第39話 天王山

「スオママウ城の西の小丘の南面と、小丘から南にやや離れた位置にある平地に、帝国軍が城を築城している?」


 光神国軍の総司令官スワブカが、もたらされた報告に怪訝な表情を浮かべる。

 ここはラダウ砦周辺に駐屯する光神国軍主力部隊の本陣。

 すでに日は落ち、辺りは暗闇に包まれている。


「はい、この目で確かめました。間違いありません。私は小丘の西のぬかるんだ林に二日前から潜伏しておりました。敵は小丘の南、この陣からは丁度死角になって見えない位置に築城しています。築城資材はクワネガスキから運んでいるようで、作業には女子供もまじっており、すでに築城はかなり進んでいるようでした。

 しかし敵は味方諜報兵を厳しく掃討しており、さらに接近して情報を集めようとした仲間は皆敵に見つかり、私も命からがら逃げ戻ってまいりましたので、それ以上の情報は……」


 そう言って、兵は頭を下げる。


「よい、よくやってくれた。陣中にて休息せよ。この者に褒美を与えよ」


 将校の一人がそう言い、兵をさがらせる。

 そうして兵が下がったのを見届けると、将校たちは揃って険しい表情を浮かべる。


「小丘の南面に隠れて築城を行っていたとは……となると、これは急ぐ必要がありますな」


 ある将校の言葉に、他の全将校が頷く。

 しかし一方で、


「急ぎたいのはやまやまではありますが……我が軍は敵に比べ地に暗い上、派遣していた諜報兵の大部分が掃討されており、この暗闇の中で前進すれば敵の奇襲を受ける恐れがあります」


 将校の一人が懸念を伝える。

 その言葉に、スワブカは表情をゆがめながらも頷くと、


「お前たちはどう動くべきだと思う?」


 そう周りの将校たちに意見を求める。


「敵に時間を与え、強力な城が構築された後からでは、陥落させるのは容易ではありません。ここは多少無理をしてでも、即座に攻撃するべきかと」


 若い将校が意見を述べる。


「即座に攻撃を仕掛ける事には賛成です。しかしながらこの夜間の内に全軍の出撃準備を短時間のうちに整えるというのは、兵の疲労や物資、兵糧等を考慮すると難しいかと。ここは前軍5000のみを先だって進発させては?」


 と、中年の将校。


「いや、そのような中途半端な動きでは敵の思うつぼ。ここは全軍で一気に陥れるか、さもなくば北の砦を落とすのを優先させ、しかる後に全軍で一気に押しつぶすか、二つに一つだ。もっともあのような小丘、仮に築城されたところで大した脅威にもならんがな」


 さらに別の将校が、豪快に言い放つ。

 そんな中で、一人の参謀が冷静な表情を保ちながら口を開き、


「この陣からでも丸見えのあの丘の北面に、敵が日中の時点で大規模な築城を行っていたのなら、それまでに気づく事が出来たはず。裏を返せば、少なくとも日中の時点では、敵は丘の北面にはまだ大規模な築城を施すことができていなかったということ。小規模な築城作業が秘密裏に行われていた可能性はありますが、丘の北面に関しては現時点ではまだ強力な防御は施されていないものと考えられます。

 仮に今晩から本格的な築城作業に入ったとして、数日程度で築城する防御設備ならば、戦力差や地形を考慮するに、破ることは十分可能。しかし敵に時間を与えれば与えるほど、城は強化され、落としにくくなるのは明白です」


 そう意見を述べる。

 将校たちの意見の多くは、築城が十分でないうちに攻撃すべきというもののようだ。

 問題はそれを一部の部隊のみで行うか、全軍で一気に行うか。

 現状、光神国軍が前進するに当たり問題となっているのは4つ。

 一つは物資、兵糧の不足。

 一つは兵の疲労。

 一つは伸びきった補給線。

 一つは敵軍の動向や築城状況など、情報の不足。

 

「仮に全軍で一気に前進するとなった場合、どのような問題が発生すると考えられる?」


 スワブカが尋ねると、先ほど前軍のみを進発させるべきと意見した将校が口を開く。


「先ずは何と言っても物資、兵糧の欠乏でしょう。兵は現状でも腹を空かせています。この上全軍で一気に前進となれば、兵糧の消費量は増え補給線も伸び、状態はさらに悪化します。敵の城を即座に落とすことができたなら、何とか持ちこたえられるでしょうが、そうでなければ――」


