第19話 みかんとリンゴの話

――しっ、試合終了! 開始からまだ1分も経過していません!


 実況の叫びに、これまでで最大の大歓声が会場を包み込む。

 試合を終えた者達は再び整列し互いに礼をすると、直ぐに自分達のベンチへと引き上げてくる。

 僕は三人、特にリョクさんにあまりに申し訳なくて、とにかくまず謝ろうと立って出迎える。

 だがそんな僕の元に先ず駆け込んでくるのはエイミー。


「勝ったよ!」


 そう叫んで飛びついてくる彼女を、僕は複雑な気分ながら受け止める。

 そんな様子を、観客が真っ青な表情で見つめているのが目に入る。

 だが正直、うれしい気持ちなんて微塵もわいてこないし、今の僕にはそんなことはどうでもよかった。

 やがてリョクさんとルイさんが並んで戻ってくるのを見て、僕は頭をこれ以上下げられない所まで下げる。


「申し訳ありません」


 僕は必死に謝る。

 だが返答はない。

 しばらくして、僕は恐る々る顔を上げる。

 するとそこには僕の方に視線を向ける事すらせず、真っ青な表情、焦点の合わない眼で立ち尽くす二人の姿。

 そして数秒の後、二人はタイミングを合わせたかのように同時に呟くのだ。


「し、死ぬかと思った」


 疲れ切った重苦しいその声。

 頬を伝う大量の汗が、わずか1分にも満たない試合時間に反する苦戦と激闘を物語っていた。





「あれは気づかなかった私にも責任がある。ごめんなさいリョク、私からも謝る」


 僕の謝罪に対し、ルイさんは汗を大量に流しながらリョクさんに謝る。

 その言葉に、リョクさんもまた疲れ切った表情を浮かべながらも、それ以上に心配そうな様子で、


「いや、それよりルイは大丈夫? 大分消費の激しい魔術を行使していたようだったけど、なにか食べ物――いや、直ぐには胃が受け付けないか。おかゆか、僕の場合疲れた時は、みかんとか、かんきつ類しか受け付けなかったけど、何か欲しいものはある? それとも何かしてほしいこととか?」


 そう必死に問いかける。

 その言葉に、ルイさんは一瞬表情を真っ白にした後、頬をかすかに赤く染める。

 そしてリョクさんから見えないようにか、わざとうつむいて表情を隠すと、照れくさそうな表情を浮かべ、


「う、うん……リョク、この世界ではかんきつ類はかなりの高級品なの。でも、そう――」


 そう照れ隠しをしながら、何か別のものを頼もうとする。

 だがそんな彼女の言葉を遮り、


「みかんとか果物なら陣中見舞いでたくさんあるけど」


 エイミーがそんなことを言って、部屋の隅の目立たない場所に置かれていた果物の籠を持ってくる。


「――それなら、ありがたく頂戴しようかな」


 ルイさんも素直にそれを受け取ると、みかんから皮をむいて食べ始める。

 どんな時でもその涼しげな表情と態度をほとんど崩さないルイさんのその弱りきった姿、そして時折リョクさんに見せる表情。

 僕は今回のミスの罪悪感を感じる一方、ルイさんもやっぱり普通の人間の女性なのだと思う。 


「――やっぱり私に前衛は無理ね。疑似魔法石を使えば接近戦にも自信があったんだけど……やっぱりダメ。それに、相手に怪我をさせないことが前提だと、どうしても力を出すのに躊躇しちゃう。後退した時にクロスボウで攻撃された時は、疑似魔法石を使うことを忘れちゃうくらいだったし。でも試合の度にこんなに消耗してちゃ一日持たない。次は疑似魔法石をもっと積極的に活用しないと……」


 ルイさんはみかんをゆっくり頬張りながら、今回の反省点を呟く。


「――次の戦闘は僕がやる。ルイは後方から支援して。強力な魔法さえ何とかしてくれれば、後は僕が――」


 リョクさんがリンゴの皮をぎこちない手つきでむきながらルイさんに言う。

 だがルイさんは首を横に振ってそれを遮り、


「ダメ、私たちは二人で一人。どっちかががんばりすぎたって力は発揮できない。半分づつ、お互いに全力を出し切って、初めて私たち。私のことは心配しないで。でも……ありがと」


 そうリョクさんの言葉を否定しながらも、うれしそうな表情を浮かべる。

 そんなルイさんに、リョクさんは相変わらず心配そうな表情を浮かべながらも、切り分けたリンゴを手渡す。

 切り分けられたリンゴの形はいびつで、正直僕の方がよっぽどうまく、早くむけるとおもう。

 でもリョクさんのむいたリンゴを食べるルイさんの様子に、僕はあのリンゴはリョクさんがむくことに意味があるのだと理解する。

 そしてそんな二人の様子をエイミーはじっと眺め、しばらくしておもむろに、


「――私もリンゴ、食べたくなってきちゃった」


 そんなことを呟く。


「……僕も食べたくなってきたし、むこっか?」


 尋ねると、エイミーはその瞳を輝かせ、


「うん!」 


 そう大きく頷く。

 正直お腹はそんなにすいていなかった。

 けれど食事にお腹を膨らませること以外にも大きな意味があることを、僕は理解することができたのだった。




――いよいよ二回戦! 第一試合は優勝候補同士の対決となります。


 実況の叫びに、僕はベンチから相手の陣営を見、思わず顔をしかめる。

 相手は優勝候補筆頭と目されるチーム。

 リーダーのライトは異世界からやってきてまだ半年の、16歳の少年。

 だが常人離れした優れた魔法の才能を持ち、前線では今大会参加者の中でも屈指の戦果をすでに挙げている。

 装備する盾と剣は彼が異世界に来る際に神から与えられた逸品とされ、見た所アダマンタイト製と見える。

 鎧も同様だが、装飾華美な割に、隙間が多いようにも見受けられる。

 

 もう一人は双剣使いのバルマ。

 こちらも異世界人で、こちらの世界に来て1年ちょっとの、年は19歳の青年。

 前線ではライトに次ぐ戦果を挙げており、敵に容赦がない事でも有名だ。

 装備する剣と刀は彼が魔物の巣を討伐した際に最深部で見つけたものを鍛え直したものらしい。

 素材はミスリルとオリハルコン、それを魔物の血を用いて鍛えたものと見え、禍々しいオーラを放っている。

 防具は黒い龍鱗と鎖帷子、魔物の血の染みついた、骸骨の描かれたボロボロのマントだ。


 そして最後の一人は魔法使いの少女のラルル。

 この人も異世界人で、こちらの世界に来て1年弱、年はライトと同じ16歳。

 ライトと出会ってからはずっと彼と行動を共にしているらしく、戦果もほとんど彼と共同だ。

 純白のマントに三角帽子、両手杖に魔道書という出で立ちはまさに聖なる魔道士のイメージそのもの。

 漆黒のルイさんと対を成すようだが、こちらの手作り感満載の装備に対し、彼女のは清潔感と高級感にあふれている。


 三人はいずれも、それぞれの前線で3本の指に入るような戦果を挙げている実力者。

 今大会に出場しているチームでもリーダーをはれるような者が3人集っているチームだ。

 きっと一筋縄ではいかない。

 そう考えつつ僕は味方の三人へと視線を移す。

 するとそこには、長年の仇敵を見るかのように鋭く、殺気の籠った視線を敵チームに向ける3人の姿。

 そのただならぬ雰囲気に何かあったのだろうかと思っていると、誰かがかけたらしい盗聴の魔法により、敵チームの3人の会話が聞こえてくる。


「無双の勇者だか何だか知らないけど、あんなゲテモノ好きの変態女、俺の剣で一斬りでぶっ倒してやるよ」


 ライトがそう、エイミーと僕の方を指さして言う。


「さすが、皆あの女にデレデレするだけなのに、ライトは言うことが違う。じゃあ私はあの顔の傷の勇ましい年増の魔法使いね。丁度こっちは白で、あっちが黒。悪い魔女をやっつける聖なる魔法使いって感じで、年増には早々に退場してもらって、王子様とめでたく結ばれるの」


 ライトの言葉に反応し、ラルルが意地の悪い表情でルイさんを見て言う。


「――女の嫉妬や憎しみほど醜いものはない。それにライト、お前はあの美しい姫君との結婚の話に興味があって来たのだと睨んでいたのだが。もし興味がないというのであれば俺が頂くが?」


 バルマの言葉に、ラルルが怒りの表情を向ける。

 だがライトはそれ以上の大きな反応を見せ、一瞬驚いた表情を浮かべ声を詰まらせた後、


「いや、それは……一応神に認められし勇者としての立場の問題もある。それに、お前との結婚は、望まないだろ……」


 そう怪訝な表情を浮かべて言う。

 その言葉にラルルは何事か察し、エイミーの方を憎々しげに睨みつける。

 一方のバルマは涼しげな表情と態度を崩さず、


「それは俺の正体を知るお前だから出る言葉だろう? あの姫君が俺の正体など知るはずがない。俺は自分の事を狂人だと理解しているからな。良心を押し殺し、罪悪感をかなぐり捨ててでも、国のため、平和のために命を懸けて戦う戦士を演じることぐらい訳はない」


