第38話 軍議
「現在敵軍主力約15000はスオママウ城の北北西、陥落したラダウ砦周辺に駐屯している。情報部の見立てでは、動き始めるまでに早くて1週間、長ければ3週間はかかる見通しだ。ただし兵糧が全くないということではないため、我が方の出方によっては直ぐに動き始めることも可能と考えるべきだ。
敵の海軍部隊に関しては、展開が遅れているらしい。詳しい原因は分っていないが、どうも頼みとしていた極東艦隊の来援が遅れているようだ。とはいえ、大陸南西に新設されたルーメン艦隊も日に日に拡充されている現状、敵艦隊の侵攻も時間の問題だ。
今後予想される敵軍の動きは三つ。一つは北上し、ラダウ砦北方に残された我が方の3つの砦を攻撃するもの。一つは南下し、このスオママウ城を攻撃するもの。一つはスオママウ城に抑えの部隊のみを残し、直接クワネガスキを攻撃するもの。
このうち最も可能性が高いと考えられるのは、やはりこのスオママウ城を攻撃するものだろう。北の我が方の砦を攻撃するのは正攻法ではあるが、時間がかかり過ぎ海軍部隊の来援までにクワネガスキまで侵攻するのが難しくなってしまう。抑えの部隊のみを残し直接クワネガスキを攻撃する手に関しても、さすがに麓の陣を制圧しないうちではリスクが大きすぎる」
ゲウツニーがそう、先ず現状を整理する。
僕達の前に置かれた長机には、付近の地図と、部隊や砦を模した駒がおかれ、部隊の展開状況が分かりやすく示されている。
僕は戦争に関して、本を読んだり、かつて両親に聞かされた範囲での知識しか持ち合わせていない。
だがそんな僕でも、机の地図の上に置かれた、味方の黒い駒と、敵の白い駒との数の差で、戦況は一目で理解できた。
侵攻作戦には防衛側を大きく上回る戦力が必要とされる。
だが敵の白い駒の数は、味方の黒い駒の数を上回るどころか、4倍以上の数が配置されている。
気になるのは、スオママウ城の北に残された味方の三つの砦に、敵の白い駒の多くがさかれている点。
順序通りに行くなら、それらの砦を完全に陥落させてから南下した方が、砦の包囲に多くの兵をさかずに済むため良いはずなのにだ。
だがそれは、敵の海軍部隊の侵攻と関係しているのだろう。
どうやら敵は、軍港を有する味方の最重要拠点、クワネガスキを、陸と海から挟み撃ちにしたいらしい。
そしてその作戦を成功させるには、海軍部隊の侵攻までに、陸軍がクワネガスキまで侵攻する必要がある。
敵の陸軍は焦っているのだ。
だが味方からすれば、クワネガスキを陸と海から挟撃される危機を迎えているということでもある。
「我が方はこのスオママウ城の守備兵3000に、クワネガスキの守備兵4000、合わせて7000。敵陸軍部隊主力15000のみであれば撃退は可能かもしれない。だが敵海軍部隊との挟撃となればさすがに形勢は不利。加えて北の3砦の内いずれか、あるいは全てが陥落し、その包囲軍が来援するような事態になれば、いよいよ勝ち目は薄くなる」
将校のうち一人がさらに付け加える。
その言葉に、ティアさんは頷くと、
「エイルミナ、あなたが敵の指揮官の立場なら、どう動く?」
そう早速意見を求める。
元は敵国の将校だったエイミーに、将校たちは注目する。
そんな突然の問いかけに、エイミーは全く動じることなく、むしろ落ち着き払った様子で、
「――私が敵の指揮官の立場だったなら、ですね?」
あえてそう確認する。
それに頷くティアさん。
エイミーは少しの間思考し、考えをまとめると、
「状況に応じていくつか考えられますが、私ならば海軍部隊が来援するまでは、主力をラダウ砦周辺に残し、クワネガスキとスオママウ城の動きに備えながら、残る兵力で北に残された帝国軍の砦を攻略、後方の憂いを取り除きます。そして海軍部隊が来援したなら、クワネガスキの北、スオママウ城西方に位置する小さな丘の北西側に騎兵800を隠した上、残る部隊はわざとスオママウ城の目の前を横切るように南進させ、クワネガスキに進軍します」
