第13話 ルイの魔術

「では改めまして、私の名前はルイ。と言っても本名ではないのだけれど、今はそう呼んで」


 女性がそう名前を告げる。

 あれから僕たちは店を離れ、人気の少ない街はずれの通りに移動してきていた。

 エイミーも今はルイの用意した目立たないローブに身を包んでいる。

 この場所であれば、店の時のように目立つことも、会話を聞かれる心配も少ないだろう。

 

「僕のことはリョクと呼んで下さい」


 続けて男性が告げる。

 二人の態度は至ってやわらかだ。

 だがそれと対照的に、エイミーはあれからずっと、その獣のような殺気と緊張を全く崩していない。


「私たちに何の用?」


 そう殺気立った様子で問いかけるエイミーに、ルイさんは小さくため息をつき、


「――これじゃあ私から何を言っても信じてもらえそうにないわね。バーム、私たちとあなたの関係を彼女に説明してあげて。あなたの言葉なら信じてくれるでしょう」


 そう僕に言う。

 僕も同じ意見だったし、エイミーと恩人の二人がギスギスしたままというのも嫌だったので、エイミーを説得するように僕は説明する。

 聖剣授与式の前に出会った事。

 僕の武器を正当に評価してくれたこと。

 僕の背中を押し、聖剣授与式への乱入を危険を顧みず手伝ってくれたこと。

 つい先ほど手紙で呼び出されたこと。

 説明を続けるうち、エイミーは険しい表情こそ崩さなかったが、殺気は徐々に弱まっていった。

 やがて説明を終えると、


「――そう……そうだったの」


 エイミーはほんの少しだけ弱まった口調でそう漏らす。

 そして一度大きく息を吐いて全身から力を抜くと、剣の柄から手を離し、二人を正面から見据える。


「……バームに協力してくれたこと。私とバームをもう一度引き合わせてくれたこと。先ずお礼を言います。そして先ほどまでの無礼をお許しください」


 そうエイミーは、態度を大きく軟化させ、頭を下げる。 

 それを見た二人は再び彼女に笑みを向け、


「分ってくれてよかった」

「うまく行って何よりです」


 そう声をかける。

 だがエイミーはそこで再び視線を鋭くすると、


「何かお礼ができればと思うのですが、望みが何かおありで?」


 そう少し重々しい、含んだ言い方で問いかける。

 まだエイミーは完全には心を許していないらしい。

 そんなエイミーの態度に拘泥せず、ルイさんは先ほどまでと変わらない軽い調子で、


「まあ本当はバームに仲間になって欲しいと思っているのだけど……」


 そう告げる。

 だがルイさんがその言葉を言い終わらないうち、エイミーは再び全身から殺気を放ち、剣の柄に手をかける。

 そうしてエイミーが殺気を放つ度、リョクさんは肩に担いだ棒を握る指にわずかに力を込める。

 だがルイさんの方はやはりその涼しげな態度を微塵もゆるがせない。


「ちょっと……話は最後まで聞くものよ。無双の勇者にそういちいち殺気立たれたら、その度私の寿命が縮んじゃう……大丈夫よ、あなたから奪いとってまで、バームを仲間にしようとは思っていないから」


 ルイさんは途中で一度大きく息を吐き、ほんの少し呆れつつもなだめるようにエイミーに告げる。

 その言葉に、エイミーは数拍の後、剣の柄からは手を離すが、まとった殺気は弱まらない。

 そんなエイミーにかまわず、ルイさんは話を続ける。


「望むものといえば、バームがあなたに贈った槍に負けない程の武器を、私たちに鍛えてもらうこと。でも……私の読みが正しければ、今のあなた達にそんな余裕はない。きっとファルデウスから何かきつい仕置きがあるか、無理難題を吹っ掛けられるか……まだあなたの所に話は来ていない?」


 ルイさんの言葉に、僕の脳裏をよぎる城での騎士とエイミーのやり取り。

 ルイさんは状況をかなり読みあてているのではないだろうか? 

 それに冥府の神ファルデウス様の名前を完全に呼び捨てにしている。 

 先ほどまでのやり取りも含めて、只者でないのは間違いない。

 だがそんなことができる立場の存在など、僕は思いつくこともできない。

 彼女はいったい何者なのだろうか?

