第3話 亡骸

 金貨50枚で売れた。

 街で起こった出来事をありのまま親父さんに言うと、


「そうか……そうか!」


 普段感情を全く表に出さない親父さんが、そう強い口調で言う。

 我がことのように喜んでくれている。

 そう感じ改めてうれしくなる。

 だがいつまでも喜んでばかりはいられない。

 いまだに信じられないことだが、僕の記憶が正しければ、彼女は片手用の盾と槍がほしいと言っていた。

 来月までにその二つを用意したい。

 親父さんに言うと、親父さんは深く頷き、また協力してくれることになった。


 また魔法石の調達に向かう。

 今度は盾用と槍用の二つ。

 盾用は比較的大きいもの、槍用は小さく、質の良いものを探す。

 だが欲しいものがそう簡単に見つかるものではない。

 丸三日探して、盾用に中くらいで質の良いもの、槍用に小さくてそこそこの質のものを見つけ出した。


 盾は金属ばかり用いると重くなり、費用もかさむ。

 彼女の体格も考慮し、表面と縁取りを金属とし、裏に草食竜の皮を重ねることにする。

 その時になって盾のサイズと形状の希望を聞いておかなかったことを後悔する。

 徒歩で用いるなら円形だが、騎馬なら縦に長いものが適するからだ。

 悩んだ末、僕はどちらにも使えるよう、やや縦に長い楕円形を採用することにした。


 槍の柄は一本の木材とするか、複合材とするかで悩む。

 だが幸い、比較的良い樫が手に入ったので、これの表面を黒い漆で塗装し、補強を施すのみとした。

 穂先は枝を付けないシンプルな形状とし、前回の刀同様、短く、幅広、肉厚の重厚なものとし、やはり刃は付けない。

  

 材料が揃い、金属パーツを鍛えた後は、残り1、2時間分の工程を残して部品を組み上げる。

 実際に武器を鍛えているところを見てみたいという彼女の意向に沿うためだ。

 もちろん彼女が冗談を言っていた可能性もある。

 あるいは店に現れもしないかもしれない。

 だがそんな小さくない不安を心の隅へおいやり、他のことをほとんど考えることができなくなってしまうほど、僕の心の中に占める彼女の存在は、大きく大きく膨らんでいた。


 今度の武器の出来も悪くない。

 特に盾は自信作だ。

 槍も柄と金属部分の出来は前回の刀より良い。

 欲を言うなら槍に用いている魔法石の質がもう少し良ければといったところだが、それは贅沢というものだ。

 

――彼女は喜んでくれるだろうか?

 

「……バーム、お前最近、ボーっとしとることが多いぞ、シャキッとせんか!」


 親父さんに言われて初めて気づく。

 確かに最近、僕は何かにつけて彼女のことを思い浮かべている。

 もちろん、仕事に手抜かりはない。

 むしろ以前より身が入っているとおもう。

 だが逆に仕事をしている時以外は、彼女の事ばかり思い浮かんで、集中できていないのは確かだ。

 

――これはもっと仕事に集中しろ、ということだな。


 そう思う事にし、とにかく良い武器を作ることを考える。

 

――どんな形状やサイズ、色やデザインが彼女に合っているだろうか?

――彼女の力を生かすには、彼女を守るためには、どんな工夫が必要だろうか?

 

 結局仕事の事すら彼女に染まり、僕の生活が彼女を中心に回り出すのに、そう時間はかからなかった。

 

 


 そうして待ちに待った定期市の日がやってくる。

 僕は前回同様、親父さんの鍛えた武器も持って、定期市に店を開く。

 今度の僕が鍛えた盾と槍は、店頭にはならべない。

 そもそもまだ組み立てていないため並べられないというのもある。

 だがそれ以上に、彼女が来るまでに他の人に買われてしまうのを避けたかったからだ。

 

 街は前回と比べ、出店している店の数も、人通りも大きく増えていた。

 店には客が来ないので、暇をした僕は通りの人々の会話に耳をそばだてる。

 すると僕と同じように、前回より人通りが大きく増えたことを不思議がっている人が、そのことを尋ねる会話が聞こえてくる。

 

 この一か月で、この周辺の人間の軍は闇の帝国の軍に大勝した。

 この大勝の立役者が、冥府の神ファルデウスの娘で、現在この城に派遣されている勇者、エイルミナ・フェンテシーナである。

 そしてこの城に凱旋がいせんした彼女の活躍と今回の大勝を祝う式典が開かれたのがつい数日前の事。

 

