第36話 参戦

 あれから3日が過ぎた。

 私の体調はようやく日常生活に支障がないレベルまで回復した。

 だが戦場に出られるほどかというと、正直まだかなり辛いというのが実情だ。

 しかしそれでも、時は待ってはくれない。

 

「――総帥、ご無理をなさらず」


 ゲウツニーが私の体調を気遣って言う。

 彼を心配させてはいけない。

 私は布団から上半身を起こした体勢で、無理に笑顔を作って体調を悟られないように努める。


「大丈夫よ、それより、敵軍の動きは、あれからどう?」


 尋ねると、ゲウツニーは険しい表情を浮かべる。

 ゲウツニーは私と二人きりで話をする時だけは、感情を隠すのを忘れるのだ。

 

「はい、敵軍主力はラダウ砦周辺に駐留したままです。情報部の解析によれば、もともと無理な進撃で物資が不足していた所へ、我が方の工作部隊による補給線攻撃が成功。敵は後続の物資が到着するまで、進撃を遅らせることを余儀なくされた、ということのようです。だだし敵は虎の子の騎兵隊を索敵と補給線防衛に投入。これ以上の補給線攻撃はむしろリスクの方が大きいと考えられます。

 問題はその敵軍と同等かそれ以上に、我が方の兵糧も不足していること。敵は我々魔物を化け物と呼び、兵も民も区別を付けずに皆殺戮します。そのため敵の侵攻した地にいた民たちは住処を追われ、トウルバ港は避難してきた民たちでひしめき合っています。全力で避難させていますが、とても船が足りませんし、敵の海軍部隊の侵攻も時間の問題。もはや持久戦の維持すら危ういのが実情です」


 現在帝国は中央大陸の南端と、大陸の南の海に点在する島々に勢力を持っている。

 中央大陸南端に突きだした半島の先端に位置するトウルバ港は、大陸に残された帝国最後の港。

 南の島々から届く補給物資は全てこの港に集まる。

 つまり大陸南端で踏みとどまっている帝国軍は、補給をこの港に頼り切っており、当然敵もそこに狙いを定めてきている。

 その港に民があふれるということは、ただでさえ不足している物資、特に兵糧をこの民に与えねばならない事、さらに船舶を住民の避難に回さなければならないことを意味する。

 帝国は半分海洋国家であることもあり、海軍力は必ずしも低くはない。

 だが長大な補給線を強大な光神国海軍から守るのは至難の業だ。

 そこへ来てさらに住民の避難、物資の補給と、手が回るはずがない。

 

 最期の希望は、トウルバ港の北に陸地を遮る壁ようにそびえる山に築かれた城、クワネガスキ。

 標高50~150メートルという低山ながら、斜面は極めて急峻。

 唯一なだらかな北西側は麓に湿地帯という天然の水堀を持つ。

 防御設備こそ柵や土塁、逆茂木といった簡易なものだが、要所ごとに峰を切るように穿たれた竪堀を兼ねた堀切が、優れた防御効果をもたらす。

 まさに要害と呼ぶにふさわしい城だ。

 だが一方で、その戦略的重要性からこれまで度々決戦の舞台となり、その度に陥落してきた歴史を持つ。

 このため絶対に陥落する難攻不落の城と揶揄されてきた城だ。

 

「なるほど、住民が避難する時間を稼がないといけないが、持久戦のための兵糧も危うい、さらに敵の補給線も強化され、それを攻撃する作戦もとりにくい、ということね」

 

 私がまとめると、ゲウツニーは険しい表情でうなずき、


「申し訳ありません。私がふがいないばかりに」


 そう自分を責めるように悔しげに答える。

 だがそんなゲウツニーに、私は首を横に振って笑顔を浮かべ、


「いや、むしろもっと悪い状況なのかと思ってた。持久戦の維持と言い、補給線の攻撃と言い、とても良い采配よ。もし他の将が指揮を執っていたのなら、敵はとっくにクワネガスキを包囲していたでしょうね」


