第96話 数倍の敵軍を前に

 リャグム奇襲作戦成功から2日後、帝国軍は快速輸送船4隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦8隻による、クワネガスキへの夜間緊急輸送作戦を実行することとした。

 これはリャグム奇襲作戦の結果、燃料を大量に失い、行動力が減少した光神国空海軍の隙を突いたもので、輸送船団は翔空機の行動が大きく制限される夜間の内にトウルバ港に入港し、物資の揚陸を行う。

 時間の制約上、日の出までに敵基地の空襲圏を離脱することが難しいため、帰路は空襲を受ける危険性が高い。

 だが物資の揚陸を確実に成功させるため、またクワネガスキの戦闘機隊が護衛にあたることで帰路の安全は保障できるものとされたことから、作戦は決定された。

 

 しかし作戦は序盤から躓(つまづ)く。

 前回帝国軍による輸送を許した教訓から、光神国軍は帝国軍の軍港を、多数の可潜艦を用いて監視。

 さらにクワネガスキの帝国軍戦闘機隊を最大の脅威と認識し、護衛の戦闘機戦力を増強した攻撃隊を編成、連日クワネガスキの航空基地へ空襲を加え、翔空機戦力の撃滅を図っていた。

 またリャグム奇襲作戦の結果、東方の軍港で足止めされていた極東艦隊も、出撃の機会を伺っていた。

 帝国軍輸送船団出港を可潜艦によって察知した光神国軍は、燃料消費の比較的少ない重巡洋艦以下の中小型水上艦艇を主体とした攻撃隊を編成、出撃させる。

 両艦隊は日没後、クワネガスキ南方の海上で激突。

 帝国側は輸送船と直接護衛の駆逐艦4隻をクワネガスキに向かわせ、残る6隻のみで艦隊を邀撃。

 夜戦に自信を持つ帝国側だったが、初の実戦投入となった艦船搭載型魚雷は射程、速力不足と起爆装置の不具合から威力を発揮できず、圧倒的戦力差もあり敗退。

 3隻を喪失し、残る3隻も大きく損傷、撤退を余儀なくされた。

  

 この間に輸送船団は戦場を離脱しトウルバ港に入港、物資の揚陸は成功する。

 だが日の出までに空襲圏を離脱することはできず、光神国軍翔空機は帰路の輸送船団に殺到。

 クワネガスキの帝国軍戦闘機隊は全力でこれを邀撃したが、連日の爆撃と邀撃戦闘で戦力は減少、疲労はピークに達しており、攻撃を防ぎきることはできなかった。

 この空襲によって帝国側は輸送船2隻、駆逐艦1隻を喪失、他2隻が損傷。

 一連の戦闘で帝国側は最終的に6隻の艦船を喪失、4隻が損傷する大損害を被ることとなった。

 だが一方で物資を輸送するという戦略目的自体は達成。

 さらにこの一連の戦闘で光神国側の燃料は払底したと判断したティアさんは、この2日後にも輸送作戦を実施。

 このティアさんの判断は的中し、光神国側は輸送阻止に戦力を動かすことができず、輸送作戦は成功。

 2度の輸送成功で、帝国側は兵糧の他、前回輸送できなかった武器、液体魔力、魔法石、疑似魔法石、医療品、翔空機の部品、兵器開発に必要な部品と道具、その他の戦略物資を大量にクワネガスキに運び入れることに成功したのだった。

 

 


 この作戦の結果を受けて最大の問題となったのは、艦船搭載型魚雷と探知・無線装置の性能不足と不具合である。

 海戦の時点で帝国海軍の艦艇の搭載する探知・無線装置は、まだ改修が間に合っておらず、性能が安定しなかった。

 このため帝国側は夜戦において敵を先制発見することができず、熟練見張り員の目に頼ることとなってしまった。

 また敵を発見した後にも、その情報を味方に素早く伝達することができず、敵に遅れをとってしまった。

 また十分敵に接近する前に発射された魚雷は、速度の低さからほとんど命中しなかった。

 さらに魚雷の不発を恐れた帝国軍将兵が起爆装置を過敏に設定した結果、命中するはずだった魚雷もまた船の起こす波の衝撃で早爆を起こしてしまったのだった。


 海戦の結果を受け、僕と技術者陣は早速、不具合の修正に動く。

 先ず探知装置に関して、単に僕が開発したものを水上艦搭載用に改修するのみならず、新たに水上索敵と射撃の補助を目的とした探知装置を製作することとなった。

 また探知・無線装置の性能を安定化させるための整備、運用方法について、指導とマニュアル化を徹底。

 加えて優先的部品供給と重要部品の早期交換が図られることとなった。

 

