第97話 アウトレンジ戦法と先制攻撃

「偵察機がケルシ・ツルフ両基地の北東沖海上に敵機動部隊を補足。両基地はすでに戦闘機58機、雷撃機11機、触接の偵察機3からなる攻撃隊を発進したもようです」


 通信員の言葉に、航空戦艦ヒナタ艦橋は割れんばかりの歓声に包まれる。

 時刻は早朝、空は赤く染まり、水平線からは日の光がこぼれはじめる。

 大杉の率いる帝国艦隊は現在ケルシ基地北方沖海上にあり、敵艦隊に向かって西方から突進を仕掛ける進路をとっていた。


「敵機動部隊の先制発見に成功、これでアウトレンジ戦法の成功はほぼ確実です」


 そう興奮した様子で叫ぶ副官。

 アウトレンジ戦法、それは戦力に劣る帝国軍が光神国軍に勝つために編み出した必勝の戦法。

 帝国軍翔空機は増槽の開発により、光神国軍翔空機を大きく上回る飛行可能距離を持っている。

 これを利用し、敵艦載機の飛行可能距離の外側から翔空機を用い攻撃を仕掛けることで、母艦や基地を危険にさらすことなく一方的に敵を打撃する。

 さらに敵空母に対し確実に先制攻撃を仕掛け、敵空母の翔空機の発着艦を不可能にすることで、攻撃を受ける前に敵空母戦力を削ぐ、それがアウトレンジ戦法の骨子だ。

 そしてこの戦法を成功させるためには、敵空母艦載機の飛行可能距離に入るより前に、敵艦隊を発見すること、敵艦隊の位置情報をできるだけ細かく正確に得ることが必要となる。

 このため帝国側は哨戒、索敵網を大幅に強化し、敵艦隊の先制発見に努めていた。

 また発見後は触接の偵察機を絶え間なく発進し、敵艦隊を常に見張らせることで、敵の正確な位置情報を細かく得、長距離飛行の攻撃隊を確実に敵艦隊に到達させることとしていた。


 そうして帝国側の思惑通りに進む戦況に、総都督、大杉は大きく頷くと、


「各艦増速、攻撃隊は発艦を開始してください」


 そう落ち着いた様子で指示を下す。

 だがその言葉に、そろって驚いた表情を浮かべる将校達。 

 

「お待ちください総都督、増槽による飛行可能距離の延長分を考慮しても、敵はまだ我が艦載機の攻撃可能距離ギリギリの所にいます。攻撃行動に余裕を持たせるためにも、もっと敵艦隊に接近してから発艦すべきでは?」


 そう意見する副官。

 その言葉に大杉は頷きを返しながらも、


「ですから我が艦隊は、敵に接近してから攻撃隊を発艦させるのではなく、攻撃隊を発艦させた後も艦隊を前進させ続けることで、帰還する攻撃隊を迎えに行きます」


 そう平静に答える。 

 その言葉に、驚きと感心の入り混じった表情を浮かべる将校達。

 通常空母は、攻撃可能距離まで敵に接近し、攻撃隊を発艦させた後、母艦は退避行動に入る。

 今回はその逆、攻撃可能距離ギリギリから攻撃隊を発艦させた後、母艦は退避せず前進を続け、帰還する攻撃隊を迎えに行くというのだ。


「なろほど、それは妙案です。しかし、もし何らかのイレギュラーで艦隊の前進が困難になったり、母艦の退避が遅れた場合はいかがしましょう?」


 そう感心しながらも懸念を示す副官。

 だが大杉は首を横に振り、


「何があっても艦隊は前進を続けますし、攻撃隊の着艦作業のためならば、母艦の退避は遅れても構いません。攻撃隊だけを危険にさらし、艦隊はそれを見ているだけなどあり得ません。それに今回の陣形と艦載機の搭載割合は、そのイレギュラーを防ぎ、敵艦載機の攻撃を確実に撃退するためのもの。バーム殿改修の探知・無線装置もあります。我々ならできます」