 

 ルイさんの問いかけに、エイミーは表情をわずかもゆるがせない。

 それを察したのか、ルイさんはその視線を僕に移す。

 どうして僕の方を見たのかは分っていた。

 だが分っていても、いきなり瞳を覗かれて心を悟らせないようにする技術など僕は持ち合わせていない。

 だから逃げるように視線を逸らしたけれど、それがそのまま答えとなってしまう。

 エイミーはそんな僕とルイさんのやり取りを見、一度小さく息をつくと、


「あなたの予想が正しかったとして、あなたはどうするの? どうしてほしいの?」


 そうさらに続きを促す。

 するとルイさんはそこで、それまでの涼しげな表情を、何か決意のこもった真剣なものへと変化させる。

 そして今度はエイミーの瞳を真っ直ぐ見据え、告げるのだ。


「私たち二人に、あなた達の協力をさせてほしいの」


 ルイさんの言葉に、エイミーは表情を、驚愕と困惑、不安の入り混じったものへと変化させる。

 

「――どういう事? なんで?」


 その意図を汲みきれない様子でエイミーが問いかける。

 だがルイさんはその真剣な表情と態度を崩さないまま、


「正直に言うわ。私、あなた達の事が気に入ったの。ハーフという恵まれない立場にありながら、腐らず、めげず、真摯に仕事に向き合い、腕を磨き、その高みに至ったバーム。そしてそんな彼を、外見も、種族も、身分も関係なく、しっかり仕事と中身で評価したエイルミナ。あなた達二人に、私は幸せになってほしいと思う。

 きっとあなた達の人生はこれからも苦難の連続。でも一番重要なのは、この出だし。あなた達の実力が確かな事は知っているけれど、いくら実力があっても二人だけでは対処できないものだってある。だから利用できるものは何でも利用すべきよ。そしてその一番最初に、私たちが手を貸したい、貸させてほしいの」


 そう告げる。

 少なくとも僕の目には、ルイさんの態度に裏の思惑があるようには見えない。

 きっとエイミーも同じ思いを持っていて、だからこそ表情を一層怪訝なものにする。


「――言葉だけでは信じられない。信じるわけにはいかない」


 エイミーはそう、理性に従い答えを返す。

 だがそんなエイミーの態度に、むしろルイさんは頷き、


「――そう、それでいい。疑うことは必要よ。私もただで信じてもらおうなんて思ってない。だからお近づきのしるしに、私の魔術構成の過程、見せてあげようと思うのだけれど」


 そう提案する。

 その瞬間、さらに強い驚愕を表情に表すエイミー。

 魔術は流派や個人のアレンジで行使する過程が全く異なってくる。

 その違いがそれぞれの流派や個人の特色や強さを生み出す。

 だがその情報が他者に漏れるような事があれば、それは技術の漏えいであり、対策を講じられるリスクも生じてしまう。

 そのため多くの魔術師や流派はその情報を最大の秘密とし、門外不出とするのだ。

 流派の秘密を漏らすようなことがあれば、命を狙われることも珍しくない。

 それほどの秘密を、ルイさんは見せようというのだ。


「――そんなことをして、あなたは――」 


 むしろルイさんを止めるぐらいの勢いで言うエイミー。

 だがそれを遮るように、


「大丈夫よ。むしろ私から言わせてもらえば、これは秘密にするようなものじゃない」

  

 ルイさんはそう言って、ローブの中から杖を出す。

 そしてその先端に、小さくごく単純な魔法陣を浮かべると、魔術を行使する過程がわかるよう、わざと一つ一つの動作をゆっくりと、僕たちに見せるように行っていく。

 ルイさんの体を幹として、足元から目に見えない根が、腕を枝として葉のようなものが広がる。

 根は地面から、葉は空気と、空の星々の光から、微弱な魔力を吸収する。

 さらにルイさんが大きく息を吸い込むと、魔術の行使に足りない分の魔力がルイさんの体内の養分を変換、燃焼し生み出される。

 そして生み出された魔力は、ルイさんの腕を通し杖を伝いその先端へと集められ、魔法陣によって一気に圧縮、変化すると、やがてそこに小さな蒼い炎の火球となって浮かび上がる。