 飯の切れ目が兵の切れ目、という言葉がある。

 現時点ですでに無理な前進を続けている光神国軍にとっては、現実味のある言葉だ。

 戦力の逐次投入は、愚策かもしれない。

 だが戦力面でかなり優勢に立っている現状、主力部隊崩壊のリスクと天秤にかければ、どちらが重いかは明白だ。

 また北方の砦を落としてから全軍で前進するというのは、正攻法ではあるが時間がかかりすぎる。


「では前軍5000は夜明けと共に進発。中軍、後軍に関しては3日後に前進を開始する事とする。全軍、出陣の準備を進めよ。それと小丘周辺にはこれまでの倍の斥候を放ち、情報収集にあたらせよ。それと……飛行部隊に偵察を命じよ」


 スワブカが決断し、指示を飛ばす。

 だがその言葉に、多くの将校が驚愕の表情を浮かべる。

 

「前軍のみを進発させるというのは分ります。しかし飛行部隊による強行偵察に関しては……敵は魔術的霧などを用いた欺瞞や隠ぺいを得意としています。これらに対処するには低空を飛行する必要がありますが、敵は優秀な弓兵を多く持っており、リスクが大きいと考えられます」


 将校の一人が懸念を伝える。

 飛行部隊とは、飛竜やグリフォンといった空を飛行できる生物、あるいは翔空機と呼ばれる魔法で空を飛ぶ乗り物を用いる部隊の事。

 極めて高い機動力を持ち、空を飛ぶため地形の影響を受けないという大きな利点を持つ。

 一方でその運用コストは極めて高く、一度失えば容易に補充できないのが最大の欠点だ。

 そんな将校達の懸念に、しかしスワブカは首を横に振り、


「そう言って待機が続けば士気も練度も落ちるし、陸の兵士の不満も高まる。何も迎撃を受けるリスクの高い低空を飛べとは言わない。訓練もかねて、迎撃を受けない高度を保ち偵察させればよい」


 そう自分の意見を押し通す。

 将校たちも一理あると思ってか、それ以上は反論しない。

 こうして光神国軍の方針は決定され、将兵はそれぞれの持ち場に向かい、動き始める。

 その決定は極めて妥当なもの。

 将校たちのほとんどがそう思う一方で、何か得体のしれない予感のようなものを感じ取っていた。

 だがその正体がなんなのか、彼らは気づく事ができない。

 そんな彼らの頭上に浮かぶ月を、分厚い雲が包み隠した。





「急げ、時間がないぞ!」


 オークの将校が言い放つ。

 だがその声を聞いても、作業する者達の手が早まるということはない。

 築城開始から二日、昼夜を通した突貫工事により、作業する者達の疲労はピークに達していた。

 万の大軍を受け止められるだけの城を短期間で築城する。

 その不可能に近い計画を実現するため、多少の無理は承知の上だ。

 

「敵に気付かれないようにするため、丘の北面の築城と木々の伐採は極力控えてきましたが、いつかは必ず敵に気付かれます。敵軍の襲来までに格子堀だけでも完成させないと、城は堕ちます。塀や土塁、削平は後回しで構いません、今はとにかく、堀を優先してください」 


 僕の言葉に、人員のほとんどが掘を掘る作業に集められる。

 やりたいこと、やらなければならない事はいくらでもある。

 だがその全てをこなす時間などあるはずがない。

 現時点での最優先、それは丘の北面の堀。

 この日まで、敵に気付かれるのを防ぐために、丘の北面の大規模な築城作業は避けてきた。

 だがいつ敵に勘付かれるかわからない現状、敵が動くのを待って築城作業を開始しては、絶対に間に合わない。

 まだ敵に築城作業を勘付かれていない可能性と、それがこの大規模な築城作業により勘付かれる危険性。

 それを許容し、この日の日没より、丘の北面の大規模な築城作業を開始する事とした。

 築城作業には、トウルバ港に避難していた女子供などの非戦闘員も動員されている。

 そうしなければ、この短期間の内に築城を終えるのは全く不可能だ。

 そしてそれをしても、築城作業は容易に進まない。

 

「敵軍の襲来までに、この丘の北面の堀を完成させることができるか否か、それが勝敗を分ける」


 僕は呟くと、暗闇の中、遅々として進まない作業の指示を出し続けた。

 この戦いの天王山は、今この瞬間にある、そう心の中で叫びながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る