第14話 団結
「ルイが秘密を見せたのなら、僕も見せよっか? と言っても魔術じゃないけど」
今度そう言ったのはリョクさんだった。
その言葉に、エイミーはまだ何かあるのかと驚愕の表情を強める。
「そうね、リョクも見せてあげて」
ルイさんがそう頷くと、リョクさんは笑顔でうなずいて応え、ルイさんと入れ替わるように前に出る。
そして肩に担いでいた棒を、右手右足を前に半身で中段に構える。
次に左足を右足の前に大きく踏み込みつつ棒を振りかぶり、息を大きく吸い込む。
そして次の一瞬、右足を大きく前に踏み込みつつ棒を振り下ろす。
踏み込まれた瞬間、通りに稲妻が落ちるような轟音が鳴り響いた。
少ない通行人の視線がリョクさんに集まる。
それはキレが良いなどという次元ではない。
まさに瞬間の動作、刹那の一撃。
だがそれだけと言えばそれだけ。
ただ速いだけ、単純に棒を振り下ろしただけの一撃。
だからか、通行人は直ぐに興味を失い、その場を通り過ぎる。
だが遠目に眺めていただけの彼らは気づかなかった。
彼がその一撃を、一切魔術を用いず放っていたことに。
「――今の……どうやって!?」
エイミーが先ほどにもまして驚いた様子で尋ねる。
魔術が当たり前のこの世界。
武器を用いた戦闘にしても、格闘にしても、魔術による補助が当たり前。
むしろ魔術を一切用いない戦闘術など、かつて失われ、ごく一部の者が伝承しているという噂がある程度の代物だ。
それを彼は実際に目の前でやって見せた。
しかもその一撃は、魔術による補助があったとしても実現するのが困難なレベルの一撃。
「ルイと同じだよ。最も基礎となる動作を、試行錯誤しながら毎日休むことなく反復練習。そうして基礎を徹底的に固め、磨き上げることで生み出された、絶対なる一というべきもの。だから要するに毎日サボらずしっかり工夫しながら練習を繰り返し積み重ねる、ただそれだけだよ」
リョクさんはそう、ルイさんと同じようにこともなげに言って見せる。
だがそれが口で言うほど簡単ではないことは直ぐに理解できた。
「どう? これで少しは信用してもらえた?」
ルイさんがそう自信ありげに告げる。
それはただの自慢話だったように思えなくもない。
あるいはそうして実力を示すことが本来の目的だったのかもしれない。
実際二人の実力に僕は圧倒されるばかりだった。
そして表情から察するにエイミーもまた同様だったのだろう。
だがそれだけではない。
二人を見つめるエイミーの瞳の奥に煌めく輝き。
エイミーは二人に興味を抱いている。
だが次の一瞬、エイミーは何かに気づいたようにはっとした様子を見せると、
「――えっと……あなたたち二人の実力は分りました。けれど信用するかどうかはまた別の問題です」
表立ってはそう平静を取り繕って言う。
だが瞳の奥の輝きは隠すことができない。
エイミーはその場でしばらくの間思考する。
そして意を決したように目を見開くと、
「一週間後の大決闘祭、それに私のチームのメンバーとして出場していただけますか?」
そう切り出し、事情を話し始める。
ファルデウスの命により、大決闘祭への出場を命じられたこと。
そこで優勝することができたなら、バームを専属の武器職人と認めてもらえること。
大会は三対三のチーム戦形式で行われること。
丁度残りのメンバーを二人探していたこと。
「なるほど、そこで私たちの出番ってことね。となると問題はやはり――」
ルイさんはそう含んだ言葉と意味ありげな目線をエイミーに投げる。
だがエイミーもその意図を理解できているらしく、
「大丈夫です、お二人の身分は私が保証します。その場合でも私たちが優勝することが大前提となりますけど。それでも良いのなら」
そう答える。
なるほど、素性のしれない二人を大会に出場させること自体が問題だったのだと僕は理解する。
そのエイミーの言葉に、ルイさんはしばらくの間思考し、だがやがて、
「おもしろい。その賭け、乗った!」
そう裏の思惑を感じさせる、しかしその割には心地よい笑みと共に答え、手を差し出す。
そうして差し出された手をエイミーは一瞬見つめ、
「――それともう一つ」
こちらは瞳の奥を輝かせて付け加える。
「ルイさんの魔法とリョクさんの魔術を用いない戦闘術、私に教えてください!」
