第30話 戦闘開始
「――よかろう。神の慈悲は尽きた。それほどまでに死を望むなら、このわしが手ずから、4人まとめて冥府へと送り届けてくれよう」
ファルデウスが言い放ち、得物を構え、黒いオーラをまとう。
対するこちらは、
「行きます!」
先ずエイミーが決意と共に言い放ち、
「ええ!」
「ああ!」
それにティアさんと緑さんが応じ、3人同時に地面を蹴る。
そしてその音が、戦闘開始のゴングとなる。
先手を打ったのは、意外にもファルデウスの方だった。
ファルデウスは魔術で発生させた闇を槍にまとわせ、包み込むと、それをエイミーに向かって突き出す。
それと同時、槍を包んだ闇が瞬間的に伸び、真っ直ぐ瞬く間にその間合いを詰めエイミーに向かう。
その瞬間気づく、僕が今いる位置はエイミーの丁度背後。
かわせば僕にあたる以上、エイミーはその攻撃を回避することができない。
だがその事実に気付くのと、伸びた槍の穂先がエイミーに到達するのは同時だった。
声を上げるどころか、口を開く間も無かった。
その一瞬、鳴り響く金属音。
空間と闇を薙ぐ青白い刃の煌めき。
その一閃に弾き折られた闇の槍が目標をそれ、何もない砂の地面を抉る。
エイミーの槍が、ファルデウスの一撃を弾き折り、逸らしたのだ。
「この槍がある限り、私は、負けない!」
響き渡るエイミーの叫び。
そしてその間に両翼に展開したティアさんと緑さんが一気に攻勢をかける。
先ず左翼のティアさんが瞬間的に魔法陣を浮かべ、蒼い火球を放ち速攻をかける。
右手の槍の突きをエイミーによって弾かれ、その穂先が流れてしまっている状態のファルデウスに、ティアさんの火球攻撃を槍で薙ぐことは出来ず、左手の盾で防ぐ余地もない。
だがファルデウスは、槍の穂先が弾かれた際の勢いを利用し、その石突を火球へと向けると、石突による突きで火球を貫き、四散させる。
だがその隙を突き、左手側から切りかかる緑さん。
さすがのファルデウスもここで前に出るのは不利と判断したのか、魔術による補助で体勢を制御すると、加速し後退を図りつつ盾を掲げる。
そして直後、頭部に向け振り下ろされた木刀の一撃を、正面から受け止め、防ぐ盾。
そうして緑さんの一撃を防ぎつつ、一気に後退し間合いをとるファルデウスに、今度はティアさんが杖を差し向け、蒼い熱線で追撃をかける。
対するファルデウスは槍に猛烈な螺旋状の闇の旋風をまとわせると、正面から槍を突出し迎え撃つ。
ぶつかり合う熱線と旋風。
蒼と黒の猛烈な閃光と衝撃が周囲を薙ぎ、砂煙を巻き上げる。
ぶつかりわかれた熱線と旋風が地面を切り裂き、抉り、今は誰もいない観客席の障壁にぶつかりひびを入れる。
だがその猛烈なぶつかり合いの中、余波に臆さず突進し、すかさず攻撃を仕掛けるエイミー。
その突きだす槍を、ファルデウスは盾で防ぎ、逆に体当たりを仕掛ける。
その一撃を、エイミーは槍の柄を用い正面から受け止め、わずかに数歩後退したのみで体勢を立て直す。
魔力の持続の問題か、ティアさんが熱線を一度おさめるのはその時。
その間、緑さんは木刀を腰の帯に戻し、再び弓を構え矢をつがえる。
ファルデウスはそれを見、魔術によって身を空中に数十センチ浮かせると、地表を滑るような挙動で緑さんに向かおうとする。
そこにすかさずエイミーが槍を突きだし、ティアさんが火球を放つ。
だがこれは、ファルデウスが膨大な魔力に物を言わせ、瞬間的に構築した闇の障壁に阻まれ、弾かれてしまう。
そうして瞬間的に間合いを詰め、緑さんに突進するファルデウス。
対する緑さんは、弦を慌てず引き分けると、その姿勢のまま、微動だにせず迎え撃つ。
その刹那、突進するファルデウスと緑さんの間で繰り広げられる攻防。
ファルデウスの眉間に狙いを定める緑さん。
対するファルデウスは盾を目線より下に掲げたまま、接近を続ける。
