第34話 ???御用達!
緑さんの渾身の突きが、ファルデウスの額を撃つ。
その額に完全にクリーンヒットしたその一撃は、ファルデウスの体を地面へと打ち倒す。
そうしてファルデウスは地面を何度か転がった後、それでも素早く体勢を立て直し、再び立ち上がる。
その額と、槍の命中した右足の踵には、黒いひび割れが広がり、その裂け目から不気味な黒い光のようなものが放たれる。
「見事だ。まさかこのわしの人としての器が破壊される日が来ようとはな」
そう、ファルデウスは満足げな笑みを浮かべ、僕たちを称賛する。
だが一拍の後、ファルデウスはその表情を再び神としての冷徹なものに戻す。
「褒美に、我が神としての姿を見せてやろう。そしてその姿をしかと眼に焼き付け、冥府へと旅立つがよい」
その言葉と共に、ひび割れがファルデウスの体全体に広がり、そこからあの闇が漏れ出す。
僕たちに余力がないのは明らかだ。
対するファルデウスが、神としての本当の力を現すのはこれから。
絶望的状況に、しかし僕たちは最後の力を振り絞り、得物を向ける。
何があっても、最後まで、諦めない。
心の中で叫ぶのと、
――そこまでだ兄さん。
闇の世界全体にその声が響き渡るのは同時だった。
聞き覚えのないその声に、僕たちは戸惑う。
そんな中でファルデウスだけが、険しい表情を浮かべ、
「どういう意味だ、デュアルクワス!?」
そう声を荒げる。
大いなる光の神、デュアルクワス。
冥府の神、ファルデウスの弟。
そして名実ともにこの国の頂点に君臨する、最高神。
――言葉通りの意味だよ。これ以上の戦い、神としての力の顕現は、許容できない。
デュアルクワスはそう、冷静にファルデウスに告げる。
だがそんなもので収まるファルデウスではない。
「この者達は危険だ。今始末せねば必ず後悔することになるぞ!」
そう再び声を荒げ言い放つ。
だがデュアルクワスはなお冷静な口調と態度を崩さないまま、
――……兄さんにそこまで言わせるなんてね。わかった、心にはとどめておく。けど、兄さんと直接、命を懸けて戦ったことのある僕に言わせてもらえば、力を顕現した兄さんの方が、僕にとってはよほど怖い存在だよ。
そう答える。
その言葉に、ファルデウスは歯を食いしばりながらも押し黙る。
――こんなところで神としての力を顕現させたりなんかしたら、あたり一帯大変なことになってしまうしね。もちろん、今までの兄さんの働きは評価している。だから名に傷が付かないよう配慮はするし、今回の分の埋め合わせは必ずする。だから今回は……引いてくれるよね?
デュアルクワスがそう、とどめを刺すように告げる。
その言葉に、ファルデウスは拳を握り震わせながら、しかし世界を覆っていた闇を退ける。
そうして元に戻る世界。
戦闘の余波で、コロッセオは半壊していた。
そうして闇が消えるとともに、デュアルクワスの声も去っていく。
「……命拾いしたな」
ファルデウスはそう吐き捨てつつ、身を翻す。
負け犬の遠吠えなどではない。
それは間違いなく事実だった。
「――そうね、肝に銘じておく」
ティアさんが答えると、ファルデウスは吐き捨てるように鼻を鳴らす。
そして次に、エイミーに視線を向けると、言い放つ。
「エイルミナ・フェンテシーナ。今この場より、そなたはもはや、わが娘ではない。この国からも追放する。その下郎とでも、どこへなりと行くがよい」
そう言い捨てて、ファルデウスは西日の差しこむ崩壊したコロッセオの裂け目へと踵を返す。
そしてエイミーに背中を向けたまま、最後に言い放つのだ。
「もとよりそなたの父は、人の身でありながら、神の血を引く無敵の大英雄に挑んだ、元の世界の誇り高き大英雄一人。敗れてなお、その名を残した父の名に恥じぬ戦いを、今日、そなたはわしに見せた。その誇り、ゆめ失うでないぞ」
言葉と共に、ファルデウスは歩を進め、差し込む西日の中へと歩み去っていく。
そんな背中に、
「――いいえ!」
