第18話 一回戦

 戦闘開始時の布陣はこうだった。 

 敵側は右前方にアディール、左前方に斧使い、中央後方にクロスボウの女性。

 互いに10メートルほどの間隔を取った、三角形の底辺をこちらに向ける布陣。

 一方こちらはアディールと対峙する位置にエイミー。

 斧使いと対峙する位置にルイさん。

 中央後方にリョクさんの、敵と全く同じ三角形の布陣。

 注目すべきはなんといっても、斧使いに対しルイさんが近距離で対峙している点。

 近距離用の装備で固める相手に対し、中、遠距離戦用の魔法使いの出で立ちのルイさんが前に出た意図とは?

 そのことにばかり意識を向けてしまった僕は、気づくのが遅れてしまった。

 そしてリョクさんにそれを伝える前に、ゴングが鳴り響く。


 前方の4人は動かない。

 きっとお互いに警戒しているのだろう。

 そんな中で唯一素早い挙動を示すのが中央後方で対峙するクロスボウの女性とリョクさん。

 クロスボウの女性が魔法による補助を受け、超高速で矢を放つ。

 対するリョクさんは間に合わないと判断したのか、弦を引く動作を中断し、回避動作に入る。

 

 リョクさんの装備は僕の施した特別なまじないにより、魔術による誘導をほとんど受け付けない。

 そしてこの世界の飛び道具というのは基本、魔術による誘導があることを前提としている。

 つまり誘導のない、あるいは誘導の利かない条件での飛び道具の攻撃はほとんど当たらないのだ。

 魔術による誘導なしでも攻撃を命中させる技術を持つ、ごく一部の者を除いては。

 だがこのクロスボウ使いの女性にそのような技術はない。

 そのためこの攻撃はやりすごせるはずだった。

 だがそれは、魔術による誘導を一切受け付けない事を前提とした話。

 もしこの装備に欠陥があったとしたら。

 

 バランスを崩しよろめくような不思議な、しかしキレのある変則的挙動で回避動作をするリョクさん。

 そのまま誘導を断つことができていたなら、矢は一瞬前までリョクさんのいた、今は何もない空間を射抜いていたことだろう。

 だがまっすぐ飛んでいた矢は、何かに反応するように軌道を変え、リョクさんに向かう。

 リョクさんの体を包む防具も、手に握る弓も、誘導を受け付けないまじないが施してある。

 だが唯一、施し忘れていた部位があった。

 それは、弓に張られた、弦。

 

 次の一瞬、敵の矢はリョクさんの握る弓に張られた弦を、寸分違わず射抜く。

 くぐもった、何かの弾ける音が響き渡ると、リョクさんの弓に張られていた弦が千切れ宙を舞う。

 一瞬の間があった。

 アディールは手堅い男だが、同時に前線で培った経験により、状況を見て臨機応変に作戦を変更する柔軟性も持ち合わせている。

 直後、状況を理解したアディールが視線で合図をだす。

 そしてそれまでの山のように動かなかった構えから切り替わり、風のように一気に動き始める。

 

 前衛のアディールと斧使いが同時に、そして一気に前に出、攻勢に転じる。

 それに対しエイミーは前に出、ルイさんはその場にとどまったまま迎え撃つ。

 エイミーの突きだす槍を、アディールは間一髪で受け止め、体勢を崩されながらもしのぎを削る。

 斧使いは魔法で斧を巨大化させ、一気にルイさんに振り下ろす。

 対するルイさんは早くも疑似魔法石を投入、両手杖に蒼い光をまとわせ巨大な剣を形作ると、振り下ろされる斧と真っ向からぶつかり合う。

 ぶつかり合った瞬間、巻き起こった風圧が会場全体を撫でる。


――試合開始から約10秒、両チームすでに入り乱れ白熱の試合展開に――


 実況が叫ぶが、その間にも試合展開はめまぐるしく変化する。

 弦を切られたリョクさんは、弦を張り直す余裕はないと判断、弓を地面におきながらルイさんのいる方向に一気に前に出る。

 対するクロスボウ使いはこの動きを封じようと、魔法の補助により高速で弦を巻き上げ、矢をつがえ、二の矢を放とうと構える。

 だが弓の弦以外は誘導のきかない装備で身を固めたリョクさんに、クロスボウ使いは照準を合わせることができない。

 そうして矢を放つ前に、リョクさんはルイさんの後方、斧使いの前方に入り、クロスボウ使いの射線から逃れる。


 そのルイさんの剣は威力の点では斧使いを押しているようだったが、剣の扱いに慣れていないのかあまりに速度が鈍重で、コントロールも不安定。

 このため一撃目はその威力に押された斧使いも、二撃目で斧を横に振るい、ルイさんの剣を弾き折る。

 だがこの瞬間、ルイさんの後方に入るリョクさん。

 直後、慌てて後退するルイさんのすぐ隣をすれ違うようにリョクさんが前に出、腰の木刀の柄を握る。

 対する斧使いもそれに気づき、魔法のオーラを全身にまとう。

 次の一瞬、リョクさんは抜刀術のように木刀を抜き放ち、縦に振り下ろすような軌跡で斬撃を放つ。

 一方の斧使いも魔法による補助で一気に加速し斧を縦に振り下ろす。

 直後、互いに振り下ろした斧と木刀が交錯した。


 それはまさに目にも止まらない一瞬の出来事だった。

 何が起こったのか、僕の目は捉えることができなかった。

 だが結果から言うなら、斧使いの斧は外側に弾かれリョクさんの肩をかすめたのみの不発に終わっていた。

 そしてリョクさんの木刀は斧使いの兜に直撃する寸前で寸止めされていた。

 いかに兜をかぶっていたとしても、木刀があの斬撃の速度で直撃すれば、衝撃で内部は大きなダメージを負っていただろう。


 一拍の間があった。

 大量の冷や汗を流し、蒼白な表情を浮かべた斧使いは、審判が判断を下す前に武器を落とし、両手を上げる。


「こっ、降参だ」

 

 会場を再び、われんばかりの歓声が包み込む。


――いっ、一閃! いっ、一体何がおこ――


 実況が叫ぶが、言葉が追い付くより早く、戦局が動く。

 リョクさんが斧使いに寸止めをかまし降伏させている間、クロスボウ使いは後退したルイさんに矢を放つ。

 その矢は空中で蒼い稲妻をまとうと、かわしようのない巨大な雷の矢となってルイさんを襲う。

 こうした大規模攻撃は、僕の誘導妨害の装備に対するある程度有効な対策の一つだ。

 それに対しルイさんは杖先に単純な魔法陣を浮かべると、そこからエイミーの投槍を防いだ時に用いた、龍の腕を召喚する。

 そして龍の爪が薄緑色の光をまとい巨大化したかと思うと、一気に横に薙ぎ払われ、雷の矢とぶつかる。

 ぶつかり合いは数秒と続かなかった。

 程なく、龍の爪が雷の矢を切り裂き、四散させる。


 クロスボウ使いはさらに次の矢を番える。

 対するルイさんは龍の腕を消すと、疲れた表情で激しく息を切らしながらも、再び杖先に先ほどと少し異なる単純な魔法陣を浮かべる。

 次の一瞬、クロスボウ使いが矢を放つと、今度は赤い炎をまとい、巨大な炎の矢となってルイさんに飛翔する。

 一方のルイさんの杖先には蒼い炎の火球が浮かんだかと思うと、それが一瞬で小さく収束する。

 

――おっと、ここでクロスボウの矢と魔術が激しくげき――


 実況者のそんな必死の実況も追いつかないうち、


「穿て!」


 ルイさんの絞り出すような一声が会場に木霊する。

 そしてその杖先に収束した蒼い火球から、蒼いレーザーの様な熱線が放たれる。

 何か甲高い音と、猛烈な熱風が会場を薙いだ。

 熱線は巨大な炎の矢を瞬時に貫き、相手の構えたクロスボウをかすめたのみでたやすく破壊。

 さらにその先にあった会場外壁に直撃し、そこに張られた防護呪文に弾かれながらもひびを入れる。

 ルイさんはそれ以上は魔力の無駄とそこで熱線を収める。

 そのため外壁の防護は無事だったものの、もしあのまま放ち続ければ破られていたかもしれないと僕は思った。


 そしてそんなとてつもない一撃がかすめ、手にしていたクロスボウを破壊された女性は、蒼白な表情を浮かべその場にへたり込む。

 ルイさんはそんな女性に杖を向ける事さえしない。

 それさえ不要だった。

 程なく、降参するのも忘れ呆然自失となっている女性に、審判が撃破を宣告する。

 

 そうして仲間二人が撃破されるのを見、アディールが焦った表情を浮かべ、一瞬よそ見をする。

 その一瞬のすきを突き、懐の内に入ったエイミーが盾で一撃をかます。

 よろめいたアディールは、それでも魔術による加速で後退しながら体勢を立て直す。

 そして再び魔術による加速をかけると、今度は切り返して突進しつつ魔術で剣に蒼い炎をまとう。

 対するエイミーもまた魔術で槍に白い稲妻をまとうと、右手右足を前に半身で構えながら、左足を右足の前に大きく踏み込む。

 次の一瞬、大きく剣を振りかぶり突進するアディールに対し、エイミーは右足を瞬間的に踏み込み、槍を一気に突き出す。

 

 直後、エイミーの右足の踏込による、叩き付けるような轟音が会場に響き渡った。

 それと同時、剣を振り下ろそうとしたアディールの喉元に突きつけられる槍の穂先。

 

「リーチに勝る敵に、体勢を崩さないうちから自分で攻撃を仕掛けるのは自殺行為。いくら魔術による補助があったとしても、仲間がやられて焦っていたとしても、ね」


 エイミーの言葉に、アディールの頬を一筋の汗が伝う。 

 エイミーのその一撃は、この一週間のうちにリョクさんから教えられたもの。

 まだリョクさんのキレにこそ追いついていないが、それは魔術による補助で加速したアディールを撃破するのに十分なものだった。

 そして審判が撃破を告げる前に、アディールは自ら武器を下して両手を上げ、降参の意志を伝える。


 そしてそれは僕たちのチームの初戦突破をも意味していたのだった。

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