 そう答える。  

 すると程なく、


「味方基地、現在200機以上からなる敵翔空機の大編隊の空襲を受け、全力邀撃中の模様」


 通信員がそう、新たな情報をもたらす。


「敵の基地航空隊だろう。となると味方基地の援護は期待できない。我々のみで、敵空母の反撃をしのがなければ」


 そう呟く副官の言葉に、冷や汗を流す兵士たち。

 そんな彼らの様子を見、大杉は表情を引き締めると、


「各艦増速。対空戦闘の準備を開始。ここからが正念場です。大丈夫、敵は空母の一部を失い戦力が減少している上、攻撃可能距離ギリギリで、作戦行動に余裕がない。対するわが方はバーム殿改修の探知装置と無線による誘導、増槽により長時間補給せず戦闘できる有利がある。勝機は十分あります」


 そう声を張り上げ、自信を持って言い切る。

 その言葉に、兵士たちは緊張した様子で一度唾を飲み込むが、やがてその表情を精悍なものへと変化させると、それぞれの役割を全うすべく動き始める。

 目前に迫る死の恐怖を前に、しかし彼らの心を支配するのは、必ずしも絶望だけではなかった。


 



――現在、敵編隊の高度は4000。高度4000付近を飛行中。


 無線装置が伝えるその情報に、


「そろそろ眼下に敵編隊が見えてくるはずだ」


 邀撃を担当する戦闘機のパイロットが呟く。

 果たしてそのしばらく後、隣を飛行する戦闘機が機体を小さく振り、風防の中で眼下に広がる雲の切れ間を指さす。

 そこには太陽の光を反射して機体を煌めかせながら、艦隊に向かって飛行する無数の小さな機影があった。 


「40~50機ってところか。やはり空母への攻撃が効いたようだな。それに高度もほぼ情報通り。この雲で人間の目からは逃れることができても、科学と魔術の目からは逃れられないってことか」


 そう呟くと、パイロットは列機と示し合せ、太陽を背にして眼下を飛行する敵機に向かって急降下を開始する。

 そうして高高度からの急降下で一気に速度を得た戦闘機は、見る間に敵編隊に後方から肉薄。

 直前になってようやく旋回機銃による応戦を開始した敵編隊の弾幕を一瞬にしてすり抜け、敵機の内の一機に攻撃を浴びせ、そのまま敵編隊を追い越し低空へと逃れていく。

 

「よし、1機仕留めたか」


 パイロットが呟き背後を振り返る。

 その後方からは護衛の敵戦闘機が追跡して来るが、高高度からの急降下で速度を得た帝国軍戦闘機は、みるみるこれを引き離していく。

 そうして敵戦闘機を完全に振り切ったパイロットは、付近に敵戦闘機がいないのを確認し反転、再度敵編隊に対し攻撃を試みる。

 だがそうしている間に、敵編隊は横一線に並んだ帝国軍前衛艦隊とその展開する弾幕を飛び越え、中、後衛の空母へと迫っていく。

 

「くそ、早く、早く」


 焦りに呟きながら、機体を加速させるパイロット。

 そうしてようやく敵編隊に追いつくが、敵爆撃機は編隊を組んで旋回機銃で弾幕を展開し、容易に接近することはできない。

 そうして前方の爆撃機にばかり集中していると、今度は後方から敵戦闘機が迫り、パイロットは回避運動を強いられる。

 その内、敵編隊は軽空母を中心とした帝国軍中衛の艦隊へと到達するが、敵はこれに攻撃を仕掛けることなく、上空を素通りしていく。


「くそっ、囮だと気付いたか」


 思わず悪態をつくパイロット。

 だが自機は敵戦闘機に追われ、とても爆撃機に向かうどころではない。

 その間、敵編隊は対空砲火と帝国軍戦闘機の攻撃で少しづつ脱落機を出していくが、未だ相当の戦力を維持し、後衛に迫っていく。

 このままでは、母艦に被害が出る。

 そう焦りながら、なんとか敵戦闘機を振り切ろうと機体を蛇行させるが、敵戦闘機は容易に離れてくれない。

 だが次の一瞬、突如高高度から別の味方戦闘機が舞い降りてきたかと思うと、自機を追跡していた敵戦闘機の後方につき、これに射撃を加える。

 前方の目標に集中していたらしい敵機は回避が遅れ、吸い込まれた閃光に機体から煙を吹き、後方から離れていく。

 