「……どう?」


 わずかに息を切らせ、頬に汗の筋を伝わせながらルイさんが言う。

 その内容に、僕たち二人は唖然とするしかなかった。

 なぜならその魔術構成の過程は、エイミーどころか魔術を少しでも学んでいる者ならだれでも知っているような内容。

 あらゆる流派のあらゆる魔術で用いられるような基本中の基本の一つに、ほんのわずか彼女の体格や魔力の質に合わせた調整が施してある程度のもの。

 もはやバレたり、漏らしたりしたところで咎められないレベルだ。

 

 問題はそれほど基礎的な魔術にもかかわらず、発生した炎の色が青かったこと。

 蒼い炎というのは赤い炎と比べより高温の、強力なものだ。

 通常はより規模の大きく、複雑な魔術構成をした上級術でないと発生できない。

 それを基礎呪文で発生させることができたわけを、過程を見た僕達には直ぐに理解できた。

 だからこそ唖然とし、驚嘆することしかできなかった。

 

 普通、魔術をより強力なものにしようとした場合、消費する魔力量を増やし大規模化する道を選ぶ。

 それが強力な魔術を扱うための最大の近道だからだ。

 だが大規模な魔術は扱いが難しく、隙も大きい。

 だからその分、魔術構成の過程に手を加え、複雑化することでコントロールを補助し、高速化して隙を小さくしたりする。

 だが複雑化すればするほど、その過程で無駄が生じやすくなり、魔力消費は大きくなる。

 当然体内の魔力だけでは足りなくなるため、魔力を貯蔵する魔法石などを使用するようになる。

 そのうち速度を重視するようになると、ルイさんが最初に行った地面や空気、光からの魔力吸収動作は省略するようにすらなる。


 一方ルイさんの行使する魔術は内容こそ基礎中の基礎だが、その完成度はもはや芸術の域に達した、完璧なもの。

 一つ一つの所作に無駄が一切ない。

 だから余計な副産物を発生させず、集めた魔力のほぼ全てを魔術に費やすことができる。 

 大多数の魔術の流派や魔術師たちは、それほどまでの基礎固めはしない。

 あまりに地道で時間がかかりすぎるため、そこに向き合うことを避け、手っ取り早い方法を選ぶのだ。

 とはいえ彼らを責めるのは間違いだろう。

 国にとって魔術師とは戦力、常に素早い養成が求められているからだ。

 それにちょっとやそっと基礎固めに時間をかけた程度で、ルイさんの領域に達することなどできはしない。

 

「魔術の、いや、魔術に限らず、おおくの技術の神髄は基礎に込められている。雨の日も、風の日も、毎日腐らず、休むことなく、基礎を地道に反復し、積み重ねる。それもただ繰り返すのではなく、一回一回、どうすればより良くなるのか考え、創意工夫しながら繰り返す。そうして練習を地道に繰り返すことで積み重ねられた力の蓄積の山、それが私の魔術よ」


 そうルイさんは、自分の力の正体を、全く惜しむことなく、むしろ誇らしげに見せる。

 真似できるものなら真似してみろ。

 そんな言葉が聞こえてきそうなほどの、しかしそう誇れるほどの圧倒的な力の蓄積。

 

「――すごい」

 

 その言葉を僕より先に漏らしたのはエイミーだった。


「今は一つ一つゆっくり動作したけれど、実戦で必要なのは速さ。まあ見てて」


 ルイはそう言うと、先ほど発生させた炎を一度消す。

 そして全身から力を抜いて小さく構えを取る。

 次の一瞬、ルイさんは瞬間的に杖を突きだすと、瞬く間に先ほど同様の蒼い炎を杖の先端に生み出す。

 先ほどの動作を瞬時に行えることを証明したのだ。


「私は複雑な上級術なんて使ったことがほとんどない。出来ないというのもあるけど、必要ないの」


 そう息を切らしながらも、こともなげに言ってのけるルイさん。

 そんなルイさんを、エイミーは目を丸くして見つめる。

 その瞳の奥の輝きが、初めて僕の剣に出会ったときに彼女が見せたそれと、すこし重なって見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る