 そう答える。

 それは単なる慰めではない、私の本心からの思い。

 それを聞いて、ゲウツニーは先ほどまでの悔しげな表情を少しだけ緩ませる。

 だが状況が苦しいことに変わりはない。

 事態は一刻を争う。


「よし、では早速みんなを集めて、軍議を開きましょう」


 そう言って、私は疲労の残る体に鞭を打ち、弱っていることを悟られないよう気を付けつつ立ちあがろうとする。

 だが長い間寝込んでいた体は急には力が入らず、ついふらついてしまう。


「総帥!」 

  

 そんな私を見、とっさにゲウツニーが叫び、支えに入ってくれる。

 だがこれ以上は休めない。

 ゲウツニーが向ける心配気な視線をあえて振り払うように、私は首を横に振る。


「今は一刻の猶予もない。私の体の事は構わず、直ぐに皆を集めて。それとその前に、私の連れていた3人をここに呼んで」


 私が言うと、ゲウツニーは私の思いを察してか頷きながらも、


「分りました。しかし総帥、あなたの命にはこの国そのものと同等の重さがある。こんなところで無理をして失われて良いものではない。それをお忘れなく」


 そう真剣に告げる。

 私がこれ以上無理をしようとすれば、ゲウツニーは私を拘束し、無理やり安全な場所に避難させてでも救おうとするだろう。

  

「大丈夫。軍議さえ終われば、後は皆に任せて休むから。それにこの戦、まだ十分勝機はある。大陸南端の領土は渡さない」


 私はゲウツニーを安心させるよう、自信たっぷりに言って見せる。

 ゲウツニーはそれを見、真剣な表情をわずかも崩さないまま、


「――わかりました。では直ちに。それと軍議が終わった後は、必ず休んでいただきますからね」


 そう釘を刺して、部下に指示を飛ばす。

 そこにはもはや、私が初めてこの地を訪れたころの、人間たちに怯えていた彼らの姿はない。

 ゲウツニーも含め、帝国軍は強く、たくましくなった。

 だからこそこの戦、何としても勝たなくてはならない。

 だがそれはあくまで私の思い。

 他の三人には関係ない以上、優先されるべきは、彼ら自身の意志だ。

 そう考えながら、窓を見上げる。

 そこには灰色の厚い雲に覆われた空が広がっていた。


 



「ティアさん、大丈夫かなぁ」


 僕が食事をとりながら呟くと、隣にいたエイミーと緑さんが心配気な表情を浮かべる。

 あれから三日、ティアさんのおかげですっかり客人扱いの僕たちは、魔物達の手厚い看護を受け、体調はすっかり回復していた。

 だが一番重症だったティアさんは別の建物に移されたため、今日まで会うことができていなかった。

 思えばコロッセオの一件以来、僕たち三人はティアさんに負んぶに抱っこの状態だった。

 光神国兵に成りすまし、ハーフオークを連れての特殊任務を帯びている風を装い、敵兵の追及を逃れながらなんとかここまでたどりついた。

 僕にしても緑さんにしても、そもそも嘘をつく事自体に慣れていなかったし、エイミーは存在だけで目立ってしまう。

 そんな中でここまでたどり着けたのは、間違いなくティアさんのおかげだ。

 だがそのために、もともとあまり丈夫ではなさそうだったティアさんに無理をさせてしまった。

 力になりたいとは思ったが、あまりできることはなかった。

 もっと強く、せめて足手まといにならないだけの力を養わなければ。

 そんな風に自分の無力を呪っていると、程なく、ゴブリンの兵が僕たちの元を訪れる。

 

