第7話 二人組

 再び街へ出る。

 それはくしくも彼女と出会ってから丁度1年にあたる節目の定期市の日だった。

 街は前回にもまして奇妙な雰囲気に包まれていた。

 城門前で街へ出入りする者一人一人に取り調べが行われている。

 兵に訳を尋ねてみると、逆に兵の方が驚き呆れるばかりで答えはくれなかった。

 僕はハーフということもあり他の人間より入念な取り調べが行われたが、何とか入れてもらうことができた。

 

 街に入った後、よく利用している商店の人にまた話を聞いてみると、驚きの答えが返ってくる。 

 数週間前、辺境の大監獄に幽閉されていた闇の帝王が、何者かの手を借りて脱獄した。

 直ぐに大軍勢が召集され帝王討伐に向かったが、逆に返り討ちにあって壊滅的損害を受けてしまった。

 討伐軍の指揮を執っていたのが、前回帝王を捕縛した際の最大の功労者、大いなる光の神の子セインだったというのだから、事態はさらに深刻である。

 前回街に来た際に聞いた大監獄周辺での異変というのはこのことで、帝王は行方をくらませ現在も逃走中。

 この事は公にはまだ否定されているが、すでに情報は国中に広まり、人々は口にこそ出さないがすでに事実として受け止めている。

 加えて街では本日、勇者エイルミナの凱旋式と聖剣授与式、そして一週間後にはエイルミナの結婚相手を決める大決闘祭が開かれる予定のため、城門前での取り調べも含め街では厳重な警戒態勢が敷かれている。

 

 僕が知らない間に世の中は大分混乱していたらしい。

 通りに人があふれている割に、その表情が浮かなかったのはそのせいかと僕は納得する。

 とはいえ今の僕に、直接関わる問題ではない。

 それよりも彼女、なのだが、ハーフの僕が高い身分であろう彼女のことを直接聞きまわるのはまずい。

 そこへくると今日は彼女と出会って丁度1年の節目の日。

 それを彼女が覚えていてくれ、また定期市を訪れてくれる可能性が全くないとは言えない。

 その可能性が限りなく低いことを理解しながら、他に方策も思いつかないため、僕はまた定期市に店を出しつつ、今後の方策を練ることにした。


 相変わらず店に客は来ないので、考えははかどる。

 だが恐らく高い身分であろう彼女の生活圏に、ハーフの僕は入ることも出来ない。

 情報を集めることすら難しい状況に加え、この騒ぎによる警戒の強化、完全に逆風である。

 どうにかして彼女の方からこちらの生活圏に入る機会を狙えないだろうか。

 そう考えていたその時だった。


「すみません」


 突如かけられる言葉に、僕ははっとする。

 そうしてあわてて目線を声の主に向けて、しかしそれが彼女でない事を確認し、僕はつい落胆してしまう。

 そこにいたのは男女の二人組。

 声をかけてきたのは、黒いマントに黒い三角帽子のいかにも魔女という出で立ちの女性。

 瞳は濃い黒、髪も同じく黒で、肩にかからない程度の長さ。

 肌は黄色を主としながらも色白。

 顔立ちは比較的きれいだが、右の瞳に垂直方向に筋状の、左頬に火傷による赤く痛々しい傷を負い、その魅力みりょくはすっかり色褪いろあせてしまっているという印象。

 顔立ちは幼げだが、年齢は二十歳代後半といったところではないかと思う。

 身長は155センチ前後で、体はかなり細く、華奢な印象だ。

 

 男性の方は濃い深緑色のマントに地味な服装。

 瞳と髪は女性と同じ濃い黒、肌は黄色。

 顔立ちは彫りの浅いやや優男風だが、対照的に左まゆから右頬にかけて、筋状の勇ましい傷を持つ。

 年齢は女性と同じ二十歳代後半といったところ。

 身長は僕と同じ180センチほどと人間としては高く、体格は平均的。

 

 それにしても自分からハーフの僕に声をかけてくるなんて珍しい人達だと思っていると、女性は続けて、


「そこの槍、どこでどうやって手に入れたの?」

 

 そう言って僕の背後を指さす。

 そこにあったのは僕が彼女のために鍛えた槍。

 目立たないよう布を巻いておいたのだが、いつの間にかゆるんで隙間から穂先と柄の一部が覗いていた。


「それは……信じてもらえないと思いますけど、僕が鍛えたんです」


 そう答えると、女性は少し驚いた表情を浮かべ、


「――それが本当なら、あなたは超一流の武器職人ということね」


 そう言って一本の棒を手渡してくる。

 

「――太さ3センチ、長さ2メートル。良い樫の丸棒ですね」


 見立てて言うと、女性は続けて、


「これに魔術除けを施してくださる? もちろん出来にかかわらず、御代は払います。武器の出来は嘘をつかない。それであなたの腕は分ります」


 そう真っ直ぐ僕を見つめて告げる。

 

――本物のお客さんだ!


