第17話 大決闘祭

 ついに大決闘祭の日がやってきた。

 決闘が行われるのは街の中心近くに築かれたコロッセオ。

 石造りのその大建造物は首都近辺の大都市に築かれたものに追従するほどの規模を誇る。

 最近まで魔物の国との国境近くという辺境に位置していたこの街にとっては、あまりに大きく、人間的建造物だ。

 恐らく国境が短期間のうちにめまぐるしく変わるこの地域に、国と神の威信を示すためにあえて建てられたのだろう。

 

 普段は魔物や人間の罪人などを集め血なまぐさく野蛮な剣闘試合が行われる建造物。

 だが今日は人間の英雄や勇者が集められ、その実力を競い合う華々しい決闘の舞台だ

 そして優勝した者には、この決闘祭の主催者である冥府の神ファルデウスの娘にして無双の勇者、見目麗しきエイルミナ・フェンテシーナと結婚する権利までが与えられる。

 闇の帝王の脱獄騒ぎで国が揺れる中、あえて決行されたこの大決闘祭を見ようと、国中の人々が街に詰めかけていた。


 そうして押し寄せる人々が目指す建造物の中にある、大会出場者に与えられた準備と待機のための個室。

 その中にいる、人々が最も見たがっているだろう人の近くに、今僕は座っている。

 

「大丈夫バーム?」


 隣で心配そうに僕を見、エイミーが言う。


「うん、大丈夫。今日一日はもたせるよ。エイミーは?」


 僕は眠い目をこすりながらそう答え、逆に問いかける。

 するとエイミーはあの、日の光を思わせる心地よい笑顔を浮かべ、 


「うん、大丈夫。バームのおかげでよく眠れたから。元気ハツラツ! 今日は期待してて、かっこいいところ見せてあげるから!」


 そう得物を手に飛び跳ねて見せる。

 そんな彼女の元気な姿に、僕は重い目蓋を気力を振り絞って開きながら、頑張ったかいがあったと思う。


「――これ、一晩で仕上げたの?」


 昨夜追加の加工を施した武器を見て、ルイさんが目を丸くして問いかける。

 僕が頷くと、


「――こんなの、一晩で仕上げられるようなできじゃない。こんな腕を持つ人を認めないなんて――」


 ルイさんがそう驚き呆れてくれる。

 それは僕にとっては最大の褒め言葉だ。

 だが今ここで満足するわけにはいかない。

 戦闘で破損した武器を修理したり調整する仕事もある。

 今日一日はまだ頑張らないと。

 

 そう考えていたその時、部屋の扉がノックされたかと思うと、返事も返さないうちにいきなり扉が開かれる。

 そこに現れたのは漆黒の甲冑を身に着けた、例の金髪の女騎士。


「姫様、その者達は!?」


 騎士はそうルイさんとリョクさんを視線で示し、焦った様子で尋ねる。


「私の知り合いに紹介してもらった傭兵よ。私のチームメンバーとして大会にも出場してもらうつもり」


 対するエイミーは、わざと余裕の表情を作って答える。


「そんな素性のしれない――」

「私の知り合いを素性のしれない者扱いするの?」

 

 言いかけた女騎士の言葉を、エイミーはそう遮る。

 女騎士は立場上それ以上は何も言えないらしく、何か言いたげながらそれを我慢するように口をつぐむ。

 そして一拍の後何かを飲み込むと、表面上は余裕を取り繕い、


「――まぁ、姫様の知り合いなら私ごときがとやかくいうことはありません。しかし、大会出場者は一騎当千の兵ばかり、足手まといにならねば良いですが」


 そう遠吠えして、だがそれ以上は噛みつくことなくきびすを返す。

 そんな女騎士の背中にエイミーは、


「そうね、気を付けるわ」


 そう微笑と共に呟く。

 その言い回しに女騎士は一度足を止め、一度背後を振り返って怪訝な表情を浮かべる。

 だが結局のところはその意図を読み取れなかったらしく、そのまま去っていく。

 一方のこちらも女騎士に構っている余裕はない。

 

 大会は8組のチームによるトーナメント方式。

 戦闘は1人づつ順番に戦うのではなく、3対3で同時に、入り乱れて戦う。

 直接攻撃を当てて相手を気絶させるか、確実に撃破できたと審判が判定する寸止めが入る、または降伏させた場合、その者は撃破された扱いとなる。

 そうして先に相手チームを全員撃破したチームが勝利。

 規模の大きい大魔法の使用も可だが、相手に大けがを負わせたり殺傷したりしようとしたと審判に判断されれば、その時点でそのチームは失格となる。

 