口にするエイミーの声と表情は期待に満ち溢れていて、むしろこちらの方が本来の目的なのではと思えてしまうほど。
そんなエイミーの反応に、ルイさんはその一瞬、驚いた表情を浮かべる。
だが数秒の後、それをどこか満足げな笑みに変化させると、
「もちろん。リョクもいいでしょ?」
そう答え、リョクさんの方を見る。
リョクさんもまたわずかの思考も挟まず笑顔と共に頷く。
それを見たエイミーは今度こそ満面の笑みを浮かべ、
「じゃあ交渉成立ね!」
そう、今度こそルイさんの手を力強く握りかえす。
交渉が成立した。
最初の険悪な雰囲気からは考えられない程仲の良い様子の二人。
恩人とエイミーが和解できたことは喜ばしいことだ。
だが僕は知らない情報が多いようで、置いてきぼり状態だ。
それにあまりに話がうまく転がりすぎているようで、直ぐには受け入れることができない。
そしてそれはどうやらリョクさんも同じらしく、やれやれと苦笑いを浮かべ、
「正直何の話かイマイチわからないよ。バームさんは分ります?」
そう声をかけてくる。
「いや、僕にもさっぱり。というかリョクさんもわからないんですか?」
少なくとも僕よりは事情を理解しているのではないかと思い尋ねる。
だがリョクさんは首を横に振り、
「僕は顔に出るからって、教えてもらってないんです。というより僕の方からそう言っているんですけどね。でもこうなると置いてきぼり感が……まあ頭脳戦とか駆け引きは女性陣に任せて、僕たちは気楽にやりましょう」
そう言って手を差し出してくる。
その言葉に、僕はなんとなくリョクさんに自分に近い何かを感じ、
「こちらこそよろしくお願いします」
そう言ってその手を握り返す。
リョクさんの言う通り、聞かない方が良いこともあるのだろう。
だからそこは尋ねないことにする。
だがその代わりに、
「ところで……あの、僕にもさっきのやつ、教えてくれませんか?」
そう切り出す。
その言葉に、リョクさんは少し驚いた表情を見せる。
そんなリョクさんに僕は続ける。
「確かに僕には武器を鍛えるという大切な役目があります。けれど男として、いつまでもエイミーに守られてばかりというのはやっぱり嫌です。だからせめて、足手まといにならないようにしたいんです」
僕が言うと、リョクさんはしばらくは目を見開き、しかしやがてその表情を笑みへと変化させると、
「もちろん。喜んで」
そう言ってくれる。
そんな僕たちの会話はルイさんにも聞こえていたらしい。
その上でルイさんは少しばつが悪そうな表情を浮かべると、
「ごめんなさい。悪いけど、今は二人には伝えられない情報が多くて。事が済んだらちゃんと説明するから。それとバームには、大会までに私たちの武器を鍛えてほしいの。私たち、今は間に合わせの武器しかないから。あと一週間しかないけれど……お願いできる?」
そう頭を下げる。
一週間で用意できる武器となるとかなり限られてしまう。
当然、武術を教えてもらっている時間などあるはずがない。
だが僕にだって優先順位くらいは分る。
「わかりました。一週間で最高の武器を鍛えて見せますよ。ですから事が終わったらよろしくお願いします。あ、でもエイミーの槍に負けない最高の武器も鍛えなきゃいけないし、これは大忙しですね」
そう答えて笑うと、他の三人も笑みを浮かべる。
そして数秒の後、僕達4人は真剣な表情で向かい合う。
「私たち4人、色々な過去や思惑がある。でも今は一つ、大会の優勝、そして4人のより良い未来のために」
ルイさんがその言葉と共に、手を差し出す。
その手に、先ずエイミーが、
続いてリョクさんが、
そしてそれに合わせるように僕が手を伸ばし、重ね合わせる。
そして息を合わせ、一度小さく下げた後、高く夜空にその手を掲げる。
ほんの一時の団結にすぎないのかもしれない。
あるいは次の一瞬には瓦解しているかもしれない。
だが少なくとも今この一瞬、僕たちは間違いなく団結していると、僕は断言してもよいと思った。
そしてこの決断が僕たちの後の運命を大きく変えることに、この時気づいたものはだれ一人いなかった。
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