第99話 艦隊決戦

「対水上探知装置が敵艦隊を補足。10時方向、距離22000」


 航空戦艦ヒナタ艦上にもたらされる報告に、帝国軍将兵の間ににわかに走る緊張。 


「誤報の可能性は?」


 張りつめた沈黙が包む空間にあって、そう冷静に確認する副長。 

 だが程なく、


「他の味方艦艇の探知装置も敵艦艇を補足。見張り員もそれらしき艦影を確認。間違いないかと」


 もたらされた報告が、副長の懸念を否定する。

 

「さすがはバーム殿開発の専用の探知装置。これで敵艦隊の先制発見に成功、我が方の優位は確実です」


 そう状況を判断し、呟く大杉。

 その言葉に副長は頷き、


「戦艦と重巡洋艦はすでに敵艦を射程に収めていますが、総都督、射撃を開始しますか?」


 そう平静に問いかける。

 その言葉に、大杉は頷きながらも、


「発砲すれば艦隊の位置が露呈します。かねてからの取り決め通り、軽巡洋艦以下の艦艇は敵に十分接近するまで、発砲は禁止です」


 そう補足し指示を飛ばす。

 副長はその指示に頷き、


「探照灯照射、進路変針。右舷砲撃戦用意!」

 

 さらに指示を飛ばす。

 すわ決戦。

 下された指示に、将兵はそれぞれ精悍な表情を浮かべ、各々の役割を全うすべく動き始める。

 

 程なく、航空戦艦と戦艦は左方向に艦首を回頭し、探照灯を照射、放たれた何本もの光の筋が、はるか遠方の敵艦を照らし出す。

 そして搭載された巨大な4基の連装主砲が右方向に旋回し仰角をかけ、敵艦に照準を合わせる。


「射撃準備完了、目標、先頭の敵戦艦。距離19000。射撃を開始します」


 もたらされた報告に、頷きを返す副長と大杉。

 それを確認した砲術長から、


「交互撃ち方、撃ち方はじめ!」


 放たれる、号令。   

 そしてわずかの後、敵艦に向けられた8門の巨砲の内、4門が一斉に火を噴き、轟音が闇夜を切り裂き、ここに夜戦の火ぶたは切って落とされる。

 程なく、後続する低速戦艦リクムもまた、搭載した8門の主砲の内、4門を発砲。

 さらに戦艦部隊のわずかに前方を先行していた巡洋戦艦ヒミナもまた探照灯を照射、こちらは敵重巡洋艦部隊を狙い射撃を開始。

 さらにヒミナに後続していた重巡洋艦もまた射撃を開始、こちらは探照灯を照射せず、ヒミナの探照灯を頼りに敵重巡洋艦を狙う。


 そうして放たれた砲弾は、しばらくの後敵艦付近に着弾、目標とした艦影の手前側に水柱を立てる。


――全近。

――全近。

 

 見張り員と探知装置の担当員が、ほぼ同時に報告する。

 敵艦への砲撃の照準修正は、着弾の水柱が敵艦のどの方向に立ったかを見て行う。

 このため着弾の水柱がどの位置に立ったかを詳しく観測する必要があり、それを行う見張り員の技術と探知装置の精度は、極めて重要と言えた。

 そうして着弾位置を確認すると、続いて発砲しなかった残りの4門が照準をわずかに修正し、火を噴く。

 そしてしばらくの後、放たれた4発の砲弾は、今度は敵艦の手前に1つ、奥に3つの水柱を立てる。


――遠、遠、近、遠、夾叉。

――遠、近、遠、遠、夾叉しました。

 

 程なくもたらされる、見張り員と探知装置の担当員の報告。

 その言葉に、艦橋内に上がる小さな歓声。

 着弾の水柱が敵艦の前後に立つ状態を夾叉と言い、照準が正確で命中弾が期待できる状態を意味する。

 見張り員と探知装置の担当員の報告はわずかに内容が異なるが、視界の利かない暗闇の中であることや探知装置の画像の粗さを考えれば、これは仕方がないことと言えた。


「砲弾が夾叉しましたが、射法を一斉撃ち方に切り替えますか?」


 そんな状況を見、士官の一人が問いかける。

 一斉撃ち方とは、搭載している全砲門を一斉に放つ射法で、交互撃ち方と比べ着弾観測のために発砲時期をずらす必要がない分、射撃効率で勝る。

 また一度に放つ砲弾数が多くなるため、射撃中心への弾着密度も高くなり、正確に照準できた際の命中率も高くなるという利点がある。

 このため速度を変えずに直進する敵艦を狙う場合には特に有利とされ、帝国軍以外の国の海軍ではこの射法が主として用いられていた。

 だがその問いかけに、砲術長は首を横に振り、 


「目標が今後進路を変針してくる可能性はかなり高い。交互撃ち方を継続せよ」


 そう指示を飛ばす。

 交互撃ち方は着弾観測による照準修正を細かく行うことができる分、一斉撃ち方と比べ速度や進路を細かく変えてくる敵に有効。

 砲術長はこのメリットとデメリットを天秤にかけ、交互撃ち方の継続を選択する。

  

