第4話 夢の花園

 刀を引き取った僕は、彼女のために用意した盾と槍の部品を組み上げる。

 彼女は僕が武器防具を仕上げる様子を、また日の光を思わせる暖かい笑顔と共に見守る。

 そうして1時間弱程をかけ組み上がった盾と槍を彼女は受け取り、


「うわぁ、私にぴったり! 手にもなじむし、形も、重さも、大きさも丁度いいし、すごい。こんなの初めて!」


 そう子犬のように大はしゃぎする。

 僕はそんな様子を微笑ましく見守り、だが、


「ごめんなさい、それ、仕上げの彫りがまだなんです」


 そう告げる。

 彼女はそれを聞いて心底驚いた表情を浮かべ、


「ごめんなさい、てっきりもう完成なのかと……それにこのままでも十分すごいと思うのだけど」

 

 そう言って盾と槍を僕に返してくれる。

 確かに、最終仕上げの彫りは自分で、という人も多いため、わざと彫りを施さず売る店も多い。

 だが僕はこの彫りにもかなり自信がある。

 前回の刀は誰が使ってもある程度の実力を発揮できるように、という彫りだった。

 今回は違う。

 徹頭徹尾(てっとうてつび)、彼女の実力を引き出すためだけの彫りを施したい。

 そしてそれができるのだけは、この盾と槍を鍛えた僕だけだ。

 驕りかもしれない。

 だが僕はそこだけは、わがままを通すことにした。


「最後の仕上げの彫りを施すのに魔力を見たいので、お手を触らせて頂きたいのですけれど」

 

 僕はそう告げてから、自分がハーフオークであることを思い出す。

 彼女が何者かは分らない。

 だが前回の大金といい、良い身分なのはほぼ間違いない。

 そんな彼女とハーフの僕が会話しているというだけでも、本来なら問題のはずだ。

 そこへ来てお手を触らせて頂きたいなど、無礼千万、斬り捨てられても文句を言えない。

 なぜ気づかなかったのか、彼女と出会ってからの僕はどうかしてしまったらしい。

 

――今更遅いけど、なんとかとりつくろ――


 そう思うのと、彼女がその白く美しい手を僕に差し出すのは同時だった。

 僕は先ず差し出されたその手を見、それから彼女の顔に視線を向ける。

 そんな僕の挙動不審な様子を見、彼女はその意図が理解できない様子で、小さく首をかしげる。


「――あの、よろしいのですか?」

 

 僕がおずおずと尋ねると、彼女は首をかしげたまま、


「――? どうぞ」

 

 軽い調子でうなずく。

 きっと彼女は本当に理解していない。


「あの……僕はハーフオークです、あなた様のような高貴な身分の方の御手に触れてもよろ……いや、このようなことをお願いすること自体間違っておりました。無礼をお許しください」


 そう言って、僕は彼女の手に触れようと途中まで伸ばしていた自分の手を引こうとする。

 しかしその一瞬、彼女は目にも止まらない速度でその白い手を伸ばし、引こうとしていた僕の手を逆に包み込み、握り締める。

 

「あ、あの、お客様!?」


 僕は驚きのあまり、その体勢のまま固まってしまう。

 そして同時に気付く。

 彼女の手は一見きれいなようだが、その実、あちこちマメができ、あるいはそれがつぶれ、職人の僕に負けない程、ボロボロだった。


「身分も種族も関係ない。このボロボロの美しい手が、その生み出した物が全て。あなたが鍛えた刀は呼吸をして、力が循環して、まるで一つの生き物のようで、しっかり私の力を受け止めてくれたし、逆にいざというときは力を貸してくれた。私はあなたの刀が大好きだし、それを鍛えたあなたのこの手も好き。だから……触らせて」


 そう言って彼女は、汗のにじんだマメだらけの僕の手を包み込み、愛おしげに撫でてくれるのだ。

 

――この世にこんなに美しい人が存在するのか。やはり僕はまだ夢の中にいるのではないか?


 手で頬をつねることのできない僕は、かわりに自分で自分の足を踏んで、これが現実であることを確認する。

 そのまま呆けていたかった。

 だが職人としての僕が、勝手に仕事を始める。

 彼女の肌に触れる事で気づく。

 彼女の体の内に宿る魔力は、量こそ人並かやや多い程度だが、質はかなり高い。

 それも傾向や性質からして、先天的なものではなく、訓練などで後天的に磨かれたものだ。

 伸び幅や質からして、よほどの鍛錬を積んだに違いない。

 