 公平性を保つため、組み合わせは実際にぶつかるまでは伏せられている。

 とはいえ大会に出場する者達は皆、名の知られた兵ばかりのため、情報を集めること自体は容易。

 そのためエイミーとルイさん、リョクさんは各チームを分析し、それぞれの対策を練る。

 だがそんな中で、ルイさんは大会出場者の名簿を指さし、

 

「この黒の戦士というのだけ情報がないのよね。正直、嫌な感じがする」


 そう苦い表情を浮かべる。

 その言葉に、エイミーも深刻な表情でうなずきながら、


「でももう、後には引けない」


 そう、槍を握る指に力を込める。

 その時、部屋の扉が再びノックされ、大会を運営する者が、出番が回ってきたことを告げる。


「お願いします」


 エイミーが二人に頭を下げ。


「ええ」

「こちらこそ」


 二人がそう応じる。

 そうして僕たちは決戦の舞台に向かうのだった。




 暗い通路から、光のあふれる舞台にでる。

 照りつける目が痛くなるほどの日差し。

 会場全体を震わせる、われんばかりの歓声。

 巨大なコロッセオの階段状の観客席は、隙間なく人で埋め尽くされていた。


――エイルミナ・フェンテシーナ様とそのチームのメンバーが今、舞台に姿を現しました!


 魔法によって拡張された実況の音声が舞台に鳴り響く。

 直後、その拡張された音声をも遮らんばかりに、歓声が一段と強くなる。

 僕はあまりに場違いな、しかしきらびやかなその舞台を見回した後、舞台の端に設けられた出場者用のベンチに座る。

 対面には相手チームのベンチがあり、そこにはすでに、対戦相手と思しき三人の鎧姿の人影が見えた。

 

「相手はアディールのチームね」


 相手を見てルイさんが呟く。

 戦士アディール、こちらの世界に来て3年、年齢は18歳の異世界人の青年。

 前線ではコツコツと武勲を積み重ね、派手さにはやや欠けるものの、揺るぎない信頼を勝ち取っている。

 チームメンバーの二人はこの世界の出身だが、行動を共にしている期間も長く、実力、連携、ともに十分のようだ。

 だがこれでも、今大会出場者の中ではまだ下位の実力と思われているようだ。

 しかしルイさんはそうは思っていないらしい。


「もっと経歴の短い、自分の力に驕っているような奴の鼻っ柱をへし折ってやる方が簡単なんだけど。これは少し時間がかかるかも」


 そのルイさんの言葉に、エイミーも頷き、


「アディールさんはいつも手堅い、仲間との連携もしっかりしてる。格上との戦い方も心得ているし、中途半端な手では崩せない」


 そう答える。


「最初は守りに徹してくるでしょうね。一番まずいのは中途半端な力攻めをして攻めあぐね、消耗を強いられること。となると最初から長期戦覚悟で裏から崩すか、全力の電撃戦で一気にしとめるか」


 二人はそう小声で作戦を話し合う。

 二人とも手ごわい相手という認識は共通している一方、こちらが格上であることを前提に話している辺り、さすがだと思う。

 一方僕とリョクさんは置いてきぼりだ。


「……僕は対戦相手の事もあまり知らないし、作戦は二人に任せよ……はぁ、今日もいい天気だなぁ」 


 リョクさんはそう能天気に呟く。

 こんな場所、こんな状況でこんな態度をとれるあたり、この人もやはり只者ではない。

 そう思っていると、間もなく試合が始まるという放送がかかる。

 