 魚雷に関しては、これまで射程を重視し、速度を犠牲にする調整が行われていた。

 だが遠距離の目標を低速の魚雷で攻撃しようとすれば、魚雷が敵艦に到達するまでの時間差が大きくなってしまい、命中率が低下してしまう。

 そこで高速短射程、中速中射程、低速長射程の3種類の模擬魚雷を用意して実戦部隊に訓練を行ってもらい、どの魚雷が最も有効か意見をもらうこととなった。

 結果、短射程のデメリットを考慮しても、高速の魚雷が最も有効という結論に至った。

 また起爆装置に関しても、実際に航行している艦船を目標に模擬魚雷を用いて実験を繰り返し、丁度良い感度設定を導くことに成功した。


 さらに魚雷そのものの性能を向上させるために僕と開発陣が取り組んだのが、酸素の使用量を増加させた魚雷、『酸素魚雷』の開発である。

 魚雷の機関には主に、液体魔力の爆発を利用して推進力を得るタイプと、魔力を一旦電気へと変換させて、これを推進力に変えるタイプの2種類が存在する。 

 帝国軍の魚雷は主として前者だ。

 そして前者は液体魔力を爆発させるために空気中に含まれる酸素を必要とするが、魚雷は水中を航走する関係上、酸素を空中から吸気することができない。

 このため酸素を魚雷内に内蔵しておく必要があるが、酸素のみを使用しようとすると過剰な反応が起き、魚雷が爆発する事故が発生してしまう。

 このためこれまでは圧縮した空気を内蔵していたが、これは酸素以外の不要な気体に容量をとられることと、排気で生じる気泡で、魚雷の位置が敵に察知されやすくなることを意味していた。


 そこで僕が新たに提案したのが、いきなり酸素のみを使用するのではなく、最初はこれまで通り圧縮空気を用い、途中で徐々に使用する酸素の量を増やしていく方法である。

 これはいきなり高濃度の酸素を用いれば爆発は免れないが、徐々に増やしていくことで急激な反応を防ぐことができるのではないかという僕の仮説から生まれた方法だった。

 この仮説に基づき開発陣は早速実験に取り掛かったが、これは酸素濃度の調整を誤れば即爆発を意味する中、それでも爆発しないギリギリを攻める危険な実験であった。

 万が一爆発が起こった場合に備え、実験は屋外で、研究員は壕に退避した上で行われた。

 そして実際に爆発事故は発生してしまい、飛び散った破片で付近の建造物に損害が発生してしまうこともあった。

 だが実験はそんな状況下でも続けられ、その成果もまた徐々に表れ始めたのだった。


 

 この酸素魚雷と並んで僕が考案し、同時に開発を推し進めたのが『連繋機雷』である。

 これは複数の機雷をワイヤーで連結したもので、敵艦船が機雷と機雷の間を通り抜けようとすれば、艦首にワイヤーが引っ掛かり、ワイヤーはV字型に変形、機雷が舷側に接触、起爆するというものである。

 これまでの機雷は直接敵艦船が接触しなければ威力を発揮できなかったため、大量に生産敷設する必要があった上、機雷と機雷の間を通り抜けることで回避することも可能であった。

 だがこの改良により、機雷と機雷の間を敵艦船が通り抜けることができなくなり、少数の機雷で広範囲をカバーすることができるようになる。

 