 そう不気味な微笑を浮かべる。  

 こいつをチームに引き入れたのは間違いだったかもしれない。

 そんな思いが浮かんで見えるような白い目をバルマに向けるライト。

 バルマもそれに気づき、


「――冗談だ。約束通り、金と名声さえ手に入れば俺は消える。また前線で魔物どもの血を、たくさんこの剣に吸わせないといけないからな」

  

 そう心底楽しそうな声で、気持ち悪い笑みを浮かべながら答える。

 そんなバルマに、ライトは不愉快な表情を浮かべながらも、


「正体がばれないようにしろよ」


 そう釘をさすのにとどめるのだった。




「――年も若いし、本当は手加減してあげるつもりだったのだけど。これは少し、ほんの少しだけ、お灸をすえてあげないといけないようね」


 ルイさんが氷を思わせる冷たい声音で呟き、凍りついた微笑を浮かべる。  

 リョクさんはなにも言わないかわり、ラルルを刺すように鋭く睨みつける。

 そして拳を握りしめ震わせると、顔を赤く染め上げ、口を一文字に食いしばる。

 エイミーもリョクさんと同じく何も口にはしない。

 代わりに感情の見えない真っ白な表情を浮かべ、光の無い瞳でライトを見つめる。


 三者三様の、しかしぞっとするような怒りの表出。

 その様に、僕は怒るのも忘れて、恐怖からくる冷たさに全身を凍りつかせる。


「女性に手は上げない主義のつもりだったけど……あの女……殴らせてくれないか?」


 しばらくしてリョクさんが呟く。

 その言葉に、ルイさんは先ほどまでの凍りついた微笑を崩し、リョクさんの方を真っ白な表情で見つめる。

 そして今度はその表情を楽しげな微笑へと変化させると、

 

「――大丈夫、あなたのかっこいい主義を曲げる必要なんてない。あの女にそんな価値はないから。だからあの女は私に譲って。その代わりリョクはバルマを殴って。言っておくけど、あんな奴にあなたの弓の腕を披露する必要なんてない。棒を使うのももったいないくらいよ」


 そう先ほどまでの怒りはどこへやら、うれしそうに言う。

 そんなルイさんとリョクさんの様子に、僕ははっとし、エイミーの方を見る。

 怒ってくれるのはうれしい、けれどあんなエイミーの表情を見ているのは辛い。

 

「エイミー!」


 僕が大声で呼ぶと、エイミーははっとして僕の方を振り返る。

 そんなエイミーに、僕はわざと笑顔を作って、再び大声で叫ぶ。


「手加減なんてしなくていいから、全力でやっちゃって!」


 僕の叫びが会場に木霊する。

 観客たちも敵チームのメンバーも、そろって怪訝な表情を浮かべ、僕を見る。

 そんな中で、エイミーは僕の方を見つめ、その表情を真っ白に変化させる。

 そして次の一瞬、口の両端を釣り上げると、あの日の光を思わせる笑顔を浮かべ、   

 

「分った、ギッタギタにしてくる!」


 そう手にした槍を高く掲げ、大声で返事をしてくれる。

 やっぱりエイミーにさっきの表情は似合わない。

 エイミーにはあの笑顔が一番だ。 

 僕はそう胸を張る。 

 そんな僕たちのやり取りに、観客はどう反応してよいかわからず戸惑い、敵チームの面々は顔をしかめる。

 だがルイさんとリョクさんは微笑ましげに僕たちを見つめた後、


「じゃあ、行こっか」   

「そうね、行きましょ」


 そう呟いて中央に向かう。

 そして先ほどの試合同様並んで礼を交わしたのち、互いの陣形に展開する。


「初めましてエイルミナ姫、俺はライト。名前ぐらい聞いたことあるだろ? 悪いけど負けてあげることはできない。そのかわり手加減はする。試合後も色々あるだろうけど、まあ、今後ともよろしく」


 ライトがそう、会話を盗聴されていたことにわずかも気づかない様子でエイミーに声をかける。

 一方のエイミーはわざと笑みを作り。


「ありがとう。でも、必要ないから全力で来なさい、オマセさん」  


 そう余裕たっぷりの表情で皮肉る。

 その言葉に、ライトは表情を曇らせた後、怒りをわかりやすく表情に浮かべる。

 そして次の一瞬鳴り響くゴングが、二回戦の開始を告げるのだった。

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