「総帥がお呼びです」


 魔物達はティアさんの事を総帥と呼ぶ。

 ゴブリンの言葉に、僕達三人は互いに視線を合わせ頷き合うと、立ち上がってゴブリンの兵に従い、ティアさんの元へと向かう。

 移動の途中、僕は不審に思われない程度に、城内の様子を観察する。

 ここは山城の麓の谷に築かれた館のようだ。

 見上げれば、背後には高い岩山がそびえ、その山頂に城が築かれているのが見える。

 防御設備は土塁に空堀、逆茂木に柵程度の様だが、この岩山の険しい岩肌が、そのまま城壁を成している。

 まさに難攻不落と表現するのにふさわしい城だろう。

 だが一方で、これから戦を迎えるとすれば、いくつか気になる点もある。

 そんな風に観察しながら歩いていると、やがて城内の建物の中では一番大きく立派な館の前で、僕たちは中に入るよう促される。

 中に入ると、そこには以前と同じ黒いマントを羽織った出で立ちのティアさんの姿があった。

 僕たちの姿を見て、ティアさんは表情をほころばせ、何か口にしようとし、だがその前に、


「ティア!」 


 必死の表情で緑さんが叫んで、ティアさんの元へと駆けよる。

 そしてその小さな両肩を掴むと、目を大きく見開き、しばらくの間まじまじとティアさんの顔を見つめる。

 見つめられたティアさんは、程なくその白い頬をわずかに赤く染めて、視線をわずかに逸らす。

 一方緑さんは必死だった表情を徐々に緩ませると、


「――よかった、大分良くなったみたいだ。でもまだ無理をしたらダメだよ」 


 少し安心した様子を見せながらも、そう釘をさす。

 そんな緑さんに、ティアさんは、


「……うん、わかった。でも緑、少し……近い」


 おずおずと、そう口にする。

 その言葉に、緑さんもはっとし、


「――ごめん」


 そう言って慌てて肩から手を離し、数歩後ずさる。 

 見た目から、ティアさんの体調は三日前と比べれば随分良くなったようだが、まだ顔色は悪く、万全には程遠いようだ。


「お久しぶりです。体調は良くなりましたか?」


 僕はそうティアさんに声をかける。

 するとティアさんは笑顔を浮かべ、    


「ええ、おかげさまで、もう大丈夫よ。二人はどう? まだ辛いのなら無理はしないで」


 そう逆に僕達を気遣う。

 そんな状況下で、エイミーは真剣な表情を浮かべると、唐突に、


「そんなこと言っていられないでしょ? 敵は直ぐそこまで迫ってる」


 そう鋭く斬り込む。

 その言葉に、一斉に鋭くなるそれぞれの表情。

 この城にたどり着くまでの間に、現在の帝国軍の窮状はある程度察しがついていた。

 その上で、エイミーはさらに急所を突くように、


「単刀直入に言うわ。私、戦うしか能のない人間だから、帝国軍の一員として最前線で戦わせて」


 そう自分から願い出る。

 その言葉に、驚愕の表情を浮かべるティアさん。

 だがそんなティアさんに構わず、エイミーはさらに畳み掛けるように続けて、


「私は元々敵国の人間。この国には私に恨みを持つ者も多い。ならばいつまでも客人のままじゃいられない。信頼と自分の居場所は、自分で勝ち取らなきゃ。それに自分で言うのもなんだけど、私、戦うことに関してだけは自信があるから。800人までなら部隊を率いた経験もあるし、きっと役に立ってみせるから」

 

 そう笑顔を浮かべてみせる。

 エイミーは元々武人だ。

 この結論に至るのは、むしろ当然の帰結と言えるかもしれない。

 だがそんなエイミーの言葉に、複雑な表情を浮かべるティアさん。

 もしかしたらティアさんは、エイミーをこの戦場に立たせる気はなかったのかもしれない。

 だがそうは問屋が卸さない。

 ティアさんが何事か思考したのち、口を開こうとする。

 だがその先手を打つように、今度は僕が口を開き、


「ティアさん、僕、この城を見て思ったんですけど、いくつか防備に不備があるというか……こう見えて僕、父から築城術も学んでいて、結構自信があるんです。生意気を言うようですけど、僕に任せてもらえれば、短期間で防備を一気に強化できる自信があります。今までの恩もありますし、ぜひ、手伝わせてもらえないでしょうか? 役に立たないようなら斬り捨ててもらって構いませんから」 


 そう畳み掛けるように言う。

 その言葉に、ティアさんとエイミーがそろって驚愕の表情を浮かべ、僕の方を見る。

 大きな口を叩いたけど、本当に役に立てるだろうか?