――このエイルミナ様っていうのが本当にお美しい方でな。しかも戦場では敵の魔物を一人も殺さず、捕まえて捕虜にして、戦いの後には食料と引き換えに命を助けて返してやるってんだから慈悲深いお方よ。それで皆一目見ようと押しかけてな。で、これは商いのチャンスと商人たちも一緒になって押し寄せてお祭り騒ぎ。さすがに数日たって少しは落ち着いたが、今でも、もしかしたらエイルミナ様に会えるのではと期待している連中や、そういう連中にエイルミナ様関連の商品を売りつけたい商人で街はごった返し、というわけさ。

 

 人々のそんな会話に、僕は通りを歩く人に男が多いこと、そのエイルミナ様関連と思われる商品が並べられた店が多いことに今頃になって気づき、納得する。

 だが人通りが増えても、僕の店を訪れるお客は結局いないので、関係がない。

 

――それより彼女はいつ来てくれるだろうか。来てくれなかったらどうしよう。

 

 開店して数時間、まだ昼にもなっていないというのに、僕の心は早くも、大きく膨らんだ期待と不安に押しつぶされそうになっていた。






「武器屋さん。武器屋さん!」


 かけられた言葉に、


「――わぁっ!」


 僕はまたびっくりして後ずさる。

 彼女のことを考えるあまり、またボーっとして気づくことができなかったらしい。

 僕は心の内から体がみるみる熱くなり、急速に鼓動が早まるのを感じながら、しっかりせねばと彼女を見る。

 だがそこで気づく。

 前回同様濃い緑色のローブを身に着け、晴れているというのにフードを目深まぶかにかぶった彼女が、蒼白な表情を浮かべていることに。


「ごめんなさい、武器屋さん……これ、直してもらうこと、できませんか?」


 震える声で、彼女は一振の刀を大事そうに両手で持ち、僕に差し出す。

 前回僕が鍛え、彼女が買った刀だ。

 僕はそれを受け取るが、受け取る前にもう気づいていた。

 あちこち大きくへこみ、全体的にゆがんだ刀身。

 芯までひびの入り、色も魔力も失った魔法石。

 もはや折れなかったことが不思議なくらいだった。

 僕が人生で初めて自分で一から鍛えたその武器は、その持てる力を出し尽くし、そうして静かに立往生を遂げていた。


「……武器屋さん?」


 心配そうに呟く彼女の言葉も、この時ばかりは耳に入ってこなかった。


「よくがんばったね――ご苦労様」


 僕は刀にそう言って、そのゆがんだ傷だらけの刀身を撫でる。

 僕にはボロボロのそれが、しかし何にも負けない程美しく、尊く映った。

 それから僕は彼女に視線を戻す。


「この刀、引き取らせて頂いてもよろしいですか?」


 そう告げると、彼女はその表情を真っ白にする。

 だが僕は安心させるように、


「大丈夫。おろがねと言いう手法があって、鉄は再利用できますし、魔法石も粉末にすれば武器の材料になります。この刀は生まれ変わって甦るのです」


 そうできるだけ優しい口調で言う。

 それを聞いた彼女は、しばらくはそこで固まったままだったが、やがて目じりを抑え、


「そう……良かった」


 心底安心した表情で、頬に一筋の滴を伝わせる。

 

――僕の鍛えた武器のために涙を流してくれる。武器職人として、これほど冥利に尽きることはない。彼女に買ってもらってよかった。


 僕は心の奥底からそう思い、そしてそんな彼女のために力を出し尽くしてくれた刀の事を、誇りに思う。

 

「お客様も、お怪我はありませんでしたか?」


 言ってから、本当は刀より先に心配すべきだったのだろうと思う。

 だが彼女は気にしないどころか、首を横に振って、


「私は大丈夫。この刀があったから。この刀のおかげ。本当に感謝してる。そしてそんな武器を鍛えてくれた武器屋さんの事も……ごめんなさい、せっかくこんなにいい武器を鍛えてくれたのに」


 そう武器の事ばかり口にする。

 そんな彼女の腕に赤く染まった包帯が巻かれていることに、僕はとっくに気づいていた。

 あの刀があんなになる程の戦場に、彼女は身を投じている。

 彼女が傷つかなくても済むような武器と防具を造りたい。

 僕は以前にもましてそう、強く、強く、思った。

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