 彼女以来となる本物のお客さんに、そして実力を試されているという事実に、僕は俄然やる気になる。


「分りました。必ずご期待に沿える出来にして見せます。御代はそちらの言い値で。あと、お使いになるのはどちら様で?」


 尋ねると、男性の方が小さく手を上げ、おずおずと前に出てくる。


「でしたら、魔力を拝見したいので、お手を触らせていただいてもよろしいでしょうか?」


 問いかけると、男性は少し驚いた様子で女性の方を見る。

 すると女性が僕に向かい、周りの人に聞かれないよう声を潜め、


「あの……彼は少し変わった体質をしていて、それを隠しているの。今から言うことは他言無用でお願いします。実は彼、体内に魔力を一切持っていないの」


 そう告げる。

 体内に魔力を一切持たない人間など聞いたことがない。


「あの……確かめさせてもらっても?」


 驚きながら言うと、女性は男性に向かって頷き、男性もそれを受けて手を差し出してくれるので、僕はその手を握り確認する。

 すると女性の言うとおり、その男性の体内からはほんのわずかの魔力も感じることができなかった。  

 だが不思議なことに、体内に魔力は無くても、良い魔力の相性というのは存在するらしい。

 

「不思議ですね、確かに体内に魔力は一切ないのに、相性は色濃く出ている。というよりこれは、守られているというのか……自然の魔力、緑系統――特に薄緑の魔力との相性が抜群ですね」


 僕がそう言うと、心当たりがあるのか二人は驚いた表情をして顔を見合わせ、だがすぐに笑顔を浮かべる。

 

「――ええ、きっとそう思います」

 

 女性がそう答える。

 これはかなり特殊な仕込が必要だ。

 だが僕には、それをこなせる自信があった。


「どの程度の出来に仕上げるかにもよりますけど、ひとまず魔術除けだけを彫ってみましょう。それなら1時間程度でもできますし、出来を見てお気に召していただけたなら、追加の処理もできますので」


 そう言うと、二人は頷いたので、僕は早速仕事に取り掛かった。


 

 仕事が終わったのは、きっかり1時間後だった。

 出来上がりを見て、男性は善し悪しが分らないのか女性に意見を求める。

 女性はじっくり目利きしたのち、深く頷いて、


「武器職人さん、あなたのお名前を聞かせてもらっても?」


 おもむろに尋ねる。


「あの……バームと言います」


 答えると、女性は再び真っ直ぐ僕の瞳を覗いて、 


「これは言い値でということだったけど、持ち合わせ全部はたいても足りないくらいの出来。あなたは間違いなく超一流の武器職人です」


 そう告げる。

 その女性の瞳には、一点の曇りも乱れもなく、言葉は凛として、わずかの揺らぎもなかった。

 時が止まったかのようにすら感じた。

 僕は金縛りにあったかのように、少しも動くことができなかった。

 ただ心の奥底から、熱い何かがこみ上げてくるのを感じた。

 そうして固まっている僕を見、女性は続けて、


「あなたはオークとのハーフ? 今までその外見で、きっと苦労したのでしょう。でなければ今頃、こんなところで細々と商売なんかしていない」


 そう優しく言う。


「――ありがとう、ございます」


 やっと開くことができた僕の口からこぼれ出た言葉は、すっかり震えていた。


「皆僕をハーフだからって見下して、僕が鍛えたって言っても信じてくれなかった。でも――」


 言いかけて、彼女のことを思い出し、言葉が途切れてしまう。

 お客さんの前で口ごもるわけにはいかないと思うと、口が勝手にわななき言葉を紡ぐ。


「たった一人だけ、ちゃんと評価して、買ってくれた人がいて、だから僕は、僕は今まで――」


 僕は何を言っているのだろう。お客さんにこんな話をしてもしょうがないではないか。

 そう僕は口をつぐむ。

 だがそんな僕の様子に、女性は何か察してくれたらしく、


「今まで辛かったでしょう……それとも、何か困っていることでもある? もし力になれることがあるのなら、この仕事の分は力になりたいけど」


 そう笑顔で言ってくれる。

 

――彼女のことを告げても大丈夫だろうか?

 

 僕は迷う。

 事が大ごとにならない保証はない。

 お客さんに迷惑をかけるわけにはいかない。

 そう思いながら、しかし自分一人ではどうにもならないことを察していた僕は、黙り込んでしまう。

 

「――初対面の僕たちを信用できないのは分りますけど、一人でできることなんてたかが知れてますし、本当に悩んでいるのなら、ダメもとで言ってみてくれませんか? 力になれないならはっきりそう言いますし。話がまずい方向に転がりそうなら僕たちは逃げますし」


 言ってくれたのは男性の方だった。

 確かに、このままではどうにもならない、なら言うとおり、ダメもとにかけてみよう。

 普段なら絶対に話さなかっただろう状況で、しかし僕は二人に話を切り出す。

 この決断が、僕の運命を180度変えることになるなど、この時は夢にも思わなかった。

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