第37話 謝罪
「皆揃ったわね、ではこれより軍議を始める」
ティアさんの言葉に、場に集まったゴブリンやオークといった魔物の将校たちは皆頷き、視線をティアさんへと集める。
どうやら帝国軍側の主だった将校の多くが、この軍議の席に集まっているらしい。
僕とエイミー、緑さんは、そんな軍議の席の末席に加えてもらっていた。
もちろんティアさんの権限で許された、特別待遇だ。
そんな僕たちに、魔物の将校たちの多くはチラチラと怪訝な表情と視線を向ける。
そんな中で、ティアさんは続けて口を開き、
「まず最初に、皆、私がいない間、頑張ってくれてありがとう。そしてあの決戦で敵の捕虜となり、皆に迷惑と心配をかけさせてしまった事を謝ります。ごめんなさい」
そう言って、頭を深々と下げる。
すると魔物の将校たちは目を見開き、慌てた様子を見せざわめく。
「そ、そんな、とんでもありません」
「むしろ謝らねばならぬのは我々の方。我々がふがいないのみならず、大恩ある総帥の言葉を信じきる事ができなかったばかりに、あなた様の足を引っ張り、救うことができなかった」
「我々が今ここにこうしてあり、強大な人間とその神達と戦えているのは、全て総帥の力あってこそ。我々はもう二度と、総帥を疑うような真似などいたしませぬ」
そう口々に言って、将校たちは逆に深々と頭を下げる。
ティアさんはそれを見、
「いいえ、大罪人としてこの地に流された私を受け入れ、その言葉を信頼し、この総帥という立場に押し上げてくれたのは皆。私には、そんな皆からの信頼に応える義務がある。だから私はここでもう一度、皆のために全力を尽くすと約束する。だからお願い、皆ももう一度、私のために力を貸して」
そう言って、また頭を下げる。
そんなティアさんの態度に、将校達は揃って平伏し、
「もちろんです」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう口々に答える。
そんな中で、集まった将校たちの中で最も階級の高いゲウツニー中将が、他の将校達を代表するように、
「皆あの決戦以降、総帥の存在の大きさを再確認し、救えなかったことを悔やんできました。我々は地の果てまでも、あなた様についていきます」
そう答える。
そしてその言葉に、全将校が頷き、同意を示す。
ティアさんはそんな彼らを見、
「ありがとう。それともう一つ、皆にお願いしなければならない事があるの」
そう言って、僕たち三人を差し示すように手を向ける。
その仕草に、将校たちの視線が僕たちに集中する。
「彼らは私が光神国を脱出する際に手を貸してくれた、命の恩人。人間の男性が緑。こう見えて、かつて失われたとされる魔術を一切用いない戦闘術の達人よ。そして隣のハーフオークの男性はバーム。人間の鍛冶の神かそれ以上の腕を持つ武器職人で、築城の技術も持ち合わせている。そしてその隣の女性は……気づいている者もいるかもしれないけど……」
ティアさんはそう言ってエイミーを指し示し、そこで一度間を開ける。
そんなエイミーに、揃って厳しい表情と視線を向ける将校達。
そんな中で、エイミーはティアさんが口を開くより早く、自分から口を開く。
「エイルミナ・フェンテシーナです。皆様もご存知の事とは思いますが、つい先ごろまで光神国の将校として働き、これまで多くの皆様の仲間を傷つけ、命を奪ってまいりました。謝って許してもらえるとは思いませんが、まず皆様に、そのことを謝罪させてください」
そう言って、エイミーは座っていた椅子から立ち上がると、床に座る。
次の一瞬、巻き起こる将校たちの驚愕のざわめき。
エイミーが床に額を付け、頭を下げたのだ。
それは魔物の国において、最大限の謝罪を伝える礼儀の仕草。
「本当に、ごめんなさい」
エイミーはその姿勢のまま、謝罪の言葉を口にする。
そんなエイミーの態度に、揃って戸惑う将校達。
そんな中、エイミーは頭を下げたままさらに続けて、
「その上で、皆様にお願いしたいことがあります。今の私は国を追われ、行き場を失った身の上。ですが戦闘の技術に関してだけは、誇れるものがあると自負しております。どうかこの私に、居場所をお与えください。必ずや皆様のお役にたって見せます」
そう言い、下げた頭をさらに下げる。
だが今の言葉は、エイミーだけが言うべきものではない。
僕は慌てて立ち上がると、エイミーの隣に同じように座り、
「僕も同じです。僕は今まで光神国の武器職人として、数々の武器を鍛えてきました。そうして僕の鍛えた武器が、皆様の仲間を傷つけてきたこと、謝罪させてください。本当に、申し訳ありませんでした。
そして僕も、今や国を追われ、行き場を失った身。ですが武器を鍛える技術に関してだけは、誰にも負けない自信があります。他にも築城や、魔法道具の製作、必ず皆様のお役にたてると思います。ですからどうか、僕たちに居場所を、お与えください」
そう言って額を床につけ、頭を下げる。
一瞬の沈黙が流れる。
頭を下げているので、将校たちの反応はうかがい知れない。
だが頭を下げていても、息が詰まるような空気、刺すような視線だけはひしひしと伝わってくる。
するとその時、また誰かが椅子を引く音が響いたかと思うと、僕の隣に、また誰かが座る。
そして直後、隣から聞こえてくる緑さんの声。
「僕は異世界人です。この世界に来るのは今回で二度目、ですがこの世界の事情には疎く、居場所も無く、隣のバームさんのような特別な技術や知識も持っていません。唯一誇れるものがあるとすれば、この世界では珍しいらしい、魔術を一切用いない戦闘術を持っていること。しかし隣のエイルミナさんと違い、僕は魔術戦の知識、技術を一切持ち合わせておらず、何より実戦経験がほとんどありません。ですから、隣のバームさんやエイルミナさんほど、皆様のお役にたてるか、正直僕には自信がありません。
ですが、僕は一度目にこの世界にやって来た時からの、ティア総帥の知り合いです。たいした力を持ち合わせていない僕ですが、ティア総帥と共にいられるのなら、誰が相手であっても負けない自信があります。そして何より、僕は何としても、彼女の力になりたい。ですからどうか、僕に居場所をお与えください。そして彼女のそばにいさせてください」
緑さんはそう言って、隣で同じように頭を下げる。
そうして揃って頭を下げる僕たち。
聞こえてくる将校たちの、驚愕と困惑のざわめき。
すると程なく、また聞こえてくる誰かが椅子を引く音。
誰だろう?
