第40話 完成と対陣
「バーム、ここまでよ」
作業の指示を出し続ける僕の元に、深刻な表情を浮かべ駆け寄ってきたティアさんが告げる。
時刻は朝食を終えてしばらくといった頃。
予想では敵が築城に気付くのが早朝、動き始めるのは昼過ぎのはずだった。
そういった事態も想定してはいたものの、予想よりも早い切り上げの指示に、僕は驚くと同時、少し焦りを覚える。
「敵は、もう動き始めたんですか?」
尋ねると、ティアさんは表面上は平静を保ちつつも頷き、
「どうやら昨日の内に気付かれていたみたい。敵は昨夜のうちに出撃準備を整え、すでに行軍を開始している。幸い大分もたついているみたいだけれど、敵は日暮れまでにはこの丘に到達する。非戦闘員の避難や他の作業の時間を考慮すると、もう築城にかけられる時間はあまり残されていない。
それでどう、城の完成度は? この城で敵の大軍を受け止められる?」
そう言って、丘の麓から城を見上げる。
丘の北面の防御設備も、なんとか城としての体裁を保てる程度には構築できる目途は立った。
だが正直に言って、城としての完成度は、敵が呆れるかもしれない程に低い。
なだらかな斜面には一条の竪堀もなく、斜面を削って勾配を作る工程も不十分。
土塁は低く、叩き締めも満足に行われていない。
塀や見張り台に至っては完全に構築途中、今から全力を尽くしても大したものには仕上がらないだろう。
だが、それでも、
僕は視線を丘の麓に向ける。
そこには突貫工事がうかがわれる雑な造りながら、格子掘が隙間なく
暗闇の中、必要最小限の灯りのみで、夜を徹して行われた作業。
疲労を考慮し、人員を度々入れ替えながらも、休むことなく作業を続けた結果、何とか最低限の規模のものを完成させることができた。
さらに堀の前には、伐採した木に多少の加工を加え、並べて固定しただけのものながら、逆茂木も設置してある。
堀底に設置するための逆茂木もすでに用意してあり、敵軍の到来までには、設置を終えられる手はずだ。
そして上空からの偵察を防ぐため、味方が展開した霧のおかげで、敵はこの城の全貌を捉える事が出来ていないはずだ。
「僕には築城の知識はあっても、実戦の経験は全くありません。ですから実際に敵の大軍の猛攻を受けて、防ぎ切れるかと聞かれて、安易に答えることはできません。でも、実際に築城の指揮にあたった者として確実に言えることがあります」
僕はそこまで言って、そこでわざと言葉を止める。
そんな僕に視線を戻し、神剣な表情を浮かべ、瞳を正面から見据えるティアさん。
いい加減なことは言わせない。
そんな威圧感すらまとう彼女に、しかし僕は臆さず言って見せる。
「これが今の自分たち、我が軍に築城しうる、最高の城。たとえどれほどの敵が相手であっても、簡単にやられはしません」
僕は自信を持って、そう言い切る。
空を覆う霧のさらに上から、何か巨大な生き物がはばたき、風を切る音が聞こえてくる。
僕の言葉を聞いて数秒、ティアさんは表情をわずかも変えず、ただ沈黙を守り、僕の瞳を見つめ続ける。
僕もまた、そんな彼女の瞳を逸らさず見つめ続ける。
ティアさんがその表情を微笑に変化させたのは、それから数秒の事だった。
「バームは正直ね。こんな時は少しくらい不安があったとしても、絶対に大丈夫! って、言ってみせるものよ。でもまあ、この方があなたらしいかな」
そう言って、ティアさんはしばらくの間、微笑を保ち続ける。
だが数秒の後、ティアさんは再び表情を真剣なものに戻すと、今度は信頼を内包した声と表情で、
「非戦闘員はもう避難を開始させるから、後の作業は兵士のみ。それができるのも昼過ぎまで。バーム、この決戦の勝敗は、あなたの双肩にかかっている。出来る事、してほしいことがあったら何でも言って」
そう言ってくれる。
その言葉に、僕は以前から言おうと思っていて、築城作業に忙殺されて言えなかったことを思い出す。
「それなら、こんな武器を考えたんですけど、見ていただけますか」
そう言って、僕は自作したその武器を実際にティアさんに見せ、使い方を実演してみせる。
最初は不思議そうな表情を浮かべていたティアさんだったが、実際に使う様子を見ると、表情を一変させる。
「バーム、こんな良い武器があるならもっと早く言ってくれないと。でも築城で忙しかったのよね。わかった、余裕はないけど、早速造らせてみる」
そう一も二も無く速断して、またどこかへと駆け去っていく。
本当は休んでもらいたいところだけど、今はそうもいっていられない。