そう迷いなく答える。
その答えに、将校たちの多くは驚きの声を上げる。
確かに普通に考えるなら、スオママウ城を無視し南進するのは、部隊側面や後方、補給線を攻撃される恐れのある、リスクの高い戦術だ。
だがそれを当然承知の上、エイミーは続けて言う。
「隊列は行軍用の長蛇の陣をとり、兵力の配分は前軍、中軍、後軍とも均等にします。ただし後軍には鉄砲や弓で編成された射兵隊、虎の子の魔道士隊、他に練度の高い精鋭を数段に分けて配置します。補給用の弾薬や疑似魔法石を乗せた馬もあらかじめ準備しておきます。またスオママウ城周辺には哨戒部隊を多数配置し、諜報兵を多数潜伏させ、城の帝国軍の動きを察知できるようにします。
部隊がクワネガスキに到達したなら、前軍は陣形を横に長く、広く展開。中軍は円陣、後軍は数段に分かれた長蛇の陣を維持したまま陣を構築させます。そして陣の構築が完了し、部隊の足並みがそろい次第、前軍は海軍部隊と同時にクワネガスキへの攻撃を開始します」
そう、冷静な口調と表情のまま自分の考えを口にするエイミー。
その言葉に、将校たちは深刻な表情を浮かべ、息をのむ。
彼らは軍事の専門家だ、それゆえに、一見危険で常識的にはありえないエイミーの戦法の、その裏に秘められた恐ろしい意図に、すでに気付いていた。
エイミーは続ける。
「クワネガスキは堅城、この挟撃をもってしても、容易に陥落させることはできないでしょう。場合によっては前軍は敗走する事になるかもしれない。だがそれでも軍港への突入は成功するでしょうし、城にかなりの打撃を与える事は出来るはず。スオママウ城の帝国軍はそれを見、恐らくクワネガスキ救援のため、打って出てくることでしょう。そうでないなら、私のこの作戦は失敗です。
しかし私の読みが正しく、帝国軍が打って出てきたなら、後軍と中軍が、それぞれ陣に立てこもったままこれを迎え撃ちます。両軍にとって厳しい戦いになるでしょう。しかし数段に分かれた後軍は、部隊が疲労する度に後方の陣に下がって帝国軍を迎撃し、その勢いを減衰させます。丘の裏に潜ませた騎兵が出撃し、スオママウ城を打って出た帝国軍の横合いを突くまでに、光神国軍の後、中軍陣地が陥落すれば帝国側の勝利。そうでなければ……」
エイミーはそう言って、それ以上は言うまでもないと口を閉ざす。
その言葉に、将校たちは揃って沈黙し、大量の冷や汗を流す。
そんな中で、ティアさんは冷静な表情のまま頷き、
「どう思う、ゲウツニー?」
そう意見を求める。
その問いに、ゲウツニーは他の将校と同じく大量の冷や汗を流しながらつばを飲み込み、しかし意を決したように口を開く。
「見事な戦術です。もし敵の総大将が彼女なら、我が軍は敗北を免れなかったことでしょう。恐らく彼女の言った通りに、戦況は推移する。丘の裏に隠された騎兵に関しては、気づく事ができるかもしれない。しかし例えそれに気づく事が出来たとしても、我が軍にはそれに対処できるだけの戦力がない。打って出ないという選択肢も無くはないが、恐らくその状況で血気にはやる味方将兵を抑えることはできないでしょう。無理に抑えれば反乱が起きかねないし、クワネガスキ側の味方将兵が疑念を持つ」
そう、思いのままを口にするゲウツニー。
その言葉に、将校たちは唇をかみしめながらも、一切異議を唱えない。
来たばかりの新参者、それも元は敵の将校だった者の立てた作戦だ、本当は素直に認めたくはなかっただろう。
だがそれでも異議を唱えられない程のものを、エイミーの立てた作戦は秘めていた。
