第8話 決断

 1年前のあの日、彼女と出会った事。

 それから半年間の、彼女との関係、夢のような日々。

 半年前、夢から覚めた日の事。

 失意の底から奮起し、槍を鍛えたこと。

 僕は全てを、初対面の二人に語ってしまった。

 思えばそれだけで首をはねられかねない行為だったけれど、僕はもう止まらなかった。

 二人はそれを黙って聞いてくれた。

 やがて話し終えると、女性が口を開く。


「いくつか確認したいのだけど、あなたが彼女に渡した武器は刃が付いていなかったのよね? そして彼女と引き裂かれたのが半年前で、武器は全てあなたの元に戻ってきた」


 その問いかけに、僕は頷く。


「じゃあ聞くけど、彼女の身長は160~170センチくらい? 髪の色は薄茶色で、肌は薄い黄色。幼げな顔立ちの美しい少女で、年齢は10代後半から20代前半。装備は片手槍と楕円形の盾、腰に片手剣もしくは刀……違う?」


 女性の問いかけに、僕は驚愕する。

 僕の記憶が正しければ、僕は話の中で彼女の特徴をそこまで詳しく説明していなかったはずだ。

 

「な、なんでわかるんですか? 僕そこまで言いましたっけ?」


 言って、男性の方に視線を送るが、男性は首を横に振る。

 だが女性は少し呆れた様子で眉間を抑えながら視線を地面に落とす。


「――そもそも数少ない女性戦士でそこまで特徴的なら、普通気づく――いや、それは会ったことがある私だから言えることか」


 そうとんでもないことを口にする。


「――え、彼女に会ったことがあるんですか!?」


 僕が驚いて尋ねると、女性は小さく頷き、


「一応知り合いと言えば知り合いなのかな。まあ私の方はともかく、向こうはどう思っているか……いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。これはかなりまずい状況よ。もう凱旋式は始まってしまってる。この後の聖剣授与式まで含めても、猶予はあと2、3時間。一度城内に入ってしまえば、恐らくもう手は出せない」


 そう続けてまたとんでもないこと言う。

 

「あの、凱旋式って……彼女がそれに出席してるってことですか!?」


 身分が高いとは思っていたが、まさかそんなものに出席できるほどだなんて。

 その思っていると、しかし女性はさらに呆れた表情を浮かべ、


「出席も何も……いや、説明してる時間はない。知らないままの方が面白そうだし」


 そう呟くと、今度はその表情を真剣なものにし、また僕の瞳をまっすぐ見据える。


「バーム、10秒で答えて。あなたは彼女に会ってどうしたいの?」


 女性のそのあまりの剣幕に、僕は圧倒されながら、しかし何とか口を開く、


「えっと……その……槍を渡し」

「渡してどうしたいの?」 


 言い終える前に、女性は畳み掛ける。

 僕は答えを用意できていなくて、慌てて考えるが思考が空回りしてしまう。

 僕はどうなりたいのか、どんな未来を望んでいるのか。

 そう考えた時浮かんでくるのは、以前の夢のような日々、


「――また前みたいに、彼女が受け取って、笑ってくれたら……僕は――」


 言うと、女性は一度瞳を閉じ、短く息を吐く。

 そしてもう一度僕の瞳を正面から見据えて、静かに口を開く


「一度しか言わないからよく聞いて。そして3分以内に決断して。あなたが彼女に槍を渡すとすれば、それができるのはあと2、3時間。そのチャンスを逃せば、その機会はもう一生訪れないかもしれない。

 でも一度やったら決して取り返しはつかない。そして失敗すれば、あなたは全てを失う。万一成功したとしても、結局失う可能性が高い。そして失うのはあなたの命だけじゃない。あなたの大切な人にまで危害が及ぶ可能性がある。そして一番大きなものを失うのはきっと彼女。あなたのせいで、他ならぬ彼女のこれからの人生がメチャクチャになる。

 その上で聞きます。そこまでしても、あなたは彼女に、その槍を渡したい?」


 静かなその言葉は、しかし刃となって確実に僕の心を貫く。

 考えてこなかったわけではない。

 いや、本当は考えていた。

 ハーフの僕と、高貴な彼女、それだけで大事になりかねない。

 だから彼女を除けば唯一親しい人と言える親父さんには、家を出る前に絶縁状を書いてもらっていた。

 元々血のつながりはなく、近くの人にも親父さんの下っ端の小間使い程度としか思われていないから、本当は必要ないくらいとも思ったけど、念のためにだ。

 

――事が済んだら、いつでも戻ってこいよ。

 

 親父さんはそう言ってくれた。

 だが彼女は違う。

 彼女が今、僕のことをどう思っているのかはわからない。

 普通に考えれば、ただ半年間の付き合いのお客さんという関係。

 そして別れ方は、三行半を突き付けられたとも解釈できるような形。

 そうでなくても、僕が事を起こせば、彼女にはきっと大きな迷惑をかける。

 自分のことはいい。

 だが彼女に迷惑はかけられない。

 それはよくわかっている。

 分っているはずなのに、なぜだか僕は、それを言葉にすることができない。


――言わなければ。


 そんな思いばかりが先行し、口が音を発音しないまま開閉した。

 その時、


「あの……彼女にその槍をあげて、彼女は喜んでくれると思いますか?」


 男性の言葉に、僕と女性は視線を向ける。

 男性はただ真剣な表情で、僕の瞳を見据え、


「他の事なんて考えないで、ただあなたがその槍を彼女に渡す光景を思い浮かべて。彼女は本当に、確実に、喜んでくれますか? あなたの思う彼女は、あなたにその槍を渡されて、どんな反応を示しますか?」


 そう暖かく、問いかけてくる。 

 その言葉に、僕はその光景を思い浮かべる。

 

 場所は分らない。

 周りの景色もはっきりしない。

 僕はそこで、彼女に槍をささげる。

 彼女はそんな僕と、その槍を見て――


「……きっとあの日と同じように笑顔をくれる。僕の知っている彼女は、そんな人だから」


 その言の葉は何も考えないうち、自然とつむぎだされていた。


「ならそれでいいと思います」


 男性は僕の言葉を聞いて、そう軽く、暖かく言う。

 僕がその意図を汲みきれずその顔を見つめると、男性は続ける。


「わがままを言ったっていいんです。あなたがそうしたいと思うなら、例え周りがどう思おうと、どうなろうと、いい事だろうと、悪い事だろうと関係ない。あなたの人生は、あなただけのもの。時には人に迷惑をかけることになったとしても、本当にここぞというときには、やりたいことをやればいい、それが人生。

 もちろん、そうしてやろうとしていることが間違っていると思うなら、それをされて僕が困るなら、僕はあなたを止めるかもしれない。でも僕はあなたのやろうとしていることが、間違っているとは思えない。むしろ僕は今のあなたを応援したい。

 確かに彼女に迷惑をかけることになるかもしれない。でも、彼女はあなたにその槍を渡されたら、笑顔を浮かべてくれるのでしょう?」


 男性のその問いかけに、僕は頷く。

 すると男性もまた頷き返し、


「だったらそれでいいと思います。彼女が笑顔を浮かべてくれると、あなたがそう自信を持って思い、言えるのなら、僕もきっと、彼女はそんな人なんだと思います。だから、あなたがやるというのなら、僕は手伝えることは何でもしたいと思います。もちろん、決断するのはあなたですけど」


 そう言って、男性は笑顔を浮かべる。

 そんな男性を見て、女性もまた満足げな微笑を浮かべ小さく頷き、僕の方を見る。

 決めるのは僕だ。

 

 どうして二人は、こんなに背中を押してくれるのだろう?

 どうしてこんなに優しいのだろう?

 こんなに言われて、こんなに熱くなってしまったら、僕はもう止まれない。

 

 そうして脳裏をよぎる、彼女の笑顔。 

 

――もう一度、彼女のあの笑顔が見たい。


「お願いします。手伝ってください。ご恩は必ず返します」


 そう、僕は熱い目じりをこすり、頭をこれ以上下げれない所まで下げる。

  

「分った。なら、時間はもうない。早速動きましょう」


 頭を上げると、二人が大きく頷く。

 

「私があなたの杖になる」


 女性がそう、マントの下に隠していたらしい魔法の杖の先端をマントから出して示し、


「僕が君の剣になる」

 

 男性が先ほど僕が魔術除けを施した棒を肩に担ぎ、微笑を浮かべる。

 そんな二人の満足げな表情が、僕には幾千の修羅場を潜り抜けた、歴戦の勇士のそれに思えて仕方がなかった。

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