戦いは始まる前に半分以上終わっている。
亡き父の教えを胸に、僕は眠い目をこすり、作業の指示を出し続けるのだった。
光神国軍が丘の北に姿を現したのは、空が夕焼けに染まりはじめる頃だった。
道に沿って川のように迫る人間の大軍勢を、僕は丘の上から眺める。
長槍に弓に鉄砲、鎧は鱗状の金属板を布地に縫い付けて造られたスケールアーマー、あるいは板金鎧と、統一された優れた武器と防具で身を固めた敵兵。
それら数千が隊列を組み、整然と行軍する様は、敵ながら圧倒されるものがある。
振り返って我が方を見れば、ゴブリンやオークの兵の身に着ける武装は、人間のものに比べ粗末な造りのものが多い。
特に鎧に関しては、皮を煮固めたものが主で、金属製のスケールアーマーを身に着けるのは将校クラスのみ。
板金鎧に至っては、身に着けるものが一人もいない有様だ。
鉄の生産量が人間に大きく劣っているのが最大の原因らしい。
だからと言って武装の全てで劣るわけではない。
特にゴブリンの用いる弓に関しては、動物の素材を様々組み合わせた合成弓で、人間の弓より優れていると僕は見ている。
だが武装の性能の平均値としてはやはり劣っていると考えた方が良いだろうと僕は思う。
「敵軍の兵力は4000~7000。丘の北東に本陣を置き、北西から北東のすそ野にかけて陣を展開。さらにスオママウ城方面にも1000程を配置しております。奇襲を警戒してか、哨戒もかなり厳重です」
ゴブリンの将校の報告に、ティアさんが頷く。
「丘の東まで陣を伸ばして展開してくるかと思ったけど、丘の南の平城を警戒してか、狭い範囲に陣をまとめてきたわね。まあ、あの兵力ではしょうがないか。それで、残りの敵本体の動きは、どう?」
ティアさんの言葉に、将校は頷き、
「出撃に向け一応準備を整えているようですが、動きはあまり活発ではないようです。やはり物資、兵糧の不足が影響しているのではないかと。とはいえ、それでも数日の内には動くのではと思われます」
そう毅然と答える。
すると隣にいたオークの将校が、
「となると、問題はすでに着陣している敵軍の動き。我が方は守備兵500のこの丘に、南の平城の1900。他にスオママウ城に残した600と、クワネガスキの4000がいます。兵力差と城攻めである事を鑑みると、攻撃を仕掛けてくるかは微妙なところではありますが――」
そう呟いて、視線を丘に築かれた味方の城壁へと向ける。
そこでは敵軍が着陣した今になってもなお、築城作業が急ピッチで続けられていた。
土塁の上の塀は一応形にはなっているが、内実はありあわせの素材で作った柵に、
高さは低く、補強も不十分で、優先度の低い場所では外側の板の取り付けすら終わっていない。
見張り台に至っては未だ構築途中で一か所も完成しておらず、その様子は敵からも丸見えだ。
丘の麓に広がる敵陣から笑い声が聞こえてくる。
そこでは人間の兵士達が城を見上げ指を差し、馬鹿にした表情を浮かべていた。
当然だろう、それほどまでに今のこの城はみすぼらしく、完成度は低い。
だがそれでも、
「簡単に落とされはしませんよ、この城は」
心の奥底から込み上げてくる怒りに、僕は歯を食いしばりながら呟く。
そんな僕を見、少し驚いた表情を浮かべる味方の将校たち。
するとそこに、
「今晩か明日の朝、仕掛けてくるかもしれない」
聞こえてくるいつぶりかのその声に、僕は怒りも疲れも忘れて目を向ける。
「エイミー!」
そこには、敵から身を隠すためか顔を深緑色に塗り、カモフラージュの草葉を全身に巻きつけた彼女の姿があった。
築城作業の間、彼女は敵の諜報兵の掃討と、索敵にあたっていたのだ。
うれしさのあまり僕は思わず叫び、真っ先に彼女のそばに駆け寄る。
彼女はそんな僕を見て、
「ただいま、バーム!」
そう心底嬉しそうな笑顔を浮かべ、あの明るく心地よい声で返事をしてくれる。
それだけで、この数日の不眠不休に近かった作業の疲れも眠気も吹き飛んでしまう。
だがこの状況だ、いつまでも再会を喜び合ってはいられない。
「今晩か明日の朝、仕掛けてくるとはどういう事か?」
オークの将校が、エイミーに問いかける。
その問いに、エイミーは表情を一人の武人としての真剣なものに戻すと、その根拠を語り始める。
僕の戦いはすでに天王山を越えたかもしれない。
だが実際に兵の大集団が刃を交え、命を奪い合う本格的な戦闘は、まだ始まってすらいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます