第15話 準備

 翌日の朝、別の戦線に異動することになったルイーゼさんが城を出た。

 あまりに急な話に、それでもエイミーは表面上は動じなかった。

 それでも、瞳の奥の霞んだ光だけは隠すことができない。

 そんなエイミーに、しかしルイーゼさんは最高の笑顔を送り、別れを告げた。


 だが悲しんでばかりはいられない。

 決闘祭まで残り6日しかないのだ。

 早速僕は武器の製作に取り掛かる。

 エイミーの装備は以前鍛えたものが親父さんの家にとっておいてあったので、今回はそれをそのまま用いる。

 後はルイさんと、リョクさんの武器。

 

 ルイさんには両手用の長杖と、使い捨ての疑似魔法石を製作する。

 長杖の柄に用いる木材には、やはり頑丈な樫を選ぶ。

 戦争が長く続いている昨今は樫のような優秀な材は高騰している。

 だがエイミーが、お金のことは気にしなくていいと大金を用意してくれたので、僕は甘えることにした。

 杖の先端に取り付ける魔法石は、魔力の貯蔵量が皆無の代わり、魔力の入出力がきわめて円滑な特殊なものを購入した。

 

 後は魔法石と柄を接合する部位。

 これは以前作った灌鋼かんこうの取っておいた分を使用し鍛える。

 製作期間的にはギリギリだが、ここは妥協するべきではないと僕は判断した。

 そうして各部品がそろったなら、それらを組み合わせ、仕上げの彫刻を施す。

 製作完了は大会前日という余裕のない日程だが、他を調整することで不測の事態にも対応できるように僕は計画を練った。


 使い捨ての疑似魔法石というのは、弓矢で言う所の矢のようなものだ。

 大抵は魔法石の粉末を混ぜた粘土に魔法陣を彫り、魔法使用一回分の魔力を込めて焼き、製作する。

 通常の魔法石と異なり、込められた魔力を使い切ると砕け、使用不能となる。

 魔法石と比べ圧倒的に安価かつ製作が容易。

 瞬発的な火力発揮や貯蔵した魔力の入出力のタイムラグが短い点などで通常の魔法石より有利だ。

 反面、ある程度優秀な魔法石と比べると、所持数とサイズ、重量の問題から長期戦には不利。

 また長期的に見た場合のコスト面でも不利だ。

 

 疑似魔法石は大きく二種類に分けられる。

 あらかじめ決まった魔術を行使することを前提にしたもの。

 様々な魔術を行使できるよう単に魔力の貯蔵を目的としたものだ。

 前者は使用できる魔術が限られてしまうが、速度や火力発揮では後者より有利だ。

 ルイさんの要望により、僕はそれぞれ20個づつ製作することにした。

 

 次にリョクさんの装備。


「和弓があったらいいんだけど……」


 リョクさんが言ったけど、あれは製作に手間と時間がかかる。

 だが和式魔術用具として一定の人気があるので、お金さえあれば手に入れること自体は可能だ。

 そのため本体は購入し、リョクさんの体質に合わせた改造と調整、仕上げ、矢の製作のみ僕が行うことにした。

 その矢はリョクさんの希望により、先端が傘のように丸く広がった特殊な形状の矢じりを採用した。

 この形状は先端に魔術的彫刻を施すことで、魔術的防御や妨害を貫くのに高い効果を発揮する。

 また物理的には相手に突き刺ささりにくくなり、殺傷効果を抑える。

 

「弓は一番得意なんだけど、相手を殺してしまう危険があるから」


 リョクさんのその言葉にルイさんも深刻な表情でうなずき、


「私も疑似魔法石を使うと手加減ができなくて……まあこっちは運用でカバーするつもりだけど、私も気を付けないと……」

 

 そんなことを言う。

 魔法石や疑似魔法石を用いずにあの魔術の火力を発揮していたことを考えるとぞっとする話だ。

 大会側も安全には配慮しているはずだが、ケガ人が出ないことを僕は切に願った。

 

 後は今も使用している長さ2メートルの樫の棒。

 魔術除けはすでに施してあったが、それは所詮1時間でできる仕事。

 より時間をかけて彫刻を施し、完成度を高める。

 もし時間があるならエイミーの槍のように溝に何かを埋め込むところだ。

 だが時間がないためそこは我慢し、代わりに薄緑色の魔法石の粉末を混ぜた漆を表面に塗る。

 これでかなり強力な魔術も弾くことができるはずだ。


 だが今回リョクさんは主に和弓を使用するつもりらしい。

 和弓は全長2メートル超と長いため、同じく長い樫の棒と同時に装備するのは都合が悪い。

 そこで別に、全長100センチと、50センチの木刀を用意し、それぞれ魔術除けの彫刻と、先ほどの漆を塗る。

 これで遠、中、近すべての間合いでの戦闘に対応できる。

 と言っても所詮は木製。

 金属製の、刃のついた優秀な装備をしているだろう他の大会出場者と渡り合えるかはリョクさん次第だ。


 他に防具も製作したいところだったが、とても時間が足りない。

 そこで親父さんの鍛えた商品、あるいは街で売られていた優秀な商品に改造と調整、仕上げを施して対応する。

 3人とも軽装を好んだ為、鎖帷子や鱗状の金属板を組み合わせた軽量の防具にマントを組み合わせることにした。

 マントには魔術を防ぐだけでなく、魔力の波を吸収、一部あらぬ方向に反射することにより探知や誘導を妨害する加工とまじないを施す。

 これは母に教えられたとっておきの技術だ。

 エイミーが部屋に施した防護呪文をかいくぐることができたのもこのマントのおかげだった。

 これにはルイさんも、


「すごい、私もこの原理は利用していたけど、ここまで完成度の高いものが実際形になっているなんて」


 そう心底驚き感心した様子で言い、


「――なるほど、これで私の防護呪文を……」


 エイミーは感心する一方、どこから恨めし気にジト目で僕を見つめる。

 僕がエイミーの心配をよそに防護呪文をかいくぐったことをいまだに根に持っているらしい。

 僕は気まずくて視線を逸らしたけれど、一方で結果的に良い方向に転んだので結果オーライだとも思った。


 これだけの装備を製作する工程を後6日でこなさなければならない。

 日程は正直かなり苦しいが、僕はそれでも可能だと踏んで、作業を開始した。

 城内では何かと制約があるので、城の門限までは街の外のほとんど人目に付かない場所にある武器職人の工房を大金で借りて作業する。

 わざわざそんな迂遠な方法を取ったのは勿論、親父さんを巻き込まないためだ。

 まだ僕の立場は不安定。

 でもいつか誰にも認められるようになって、親父さんに会いに行きたいとも思った。


 僕が武器を製作している間、他の三人は戦闘の練習や連携の確認、戦術の話し合いを行う。

 普段からチームを組んでいるだろう他の出場者と渡り合えるだけのチームレベルに、後6日で達しなければならない。

 日程が苦しいのは三人も同じなのだ。 

 製作に集中しなければならない僕は、その様子をあまり見ている余裕はない。

 だが人目に付かない場所にあっても人の注目を集めてしまいかねない轟音と衝撃が響いてくることも何度かあった。

 それでも一日中練習や戦術の研究を行っていれば気が滅入ってしまうようで、そんな時は僕の手伝いもしてくれた。


 ある時、僕は休憩を兼ねて3人の戦闘の練習を見学した。

 いつもは3人がそれぞれ技術を教えあうか、連携の確認をしているというのがほとんど。

 だがこの時は、実際に対戦形式での練習を行った。

 無双の勇者、エイルミナ・フェンテシーナ。

 しかし実際に戦う姿を見るのは今回が初めて。


 一対一対一、全員が敵という変則的形。

 始まりの合図は僕がすることになる。

 エイミーはがっちり盾と槍を掲げ構えを固め、両者を鋭くにらみつける。

 リョクさんはやや緊張した様子ながらも、全身、特に関節からは力を抜いて軟らかくしならせるように小さく構えを取る。

 一方でルイさんは本当に全身から力を抜き、あくびの仕草までしながらも、視線は常に両者を捉えて離さない。

 そうして三者が三様に戦闘に備える中、僕は戦闘開始を告げる。

 

 真っ先に動くのはルイさん。

 力を抜いたその体勢から、瞬間的に構えを取り、蒼い火球をリョクさんめがけて放つ。

 いきなりの奇襲にリョクさんは目を見開く。

 だがそれと同時、リョクさんの腰がとっさに横に流れたかと思うと、体勢を崩すような形ながら棒が振るわれ、飛び来る火球を弾き防ぐ。

 

 その間、エイミーは獣のような唸りを上げ、一気に投槍の動作に入る。

 狙いはルイさん。


「――!?」 

 

