第71話 一大整備戦

 最初に取り組んだのは、急きょ増員した整備兵の短期教育と、未熟な整備兵でも力を発揮できるような環境の整備だ。

 単に人員を増やしただけの人海戦術では、弊害も大きく、かえって効率が悪くなることもある。

 とはいえ数日程度の教育で優秀な整備兵を養成することなど不可能だ。 

 だが最初に実力を検査し、適正や技量に合わせた部署に配置したうえで、一つの仕事に専念させることが前提ならばどうか?

 

 例えば翔空機という兵器一つをとっていっても、機体に機関部に無線に火器、様々なパーツがある。

 それら全てに対応できる万能の優秀な整備兵の小集団、それが今の帝国軍整備隊の陣容だ。

 だが彼らの様な整備兵の養成には手間と時間がかかる。

 しかしこれが火器なら火器、無線なら無線といった具合に、一つのパーツ、さらにその中の一つの部品の整備のみに集中するならばどうか?

 あるいは組立なら組立、検品なら検品といった具合に、一つの作業に専念するならば。

 教育にかける時間は、そのパーツ、その作業分で済む分、短くできる。

 無論、それ以外の部品の整備や作業が一切できない等の弊害もあるが、この短時間で彼らを戦力にするには、これしかない。

 

 さらに行ったのはマニュアルの整備だ。

 整備マニュアルはもともと存在していたが、内容が細かく複雑で、文字数ページ数が多い割に絵が少なく、専門用語も多く難解で、見ただけで読む気を失ってしまうような代物だった。

 そのためこれから要点を抜出し、専門用語を減らし、重要部を強調した簡略版を製作した。

 幸い帝国の魔物達の識字率は意外にも高く、そもそも文字が読めないという問題は発生しなかった。

 さらに最も多用したのが、静止画撮影器、略して静撮器と呼ばれる装置だ。

 異世界からもたらされたカメラと呼ばれる装置をもとに開発されたそれは、現実にある物や景色を、目で見たそのまま静止画として残すことができる画期的な装置だ。

 

 まだ開発されて間もなく、高価で十分普及していないこともあり、元のマニュアルは絵や図を用いていたが、これではどう工夫しても限界がある。

 そこでこれを静撮器で撮影した画像と差し替え、さらに直接矢印を書き込み、色付け強調することで、文字を減らし、分りやすくする。

 幸い帝国軍は偵察用機材として優秀な静撮器を複数持っており、これを転用することで差し替えは容易に可能となった。

 ただ、撮影し画像にするだけでもそれなりにコストがかかってしまう代物のため、その分の出費はティアさんにお願いすることとなってしまった訳だが……。


 他にも、部品や道具置場のレイアウトの変更整理、初心者の作業を容易にするための専用の道具の製作なども行った。

 だが手を入れなければならないのは増員した整備兵の事ばかりではない。

 元からいた帝国軍整備兵は基本万能で優秀、そのため様々な部署、作業に臨機応変に対応できる者が多い。

 だがこれが逆に災いし、整備に関する決まった工程や人員、時間配分というものが十分形成、定着していなかった。

 その場の状況に応じて臨機応変に態勢、対応を変えられることは大きな利点でもある。

 だがその分、目先の事ばかりに集中し、整備工程全体を見、大局を見て統括するという点がおざなりになりがちだ。

 そこで基本的な整備工程や人員、時間配分等をこれまでより細分、明確化し、監督役を置いて全体を統括することとする。

 

 ここで僕は各装備の重要性から、整備の優先順位を決めることとする。

 ここで問題となったのは、僕が整備優先順位の上位に探知索敵装置と無線装置を置いたことだ。

 

「パイロット達の多くは、無線など不要、雑音ばかりでほとんど聞こえず余計な重量になるだけだ、と言い、軽量化のために下すよう命じる者までいる。現場の意見を無視し無線に力を入れ、機関が動かず飛び立てない、火器の不良で攻撃できない、なんてことになったら、目も当てられない。まして探知装置など、無駄に複雑かつ高価で、高等な技術を要する割に安定性がない。我が軍の優秀な熟練見張り員がいれば、あのような装置は不要と、皆口をそろえて言う」


 そんな意見が当の整備兵から出る。

 確かに、翔空機の機関部や火器の場合、不具合が出た際には戦う事そのものが困難となるが、探知装置や無線は無くても戦闘は可能。

 まして装置が雑音や安定性不足でほとんど使い物にならない状況なら、現場からそのような意見が出るのは当然だ。

 だがそれは装置が使い物にならず、効率的な運用法が確立されていないため。

 そして今回の作戦の成否は、この二つの装置にかかっている。

 

「探知に無線、この二つの装置が使えなければ、今回の作戦は成り立ちません。最悪でも探知装置が安定して性能を発揮し、無線は地上からの通信が聞き取れる状態に仕上げる必要があります。現場の兵士の言う事も分りますが、今は僕を信じてください。そして必ずこの二つの装置の有用性を、皆に知らしめましょう」


