第72話 邀撃失敗と責任の所在

 ハンナさんの身辺調査が終わり、正式に僕の助手となった。

 だが今回の決戦に、ハンナさんは関わらない。

 というのは彼女から、ある画期的な装備の開発の提案がなされたためだ。

 この装備は彼女が森で見つけた、異世界の翔空機が装備していたもの。

 実用化できれば、帝国軍の翔空機戦力は一気に向上するだろう。

 ただし翔空機の設計そのものとかかわってくる装備のため、この決戦に間に合わせることは不可能と僕は判断した。

 そこでハンナさんにはしばらく、この装備とそれを用いるために翔空機に施すべき改造の研究に、しばらくの間単独で当たってもらう事とした。

 ハンナさんという戦力をこの決戦に投入できないことは痛手だ。

 だが彼女の提案する装備には、それだけの価値がある。

  

 軍議から3日目、事件が起こった。

 敵の翔空機の編隊が、クワネガスキ上空に侵入してきたのだ。

 敵は小型爆撃機十数機が低高度、護衛と囮を兼ねた戦闘機が中高度と高高度に十機ずつ、計三十数機、三陣に分かれて侵入。

 城に設置された探知装置は安定性と性能不足から敵機発見が遅れ、しかも低高度の爆撃機は捕捉に失敗。

 さらに上空からの偵察や攻撃を妨害するために自軍が張った霧のため、目視の見張りも敵機を発見できず、音で気が付いた時にはすでに出遅れていた。

 敵機襲来の報告に、クワネガスキの戦闘機35機は発進邀撃の準備を開始。

 しかし整備隊は僕が推し進める改革の体制構築に忙殺されており、本来の機体整備は十分できていなかった。

 

 敵機襲来の報告に、元からいた整備兵達は教育などを後回しにし、全力で翔空機の発進準備を開始。

 これに急きょ増員された整備兵の内、元からある程度の実力を有していた者達は補助に、そうでない者達は物品の搬送など整備にさほど関わらない雑用に入る。

 だが教育も体制構築も何もかも中途半端な状況に現場は混乱、傍観者も発生し、人員は増員されているにもかかわらず作業能率は上がらない。

 このため配備されていた35機中9機が機関不調により発進不能、6機が発進直後、不調により着陸。

 さらに5機が離陸が間に合わないとの判断から発進見合わせとなる。

 何とか邀撃に上がった15機も十分な高度に上昇できないまま敵戦闘機隊と空中戦を開始。

 僕が重視していた無線も、まだ十分改善に入ることができておらず不通が多く発生し、低高度から侵入した小型爆撃機の情報を味方に伝えることができなかった。

 

 この結果味方戦闘機隊の攻撃は護衛と囮を兼ねた敵戦闘機隊に吸収され、敵の小型爆撃機は何の妨害も受けないまま、クワネガスキ上空に達してしまった。

 その敵小型爆撃機のうち5機はクワネガスキ上空にて新型爆弾を投下。

 これは味方の張る霧を除去するために敵が開発したもので、攻撃力こそなかったものの味方の張った霧は一瞬にして晴れ、無力化されてしまった。

 そこに残りの通常爆弾を装備した爆撃機による攻撃が行われ、爆弾は基地に着弾。

 機数が少なかったこともあり決定的打撃とはならなかったものの、爆撃は正確で基地施設に損害が発生。

 さらに一部の敵機はクワネガスキの地上施設の偵察も実施したようで、周辺の情報が敵に渡ることとなってしまった。

 また戦闘後着陸した味方機への対応においても、燃料、弾薬の補充、損傷した機体の修理などでもたつきが発生した。

 幸いにも今回の敵の攻撃は偵察と新兵器の実験を主とした小規模なものだったようで、それ以降敵機の増援や反復攻撃が無く、大きな問題とはならなかった。

 だがもしさらなる敵の攻撃があったとすれば、地上での作業にもたつき、邀撃戦闘はままならなくなっていたことだろう。

 

 これらの問題はすぐさま現場から味方上層部に報告がなされた。

 城に設置された探知装置は性能、安定性を欠き、状況によっては目視による警戒にも劣る、特に低空から侵入する敵機に対して不利。

 これまで攻撃、偵察妨害に我が軍が多用していた霧は、敵の新型爆弾により無力化され、今後十分な効果は期待できず。

 逆に目視による見張りと地上からの対空攻撃を阻害するため、かえって不利を招く公算あり。

 整備隊は人員が増員されたものの準備、教育不足甚だしく、かえって能率低下が認められる。

 整備行程、部署を絞った整備兵教育では臨機応変な対応力を欠き、傍観者が続出、隊外からの批判強く、隊内でも著しい士気低下を招くものなり。

 無線は依然雑音が強く不通が発生するなど改善せず、敵翔空機の位置の味方への伝達に失敗。

 味方戦闘機隊は会敵までに十分な高度が得られず、攻撃は敵戦闘機隊に吸収され、敵爆撃機の攻撃の阻止に失敗、追撃も散発的ものに止まった。

 整備隊の意向により積み下ろした防弾板と無線を再登載したが、効果が実感できない、特に無線は役に立たない、との搭乗員の意見が多く、不満も蓄積している。 

 