 そう毅然と答える。

 今回帝国艦隊が採用したのは、艦隊を3群に分けた布陣。

 先ず前衛として、高速戦艦と巡洋艦、駆逐艦少数が間隔を広めにとり、横一線に並ぶ。

 これは可潜艦と接近する敵艦載機への哨戒、また敵水上艦艇が接近してきた場合の対応、不時着する味方機の救助が主な役目だ。

 続いてその後方に商船改造空母を中心とし、低速の戦艦、航空戦艦、護衛の駆逐艦少数が円形に周りを囲む中衛が布陣。

 これは低速艦と高速艦を分けるという意味の他に、前衛中衛の防空、後衛の空母から敵艦載機の目を引き付けるための囮の役割を担う。

 また敵水上艦艇が接近してきた場合、戦艦と航空戦艦は急きょ前進して前衛に加わり、敵水上艦艇と戦闘を行う。

 さらにその後方大きく距離をとった位置に、空母2隻を中心とし駆逐艦多数が円形に周りを囲む後衛が布陣し、作戦の中核を担う。  


 これらの布陣はとかく、後衛の空母を守ることに最大の焦点をおいたものだ。

 またこの多段の布陣により敵艦載機の接近をできる限り早く察知し、万全の態勢を整えた上で戦闘機による邀撃を開始する。

 そしてこの防空戦術において最も重要となってくるのは、やはり探知装置による索敵と、無線装置による戦闘機隊の誘導だ。

 このため帝国艦隊は決戦前、この戦術を実現するために必要な装備の整備を進め、訓練を重ねていた。

 さらに帝国軍空母はこの日、搭載する艦載機の内、戦闘機の占める割合を、通常40パーセント程度の所、60パーセントにまで増加させていた。

 防空と攻撃隊の護衛を担う戦闘機の割合を増やすことは、攻撃を行う爆撃機と雷撃機の割合を減らすことを同時に意味する。

 だがそれを許容しても、帝国艦隊は守りを優先した布陣でこの決戦に臨んでいた。

 

 大杉の言葉に、将校たちもその指示と決意に納得し、行動を開始する。

 帝国艦隊から戦闘機23、爆撃機11、雷撃機7からなる第一次攻撃隊が発艦したのは間もなくの事。

 さらにそのしばらく後には戦闘機16、爆撃機7、雷撃機4からなる第二次攻撃隊が、後を追うように発艦、敵艦隊に向け、進撃を開始するのだった。





「間もなく、敵艦隊に到達します」


 航法と偵察を担当するパイロットの言葉に、残る二人のパイロットが頷きを返す。

 空母を発艦した帝国軍翔空機隊は海原を長躯し、未だ水平線の向こうに隠れ肉眼に収めることのできない敵艦隊に向け、触接の味方偵察機から発せられる位置情報を頼りに進撃をつづけていた。

 

「間もなく敵戦闘機隊による邀撃が予想される、各機、今一度警戒を厳とせよ」


 操縦を担当するパイロットの言葉に、残る二人は周囲、特に上空で輝く太陽の方向を中心に、警戒する。


「しかしさすがにこの長距離飛行は、体力的にも航法的にも厳しいものがあります。触接の偵察機からの位置情報がなければ、敵艦隊発見は困難です」


 航法を担当するパイロットの言葉に、残る二人のパイロットも厳しい表情で頷く。

 はるか遠方の洋上を移動する空母という目標のもとに辿り着き攻撃を仕掛け、自らの母艦に帰還する。

 これを成し遂げるためには、敵艦隊の正確な位置情報と、自らの機の位置を正確に割り出す計算が必要となる。

 それは敵艦に爆弾や魚雷を当てることにも増して重要で難しい技術だ。

 敵艦隊に対し長距離攻撃を仕掛けなけなければならないアウトレンジ戦法は、この負担が大きいのだ。

 とはいえ、この厳しい戦力差で勝利をものにするためには、この戦法しかないことも理解していた。


 そうして会話しながらも索敵を続けていると、やがて通信員の目線が太陽の方角で止まる。


「敵機発見、太陽を背に突っ込んでくるぞ!」


 直後機内に響き渡る、通信員の緊張した声。

 それを受け操縦員は慌てて舵を切り、退避行動に入る。

 次の一瞬、一気に迫り響き渡る敵機のエンジンと発砲の音。

 閃光が機の直ぐ脇で瞬いたかと思えば、次の一瞬には急降下した敵機が翼をかすめ、機を追い越して去っていく。

 周りを見回せば数機の味方機が火だるまとなって落ちていき、必死に後部の魔道機銃を振り回す味方爆撃機と雷撃機の背後に、敵戦闘機が迫る。


「畜生、味方戦闘機は何をやっていやがる」

 

 機銃手を兼ねた通信員が、迫る敵戦闘機に向かって機銃を乱射しながら悪態をつく。

 だが次の一瞬、上空から別の機影が急降下してきたかと思うと、逆に敵戦闘機の背後につき、これに射撃を加えて撃ち落としていく。

 

