第6話 完成

 あれがら3か月が過ぎた。

 彼女は現れない。

 分ってはいた、だが受け入れられなかった。

 来月も現れなかったら、その時こそは諦めよう。

 そう考えながら店を出し続ける僕の頬を、冷たい風が撫でた。


「僕、もうダメかもしれない」


 家に帰って、誰に向けるでもなくそう漏らす。

 するとどこからともなく親父さんが現れる。

 親父さんは何も言わない。

 ただ仕事に身が入らない僕の様子を見て、冷水の入った桶を示し、頭を冷やせと目線で告げるだけだ。

 近頃は仕事の注文も山ほど入っているのに、僕が手伝いに入ることも許してくれない。

 今の貴様は足手まといだと言わないばかりだ。

 

 分ってはいる、そのつもりだ。 

 ハーフオークの僕には贅沢すぎた、神様からの贈り物。

 これ以上を望んではいけない。

 そう自分で自分の心を諭すが、やはり闇の深淵に沈んだそれを引き上げることは出来なかった。


「悩んでいる暇があったら、武器を鍛えろ」


 ある日突然、親父さんが僕に言った。

 突然の言葉にただ目を丸くするばかりの僕に、親父さんは続ける。


「そいつは言ったんだろう? お前の武器は姫様にふさわしくないと。ならばふさわしいだけの武器を鍛えりゃいい。世界中のどんな武器にも負けない最高の、その姫様にふさわしいと全ての者が認めるだけの武器を鍛えりゃいい、違うか!?」


 親父さんはそう言って、僕の背中を叩く。

 

「簡単に言ってくれるなぁ」


 そう呟きながら、しかし僕の口の両端はしっかり吊り上っていた。

 世界中のどんな武器にも負けない、彼女のための最高の武器を鍛える。

 それができるのは世界中で僕一人。

 そんな驕りともつかない自負が、僕を突き動かす。


 彼女の主とする武器は片手でも使える短槍。

 ならば最高の短槍を鍛える。

 決まると同時、僕は動き始める。


 河原で拾える魔法石には限界がある。

 本当に優秀で貴重な魔法石は鉱山で選別され、上流階級向けに送られてしまうので、街にも出回らない。

 なので僕は直接鉱山を訪れる。

 本来は入ることもできない所だが、大枚をはたいて入れてもらい、競りに参加する。

 優秀な魔法石というのは本当に桁違いの値が付く。

 彼女との半年間のやりとりで得た大金を全てなげうつつもりでも、競り落とせないような値が当たり前のようにつく。

 

 やがて競りも終盤に差し掛かろうとしたとき、出てきたのは魔法石の原石、と称される品。

 競りに出てくる品の中には、たまに本当に価値のわからないものもある。 

 そしてそれを競り落とし万一はずれでも、文句は言えない。  

 一見普通の石と見分けがつかない、サイズも小さなその石に、参加者達は二の足を踏む。

 僕は迷わず手を上げる。

 値を釣り上げる奴がいてやや高くなってしまったが、予算内で手に入れることができた。

 

――よくそんなものに大金を払えるな。


 値を釣り上げてきた奴に嫌味を言われるが、僕は構わずそれだけをもって家に帰る。

 彼らは気づいていない。

 あれはオークの魔術師たちの間では5大秘石と伝えられる魔法石の一つ。

 サイズは小さいが、今回は槍のため問題はない。

 戻って魔法石を研磨すれば、やがて無色透明の、だが中心に白い光の宿った、見事な魔法石が現れた。


 金属は今回、思い切ってミスリルを用いることにした。

 だが街でミスリルと称される品には偽物が多い。

 よいものを選り抜いていると、近くの人々の会話が耳に入ってくる。


 闇の帝国との決戦は人間側が兵力で圧倒的優勢にもかかわらず、攻めきれないまま推移している。

 帝国軍の築城を駆使した持久戦術もあるが、最大の要因は勇者、エイルミナの不調にあるらしい。

 そしてその不調の原因は、力の原動力だった優れた武器が失われたためというのがもっぱらの噂だ。

 このためエイルミナのために、鍛冶の神が特注で武器を鍛えることになった。

 さらに別の戦線から、大いなる光の神の子セインと、一騎当千の戦士アルダ、聖女メィリャの率いる12000の軍勢が引き抜かれ、援軍として派遣されることになった。


 闇の帝国と人間の決戦の結果は、今後の世界の行く末を大きく左右する。

 本来ならば僕も大いに気にしなければならないことなのだが、今はそんな暇はない。

 僕はそう人々の会話を聞き流し、材料を手に入れると、一分一秒を惜しみ家に戻るのだった。


 今回、柄は打柄と呼ばれる複合素材とすることにした。

 厚めの竹を裂き、断面が台形になるように細長く加工した竹ひごを、心材のヒノキの周囲に巻いて円柱状になるよう取り囲んで組み、接着して革で巻き、漆をかけて固める。

 いずれの素材も、手間と予算を惜しまず厳選した物を用いる。

 漆に魔法石の原石を研磨した時に出た粉を入れると、見事な光沢のある青白い色が出た。

 

