第81話 お結び
さてデートと言ったところで、現状で行ける場所など限られている。
僕たちが訪れたのは城下の市場だ。
先日の一件で非戦闘員、特に女子供はほぼ避難したが、一方で男性はまだ残っている人もおり、市場もまた閑散とした様子ながら営業は続けられていた。
そんな男ばかりの閑散とした市場を、着飾ったエイミーと共に歩む。
単に人間の女性とハーフオークの男性という組み合わせというだけでも、人目を引くのには十分な組み合わせだ。
ましてエイミーには、特に着飾っていなくても人々の目を引きつけるだけの魅力がある。
――よぉ、お二人さん、見せつけてくれるねぇ。
――そこの別嬪さん、ウチの店によっていきなよ、兄ちゃん共々、安くしとくぜ。
集まる視線に、次々投げかけられる言葉。
それだけで、僕の体は熱く火照りっぱなしとなり、体は汗ばんでくる。
そうして彼女とつないだ手に滲む汗に、僕は彼女が気持ち悪い思いをしていないかと不安を覚える。
だが隣の彼女は一向に気にする様子を見せず、むしろ普段より快活に、
「ねぇ、どこに行く? バームはやっぱり、武器の材料とかを仕入れたいの?」
そう尋ねてくる。
そんな彼女の様子に僕は安心するとともに、以前から考えていた懸案事項を思い出す。
「そういえば、エイミーの新しい盾と鎧を用意しなくちゃと思っていて、ずっとそのままになっていた」
ファルデウスとの戦闘において盾と鎖帷子を破壊されて以来、僕には本格的に武器を製作する余裕がほとんどなかった。
そのため購入した、あるいは帝国軍に用意してもらった盾や鎧に僕が少々手を加えたものを、エイミーは使用していた。
しかしそれらの装備は所詮間に合わせの品に過ぎず、僕が一から鍛えたものと比べれば全く満足のいく装備ではなかった。
それがガウギヌスとの戦いにおいて、彼女の苦戦の要因の一つとなったことはほぼ間違いなかった。
「私の盾と鎧、また鍛えてくれるの?」
僕の言葉に、問いかけるエイミー。
「うむ、やっぱり今の間に合わせの装備のままじゃあダメだ。僕の手で、一から本格的に鍛えないと。問題は時間だけど、そこはなんとかしてもらおう」
僕が言うと、エイミーは笑みを強くし、
「なら今日は材料の調達ね。選び方とか目利きの仕方とか、私にも教えて。前から教えてもらいたいと思っていたの」
そう弾むように言う。
僕の仕事に、興味を持ってくれている。
その言葉に、僕はうれしくなると同時、少しだけ胸をなでおろす。
これまでの人生において、女性と交流した経験そのものがほとんどない僕。
正直に言って、デートで何をすればよいかという事自体、あまり分っていなかったのだ。
「分った。ならあの店がいいかな」
そう言って、今度は僕がエイミーの手を引く。
それに抵抗なく、むしろ積極的に従ってくれる彼女。
そして僕は材料選びを始める。
これまではずっと一人で行ってきた作業。
だが今日は隣に彼女がいる。
僕は目利きしながら、その方法やポイントを彼女に伝える。
その言葉に彼女は聞き入り、真剣な眼差しを材料に向け、時折質問をぶつけてくる。
彼女もどこかで勉強したのか、多少材料に関する知識を持っていた。
僕は感心しながら、彼女の知らない知識を、出来るだけわかりやすく伝えようと努める。
彼女もまた最後まで真剣に、僕の言葉に耳を傾け、彼女なりに理解しようとしてくれる。
目利きというのはそれなりに時間と手間のかかる作業で、さらに彼女に教えながらとなれば、それはさらに増える。
だがそんなもの、全く苦にならない。
むしろ彼女と知識と時間を共有できることが、僕にとっては最大の喜びだった。
エイミーと出会った街と比べれば、市場の品ぞろえは良いとは言えなかった。
一方で迫る戦火からか、売れるものなら何でも売ってしまいたいという意志が現れるように、普通は店に並ばないような品もまた多く出回っている。
価格設定もまちまちで、明らかに法外なものから掘り出し物まである。
そしてこういう場所では、目利きの出来る者が圧倒的に有利だ。
そうして商品を一つ一つ丹念に目利きしていれば、時間はあっという間に流れ、気が付けばお昼時となっていた。
「そろそろ昼食にしようか」
声をかけると、商品を真剣に眺めていたエイミーは我に返り、品物を置いて駆け寄ってくる。
「何を食べようか?」
問いかけると、エイミーはなぜだか思いつめたような表情を浮かべ、その視線を一度、地面に落とす。
どうしたのだろう?
