第92話 新兵器

「作戦決行です」


 司令官、大杉の放ったその言葉に、帝国軍の水兵は頷き、方々へ情報を伝達する。

 軍議から7日、時刻は日の出前、漆黒の闇に包まれた海上を、帝国軍の大艦隊は航行していた。

 その戦力の中核となるのは3隻の空母。

 そして現在、このうち2隻の甲板上に、本来空母に積まれるべきではない巨大な機影が鎮座している。

 機関を2基搭載した、陸上用の中型翔空機だ。

 

「まさか空母からこの機を飛ばす日が来るなんて」


 大杉が思わず漏らした呟きに、多くの将兵が無言で同意する。

 空母は着艦の関係上、本来運用できるのは専用の艦載機のみだ。

 だが今回の作戦のように発艦のみで良い場合、空母からもこの中型機を飛ばすことが可能であることは、事前の実験で明らかとなっていた。

 その戦力は大型空母に8機、中型空母に5機の、計13機。

 これに艦載戦闘機20機が護衛に加わる。

 

 だが帝国軍の戦力はこれだけではない。


「クワネガスキの航空基地より連絡。攻撃隊はすでに全機発進完了。23機のうち9機が不具合により基地に引き返し、現在戦力は14機とのこと」


 もたらされた報告に大杉は頷く。

 開発されたばかりの新装備を、作戦決定からわずか6日で慌てて準備したのだ、不具合が出るのは当然だ。

 これで帝国軍の戦力は中型機27機に、護衛の戦闘機20機。

 攻撃担当の中型機に対し護衛の戦闘機の機数が少ないのは、新装備のための改造が間に合ったのが20機のみだったためである。

 当然、敵の邀撃を受ければ損害は免れない戦力だが、

 

「敵の通信量に増加の気配なし。哨戒機も未だ現れず。やはり事前の情報解析、および可潜艦搭載偵察機による偵察の結果通り、敵は我が方の航空基地の空襲圏外と油断し、近海ばかりを警戒しているようです。嵐の影響で敵極東艦隊の入港が遅れているのも影響しているのでしょう。おかげで大物を一網打尽にするチャンスは失いましたが」


 副官はそう、肯定的意見を述べる。

 帝国軍は事前にリャグム軍港と敵周辺航空基地に対し偵察と情報解析を徹底して行い、損害を出しながらも敵輸送船団の入港を確認、警戒配備態勢を把握していた。

 その結果、敵が空母艦載機の攻撃可能距離である近海ばかりを警戒し、遠洋の哨戒体制が甘いことを掴んだ。

 そして敵哨戒機の哨戒ルーチンをかいくぐり、攻撃隊発艦ポイントまで接近することに成功したのである。

 もしこれが敵極東艦隊入港後であれば、哨戒は強化され、作戦はままならなくなっていたことだろう。

 だが、

     

「いや、まだ油断はできません。それに今作戦は新しい試みを複数用い、さらに基地と空母を共同させた綱渡りの作戦、特に時間合わせには細心の注意が必要です。早すぎても、遅すぎてもいけない」


 そう冷静に、しかし頬に一筋、冷や汗を伝わせながらつぶやく大杉。

 その間にも甲板上では、中型機の胴体下に兵装が装着されていく。 

 新兵器、魚雷だ。

 その魚雷の尾部には、つい最近開発されたばかりの、あるパーツが装着されている。

 だがこのパーツ、装着した状態での発射実験こそ成功しているが、装着した魚雷を用いての訓練はついに間に合わなかった。

 このためほとんどの搭乗員にとって、この追加パーツを装着した魚雷を用いての雷撃は今回が初めてとなる。 

 さらに護衛の戦闘機の胴体下部には、爆弾とも魚雷とも違う新装備が装着されようとしていた。


「頼むぞ――」


 新装備をにらみ、思わずつぶやく大杉。

 やがて各機が兵装の装着を終えると、艦は発艦に備え、風上に向かって最大戦速で驀進ばくしんを始める。


「発艦開始!」

 

 放たれる大杉の指示に、各機は猛烈な向い風の中、甲板を滑走し始める。

 そして本来空母から発艦することなど想定されていない巨体が、重い兵装を抱え、それでもその巨大な翼で向い風をとらえ、重力にひかれながらもなんとか発艦を成功させていく。

 そうして無事発艦を終え、空中で編隊を組み進行を開始する攻撃隊。

 そんな彼らを、甲板で帽子を振り見送る水兵たち。

 だがそんな中、護衛の機影のうちのいくつかが艦隊に向かって引き返し始める。

 

「やはり不具合が出たか」


 大杉のつぶやきに、将兵の多くが作戦に不安を覚え、表情を険しくする。 

 はたして彼らの行き先にあるものが栄光か死か。

 見通せるものは、この場に誰一人としていなかった。




 

「間もなく、作戦空域に到達する」


 部隊の先頭を行く中型機の機長が呟く。

 発艦から数時間、時刻は早朝、視線の先には陸地が見えていた。


「クワネガスキを発進した攻撃隊との合流には失敗。おそらく我が隊の方が30分ほど先行していると思われます。ですが未だ敵戦闘機は現れず、作戦はおおむね順調と言ってよいかと」