「ありがとよ、これでやれる」


 呟いたパイロットは再度加速、敵爆撃機の編隊に再び接近する。

 これに対し敵爆撃機は再度弾幕を展開し、必死に追い払おうとする。

 

「ちっ、だが端っこがお留守だぜ」


 対するパイロットは呟くと、弾幕の濃い編隊中央ではなく、一番端の一機を狙う。

 狙われた敵爆撃機は当然必死に機体を蛇行させ回避しようとするが、爆弾を抱えた重い機体では戦闘機から逃れることはできない。

 やがてパイロットは敵爆撃機の後方、5メートルほどの所まで肉薄すると、もはや照準器をろくに覗くことすらせず射撃を加える。

 果たして放たれた閃光は敵機を捉え煙を吹かせ、落後した敵機は爆弾を投棄し、戦列を離れていく。


「よし、お次はどいつだ?」


 額を伝う汗をぬぐいながら、呟くパイロット。

 だが次の一瞬、敵爆撃機は次々と機体を翻すと、海面に向け急降下を開始する。

 その向う先の海面にいるのは、帝国軍の空母。

 気づかぬうち、後衛の空母への到達を許してしまっていたのだ。


「しまった、撃ち漏らしたか」


 思わず叫ぶパイロット。

 その眼前で敵爆撃機は、海面の空母へ向け爆弾を投下していく。

 これに対し帝国軍空母はほんの一瞬遅れて回避運動を開始するが、最初の一発が甲板に吸い込まれて炸裂、猛烈な黒煙が甲板を包み、さらに至近弾の巨大な水柱が艦の周辺を包み込む。

 だが帝国軍戦闘機隊の猛攻、長距離攻撃のため攻撃行動に余裕がなかったこと、さらに艦の巧みな回避運動もあってか、艦隊に到達した敵機は少なく、投下された爆弾も多くは外れているようだった。

  

「ひとまず致命傷は回避できたか。だがあの損害では着艦はできないだろう。燃料は――」


 そう呟いて、しかしまだ余裕のある燃料メーターを見、パイロットはようやくその時になって、増槽を投棄するのを忘れていたことに気づく。

 飛行可能距離を増加させる増槽の存在は、より長時間燃料を補給せず戦うことが可能となることを意味する。

 このため攻撃だけでなく防空戦においても、空気抵抗と重量増加による速度低下のデメリットを上回るメリットを発揮するのだ。

 パイロットはそれを身をもって実感すると、増槽内に残っていた残りわずかな燃料を手動でくみ上げ、ようやく空となった増槽を投棄。

 そして再び機を翻すと、退却する敵機の追撃に入るのだった。


 

 

 この後、敵の第二次攻撃隊は帝国軍後衛の艦隊を発見することができず、燃料の問題もあり囮の軽空母と前衛の艦隊に攻撃を仕掛ける。

 最終的に帝国艦隊の受けた損害は、大型空母1隻中破、商船改造空母1隻、重巡洋艦1隻大破というものだった。

 損傷した商船改造空母と重巡洋艦は護衛の駆逐艦を伴い後方海域に退避。

 一方中破した空母は消火を終えた後、甲板を修理し発着艦能力を回復、戦列を維持した。

 またケルシ、ツルフの帝国軍航空基地は、総計200機以上という敵の基地航空隊の大空襲を受けるも、敵基地から海を挟んだ遠隔地であるという地の利、さらに事前の偽装や防御対策が功を奏し、大きな損害は免れた。

 逆に探知装置と無線誘導、増槽の有利を得た帝国軍戦闘機隊は、邀撃戦闘において、圧倒的戦力を誇る光神国軍翔空機隊を相手に互角の戦闘を見せた。

 

 しかしこの日の戦闘において、両軍翔空機隊はほぼ全力の死闘を繰り広げながら、互いに決定的打撃を与えることができないまま、行動を大きく制限される日没を迎えることとなる。

 互いに艦載機を大きく損じた空母は、無事な艦も含めて後方海域に退避。

 逆に水上艦艇は翔空機から身を隠すことができる夜の闇にまぎれて前進、昼戦でつかなかった決着をつけるべく、互いに位置を探りながら、間合いを詰めていく。

 そうして深い夜の闇が視界を閉ざす海で、決戦の第二幕が、幕を開けようとしていたのだった。

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