第91話 輸送阻止作戦

 ハンナさんの一件に前後し、帝国軍内に潜んでいた光神国のスパイの多くが捕縛された。

 こうしてスパイ問題は一応の解決を見たといえるだろう。

 だが一息ついている暇などない。

 スパイが大量に捕縛された日の翌日から、光神国軍の攻撃は明らかに激しくなっていった。

 スパイ作戦に失敗により、敵は裏からの切り崩しを諦め、正面攻撃に作戦を切り替えたのだ。

 連日連夜に渡る、砲爆撃と鉄砲、弓、魔術による遠距離攻撃の嵐。

 さらに敵は塹壕や土塁、櫓などといった攻城陣地を日に日に増強、前進させ、包囲網を縮めてくる。

 

 対するわが方は一切の攻撃を控え、ひたすら防御に徹していた。

 敵の砲撃に対しては一切反撃せず、鉄砲、弓、魔術による攻撃に対しても、弓を用いた必要最小限の反撃で応じるのみ。

 敵の翔空機や飛竜による爆撃に対しても、砲の位置の露呈を防ぐために対空射撃は控え、戦闘機による小規模な邀撃でのみ対応していた。

 このため味方の損害はわずかずつ、だが確実に累積し、将兵の士気も徐々に低下が見え始めた。

 そんな中でもたらされた新たな情報に、帝国軍は再度軍議を開くことになる。

 敵の大規模輸送船団が、ある軍港に向かって航行中であることが判明したのだ。




「情報部の解析により、現在、敵の大規模輸送船団が、クワネガスキ東方に位置する敵のリャグム軍港に向かって航行中であることが判明した。輸送物資の中身は兵糧の他に攻城兵器、弾薬、艦船・翔空機用液体魔力類。物資はこの後、クワネガスキを攻城している敵陸軍部隊、及び、まもなく来援する敵極東艦隊に補給されるものと考えられる。

 可潜艦搭載偵察機によるリャグム偵察の結果、敵はすでにリャグムを、今作戦における一大補給拠点として利用し、厳重な警戒態勢を構築していることが判明した。もしこの敵輸送船団の輸送を許せば、我が方の情勢は極めて苦しくなる。このため何としても輸送を阻止する必要がある」


 軍議冒頭、汗の粒を流しながら切り出すゲウツニー。 

 その言葉に、まず海軍の将校が口を開き、


「攻撃対象がリャグムとなると、味方の基地航空隊は行動圏外となります。また敵輸送船団も当然、基地航空隊の援護を受けることができ、かつ可潜艦の行動を制限することができる沿岸を航行してくることでしょう。敵の基地航空隊の戦力は強大な上、基地機は艦載機と比べ飛行可能距離が長い。空母を用いるとした場合、当然反撃を受ける可能性が高く、攻撃に成功したとしても、艦載機の消耗は避けられないことでしょう。敵極東艦隊との決戦を前に、艦載機の消耗は避けたいところです。可潜艦を用いる作戦も、敵の駆逐艦の護衛や基地航空隊の存在、行動が制限される沿岸を航行してくることを考えれば、リスクの方が高いと考えられます」


 そう冷静に、だが厳しい返答を返す。

 可潜艦というのは水中に潜水する能力を持つ艦船のことだ。

 海軍の将校のその反応に、陸軍の将校が、


「着水可能な大型翔空挺を用いてはどうか? 確かリャグムの南方には着水できる環礁があったはずだ。可潜艦に翔空機用液体魔力の補給を行う設備を増設し環礁に先回りさせる。大型翔空艇は途中環礁で液体魔力の補給を行い、リャグムにて物資の揚陸を行う敵輸送船団に爆撃を行う。これなら飛行可能距離的にも問題はないはずだ」


 そう意見を上げる。

 翔空挺とは水面に着水する能力を持つ翔空機のことで、環礁内のような穏やかな水面になら着水することができ、帝国軍の大型のものは、かなりの爆撃能力も合わせ持つ。

 だが海軍の将校は、


「可能は可能かもしれませんが、大型の翔空挺はかなり貴重な戦力で、合わせて可潜艦の準備も必要であることを考慮すると、十分な数をそろえるのは難しいかと。せいぜい2、3機がいいところ。この戦力で敵に十分な打撃を与えるのは難しいかと」