 金属はミスリルと灌鋼かんこう、それに僕が初めて一から鍛え、彼女が買ってくれたあの刀から抽出した鉄を混合させ合金を作り、それをそのまま打ち延ばす。

 刃渡り30センチ、幅広、肉厚、根元に魔法石をはめ込んだ、シンプルなつくり。

 出来上がった穂先を柄と組み合わせれば、仕上げの彫りの工程。

 前回同様、彼女の体内の魔力の特性に合わせて調整するが、今回の魔法石は彼女の体内の魔力と比べても遜色そんしょくない質なので、その点は前回ほど気を使う必要はない。

 代わりに彼女の持ちうる力を最大限引き出すことを重視した、そして最初の刀同様、血管が槍全体に伸びるのをイメージした彫りを施す。


 出来上がった槍を見て、僕は首をひねる。

 出来が悪い訳ではない、むしろ間違いなくこれまでで最高の出来だ。

 だがいつもならそれで完成としている所で、僕はなぜだか納得できない。

 理由は分らないが、これではだめだと思うのだ。

 そして一番厄介なのが、なぜ自分が納得出来ないのか、分らないこと。

 考えて、しかし何も思いつかないまま数日が過ぎたある日、僕はこのまま考えてばかりいても答えは出ないと、また街へ出た。


 街は奇妙な雰囲気に包まれていた。

 民衆は上も下もお祭り騒ぎなのだが、そういう時にいつも活発に動く商人たちのうち、特に行商人の姿が少ないのだ。

 よく僕が商品を買っている店の人に聞いてみると、その原因はこうだった。

 人間の軍は大苦戦の末、ついに闇の帝国との決戦に勝利し、その軍を打ち破った。

 闇の帝王は捕虜となり神都に護送され、その後辺境の大監獄に幽閉された。

 決戦における大きな損害と疲労のため、人間の軍は当初、十分な追撃を行うことができなかった。

 だが帝王を失ったことで闇の勢力の結束は急速に弱まりつつあり、人間の軍は徐々に闇の勢力の巣食う南の地へと侵攻しつつある。

 戦勝祝いで街の民衆はお祭り騒ぎ。

 また勇者エイルミナが近く街に凱旋するということもあって、人々の盛り上がりはさらに高まりつつある。

 だが数日前、闇の帝王の幽閉された大監獄周辺で異変があった。

 厳しい情報封鎖により詳細はよく分っていないが、異変に伴い数万の軍勢が緊急招集されたらしい。

 民衆は情報封鎖によりその事実を知らないが、情報に強い行商人達は異変を察してすでに撤収を始めている。

 

 よく行商人から商品を買っている僕には少々痛手だ。

 だが異変が起きる前に商品を売ってしまいたい商人から安く品を買うチャンスでもある。

 僕は撤収前の行商人達が特に多く集まっているだろう港に足を運んだ。

 

 港は案の定、撤収前のさとい商人たちであふれていた。

 彼らは大量の商品を割安で販売している。

 珍しい商品を安く買えるチャンスなので、僕は何か良いものはないかと見て回る。

 そしてしばらく見て回った末、あるものが目に留まる。

 それまでの僕なら見向きもしなかっただろう。

 だがそれを見た瞬間、僕の脳裏に彼女の姿が浮かんだ。

 決して安くない商品、だが僕はほとんど無意識のうちに、残りの予算の全てをはたいていた。


 家に戻った僕は、彫った溝に早速それを埋め込んでいく。

 それは血のように赤く、星のように美しい光沢のある珊瑚。

 それを溝に埋め込むことで、より深く、効率的に魔力が槍全体に浸透するのを促す。

 というのは建前、とまではいかなくても値段と手間程の効果はない。

 ただその赤の入った槍を彼女が手にしている姿を思い浮かべ、僕はそうすることで初めてこの槍が完成するのだと確信した。

 それは僕がこれまで武器を鍛えてきた中で初めて、意識して取り入れた飾りだった。

  

 完成した槍は、今度こそ完全に納得のいく、会心の出来だった。 

 親父さんも目利きして、


「これなら神様とだってやりあえる」


 そう言ってくれた。

 あとはどうやって彼女に再会し、手渡すか。

 最大の難関を前に、しかし僕の心は燃え上がる。

 そう、僕の決戦は、ようやくここに始まろうとしていた。

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