第93話 わがままも貫けば

 作戦から数日、クワネガスキでは再度軍議が開かれていた。


「作戦の戦果報告をお願いします」


 ティアさんの言葉に、海軍の将校が努めて平静な表情を浮かべながら口を開き、


「はっ、現場部隊からの戦果報告、作戦後の偵察、暗号解読等により得られた情報を総合したところ、戦果は雷撃により敵輸送船3隻ないし4隻大破着底。地上に集積された物資、液体魔力備蓄施設、荷役設備の大部分が炎上消失。さらに付近に係留されていた輸送船複数隻が延焼した模様。敵は我が方の工作員による破壊工作を警戒し、警備しやすいよう物資をまとめて集積していたようで、このために火災が延焼し、戦果拡大につながったようです。また他に敵戦闘機5機以上を撃墜ないし撃破しました。

 この結果、敵艦隊及び地上部隊に補給されるはずだった多くの兵糧、火器、液体魔力が失われ、さらに魔力備蓄施設、荷役設備への損害から港湾機能も大きく低下。敵極東艦隊はリャグム入港を急きょ取りやめ、さらに東方の軍港に入港する模様。また敵地上部隊への兵糧は西方の軍港及び陸、空路を用い緊急輸送されることとなったものの、攻城兵器や重火器の輸送は全くめどが立っていないようです。このため敵はクワネガスキ総攻撃を延期する見通しです。

 これらの情報を総合するに、我が方は戦略目的をほぼ達成したといってよいかと」


 そう締めくくる。

 その瞬間、軍議の場は割れんばかりの歓声に包まれる。

  

――やってやりましたな。

――これでまた一つ、これまでの分の借りを返すことができたというもの。

――となれば次はいよいよ反攻ですかな、敵を大陸中央まで押し戻してやりましょう。


 そう次々上がる景気の良い声。

 だがそんな彼らを、やはり平静な態度を保ったゲウツニーが、


「皆落着け。作戦がおおむね成功したとは言っても、強大な光神国にとってはこの程度の損害、かすり傷に過ぎないだろう。それに敵にばかりに一方的に損害を与えて、我が方に損害がないということもあり得ない。中佐、我が方の被害報告を」


 そう厳しい言葉で場を制す。

 その言葉に、軍議は再び元の静けさを取り戻す。

 続けて海軍の将校が口を開く。


「対する我が方は、中型翔空機5機。戦闘機7機を戦闘で喪失。また中型翔空機7機、戦闘機7機が損傷または燃料、航法の問題から帰還を断念し、リャグム南方の環礁に不時着水。あらかじめ待機していた可潜艦が乗員のみ救助しています。他に中型翔空機1機、戦闘機3機が消息不明となっております。敵の警戒の浅いうちに突入した雷撃隊の損害は軽微だったものの、遅れて突入した爆撃隊とそれを護衛した戦闘機隊の損害は甚大でした。新兵器、増槽のおかげで燃料面の問題はさほど発生しませんでしたが、それを抜きにしても長距離飛行による乗員の疲労や戦闘による機体の損傷、航法面の負担は大きかったといえます。

 また今回の作戦の結果、敵は我が方の長距離攻撃を警戒し各拠点の哨戒を大幅に強化。またリャグム南方の環礁を不時着水と乗員の救助に使用した事実も露見したようで、現在環礁付近では多くの敵哨戒艦艇が目撃されており、同様の作戦を再度実行するのは難しい状況です。

 それと魚雷に関してですが、想定より高速で発射された数門があらぬ方向へ航走したとの報告があり、安定した運用には一定以下の速度の維持が必要なようです」


 将校のその言葉に、ほかの者達も先ほどまでの表情をわずかに引き締める。

 戦果は大きかったが、その分損害も小さくはなかった。

 それに新兵器に関しても、課題はまだまだある。

 だが、 


「損害は小さく無かったし、課題もまだまだたくさんあるようね。でも、得たものはそれ以上に大きかった。皆、今回の困難な作戦を成功に導いてくれて本当にありがとう」


 それらの結果報告を受け、ティアさんは笑顔で締めくくる。

 その言葉に、軍議の場に巻き起こる盛大な拍手。

 そしてそんな拍手の中で、


――さすがはバーム殿、またやってくださいましたな。

――全く、今回の作戦の最大の功労者は、間違いなくバーム殿です。


 将校たちは次々と僕に賞賛の言葉をくれる。

 だが、


「いえ、今回の作戦の功労者は僕なんかじゃありません。ハンナさんと、その参加を認めてくださったティア総帥です」


 僕ははっきりとそう答える。

 前回の軍議の最後に僕がティアさんにお願いしたこと、それはハンナさんに一時的に独房から出てもらった上での、全面的な技術協力だった。

 翔空機の分野に関する僕の知識や技術はつたなく、新兵器、増槽を用いる今回の作戦を成功させるためには、彼女の協力が欠かせない。

 そのためには彼女に一時的にでも独房から出てもらい、直接その目で見て、現場の指揮を執ってもらう必要がある、そう考えたのだ。

 