 これらの結果を受けた今後の改善案として、

 ①霧を用いた攻撃、偵察妨害は今後、使用を戦況に応じた部分的ものにとどめる。

 ②目視による対空見張りを増強し、地上からの対空攻撃も積極的に行う。

 ③探知装置、無線装置は現状、安定性、性能に不満があり信頼を置くことが出来ず、改善が急務。

 ④整備隊増強は急務なるも整備工程、部署を絞った短期教育、急速な部隊改革は弊害大なり。

 ⑤現状の戦闘機戦力では敵機を早期発見し、十分な高度を得た万全な態勢で邀撃できたとしても、敵の大編隊による攻撃を阻止できる公算が低く、戦闘機隊の増強が必須。

 ⑥霧を用いた妨害の効果が著しく低下したため、地上施設の偽装、攻撃を吸収するため偽陣地、駐機してある翔空機を保護する掩体壕の増強を図る。

 ⑦これらの改善策が実施できず、もしくは実施できたとしても効果がでず、味方の損害が累積する場合、積極邀撃作戦そのものを見直す必要あり。

 以上7つが挙げられた。


 このうち②③④⑦は、僕に対する苦情が大部分を占めていると思っていいだろう。

 また僕が3日で丘の城を築城した時の話になぞらえ、

 

「新しい半人の整備隊長様は、3日で築城は出来ても、3日で整備隊改革はできないらしい」

 

 そんな皮肉がどこからともなく聞こえ出した。

 半人というのは、僕がハーフであることを揶揄した言葉だ。 

 その言葉を耳にしたエイミーは、


「――」


 言葉を発することも出来ず唇を噛み、頬を赤く染め、拳を強く握りしめる。

 僕はそれを見、慌てて作り笑いを浮かべて間に割って入ると、エイミーにだけ聞こえる声で、


「大丈夫、直ぐに見返して、ぎゃふんと言わせてやるから」

 

 わざとおどけた声で耳打ちする。

 それでもエイミーはしばらく収まらなかったけど、暴れても意味がない事は当然理解していて、しばらく後には、少なくとも表面上は矛を収めてくれた。

 

 だがそれだけでは問屋がおろしてくれない。

 不満は僕だけでなく、ティアさんや軍上層部にも及ぶ。

 さすがに国の英雄でもあるティアさんを直接批判する者はいないが、だからこそはけ口の無い鬱憤うっぷんは、ふくらみ続けていた。

 そんな時、もう一つの事件が起こった。


「もし今回の作戦が失敗するようなことがあれば、私は責任をとり総帥の座を退きます」


 ティアさんが発したその言葉に、帝国軍全体が震撼しんかんする。


――お待ちください、総帥が責任をとる必要はありません。

――今総帥に退かれては、我々はどうすればよいのですか?


 皆口々に言ったが、ティアさんは首を横に振り続けた。


「皆が現状に不満を持っているのはよく知っています。というより、不満が出るのを承知の上で、私は彼の作戦を信頼し、認可しました。今回の決戦はまだ始まったばかり。少なくとも4日後の味方輸送船団による輸送作戦の正否が明らかとなるまで、結論は出せません。ですがもし失敗したとなれば、責任を取るべきは彼の作戦を認可した私であり、他はいません。ですが、大丈夫です。私は彼が結果を出してくれると、信じていますから」


 これによりこの決戦の成否は、帝国の存亡そのものを左右するものとみなされるようになった。

 

――総帥の期待を裏切るなど絶対に許されない。


 そんな視線が突き刺さり、重圧が肩と心にのしかかる。

 だが今回の邀撃失敗に関してのみ言うなら、僕はさほど気にしていなかった。

 そもそも3日で邀撃体制を整えることは不可能であり、作戦の焦点は7日後の輸送船団入港時に合わせていた。

 霧が無力化されたことこそ想定外だったが、他の進捗しんちょくは予定通り。

 むしろ急速な改革に対して暴動などが起こらなかっただけでも喜ぶべきだ。

 そしてティアさんの期待に応えるためにも、現状の良い面、悪い面両方を受け入れ、平静に対処しなければならない。

 それに重圧という観点においても、僕の作戦の成否に、何千、何万という者達の命や運命がかかっているという事実は、最初から変わっていない。

 そんな風に考えていると、周りの整備兵の一人が僕の様子を見、


「――バーム殿は現状に危機を感じておられないのですか? いえ、あまりに平静な様子でしたので」


 不安と困惑が入り混じった、複雑な表情を浮かべて言う。

 

「もちろん不安だよ、でも計画の進捗具合いは予定通りだし、今更急に計画を変更しても、余計な混乱を招くだけだから。今はティアさんの期待に応えるためにも、周りの批判や責任の重圧におびえず、当初の予定と自分を貫くだけだよ」


 そう答えて、しかし何度も窮地を経験しすぎて感覚がマヒしてしまったのではという考えが脳裏をよぎる。

 だがそんな僕を見、エイミーは笑顔を浮かべ、


「大丈夫、どんな窮地でも仕事に対しては、あなたは自分を曲げたことなんてないし、それが間違っていたことも無い。それに誰だって失敗はするし、したっていいの。それを糧に、また立ち上がる事さえできれば。心配いらない、何があっても私がそばにいるから」


 そう言ってくれる。

 そう、彼女さえそばにいてくれるなら、僕はどれほど強大な敵が相手でも、立ち向かって見せるし、失敗したってまた立ち上がれる。

 そんな湧き上がる勇気と共に、僕はこのまま作戦を推し進める事を決意したのだった。

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