 実戦運用としては駆逐艦を用い煙幕を展開しつつ、敵艦船の前方を横切るように航行し機雷を投下、敵艦の進路を塞ぐような形で敷設線を構築する。

 起爆装置には砂糖が組み込まれ、一定時間で海水に溶けることで作動不能となり、さらに時間が経過すれば自動で沈没する仕組みを取り入れた。

 これにより命中しなかった機雷が漂流、味方艦船を傷つける危険は回避することができる。

 この機雷の開発は酸素魚雷と比べれば比較的短期間で済んだため、帝国海軍は早速生産体制を整え、部隊は実戦運用のための訓練を開始することとなった。


 加えて僕は前回の軍議で、海軍からもう一つの依頼を受けていた。

 それは新型駆逐艦の設計案の検討と選定にあたっての助言である。

 だがいくつもの難題を掛け持ちしている現状、これは随分後回しになってしまった。

 だが僕は以前、実際に艦船の設計に携わった経験があり、設計にあたってはいくつか意見を持っていた。

 そのため他の開発がひと段落してきた段階から、僕はこの新型駆逐艦について、自分でいくつか改良案を考えてみることにした。

 余計な口出しかとも思ったが、考えた大まかな設計案を海軍の関係者に見せたところ、予想以上に好評だったため、僕はさらに踏み込んで設計案を考えてみることにしたのだった。

 


 そしてもう一つ僕が取り組んだのが、鉄砲の尾栓問題の解決策の研究である。

 帝国軍は以前から光神国軍の用いる鉄砲について研究を進め、奪った鉄砲を分解する等し構造を解析、各部品のコピーを製造することにすでに成功していた。

 しかし唯一尾栓のパーツだけは上手くいかず、暴発事故が多く発生してしまっていた。

 その構造にネジが使用されていることは分解研究ですでに明らかとなっていた。

 だが艦船の建造に用いられる魔術的加工が容易な魔道鋼と異なり、加工が難しい本物の鋼で鍛えられた筒に、溝を刻む方法が無かったのである。

 この難題の解決に当たり、僕と研究者、職人たちは失敗と試行を何度も繰り返した。

 そして最終的に、栓はヤスリで削りだし、この栓を入れた状態で銃身後部を鍛造することで、問題の解決に成功したのだった。



 そして僕が最も力を入れて取り組んだのが、兵器の大量生産、品質管理体制の増強である。

 帝国ではティアさんの兵器開発、量産体制重視の方針により、特に艦船と翔空機に関しては超大国である光神国と同等レベルの兵器が開発され、低い国力からは考えられないほどの兵器生産体制が整えられている。

 だがこの態勢が整えられたのはごく最近になってから、短期間でのことであり、帝国の低い国力もあって無理が生じていた。

 現在帝国の兵器生産を担っているのは、少数の熟練工と、最近になって動員された大多数の未熟練の女性や子供である。

 この未熟練の女性や子供による兵器生産は多くの不良品を生み、効率の低下と資源の浪費につながってしまっている。

 また整備、品質管理体制も、未だ十分に整っているとは言い難い。


 そこで状況の改善のために僕が提案したのが、①製品・部品の規格化、②専用機械の導入、③作業の標準化、④流れ作業の導入である。

 だがこれらの改善案は、実は以前から帝国国内からも上がっていたらしい。

 しかし帝国軍上層部の理解の薄さと、急速な改革による摩擦、決戦での敗北によりティアさんがいなくなったことによる混乱等から、手がつかずにいたのである。

 しかし今回僕がこれらの改善策を具体的に取りまとめたことで、止まっていた改革は一気に進むこととなった。

 

 これらの開発、改革が行われている間、クワネガスキ周辺では中、小規模な戦闘が相次いだ。

 だが光神国軍は補給と戦闘準備の問題から大規模な攻勢を仕掛けることができず、帝国軍はティアさんの鮮やかな采配と、エイミー、緑さん、ゲウツニー、その他将兵の活躍により、光神国軍の攻勢を撃退し続けた。

 それでもリャグム奇襲作戦成功から1か月がたつ頃には、光神国はその強大な国力に物を言わせ遅れを取り戻し、決戦の準備を概ね整えることに成功した。

 しかし一方の帝国軍もまた、その間により万全な戦闘準備を整え、数々の新兵器を開発、実戦配備することに成功していたのである。

 そして両軍はいよいよ、決戦の時を迎えるのだった。 

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