 そう、やはり渋い返答を返す。


「駆逐艦部隊を翔空機の活動が困難となる夜間に進出させ、夜戦にて敵輸送船団を撃破、日の出までに敵基地の空襲圏を離脱させるというのは?」


 続いてそう発案する海軍の将校。

 だがその言葉に、別の海軍の将校が首を横に振り、


「駆逐艦部隊が夜戦に絶対の自信を持っていることは先刻承知している。だが夜間のうちに敵勢力圏の奥深くまで入り込み、敵輸送船団を補足、撃破、日の出までに敵基地の空襲圏を離脱するなどという曲芸、いくらなんでもリスクが高すぎる。空母や基地機が作戦を補助することを前提にしても、やはり厳しいと考えるべきだ」


 そう反論する。

 その言葉に発案した将校もまた、自身の作戦の危うさを理解していたのか、特に反論せずに引き下がる。

 すると今度は、そのやり取りを聞いていたティアさんが、


「一つ思いついたのだけれど、陸上用の中型機を空母から発艦させる、というのはどうかしら? 中型機では空母からの発艦はともかく、着艦はできない。けれどそもそもの飛行可能距離が長いし、空母で敵基地に接近してから発艦できる分、往路の飛行距離を短縮できる。帰りは味方基地に向かうか、最悪、味方の勢力圏で不時着する。これならリャグムを狙うことも可能になる」


 そう意見を上げる。

 その案に、海軍の将校ははっとして感心し、しかし最終的には険しい表情を浮かべ、


「それならば可能かもしれません。しかし陸上用の中型機を空母から発艦させることが可能かどうかは、調べてみないと何とも。それに仮に可能だったとしても、空母では運用できる機数は相当制限されます。それと陸上用の中型機や翔空挺を用いる場合、急降下爆撃はできないため、命中率の低い水平爆撃、または緩降下爆撃となります。この場合、航行中の目標に爆弾を命中させる事は難しく、現状の攻撃隊の機数では停泊中を狙う必要があるかと。あるいは魚雷を用いるという手もありますが、リャグム軍港の水深がわからない現状では、リスクが高いかと」

 

 そう返答を返す。

 

 その後も将校たちのやり取りは続いたが、1時間以上が経過しても、それ以上発展的意見は出ないようだった。

 そんな状況を見てとり、ティアさんが、


「バーム、技術者の視点から言って、先ほどの作戦をどう思う?」


 そう意見を求めてくる。

 僕もまた帝国軍の内情や兵器に関して、全ての実態や性能を詳しく把握しているわけではないため、意見しにくい部分はあった。

 だがそれでも、僕は知っている限りの情報を脳内でまとめたうえで、


「可潜艦と駆逐艦に関しては、詳しい性能を把握していないので何とも言えません。ただ、陸上用の中型機に例の新装備を施すとした場合、飛行可能距離の上ではリャグム攻撃は可能かと」


 そう意見を述べる。

 するとその言葉に、その場の全員が眼の色を変え、視線を僕へと集める。


「バーム殿、それは本当か?」


 海軍の将校の問いかけに、しかし僕は簡単には頷かず、  


「ただし、現在の準備状況から言って最大限に努力をしたとして、改造が間に合うのは20機程度。また手前での改造となればどれだけ注意を払ったとしても、ある程度の機数で不具合が発生することが見込まれます。それと魚雷に関してですが、皆さんにご覧いただきたいものが」


 そう返答し、さらにあらかじめ準備していたあるものを取り出し、将校たちに披露する。


「――これは?」


 僕の取り出したものを見、それが何なのか理解できず首をかしげる将校たち。

 ティアさんですら、その意図を察することができない様子で小首をかしげる。

 だが僕はそんな面々に向かって堂々と、


「実験はこれからですが、これが成功すれば、低深度の泊地での魚雷攻撃も可能となります」


 そう宣言する。

 その言葉に、さらに目を見開く将校たち。


「こ、こんなもので?」


 思わず漏らした将校に、しかし僕は自信を崩さず、


「自信はあります。しかし作戦の成功のために、一つお願いしたいことが」


 そう言って、ティアさんに視線を向ける。

 それから数秒、ティアさんは答えに思い至ると苦笑いを浮かべた後、諦めたように一つ溜息をつく。 

 極めて難しい作戦、僕はそれを理解しながら、しかし成功させる以上の意義を、すでにそこに見出していたのだった 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る