第20話 二回戦
敵は右前方にライト、左前方にバルマ、中央後方にラルルの三角形の布陣。
こちらはライトの前にエイミー、バルマの前にリョクさん、ラルルの対面にルイさんの布陣。
そして試合開始のゴングが鳴り響く。
まず最初に動いたのはラルルだった。
ゴングが鳴り響くと同時、彼女は表情をゆがませエイミーを憎々しげに睨む。
そして対面にいるルイさんに注意を向ける事すらせず、いきなり巨大な火球をエイミーに向かって放つ。
だがエイミーもまたその火球を
そのわずか後、火球は別方向から放たれた小さな蒼い火球に横合いから射抜かれ、空中で四散する。
その事態に、ラルルは顔を赤く染め、蒼い火球を放った主を睨みつけて吠える。
「邪魔しないでよ!」
そんな嫉妬と怒りの叫びに、しかしルイさんは涼しげな表情を向け、
「悪いけど、あなたの嫉妬に付き合うつもりはない。それにそんなことをしている余裕があるの?」
そう皮肉交じりにこたえる。
その言葉に、ラルルはさらに表情をゆがめると、標的をルイさんに変え魔法陣を浮かべる。
だがその瞬間、会場に鳴り響く稲妻の様な踏込の轟音。
音の出所に目を向ければ、そこには右足を踏み込み、棒を突きだした姿勢で静止したリョクさんの姿。
その前方では、早くも得物の一つである剣を弾き飛ばされ、地面に尻餅をついたバルマの姿。
そうして青ざめた表情で見上げるバルマに、リョクさんはわざとゆっくり、勿体つけて棒を差し向ける。
「まだ降伏はさせない。早く立て」
怒声と共にわざとバルマに体勢を立て直す余裕を与えるリョクさん。
バルマは慌てて後ずさった後立ち上がり、残った得物である刀を片手で握り構え、必死の形相を浮かべる。
「くっ、貴様、何者だ!?」
そう言葉と共に闘志を絞り出すバルマ。
しかしリョクさんは氷のように冷たく、刃のように鋭い目でバルマを睨み、
「……お前に名乗る名はない」
そう再び構えを取る。
それに対しバルマもまだ戦う姿勢を崩さないが、気合からしてすでにリョクさんに呑まれているようだ。
一方ライトとエイミーの攻防に目を向ければ、そこにはライトの剣を振るっての猛攻を、子供をもてあそぶかのようにいなし続けるエイミーの姿。
「くそっ、これならどうだ!」
叫ぶと、ライトは剣に赤い炎をまとい巨大化させ斬撃する。
だがその攻撃をエイミーは魔法を使うことすらせず、盾を巧みにさばいていなす。
さらに敵の懐の内にやすやすと入り込むと、盾を使う暇すら与えず、鎧の隙間にあたる脇の下を槍で一突きする。
衝撃と激痛に息を詰まらせ、後退するライト。
だがエイミーが本当に本気を出しているのなら、今の一撃だけで勝負は決まっていたはずだ。
だが後退したライトはそんな事にも気づかない様子で、
「くっそ、本気でやってやる」
そう絞り出すように叫ぶ。
そして全身に赤い魔法のオーラをまとい加速すると、剣に先ほどより巨大な炎をまとい突進する。
一方のエイミーは魔法を一切使用せずにそれを迎え撃つ。
魔法で加速し、猛烈な速度で振り下ろされる巨大な剣。
だがエイミーはその速度にたやすく反応し、槍で刀身を横なぎにし、いとも簡単に払いのける。
そうしてあっさりライトが体勢を崩したところに、エイミーは盾で当身を食らわせる。
一撃を受け再び後退するライト。
その一拍の後、体勢を立て直して再びエイミーを睨むライトの表情には、怒りの他に、驚きとわずかな恐怖が混じり始めていた。
そんなライトに、エイミーは槍の穂先を突き付け、怒りをはらんだ声で言う。
「謝って」
「――は?」
言葉の意味を理解できなかったらしく、ライトがそんな声を漏らす。
だがエイミーはさらに表情を険しくし、
「バームの事、ゲテモノ呼ばわりしたでしょ。謝って……謝って!」
叫んで、さらに一歩前へ出る。
そんなエイミーのあまりの剣幕に、ライトは気圧されながらも、