 そうして先手を取ることに成功した帝国艦隊。

 だがその数秒後、探照灯の照らし出す海面付近で無数の閃光が煌めいたかと思うと、しばらく後、巨弾が空気を切り裂き迫る重厚かつ甲高い音が艦橋内に響き渡る。

 そして次の一瞬、艦の左舷方向から伝わる猛烈な衝撃と轟音。

 艦橋の高さを超える程の巨大な水柱がいくつも同時に海面にそそり立ち、全長100メートルを超える巨艦をブリキのおもちゃのように激しく揺さぶる。

 敵艦の反撃の砲弾が艦橋の直上を超え、左舷側の海面に着弾したのだ。

 砲弾が外れてさえ、この衝撃。 

 もしこれが直撃したならば、いかに金属製の巨艦と言えどもただでは済まない。

 そんな目前に迫る死の恐怖の中で、


「敵艦の照準はまだ我が艦を捉えていません。事前の取り決め通り、戦艦は距離15000、巡洋戦艦、重巡洋艦は距離12000、軽巡洋艦以下の艦艇は距離7000まで前進してください」


 頬に冷や汗の粒をいくつも伝わせながら、拳を握りしめて指示を飛ばす大杉。  

 だが次の一瞬、また左舷方向に複数の水柱がそそり立ち、帝国軍将兵は必死に足を踏ん張って衝撃と揺れに耐える。

 元々戦力では光神国側が圧倒的に上。

 しかも帝国軍戦艦3隻は探照灯を照射することで、敵艦を照らし出すのみならず、自らの位置をも敵艦にさらしてしまっている。

 当然敵艦の砲撃は、目立つ戦艦に集中する。

 だがそんな状況に、


「いいぞ、もっと撃て、他の艦ではなく、この艦を。そうすれば残りの味方が、敵を討ってくれる」   


 そう冷や汗を流しながらも微笑を浮かべ呟く副長。

 そう、これは帝国軍の狙い通りの状況。

 重防御を持つ戦艦が探照灯を照射することで、味方の攻撃を容易にするのみならず、囮として敵の攻撃を引き付ける。

 また旗艦が自ら先頭に立つことで、味方の戦意を鼓舞する、と言う意味もあった。


 そしてそんな中、放たれる三度目の斉射の砲弾。

 そのしばらく後、それまでの敵艦の発砲によるものとは別の閃光が煌めいたかと思うと、浮かび上がったオレンジの光が闇夜を照らし出す。


「命中、一発命中しました!」


 響き渡る水兵の興奮した叫びに、将兵は小さく歓声を上げ、拳を握りしめる。

 さらに程なく、他の帝国艦艇の砲撃もまた敵艦に次々と命中、炎上する敵艦の炎は周囲の敵艦をも赤く照らし出す。

 先制して敵艦に打撃を与えることに成功した。

 そうして帝国軍の思惑通りに進む戦況に、しかし大杉はぐっと歯を食いしばる。  

 すると程なく、今度は艦の右舷側、先ほどまでよりさらに近い位置に敵の砲撃による巨大な水柱が立ち、衝撃に将兵のうち数名が足を取られ、床にしりもちをつく。

 それと同時、艦は右舷方向にわずかに傾斜し、揺れが収まってもその傾斜は元に戻らない。


「至近弾により、右舷バルジ内に浸水発生、現在傾斜5度。その他各所に被害が出ております」


 艦橋にもたらされる、伝令の報告。

 浸水による傾斜は戦闘に大きな支障を与えるため、素早い復旧が求められる。


「左舷に注水、傾斜復元急げ」


 直後飛ばされる副長の指示。

 だがその数秒後、今度は艦の両側に巨大な水柱が立ち、直撃弾が出ていないにもかかわらず、艦の各所に小規模な損害が発生する。

 また艦の両側に水柱が立つということは、敵艦の照準が自艦を捉えており、直撃弾が出るのも間近であることを意味する。

 そうして目前に迫る死を感じ、それまでとは比べ物にならないほどの汗を流し、つばを飲み込む将兵。

 その恐怖は、いかに歴戦の航空戦艦ヒナタ乗組員といえど、慣れるものではない。

 だがそれでも、


――傾斜復元完了しました。

――距離17000、照準修正良し。

――各所、被害報告急げ。

 

 将兵はそれぞれ精悍な表情を維持し、それぞれの役割を全うしようとする。

 間もなく、放たれた第4斉射は惜しくも至近弾となるが、第5斉射では再び敵艦に命中弾を与える。

 だがその間にも、航空戦艦ヒナタと後続する低速戦艦リクム、先行する巡洋戦艦ヒミナは敵艦の猛烈な砲撃にさらされ、艦の前後左右に無数の水柱が次々とそそり立つ。

 そしてそれまでの至近弾によるものとは比べ物にならないほどの猛烈な衝撃が航空戦艦ヒナタを襲ったのは、それから程なくの事だった。


――後艦橋付近に命中弾、火災発生。


 もたらされる報告に、


「応急班を急行させろ、消火急げ!」


 間髪入れずに叫ぶ副長。

 だが程なく、再びの衝撃が艦を襲い、大杉や副長を含む艦橋要員は足を取られ、床に倒れこむ。


――右舷中部舷側に命中弾、高角砲大破、死傷者多数。


 次々ともたらされる被害報告。

 さらに戦艦リクムと巡洋戦艦ヒミナにも命中弾が発生し、発生した火災の炎は明かりとなって闇を払い、敵艦に位置を知らせてしまう。

 もともとの戦力差からして、正面からのまともな砲撃戦では光神国側に分があり、探知装置により先制した分の有利は、ここにほぼ埋まったように思われた。

 あとは戦力に勝る光神国側が戦局を逆転するのみ。

 常識的に考えればそのように思われる中、それでも帝国軍将兵は確かな希望を胸に、強力な敵艦隊に立ち向かう。

 そんな戦況下、夜の闇にまぎれ、帝国軍再逆転のカードが、光神国艦隊に迫っていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る