 だが一般的に売られている武器は基本的に、魔力の量と質に大きな差がない者を対象につくられている。

 大方の人間は体内の魔力の量と質が比例するからだ。 

 人間の体内の魔力のうち、質は訓練である程度伸びるが、量はどれほど努力してもあまり伸びない。

 恐らく彼女は、相当の鍛錬によって魔力を鍛えた結果、量と質の差が大きくなってしまった。

 そしてそういう人は、それに応じた調整を施した武器を用いなければ、その実力を十分引き出すことは難しい。


「ありがとうございます。もう大丈夫です」


 僕は彼女にそう告げて最後の調整、彫りの工程に入る。

 彼女の体内の魔力は質が高い。

 対して今回僕の武器に用いている魔法石のうち、特に槍のものは質で負けてしまっている。 

 そのまま普通の彫りを施せば、質の低い魔力が彼女の体内に流入することで、魔力を薄めてしまう。

 逆に彼女の魔力を武器に注ぎ込んだなら、魔法石が暴走するか、耐え切れず破損する恐れすらある。

 前回の刀はその心配がないだけの魔法石を用いていたが、今回はそうはいかない。


 僕は槍の柄から穂先の根元にはめ込まれた魔法石まで溝を、魔法石付近では太く豪快に、逆に彼女の握る部位に近づくにつれ徐々に細く、精緻に彫る。

 こうすることで、魔法石から彼女の体内に流入する魔力の質を高め、逆に彼女の体内から魔法石に注がれる魔力は薄め、代わりに量を増やす。

 魔法石から穂先全体へは、彼女の魔力の質の高さを生かすため、全体的にやや細く、精緻に彫る。

 盾に用いている魔法石は槍のものより優秀だが、縁取りや金属の裏の皮まで魔力が浸透するよう、全体的に深めに彫った。

 

 長くても2時間以内で終える予定だった彫りだがつい熱が入り、すべての作業を終えるころ、空はすっかり夕焼けに染まっていた。


「すいません、長く引き止めてしまって」


 そう謝罪して盾と槍を渡す。


「ううん、むしろ丁寧な仕事をしてくれてありがとう」

 

 彼女はやはり笑顔を崩さずそう言って、しかし盾と槍を受け取って直ぐ表情を変化させる。


「――これ、すごい」


 彼女は受け取った盾と槍を早速構える。


「あの刀の時も体がつながるように感じたけど、今回はそれ以上。力が握った所から出ていって、また戻ってきて、循環してる。まるで私の体の一部みたい。彫りを施す前でも十分すごいと思ったけど、こんなに変わるものなのね」

 

 彼女はそう終始感心した様子で、槍と盾を見つめる。

 

「気に入ってもらえたようでよかった」


 僕が言うと、彼女は大きく頷く。


「ありがとう。前回も、今回も。これ、御代です」

 

 そう言って、彼女は前回よりはるかに重そうな袋を差し出す。


「いえ、あの……そんなに受け取れません」


 そう両手をパーにしてジェスチャーするが、


「いいえ、受け取って」


 彼女はそんな僕の手をまた掴んで逃げられないようにし、手のひらの上に袋を乗せる。

 

「その代わり、また来月もここにお店を出してくれますか? 今度は鎧がほしいの。それと刀なのだけれど……片手剣に仕立て直していただくことって、できますか?」


 そう彼女はまた、心配そうな表情で僕の反応を伺う。


「片手剣に仕立て直すことは可能ですけど、鎧は……一か月じゃちょっと難しいです。鎖帷子(くさりかたびら)ならなんとか……」


 そう答えると、彼女はまた表情を笑顔に変化させて、


「ほんと? ありがとう! それじゃあまた来月、この場所で!」


 そう踵を返そうとする。


「まっ、待って、寸法測らないと」


 僕が慌てて呼び止めると、彼女は足を止め、それもそうよねとおどけて見せる。

 その後、衣服の上から大まかな採寸を行うと、彼女は今度こそ、前回と同じように小さくスキップしながら雑踏へと姿を消す。


――夢じゃなかった。


 むしろ長い夢が続いているのではと今でも思うけど、逆に、こんな夢なら一生覚めなくても構わないとさえ思う。

 だが例え現実なのだとしても、これが薄氷の上に成り立っている関係なのは分っている。

 彼女が戦士であるなら、いつ戦場で命を落としてもおかしくない。 

 そうでなくても、高貴な身分なのであろう彼女と僕の関係を見咎(みとが)められれば、きっと彼女の関係者は許しはしないだろう。

 そうしてひとりでに暗闇へと向かう思考を、僕は慌てて首を横に振り、振り払う。

 

――忘れよう、せめて夢の中にいるうちは。

 

 そう思って、何かいいことを考えようとしたとき、思い出すのは採寸した時の彼女の体型。

 体の凹凸は主張しすぎない程度に、だが確かに女性らしい魅力をかもし出していた。


――何を考えているんだ僕は? 煩悩退散!

 

 そう再び自分で自分の頬をつねる。

 だが次の一瞬にはまた、彼女のために今度の武器にはどんな工夫を凝らそうか考えている辺り、僕はもうこの夢の花園から自分で抜け出すことはできないのだと、察し始めるのだった。 

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