「ったく遅すぎだ、やっちまえ」


 景気よく叫ぶ通信員。

 あえて守るべき爆撃機と雷撃機のそばにつかず上空に待機していた護衛の戦闘機隊が、敵戦闘機の攻撃を見て有利な高空から急降下し、敵戦闘機に襲い掛かったのだ。

 そうして敵味方の戦闘機が壮絶な空戦を繰り広げる中、帝国軍攻撃隊はなお前進を続ける。

 すると程なく、


「敵艦隊発見、敵艦隊発見!」


 操縦員の言葉に、パイロットたちはそろって視線を海面へと向ける。

 果たして雲間から見える海面上に、無数の小さな点の群れが、白い尾を引き進んでいるのが見える。


――全機突撃、全機突撃。


 隊長機の指示に、爆撃機は高度を維持して敵艦隊上空に向かい、雷撃機はこれと別れ高度を落とし、海面近くに向かう。

 その間にも敵戦闘機隊は猛烈な追撃を仕掛けてくるが、護衛の戦闘機隊がかろうじてこれを退ける。


「敵戦闘機隊の陣形が乱れている。数も予想していたよりかなり少ない。先の基地航空隊の攻撃がかなり効いたようだな」


 事前に予想された敵艦隊の戦闘機戦力は、およそ100機弱。

 燃料弾薬の補給のため常時全機を上空に展開することはできないとしても、常に相当の戦力が上空にあるとみて間違いない。

 この戦力差でまともにぶつかったなら、帝国軍空母攻撃隊の勝機は薄かったことだろう。

 だが帝国軍空母攻撃隊より先、敵艦隊に攻撃をしかけた基地航空隊の陣容もまた、護衛の戦闘機を重視した編成だった。

 この結果、基地航空隊の敵艦船に与えた損害は決して大きくなかったが、代わりに邀撃の敵戦闘機隊にはそれなりの打撃を与えることに成功していた。

 このため空母攻撃隊は予想より少ない損害で、光神国艦隊の防空網を突破することに成功したのである。

 

 そうして最も危険な敵戦闘機の邀撃を何とか振り切ると、雷撃隊は編隊を維持し低空から敵艦隊に接近する。


「敵大型空母1隻が艦隊から落後している。基地航空隊の連中がやったんだろう。あの艦を狙う」


 操縦士がそう言い、落後した敵空母に対し、側面方向から接近する進路をとる。

 まもなく敵艦からの猛烈な対空砲火の弾幕が周囲を包み、編隊の中の一機が被弾、落後していく。

 そんな中、雷撃隊は海面10メートル以下という超低空まで降下すると、機体を横滑りさせ弾幕をすり抜けつつ、可能な限り編隊を維持し、敵空母に迫る。

 

「艦爆隊、攻撃位置につきました、雷爆同時攻撃、開始します」


 偵察員の言葉に、雷撃隊は今一度編隊を立て直すと、可能な限り間隔を狭め、横一線に並ぶ。

 これと同時、艦爆隊は敵空母に対し急降下をかけ、爆弾の投下を始める。

 敵艦は対空砲火を雷撃機と爆撃機に分散しなければならず、対応が遅れて弾幕は自然と薄くなる。

 それでも対空砲火の弾幕が一機をとらえ、これを海面に叩き落とす。

 だが残る機は弾幕をかいくぐると、敵艦に対し爆弾と魚雷を投下する。

 そうして放たれた爆弾の内、いくつかが敵空母の甲板に吸い込まれ、さらに海面に白い尾を引き突進した魚雷のうち数門が、敵艦の横っ腹に突き刺さる。


 次の一瞬、敵艦の上空わずか10メートルほどの所を飛び越えた雷撃機隊の背後から鳴り響く、猛烈な爆音。

 衝撃が機体を震わせ、黒煙と爆炎、巨艦の高さを超える巨大ないくつもの水柱が、敵艦を包み込んだ。


「攻撃成功。敵空母1に対し、爆弾複数、魚雷2ないし3門命中。撃破確実。やったぞ!」


 通信員の興奮した叫びに、残る二人のパイロットも拳を握りしめる。

 帝国軍航空隊が敵艦に仕掛けた雷爆同時攻撃。

 これを実現させるためには、艦爆隊と雷撃隊の巧みな連携が必要であり、高い練度を要するが、帝国軍は事前に訓練を重ね、この高度な攻撃を成功させたのだ。


  

 さらにこの後、帝国軍第二次攻撃隊もまた、敵艦隊の防空網を突破し、打撃を与えることに成功する。

 基地航空隊を含めたこの一連の攻撃により、帝国軍は敵大型空母一隻を撃沈、さらに中型空母1隻と巡洋艦1隻に命中弾を与え、これを大破、撤退に追い込む。

 だが光神国艦隊はなお空母4隻の戦力を有しており、帝国軍は敵艦隊に決定的打撃を与えることができないまま、大規模な反撃に備えなければならないのだった。

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