しかしエイミーは言い放つのだ。
「誰が何と言おうと、あなたは私の命を救い、ここまで育ててくれた、私の父親です。今日は恩を仇で返すことになってしまいました。本当に、本当にごめんなさい。でもいつか……いつか必ず、この恩に報いて見せます。だからそれまで、待っていてください、お父さん」
言葉と共に、深々と頭を下げる。
その頬を、一筋の清らかな水滴が伝い落ちた。
そしてその言葉の最後、お父さんという言葉に、ファルデウスは一度、その歩みを止める。
だが一拍の後、再び歩み始めると、二度と足を止めることなく、そのまま光の中へと去っていくのだった。
そうして半壊したコロッセオの中にとり残される僕達。
「――危なかった」
ティアさんの言葉と同時、全員がその場にへたり込む。
4人とも満身創痍。
ティアさんは元から傷だらけだった体に新しい傷をいくつも負い、さらに魔力を使い切り、全身やせ細ってしまっている。
緑さんもまた左足に深い傷を負い、全身ボロボロ。
エイミーは戦闘開始からのファルデウスの猛攻と最後の投槍でこれまたぼろ雑巾。
そして僕もまた両足先から出血し、背中を打撲、体内の養分を魔力にしたせいで疲労困憊だ。
もはや戦うどころか、歩くのも困難。
そんな状況だが、しかし今の自分の肩書を考えれば、こんなところで止まってなどいられない。
だがその前に言うべきことがある。
「ティアさん、緑さん。ありがとうございました」
僕がそう、二人に言う。
そんな僕に、
「もうさん付けはやめて、ティアって呼んで」
ティアがそう言い、緑さんも、
「僕のことも、緑とよんでください」
そう言ってくれる。
「分りましたティア、緑」
僕はそう、早速口にしてみる、
するとティアは笑顔を浮かべ、
「そう、これからはそれでお願い。そしてお礼を言いたいのは私たちも同じよ。それと一応、最後にもう一度だけ確認」
そう言って、そこで一度間を開け、真剣な表情を浮かべる。
「バーム、エイルミナ、聞いた通り、私は人々から闇の帝王と呼ばれる存在。そしてこれから向かうのは、あなた達がこれまで闇の大帝国と呼んできた国や地域。きっと幾多の困難があなた達を待ち受ける。特にエイルミナ、あなたへの魔物達の風当たりは厳しいと思う。けど私たちが全力であなた達を守ると誓う。だから、私たちの仲間になって、くれませんか?」
ティアはそう言って、頭を下げる。
そしてそれに合わせて、同じように頭を下げる緑。
僕はエイミーの方を見る。
エイミーは頭を下げる二人を、しばらくの間無言で見つめる。
一陣の風がコロッセオに吹き込み、わずかに砂煙を巻き上げた。
それから数秒、やがてエイミーは僕の方に視線を向けると、満面の笑みを浮かべる。
そんな彼女に僕もまた笑顔を浮かべ答える。
そうして僕たちは二人の方に向き直り、同じように頭を下げると、同時に答えを返すのだ。
「こちらこそ、よろしくお願します」
重なり合う言の葉。
そして僕たち四人は、同時に頭を上げ、笑顔を浮かべあう。
「じゃあ最初にこの4人が揃ったあの夜のあれ、やりましょうか」
ティアはそう言って、残りの力を振り絞り立ち上がると、手を前へと差し出す。
僕たちはそれを見、同じように立ち上がると、あの夜のように、手を差し出し、重ね合わせる。
最初にティア。
次にエイミー。
続いて緑。
最後に僕が手を伸ばし、重ね合わせる。
そして息を合わせ、一度小さく下げた後、高く快晴の空にその手を掲げるのだった。
こうして晴れて闇の帝王様御用達の武器職人となり、その一味への仲間入りを果たした僕達。
国を追われることにもなってしまった。
きっとこれから、命がけの大冒険があるのだろう。
だがそれでも、僕は構わない。
隣にエイミーがいる。
そしてこれからもそばにいられる。
それだけで、今の僕はもう十分幸せを手にしているのだから。
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