そう思うのと同時、ざわめきが一気に強まる。
そんな中で、その誰かは緑さんの隣に座ると、言葉を発する。
聞こえてきたのはなんと、ティアさんの声だった。
「私からもお願いします。彼ら三人は皆、私の命の恩人。皆思う所はあると思うし、恨みを抱いている者もいると思います。でも私はそれを承知で、彼ら三人を、将来的には側近として取り立てるつもりです」
ティアさんの言葉に、将校たちはこれまでで最大の、驚きの声を上げる。
どこの馬の骨とも知れない者達、それもうち一人は元敵国の将校であり、人間の神の娘だった者だ。
それを軍議の席に加えるのみならず、側近として取り立てるとなれば、当然の反応だろう。
将校たちはほぼ確実に不満を持つだろうし、最悪の場合、反乱も起きかねない。
だがティアさんはそれを承知で、その上で、
「どうか今は不満を呑みこんで、私の願いを聞き届けてください。彼らは必ず、我々の力になりますから」
そう言葉を重ねると、同じように頭を下げる。
総帥自らが、床に額を付け、頭を下げている。
異様な空気が、場を包み込む。
将校たちが何事が囁き合う声が聞こえる。
さすがに直ぐには、意見はまとまらなかった。
だがしばらくの後、ざわめきが収まったかと思うと、やがて次々と聞こえてくる、椅子を引き、誰かが床に座る物音。
そして音が鳴りやむと、将校たちを代表してか、ゲウツニー中将が話し始める。
「どうか皆様、頭をお上げください」
聞こえてくるその声に、しかし僕は直ぐに頭を上げていいか分らず、隣の反応を伺う。
隣の三人も、直ぐには顔を上げなかった。
だがゲウツニーはさらに続けて、
「いいですから、どうか、お上げください」
そう僕たちに促す。
その言葉に、恐る々る顔を上げる僕達。
すると目の前には、この場に集まっていた将校たちのうち、一人を除いたすべての者が、床に座っていた。
「ヤイキスエ大佐は軍を去りました。多くの味方の命を奪った者をやすやすと受け入れては、死んだ者達に申し訳が立たないと。
しかし我々はこれまで何度も、ティア総帥に救われてきながら、その言葉を信じ切ることができず、結果後悔してきました。我々はもう二度と、同じ失敗を繰り返さない。どうか総帥、これからも我々をお導き下さい」
そう言って、逆に将校達全員が頭を下げる。
そんな彼らの浮かべる表情は明るく、ティアさんに向けられる眼差しは信頼と期待に満ち溢れる。
しかしティアさんは首を横に振り、
「いいえ、私一人の力なんて大したことはない。それに私だって間違えることはよくある。去ったヤイキスエの言うことも、もっともだと思うわ。むしろ皆にはヤイキスエのように勇気をもって、自分の意見を積極的に主張してほしい。だから皆、ヤイキスエやそれに従う者達を咎めてはならないし、私に導かれるなんて思わないで。共に協力して、力と知恵を出し合って戦いましょう」
そう明るく言い放つ。
その言葉に、将校たちはその表情をさらに明るくほころばせると、
「はっ!」
そう揃って威勢よく答える。
そして続けて一人の将校が、
「では
そう早速意見する。
その言葉に、他の将校何人かも、同調するようにうなずく。
その意見に、ティアさんは笑顔を浮かべ大きく頷き、
「もっともな意見だわ。ではそのような形をとらせてもらおうと思うけど、他の者は異存はない?」
そう他の将校にも意見を求める。
その言葉に、将校達何人かは隣と囁き合うが、それ以上意見を上げる者は無く、異存なしとまとまる。
「ではバームに関しては客分のアドバイザー、緑とエイルミナは私の護衛とする。皆、ありがとう」
そう言って、ティアさんは再び頭を下げる。
将校たちはそんな僕達に再び笑顔を向け、
「では早速本題の軍議に移ろう。バーム殿、緑殿、エイルミナ殿、これからの働きに期待している。それから軍議でも、
そう言ってくれる。
そうして椅子に座り直し、ようやく軍議を再開する僕達。
何もかもがうまくいったとは言えない。
表面上は笑顔を浮かべていても、不満は残っていることだろう。
だがそれでも、僕たちは前に進むと決めたのだ。
後はただ、全力を尽くすのみ。
こうしてようやく長い前置きが終わり、軍議が始まる。
この瞬間、多くの人や魔物の命が奪い奪われる血みどろの世界へと足を踏み入れたことを、僕はまだ自覚できていなかった。
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