 それまで余裕の態度を崩したことがなかったルイさんが、この時ばかりは目を見開き、声を出す余裕も無く必死の形相を浮かべる。

 そして単純ながら巨大な魔法陣を杖の先に浮かべる。

 次の一瞬、放たれるエイミーの槍。

 それは放物線の軌道を描き、空中で白く煌めくと、青白い尾を引き流星のようにルイさんに向かう。

 対するルイさんの魔法陣からは薄緑色の光を放つ巨大かつ強靭な二本の龍の腕が出現する。

 そしてその爪が光を放ち巨大化したかと思うと、降り注ぐエイミーの流星を迎え撃つ。


 ぶつかり合った瞬間、周囲に放たれる目がくらむほどの光。

 そして巻き起こる、離れたところで見ている僕が立っているのがやっとというほどの風圧と衝撃。

 流星と龍の爪は数秒の間しのぎを削りあい、だが徐々に流星の方が龍の腕を押していく。

   

「え、エイミー、やりすぎっ!」


 僕が叫ぶと、エイミーははっとした表情を浮かべる。

 その一瞬、わずかに弱まる流星の勢い。

 そこをついて龍の腕は何とか流星の方向を逸らし、受け流された流星はルイさんの隣の地面に突き刺さり黒煙と粉塵を巻き上げる。 

 

 舞い上がる煙と粉塵が視界を閉ざす。

 いくら人気の少ない場所でも、こんな派手なことをすれば人が集まってくる。

 そんな風に危惧する一方、その一撃のあまりのすさまじさに、僕は圧倒される。

 エイルミナ・フェンテシーナの投槍は神の御業を再現し、あらゆる防御を穿つ。

 どこかで聞いたそんな噂が決して誇張でなかったことを、僕はこの目で確認した。


 だがそれで戦闘は終わらない。

 煙が晴れると同時、交錯する人影。

 今度はエイミーとリョクさんが接近戦を繰り広げる。

 槍を失ったエイミーは剣を抜き放ち、盾を構えてリョクさんに肉薄し猛攻を加える。

 一方のリョクさんはエイミーの戦闘スタイルに慣れていないのか戦いづらそうにしながらも、右に左に体勢を崩すような変則的挙動で攻撃をいなす。

 エイミーはそんなリョクさんに体勢を立て直す余裕を与えないよう、近距離を維持し前に出続ける。

 無双の勇者の名に違わない激しい攻め、攻守の入れ替わる余地はない。


 そう思った次の一瞬、リョクさんは逆にエイミーに体当たりを仕掛ける。

 エイミーもそれに応じ、両者は棒と盾でぶつかり合ったのち、わずかに間合いを取る。

 だがそこで間をおかず再び前に出ようとするエイミー。

 だがその瞬間、リョクさんの姿がぶれる。

 エイミーが間合いを詰め切る前に、リョクさんが目にも止まらぬ速度で一撃を加えたのだ。

 前進しようとしたエイミーは何とかその一撃を防ぐが、体勢を崩し後ろに尻餅をつく。

 そこにリョクさんが追撃を加えようとし、だがその瞬間、


「そこまでよリョク!」


 ルイさんの叫び声に、リョクさんは突きだそうとした棒を止める。

 二人が接近戦を演じる間にある程度接近していたルイさんが、リョクさんに杖を向けていたのだ。


「実戦ならここで私の魔法の一撃が入る。だから視界は広く持つようにっていつも言っているでしょ? 接近戦なら確かに味方への誤射を恐れて敵は撃たないかもしれない。けどそれは相手次第。誤射しない腕と自信がある者なら接近戦の最中でも撃ってくるかもしれない。それに今回は3人とも互いに敵同士の設定でしょ」


 ルイさんの言葉に、リョクさんはしばらくの間肩で息をしながらその言葉を聞き、やがてエイミーに向けていた棒を引くと、    


「ダメだな、僕は。必死になっちゃうとつい周りが見えなくなる。どんな時でも視界は広く、じゃないと生き残れない、気を付けないと」


 そう自分に言い聞かせるように言葉を発する。

 そうしてこの時の三人の戦闘は終わった。

 

 僕は他の出場者の実力を知らない。

 一騎当千の兵ばかりが集まるという話は聞いている。

 けれどこんな三人と渡り合えるような勇者がそうたくさんいるものだろうか?

 少なくとも僕には、この三人が敗れる姿を想像することができなかった。 

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