それは一種のチキンゲーム。
緑さんの矢に、ファルデウスの盾を射抜く貫通力はない。
そうである以上、緑さんが先に矢を放ち、ファルデウスがそれに反応し盾で防ぐことができたなら、ファルデウスの勝利はほぼ間違いない。
だが逆に緑さんが矢を放つより先にファルデウスが盾を高く掲げるなら、緑さんにも勝機が生まれる。
なぜなら盾を目線より上まで上げるということは、視界が閉ざされ、緑さんの挙動が見えなくなることを意味するからだ。
しかし逆に引き付けすぎ、ファルデウスの槍の間合いの内に入ってしまえば、また一転してファルデウスが有利になる。
そのことを両者は頭ではなく感覚で理解し、間合いを見極め、駆け引きをする。
瞬間の内、詰まる間合い。
盾を目線より下に掲げたまま接近を続けるファルデウス。
盾を目線より高く掲げる瞬間を待ち、引きつけ続ける緑さん。
だがどれほど距離を詰めようと、ファルデウスが盾を高く掲げる瞬間は来ない。
先に動いたのはファルデウスの方だった。
だが動かしたのは、盾ではなく、槍。
間合いを引き付けすぎた結果、ファルデウスに槍の間合いの内までの接近を許してしまったのだ。
突きの動作のため槍を引きはじめるファルデウス。
だがそれでも、緑さんはその狙いをファルデウスの眉間へと定めたまま、微動だにしない。
そして槍を突きだす動作に入ってから、盾を目線より高く掲げるファルデウス。
そうして盾に遮られる射線。
緑さんの矢にあの盾を射抜く貫通力がない以上、もはや矢を放っても遅い。
「緑!」
「緑さん!」
その一瞬、ティアさんと僕の叫びと、弦の弾かれる甲高い音が世界に響き渡るのは同時だった。
そして刹那の後響き渡る、矢が硬い何かにぶつかる鈍い音。
瞬間、僕とティアさんは息をのみ、エイミーはわずかに微笑む。
ファルデウスが盾を目線より高く掲げた一瞬の隙を逃さず、狙いを下げ放たれた緑さんの矢が、ファルデウスの下腹部を見事に捉えたのだ。
それはその駆け引きにおいて緑さんがファルデウスに勝利したことを意味していた。
だが矢がぶつかると同時、ファルデウスの下腹部を、エイミーの投槍を防いだあの闇が包み、また波紋を作って矢の推進力を吸収する。
しかしエイミーの投槍を防いだ時と異なり、波紋が広がる度闇は急速にその範囲を狭め、色を薄め、やがて消えてしまう。
そして推進力を失った矢が地面に落ちるのと同時、ファルデウスの表情がゆがむのを、僕は見逃さなかった。
だが直後、ファルデウスは逆に口の両端を釣り上げると、満足げな笑顔を浮かべて呟く。
まるで敵ながらあっぱれとでも言わないばかりに。
「小僧、やるではないか」
その直後、突きだされるファルデウスの槍。
だがそれまでほどの速度と威力を持たないその突きを、緑さんは弓を用いて払う。
そうして払われた槍の穂先は狙った緑さんの喉を逸れてはずれ、しかし代わりに弓の弦を捉え、切り裂く。
直後響き渡る、弦が切れ弾ける鈍い音。
だが次の一瞬、緑さんは右手で拳を作り、右足を瞬間的に踏み込みつつ素手でファルデウスに突きを放つ。
対するファルデウスは魔術を用い、地面を足でける通常の方法では不可能だろう挙動で瞬間的に身を切り返し、間合いから逃れようとする。
だが踏込によって瞬間的に間合いを詰め放たれたその突きは後退するファルデウスを逃さず、その胸甲を捉え再び鈍い音を響かせる。
そして今度はエイミーの投槍や緑さんの矢を防いだ時の闇がファルデウスの体に現れることはなく、突きを受けたファルデウスは衝撃に体勢を崩し、歯を食いしばる。
あの闇の防御が発動していない。
原因は分らない。
あるいは罠という可能性もある。
だがそれでも、あのファルデウスが、神が、その一撃を受けることを許容したのだ。
そして前後の状況と反応からするなら、少ないながらも確実にダメージを受けている。
攻めるなら今か?