ティアさんは、そんなエイミーの意見に満足げに頷き、その上で、
「なら今度は、今の敵ならどう動くと思うか、意見を聞かせて」
そう尋ねる。
その言葉に、エイミーはわずかの思考もはさむことなく、
「全軍でスオママウ城の麓を力攻めにすると思います」
そう即座に応える。
「どうしてそう思うの?」
問いかけるティアさん。
「この方面の攻略を担当する光神国軍の総司令官、スワブカ大将は、功名心はありますが、身の危険を冒してまで博打を打つような指揮官ではありません。海軍部隊の到着までに陸軍だけで決着をつけたいという思いはあるでしょうが、そのために一か八かの賭けに出るような事はしないでしょう。周りの将校達も、そんな作戦は止めるはずです。そして歴戦の将校たちの意見にあえて逆らうべきか否か、判断できる程度の能力はある。
恐らく力攻め主体の強引な正攻法で、損害を許容しながらの強行突破を図ってくるのではないかと思います」
そう冷静に答えるエイミー。
その言葉に、将校達の多くも同意見なのか、頷く。
そんな中で一人の若い将校が口を開き、
「そうなるとこのままこの城に止まっては、座して死を待つばかり。ここは積極的に動くべきでは?」
そう意見する。
確かに話を聞く限りでは、この城に止まっていても、戦力に勝る敵に数で押し切られてしまうように思われる。
だが、
「守っても押し切られるような戦力を有する相手に、策も無く打って出るのは、飛んで火にいる夏の虫というもの。具体的な策を上げよ」
別の老将がそうたしなめる。
若い将校はその言葉に唇をかみしめながら、しかし有効な作戦を思いつくことができなかったのか黙って引き下がる。
そう、今後の敵の動きについて予想を立てることはできたとしても、それに対する具体的な対抗策を考えるというのは容易なことではないのだ。
分っていても対処しようのない戦力差、それが僕たちの前に立ちはだかる。
そうして再び場を包み込む不気味な沈黙。
そんな中で、ティアさんはそれ以上意見が出てこないのを確認すると、
「――さっきエイミーが兵を隠すと言ったこの丘、スオママウ城の西方、クワネガスキの北にあるここに陣地を築城したなら、どう?」
そう初めて、自ら意見を述べる。
だがその言葉に、ゲウツニーは首を横に振り、
「この丘は低くなだらかで、周辺には水堀を引けるような川や湖もありません。井戸に関しては、深く掘れば水は出るでしょうし、生えている木々は築城資材にはなるでしょうが、築城したところでとても大軍を迎え撃てるような防御力は得られないかと」
迷いなくそう答える。
他の将校達も同意見なのか、それに頷く。
だがそんな中で、ティアさんは僕に視線を向けると、
「バーム、あなたも同じ意見?」
そう問いを投げかけてくる。
実はこの軍議が始まる少し前、僕はティアさんに、この丘に陣地を築城する場合の案をまとめるように言われていた。
僕はこの丘周辺の詳細な地図や地形情報をもらい、さらに城の高台から実際にこの丘の全容を遠目から観察し、大まかながら築城案をまとめていた。
階級の高い将校たちを前に紹介するのは気が引ける。
だが僕達の居場所を得るためにも、ここは引けない。
「……僭越ながら皆様、これをご覧いただけますでしょうか」
そう言って、僕はこの短時間で仕上げた、ごく簡単な城の築城案を将校たちに披露する。
将校たちは最初、僕の描いた城の図面を険しい表情で見つめ、だが時間がたつにつれ、その表情を驚愕と興味のあふれるものへと変化させる。
そして僕は、その築城案の説明を始める。
そしてこの築城案が、後の歴史を大きく変えることになることに、この時の僕はまだ気付いていなかった。
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