 二人の視線に、僕は急速に自信を失っていく。

 だがここまで口にして引き下がるわけにはいかない。

 

「――えっと、その、たとえば、この城は木材を多く使用していますけど、防火対策が不十分なように見受けられたので。戦闘に先だってあらかじめ水をかけておくという手も無くはないですけど、貴重な水を使わずに済む手として、僕だったら藁を混ぜた泥を表面に塗っておきます。

 それに城門が一重の上、城壁も屈折の無い構造のようです。僕だったら最低でも、城門の外側か内側にもう一重の城壁を築き、二重構造にした上で、左折か右折させた場所にもう一つ門を設けます。これで敵に第一の門を突破されても、第二の門で防げるうえ、内側の城壁から集中砲火を浴びせられます。他にもいくつかありますけど……」


 僕はそう、徐々に自信を失いながらも自分の意見を述べる。

 そんな僕の言葉に、その表情を呆けたものに変化させる二人。

 思えば二人は実戦でならしたその道の専門家。

 僕のような実戦経験のない、知識だけで現場を知らないの者が口を挟むべきことではなかったのかもしれない。

 

「――あ、あの、すいません。現場の事もよく知りもしないで生意気なことを――」


 僕はそう、自信を失って引き下がろうとする。

 だがそれと、ティアさんが表情を真剣なものに変化させるのは同時だった。


「――ごめんなさいバーム。本当は後方の安全な場所に避難してもらうつもりだったけど、考えが変わった。ここに止まって、私に協力して」


 ティアさんはそう言って、続けてエイミーの方に視線を送ると、


「お願いエイミー、バームを貸して。この戦い、彼の力が絶対に必要なの」


 そう口にし、頭を下げる。

 ティアさんのその方針の変化に、エイミーはまた驚愕の表情を浮かべ、だが数秒の後、それを笑顔へと変化させると、


「――バームを貸してほしいのなら、私も一緒が条件。それに過労は絶対にさせないこと。その二つは絶対よ」


 そう明るく、軽い調子で言う。

 その言葉にティアさんもまた笑顔を浮かべ、


「心得た」  

  

 そう明るく答える。

 こうして僕とエイミーの参戦は、とんとん拍子で決まる。

 そんな中で今度は緑さんが、


「ならもちろん僕も――」


 そう言いかけて、だがそれを遮るように、


「緑はダメ!」


 先ほどまでと打って変わって、ティアさんが刃のように鋭く言い放つ。

 その瞳に光はなく、表情は氷のように冷たく、闇の帝王の呼び名にふさわしい雰囲気を放つ。

 だがそんなティアさんを、緑さんもまた動じることなく鋭くにらみ返し、


「今更何言ってるんだ。そういうのはもう無しだろ? 助けてほしい時はそう言えばいい、叫べばいいって、あの時――」


 そう強い口調で反論する。

 だがその強い口調をも上回る、強く、半ば叫ぶような口調で遮るように、


「今回は前回とは違う! 今の私じゃ、今度こそ、守りきれないかもしれない。もしそんなことになったら、私、アイになんて言えばいいの?」


 そう言い放つティアさん。

 その言葉は途中から震えて、瞳は潤み、今にもあふれ出さんばかりに清らかな液体を湛える。

 そんなティアさんに、緑さんは今度こそ怯み、だがそれでも歯をかみしめた後、


「それでも、いや、だからこそ、これだけは、譲れない。僕はもう二度と、アイやティアのような優しい人を不幸にはさせない。必ず守って見せる」


 そう強く言い放つ。

 その言葉に、ティアさんは再び頬をわずかに赤く染め、だがそこに一筋、目じりからあふれ出た滴を伝わせると、


「――そのために戦って、傷ついていくあなたを見る私の気持ち、考えたことある?」


 そう静かに、言の葉を紡ぎだす。

 その言葉に、はっとした表情を浮かべる緑さん。

 そうしてティアさんは目元をぬぐうと、


「――この自己犠牲の自惚れ野郎。もう勝手にして!」


 そう言って、声をかける間もなく館を走り出る。

 そうして館に取り残される僕達。

 緑さんは拳を握り震わせ、唇をかみしめる。


「――それは俺のセリフだ――」


 その口から漏れ出た一言が、そのまま二人の関係を表しているようだった。  

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