しかし僕がそう考えるのと同時、ファルデウスは全身から先ほどまでとは比べ物にならない強力な闇のオーラを放つ。
そこに接近し果敢に槍を突きだすエイミー。
だがそれはまたも黒い闇の障壁に弾かれる。
さらにそこにファルデウスは闇をまとった槍を、間合いの外から横なぎする。
そうして空中に放たれる黒い闇の強烈な斬撃。
だがエイミーはその挙動を読み、屈んでかわす。
そのエイミーの頭上を外れた闇の斬撃が、その先の観客席の障壁にぶつかり、たやすく切り裂いて観客席を破壊する。
その攻撃は、規模も威力も明らかに先ほどまでの比ではない。
「――一度引いて!」
ティアさんが叫び、それに呼応し、エイミーと緑さんが退く。
そうして三人は再び僕の周辺に集まり、守りを固める。
「緑! あんな無茶はやめて。あなたの身に何かあったら、私――」
ティアさんがそう、蒼白な表情を浮かべ、懇願するように告げる。
その言葉に、しかし緑さんは笑顔を返し、
「あの場ではほかに選択肢がなかったから。でも大丈夫、僕は死なないから」
そう答えて見せる。
その言葉と笑顔に、ティアさんは一度真っ白な表情を浮かべた後、それを心配と諦め、そして信頼を内包した微笑へと変化させ、
「――分った。あなたは必ず私が守るから、思う存分暴れて!」
そう快活に叫ぶ。
それが二人の関係。
僕も何か役に立たなければ、できることをしなければ。
そう考えながら、僕は気づいたことを口にする。
「エイミーの投槍と緑さんの矢を防いだファルデウスの体の闇の防御、もしかしたらもう機能していないかも」
僕が告げると、エイミーと緑さんは少し驚いた表情を浮かべる。
一方ティアさんは小さく頷き、
「バームもそう思う? 私も、もしかしたらって思ってた。ファルデウスのあの防御は恐らく、冥府を流れる川に浸ったことで無敵になった大英雄の逸話をもとにしたもの。でもいくら神でも、エイミーのあの投槍を正面から受け止めて、何の代償も消耗も無しというのはありえない。でも、だからこそ、ここからが本番」
そう答えて、また鋭く敵を睨みつける。
その視線の先に佇むのは、全身に漆黒の闇をまとい、神としての片鱗を現したファルデウス。
「貴様らごときのためにこのコロッセオを破壊するのは癪だと思っていたのだが……気が変わった。神ともなると力を出せる場面も少なくてな、手加減と我慢ばかりの生活に飽き々きしていたのだ。貴様らを冥府へと送り届けるついでではあるが、久々の肩慣らしと参ろう。わしの体がほぐれるまで、せいぜい命を落とさぬよう、気張るがよい」
そう余裕の表情で告げるファルデウス。
今からがようやくウォーミングアップ。
目の前に立ちはだかるその圧倒的力に、しかし三人はなお臆さず、それぞれ得物を構えるのだった。
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