 だが僕のその言葉に、賞賛の言葉をくれた者も含め、多くの将校がその表情をわずかに険しくする。

 当然だろう、ハンナがスパイで独房に幽閉されていることを知らないものなど、この場には一人もいないのだ。

 それを作戦のために一時的に見張り付きでとはいえ、いくらなんでもわがままがすぎている。

 それは自分も承知していた。

 だが、


「皆、許可を出したのは私よ。そして彼女は結果を出した。敵のスパイだったという事実を帳消しにして余りあるほどの、ね。そして彼女の発明は、きっとこれからも、帝国軍に大きな力をもたらしてくれるはず。皆思う所はあると思う。でも今は、私のわがままに付き合って」


 ティアさんはそう言って、将校たちに頭を下げる。

 その言葉に、険しい表情を浮かべていた将校たちも黙って引き下がる。

 そんな状況を見てとったゲウツニーは、


「では戦果報告が終わったところで中佐、予測される今後の展望について話を進めたい」


 そう切り替えるように海軍の将校に話を振る。


「はい。今作戦の結果、敵は輸送ルートを大きく見直さざるを得なくなりました。西方の軍港はリャグムと比べ港湾機能で劣るうえに戦場からも距離があり、輸送効率が大きく劣ります。これに陸路や空路を用いた細々とした輸送で補助しても、4万もの陸兵を支える兵糧の輸送がやっと。まして重火器や攻城兵器の輸送など手が回るはずもない。敵翔空機に関しても、今回の攻撃で多くの液体魔力を失ったことで、しばらくは大きく行動を制限されることでしょう。

 ですが最も大きな影響を受けるのは敵極東艦隊でしょう。あれほどの大艦隊へ補給する大量の物資と液体魔力が一度に失われた以上、これを補うのはいかに光神国といえども至難の業。情報部の解析では、どんなに急いでも1か月、へたをすれば2、3か月は身動きが取れないとのこと。これは大軍を有するがゆえに、その分大量の補給を必要とする敵のアキレス腱をついた結果と言えます」


 そう見通しを希望的に報じる海軍の将校。

 さらに続けて陸軍の将校もまた口を開き、


「敵陸軍も今回の作戦で重火器と攻城兵器を失い、兵糧すら不足する状況です。本来ならとても大規模な攻撃を行う余力などないでしょう。ただ、そう考える我々の裏をかき、攻撃を強行してくる可能性は否定はできません。しかし重火器や攻城兵器を有さない現状の敵戦力ならば、例え大規模な攻撃があったとしても、バーム殿設計の要塞があれば撃退は可能と考えます」 


 こちらもそう、強気の所見を述べる。

 そんな将校たちの意見に、ティアさんは頷くと僕に視線を向け、


「バーム、とりあえずしばらくは持ちこたえられると思う。ほかの新兵器の進捗状況はどう? 決戦に間に合せられる?」


 そう尋ねてくる。 

 何とか時間を稼ぐことはできた。

 だが兵器の開発、生産にかかる手間を考えれば、とても余裕があるとは言えない。

 さらにその状況で海軍の将校が手を上げ、


「その件ですが、実はバーム殿にはさらにもう一つ、ご意見をいただきたいものがあるのです」


 そう追加の注文をくれる。


「待て待て、バーム殿は現状ですら難題をいくつも掛け持ちしているのですぞ、少しは休ませてやらねば」


 そう海軍の将校を制するゲウツニー。

 

「もちろん、バーム殿の負担は理解しております。ですからあくまで無理のない範囲で、ご意見だけでもと――」


 そう、引き下がらない将校。

 とても要求の全てに完璧に応えることなど不可能だ。

 だが僕もこの帝国軍に居場所をもらい、今までいくつものわがままを聞いてもらっている身だ、可能な限り要望には応えたい。


「確約はできません。ですが優先順位が高い順に、最大限努力させていただきます。ですが成功には皆さんの全面的協力が欠かせません。どうか、よろしくお願いします」


 僕がそう答え頭を下げると、将校たちは期待のまなざしを、ティアさんはわずかに心配げな表情を僕にくれる。

 立ちはだかる壁はあまりに大きく、疲労もたまっている。

 だがそれでも、僕は今ここに輝ける場所を見つけた。

 ならば多少無理をしてでも、輝いて見せたい。

 そんな思いとともに、僕は拳を握りしめると、


「では資料を配布するのでご覧ください」


 そう言って新たな資料を将校たちに配布する。


「これは――、水上艦搭載型の探知装置。それに水上艦搭載型魚雷と機雷の改良案、『酸素魚雷』に『連繋機雷』? それに鉄砲の尾栓問題の解決策、ならびに兵器生産、整備能力向上のための意見書?」


 配布された資料につけられた表題に、将校たちは怪訝な表情を浮かべる。

 だがこれらはその一つ一つが、帝国軍に革命をもたらすほどのもの。

 僕はそう確信し、口を開く。

 

 一つの勝利を踏み台にし、また新たな戦いと革命が起ころうとしていた。 

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