「は、ハーフオークをゲテモノ呼ばりして何が悪い。むしろハーフオークを人間扱いするお前の方が異常だろ、この変態女!」
そう反論する。
確かに彼の言うことは多くの人が思っているだろう事。
むしろこちらの考えの方が一般的なはずだ。
だがその言葉は逆にエイミーの新たなる怒りの爆弾の導火線に火をつけてしまったらしい。
直後、エイミーの表情が怒りにさらに赤く染まり、髪が比喩表現でなくわずかに逆立ったように見える。
「私を変態女呼ばりするのは一向に構わない。けどバームをゲテモノ呼ばりすることは許さない」
そう、エイミーは槍を握る指にさらに力を籠め、槍の穂先をライトの喉元に一層近づけ突きつける。
そんな彼女に気圧されながらも、ライトは闘志を奮起し、再びエイミーに切りかかっていくのだった。
――え、ええっと、この試合展開は……
余りの戦況に実況が思わず口ごもってしまう。
「このっ、なんで、なんで当たらないのよ!?」
ラルルがルイさんを狙い次々魔法で火球や氷の矢を放ち、頭上から雷を落とす。
だがルイさんは涼しい表情のまま、時折わざとあくびの仕草までしながら、杖をめんどくさそうに振るう。
するとラルルの魔法はルイさんが杖を振るう方向に向かって逸れ、次々と外れてしまう。
頭上からの雷に関しても、杖を両手で前方に掲げ、祈るように瞳を閉じれば、見えない障壁に遮られるかのように逸れ、たやすく弾かれてしまう。
とはいえラルルも歴戦の魔術師だ。
相手が一筋縄でいかない相手だと理解すると、その表情を真剣なものへと変化させる。
「――油断した。本気で行く!」
そう言い放つと、左手の魔道書を開いて前に突出し、巨大かつ複雑な魔法陣を浮かべる。
そして空中に白い光の剣を無数に形成すると、その切っ先を一斉にルイさんに向ける。
「――そうしてマジメにしていれば、まだかわいげもあるのに……」
ルイさんはそう呟きつつ一度小さくため息を吐き、だが次の一瞬、真剣な鋭い目でラルルを見据える。
「放て!」
ラルルの一声と共に、一気にルイさんに向かって降り注ぐ光の剣。
だが降り注ぐその剣の弾幕に向かって、ルイさんは逆に突進を仕掛ける。
「――うそ!?」
ラルルが思わずそんな言葉を漏らし、会場全体が思わず絶句し、息をのむ。
光の剣の猛烈な嵐の中を、ルイさんは杖を振るって直撃コースの剣のみ軌道を逸らし、別の剣にぶつけて効率よく攻撃を捌く。
さらにそれでもさばききれないものは、見えない障壁を用いて弾きつつ前進する。
ルイさんが突進という予想外の行動に出たことや、誘導妨害を施した装備の効果もあってか、ラルルのほうも照準を合わせきれず、攻撃範囲を集中させることができなかった。
そして数秒後、外れた無数の剣が地面に剣山のように突き刺さり砂煙をあげる中、ルイさんは無傷のまま悠々とその中央にたたずみ、涼しげな表情をラルルに向ける。
そんなルイさんを、ラルルは頬に一筋の汗を伝わせ、呆然と見つめる。
敵にすべきではない人を敵にしてしまった。
そんな思いが表情にありありと浮かんで見える。
だがそれでも、ラルルは一拍の後、杖を握る指に一層力を籠め、ルイさんを力強くにらみつける。
「あなたは……何者?」
真の強者を目の前にして、それでもラルルは勇気を振り絞り、尋ねる。
そんなラルルに、ルイさんは今度こそ満足げな微笑を浮かべると、また悠々と答えて見せるのだ。
「今は答えられない。でも、いずれ直ぐに分る。だから今は、ルイと呼んで」
そうして戦場の真ん中で敵に微笑みを向け、堂々と佇んで見せるルイさん。
その姿は凛として、厚い雲を貫き天高くそびえる不動の高山のようでもあり。
あるいはその頂に吹きすさぶ風にも負けず咲く誇る、強く可憐な一輪の花のようでもあった。
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