 僕はそう、強行に自分の意見を押し通す。

 だが僕が意見を押し通そうとするのにはもう一つ理由がある。

 そもそも帝国の魔物達というのは、前線での命をはった戦闘を好み、補給や整備といった後方任務を軽視する特性がある。

 ティアさんが総帥となり抜本的改革を行った事で、組織の規模や予算の面において、この問題は大きく改善されたらしい。

 だがそれでも、前線で戦う兵士が、整備や補給などの後方任務にあたる者達を見下し、逆はへりくだる、この気風は強く残っている。

 このため整備兵たちはこれまで、前線の兵士の意見を最優先とし、自分たちの意見や都合を後回しにしてきた。

 

 翔空機から無線や防弾板を積み下ろすというのは、この問題の弊害の最たるものだろう。

 余計な重量物はおろし、その分軽量化して身軽になった方が良いに決まっている。

 理屈は分るが、僕に言わせてもらえば、その判断はあまりに短絡的だ。

 重量軽減のメリットに対する、無線や防弾版を搭載する利点とデメリット。

 これらは長期的に見て情報を集め、データと突き合わせなければ答えは出せないのだ。

 

 そして探知と無線装置に関しては、改善のあてがある。

 そもそも現在、この二つの装置が使い物にならないというのは、設計そのものというより、部品の不良や原材料不足、魔力漏洩対策の不備によるところが大きいと僕は見ている。

 逆に言えばそれらの問題さえ解決できれば、この二つの装置の性能はそれだけで大きく改善されるということだ。

 あらゆる魔法道具を、相場の数倍の値段で買い入れ分解させているのは、まさにこのため。

 魔法道具を分解して得た部品から良品、良い原材料を使っているものをかき集め、不良のものと交換するのだ。

 勿論、この方法は一時しのぎで、長く通用するものではない。

 だが先ずは二つの装備の有用性を示し、目前に迫っている決戦を乗り切ること。

 それが長期的に見ても、最終的には帝国軍に利をもたらすと僕は見ている。


 そしてもう一つ取り組んだのが時間管理だ。

 これまでの整備は多くの場合、不具合が出た際に、不具合が出た箇所を都度行っていた。

 勿論人員、部品不足、現場からの要求が手伝ってのものであるが、これではいざというときに不良が出るのを予防する事ができない。

 そこで各装備の運用時間を記録し、不具合が出なくても定期的に点検、交換を行う方式とする。

 ○時間ごとに点検、○時間ごとに不具合が出なくても重要部品は交換、○時間でオーバーホール、といった具合だ。

 

 最後に、人員の作業時間、休息、睡眠に関しても厳格なルールを設ける。

 というのも、少数精鋭の帝国軍整備隊は、明らかに過労状態だったのだ。

 前線で兵士が命を懸けて戦っているのに、比較的安全な場所にいる自分たちが休むわけにはいかない。

 一つの装備の不良から生じる数の差が、前線では大きな戦力差を生む。

 だからこそ整備が戦の勝敗を決めると思い、絶対に不良を出さないよう、寝る間を惜しんででも徹底的に、心行くまで整備せよ。

 帝国軍整備隊に伝わるその教えは、精神としては全く正しい。

 だが必要な休息をとらなければ、十分な能力は発揮できず、かえって効率が落ちることとなってしまう。

 これに関しても現場の整備兵からは反対の声が強く上がったが、僕は主張を曲げず、ルールの厳守を求めた。


 はっきり言ってあまりにも急激かつ現場無視の大改革。

 しかも僕はこの大改革の中身の多くを、元からいた現場の整備兵に任せる。

 というのも僕自身は、探知装置の改良を行わなければならず、とても手が離せないのだ。

 それに僕自身、この大改革の全てを、この短期間ですべて完璧に実行できるとは思っていない。

 その辺の判断と、改革の導入時期やタイミング、中身の具体化、これらはやはり現場の人間でないと難しい。 


 そしてこれらの改革に対する戸惑い、困惑、批判の全ては当然僕に向かう。

 だがその批判の多くは、ティアさんと現場の整備隊長が引き受けてくれた。


「そもそもこの短期間でクワネガスキの防衛体制を強化しろなんて私の命令が無茶なのよ。そしてバームはそんな無茶な命令に、全身全霊で応えようとしてくれている。もしこの作戦がうまく行かなくても、その責任の全ては私にある。だから今は、バームの言う事は私の言う事と思って聞いて。そして信じて」


「バーム殿の改革は確かに、あまりにも急激で現場を無視している。だがその主張の骨子はよくわかる。なにせわしが長年同じことを考えながら、現場の事情もあって口に出せず、実行できなかったことばかりじゃからな。それに後方任務だからと前線の兵士に見下されるのにも、いい加減うんざりしていた所じゃ。わしらも命を懸けて戦っている、そして前線の兵士に勝るとも劣らないくらい、現場の勝敗を握っている。この戦いはわしらの戦、一大整備戦じゃ。勝って、帝国軍最強の部隊はこの整備隊だということを、敵は勿論、味方にまで見せつけてやろうではないか」


 そんな二人の言葉が、僕の背中を押し、批判と重圧を跳ね返してくれる。

 僕と整備隊の一大整備戦はまだ始まったばかりだが、僕はこの時すでに、確かな手ごたえを感じとっていたのだった。 

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