 副機長の肯定的な言葉に、機長も無言でうなずく。

 だが直後、  


「敵の哨戒機です、発見されました!」


 見張りの言葉に、機長は風防から外を見る。

 果たしてそこには、光神国のマークを付けた銀の機影が煌めいていた。

 程なく、護衛の戦闘機が排除に向かう。

 だが敵機発見を知らせる無線は、すでに発せられていた。


「これで奇襲は失敗か。だが今の位置ならまだ戦闘機が上がる前に攻撃位置につける可能性が高い。各機増速!」


 機長の指示に、重い兵装を抱えた機体は、それでも唸りを上げて速度を増速する。


「リャグム港、視認しました」


 副機長が叫ぶ。

 果たして視界の先には巨大な港と、その内部にたたずむ無数の艦影、陸地に集積された大量の物資が見え始める。

 本来巨大なそれも、空から見れば木の葉のようだ。

 

「二手に分かれる。高度を下げ、攻撃コースに入れ」


 機長の指示に、各機は事前の偵察状況からあらかじめ練られた作戦計画に従い二手に分かれ、港の海底に魚雷がぶつかるのを防ぐため、超低空に向かう。


「敵戦闘機、まだ上がってきません。湾口を脱出する敵艦艇もなし。このまま攻撃態勢に入ります」


 副機長の言葉に、機長は無言で応じる。

 そんなやり取りをしている間にも、視界に映し出される目標は、見る間に大きくなっていく。

 港内では無数の人影が、慌てた様子で右往左往しているのが見える。

 その内敵の対空砲が射撃を開始するが、その攻撃は散発的で、弾幕と表現するに値しない程度のものだ。

 

「敵の対空砲火はまばらだ、これならば重い魚雷を抱いたこの機でも恐れることはない。もっと速度と高度を落とせ、確実に命中させろ」


 機長の指示に、機はさらに高度を落とし、海面すれすれを飛ぶ。

 目標は敵輸送船。


「まだだ、もっと引き付けろ、まだまだ、もうちょい、よし、今だ」


 言葉とともに、海面に投下される魚雷。

 程なく機は高度を上げ、輸送船のマストのわずか上方を飛び越える。

 それからしばらくの後、後方から鳴り響く爆音、飛び越えた輸送船から上がる巨大な水柱。


「命中、命中!」


 言葉とともに、機内から上がる歓声。

 程なく、港内からは続けていくつもの爆音が鳴り響き、輸送船は水柱と黒煙に包まれる。

 

「攻撃成功、やりました! やはりあのパーツの効果でしょうか?」 


 そう満面の笑みで告げる副機長。

 それはバームが軍議で披露し、魚雷の尾部に新たに装着された新パーツ、脱落式木製尾翼のことだ。

 魚雷の尾部に装着されたこのパーツは魚雷の空中姿勢を安定させ、着水と同時に衝撃で脱落する。

 これにより魚雷が海底にぶつかる危険性が低下し、低深度の湾内での雷撃の成功率が高まったのだ。

 だが、


「いやまだだ、集積物資がまだ残ってる。それに、敵戦闘機が来たぞ」


 そう冷や汗を流しながら告げる機長。

 その言葉に、副機長は表情から瞬く間に笑みを失い、蒼白な表情であたりを見回す。

 現れたのは周辺の航空基地から慌てて駆けつけてきた敵の戦闘機隊。

 すると程なく、護衛の味方戦闘機が胴体下からあるものを投棄し、迫る敵機に向かって急降下、両者の機影が激しく交錯する。 

 今はまだ味方戦闘機が機数と高度の有利で勝っているが、その差は瞬く間に埋まってしまうことだろう。

 そしてそんな危険な空域に現れる別の翔空機の編隊。


「機長、クワネガスキを発した味方編隊です。」


 副機長が叫ぶ。

 現れたのは帝国軍の中型翔空機14機。

 程なく彼らもまた、胴体から爆弾と似て非なる何かを海上に投棄し、こちらは高度を維持して爆撃態勢に入る。

 護衛戦闘機と彼らが投棄したもの、それこそが今回の作戦を可能にした新兵器、落下式燃料タンク、増槽だ。

 この燃料タンクは本来爆弾を搭載する胴体や翼下等に装着する燃料タンクで、飛行可能距離を伸ばすことができる。

 装着している間は機体重量と空気抵抗が増えるが、空戦時には投棄する事もできる便利なものだ。

 この装備のおかげで飛行可能距離が延び、今作戦のような遠距離攻撃が可能となったのだ。


 だが散発的だった敵の対空砲火は徐々に激しさをまし、爆撃隊をとらえ始める。

 さらに護衛戦闘機と敵戦闘機の戦いも徐々に味方に不利になり始めている。

 爆弾投下までは何とか戦闘機が持ちこたえてくれるだろうが、追撃による損害は避けられないだろう。

 だがそれでも、開発された新兵器が敵に大打撃を与えた、これだけは間違い事実だと、この場の誰もが確信していたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る