疑問に思っていると、
「大丈夫、よしっ」
彼女は小さな声で、だが意を決したようにそう言って、視線を再び僕へと向ける。
そこに浮かぶ、不安と、決意と、期待が複雑に入り混じった表情。
そうして彼女は上目遣いに僕の瞳を覗きこんで、数秒の間の後、口を開く。
「バーム、わっ、私、今日、お結びを握ってきたの。だから、一緒に、食べ、ない?」
そう、最初は大きな、だがつっかえるうちに徐々に小さくなっていき、最後は消え入るような声で、問いかけてくる。
その言葉に、僕は驚いて目を見開く。
「エイミーが作ってくれたの!?」
問いかけると、エイミーは視線を地面に落とし、頬をわずかに染め、小さく、だがしっかりと頷く。
瞬間、心の奥底からまた急速に湧き上がってあふれ出す熱い何か。
「ありがとうエイミー。一緒に食べよう」
僕がそう言うと、再び顔を上げ、雲の切れ間から太陽が顔を覗かせるように笑顔を浮かべるエイミー。
だが数秒のうち、その笑顔はまた雲に隠れるかのように不安げなものへと変化し、視線もまた地面へと落ちていってしまう。
どうしたのだろう?
疑問に思いながらも、食事を食べるのに適当な場所を見つけ、腰を落ち着ける僕達。
そして彼女は、なぜだか恐る々ると言った様子で包みを取出し、結び目をほどく。
果たして出て来たのは、形のいびつで、大きさも均等ではなく、そして明らかに強く握りすぎの固まったお結び。
その瞬間、彼女は一層視線を低く落とし、先ほどまでとは違った様子で頬を赤くする。
「ごめんなさい。その、私、今まで料理なんてしたこと、一度も無くって。お結びなら、って、思ったのだけど……」
そう消え入るような声で言う彼女。
なるほど、それで先ほどから不安げな様子だったのか。
そう納得すると同時、僕の脳裏に、かつての記憶がよみがえる。
「……なつかしいな」
思わずそう口にして、その形のいびつなお結びを手に取る。
そんな僕の言葉に、また恐る々ると言った様子で視線を上げる彼女。
僕は彼女の視線が上がるのを待ってから、そのお結びにかじりつく。
想像した通り固く、そして塩がききすぎている。
だが、だからこそ思い出す。
「母さんのお結びが、こんなだったなぁ」
僕の言葉に、少し驚いた表情を浮かべるエイミー。
母は魔法道具の製作に関しては、並ぶ者はいても勝る者はいない、と称されるほどの腕前だった。
一方で家事全般は不得意な方であり、中でも料理は苦手としており、味付けは基本濃い目で、お結びも固く、形はややいびつだった。
たくさん汗をかく職人のため、塩を多めにし、現地で形が崩れないことを優先していた、というのもある。
エイミーのは母のそれと比べても一段と固く、形もいびつだが、
「うん、おいしい。ありがとう、エイミー」
僕はそう言って、努めて笑顔を作る。
それと同時、目が潤むのを感じ、腕で目元をぬぐう。
エイミーはそんな僕を見、ようやくどこかほっとした表情を浮かべ、
「ありがとうバーム」
そう言って笑顔を浮かべる。
「エイミーも食べよ」
勧めると、エイミーは頷いて自分の造ったお結びに手を伸ばし、女性というよりは武将らしく、豪快にかじりつく。
そして次の一瞬、顔をしかめると、一拍の後、苦笑いを浮かべ。
「ごめんね、次はもっとおいしく作るから」
そう言ってまた頬を赤く染める。
だが僕には、普段は見られない彼女のそんな姿を見られたこと、そして何より懐かしい母の味を思い出させてくれたこと、それだけで、これ以上ないごちそうとなったのだった。
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