「リョク、今回の相手は油断できない。弓できて」


 ルイさんの言葉にリョクさんは頷き、木刀を腰に身に付けながらも弓と矢を手に舞台中央に向かう。

 僕は試合には参加しないがサポート役としてベンチに止まり応援することになる。

 そんな僕を一部の観客が見、あるいは指さし、何事か囁き合っているのが見える。

 聖剣授与式の一件を知っている人だろう。

 今はまだ認められていない。

 だがいつかこの観客全員に認められるような存在になって見せる。

 そう決意して、僕は舞台中央に集まった相手チームに視線を向ける。


 中央に立つのがリーダーのアディール。

 短い黒髪に中肉中背の体格、手には両手用の長剣を持ち、全身に隙間の無い板金鎧をまとった出で立ち。

 その隣には背は低いががっしりした体格の男性。

 左手に盾、右手に斧、全身を重量のある頑強な板金鎧と兜で固めた出で立ち。

 そんな二人のやや後方に隠れるように、背の高い栗色の髪を持つ女性。

 こちらはクロスボウを手に持ち、全身に地竜の皮を用いた軽装の鎧を身にまとう。

 いずれも精悍な顔つきをし、隙のない雰囲気を放っている。

 装備も金属部品にはミスリルを、魔法石にも良質なものを用いた、派手さこそないものの癖のない優れた代物だ。


 一方のこちらは、エイミーの装備を除いては、購入した商品に独自の調整や改造を施したものばかり。

 カッコ悪い、ということは無くても手作り感が強く、見栄えには劣る。

 特にリョクさんの木刀は大分目を引いているようだ。

 こちらのチームの装備を見、観衆が大きくざわめいている。


――戦士アディールのチームの装備は、実際前線で使用しているものをそのまま用いているそうです。なんでも手に馴染んだ装備が一番だとか。


――ミスリルやガルド鉱産の良質な魔法石を使用した装備。他のチームの装備と比べれば性能では一、二歩劣り、目新しさもありません。恐らく癖の無さと、確立された信頼性、装備への慣れを重視したのでしょう。とはいえ、いささか手堅すぎる感もあります。果たして、この判断が吉と出るか凶と出るか。


――一方のエイルミナ様のチームは……なんというか、個性的ですね。手元には詳しい情報は入ってきておりませんが……


――……見た所、市販された装備に手を加えた急造品が多いようですね……はっきり言って、装備の性能では戦士アディールのチームのみならず、他の全てのチームに劣ると考えられます。何か装備を用意できない特別な事情があったのか……我々のうかがい知ることのできない秘策があるのか……正直、解説の私にも見当がつきません。男性の装備した木刀に至っては、相手チームへの挑発ともとられかねないものですが、果たして……


 大分好き勝手言ってくれるなあ。

 そう思っていると、ルイさんが舞台中央付近から僕の方に視線を向ける。

 そして実況席を指さして呆れ顔をしながら首を横に振り、分ってないなあとジェスチャーする。

 リョクさんはわざと木刀を抜き放ち高く掲げ、誇らしげな表情を浮かべ観客にアピール。

 そしてエイミーは一度、実況席を殺気のこもった目で睨みつける。

 すると実況席の二人も気づいたのか真っ青な表情を浮かべ、


――……え、エイルミナ様、だっ、だいぶ気合が入っていらっしゃるようですね……


――かっ、観客席には強力な防護呪文が張られているとのことですが……そっ、それがエイルミナ様の一撃を防げるほどのものであることを祈りましょう。


 震える声でそんなことを口にする。

 そんな実況席の様子を見、エイミーはようやく一度瞳を閉じる。

 そしてきびすを返すと僕の方に視線を向け、最高の笑顔を送ってくれる。

 そして聖剣授与式で僕が彼女に送った槍を天高く掲げると、観客席にも聞こえるような声で高らかに言い放つのだ。


「バームがそばにいてくれる限り、私は絶対に負けない。そしてバームの鍛える武器が天下一であることを、皆に証明して見せるから!」


 今日の雲一つない快晴にぴったりの彼女の明るい声。

 だが会場に木霊するその声に、観客は一気に静まり返る。

 どうやら聖剣授与式のあの一件はいまだ、人々にとって触れてはならないことと理解されているようだ。

 実況も同様らしく、


――……えっ、ええー、それではいよいよ試合開始の時間となってまいりました。


 そう話を流そうとし、審判もそれに合わせるように進行を始める。

 エイミーはそれでも僕に笑顔を向け続け、しばらくしてからようやく審判に従う。

 両チーム整列し、審判が簡単なルール説明を行い、互いに礼をする。

 そして両チームメンバーが、あらかじめ決めていたのだろう陣形に散開する。

 いよいよ試合開始だ。


 そうして運命の戦いの火ぶたがいよいよ切って落とされる。

 そう思い、リョクさんの装備を目にした瞬間、僕は自らの失敗に気付く。

 そしてそれを伝えようと、慌てて息を吸おうとするのと、試合開始を知らせるゴングが鳴り響くのは同時だった。

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