第2話 ある城のとある一室にて

 そこはある城のとある一室。


「エイミー、いる? 入るよ!」


 そんな言葉と共に、燃える様な赤く長い髪が特徴的な鎧姿の少女がノックもなく部屋の扉を開け、その敷居をまたぐ。

 対する部屋の主のエイミーと呼ばれた少女は、侵入者に視線を向けることすらせず、ただ机に向かい、紙に羽ペンを走らせ続ける。

 

「もう、あなたが無口なのは今に始まったことじゃないことくらい知ってるけど、戦友が訪ねてきたらあいさつくらいしなさいよ」


 そう口にはするが、初めから返答など期待していない少女は、直ぐに視線と興味をエイミーから他へと移す。

 そうして部屋の隅に置かれたある物を見つける。


「ちょっとエイミー、また武器壊したの!?」


 少女は呆れた様子で言いながら、部屋の隅に置かれた、刀身の真っ二つに折れたグラディウスへと歩み寄る。

 

「全く……この剣、城下で買ったら金貨50枚はするのよ。どうしてあなたは装備する武器も防具も次から次へと破壊していくかな。そんなだから武器職人たちからソードブレイカーなんて呼ばれ――」


 そこまで言って、少女はエイミーの向っている机の隣に、一振の刀が立てかけられているのを見つける。

 

「その刀どうしたの?」


 そう言って少女が刀に歩み寄ると、エイミーは初めてその視線を少女に向ける。

 

「……城下で買った」


 エイミーから答えが返ってきたことに、少女は少し驚く。

 そのくらい普段のエイミーは言葉を発しない。

 本当はエイミー程の立場の者が勝手に城下に出ること自体問題なのだが、少女の興味はそんな些末さまつな事よりも刀の方に移っていた。

 より正確に言うなら、普段与えられた高級な武器防具を、愛着の欠片もなく使い捨ての消耗品として扱うエイミーが、わざわざ城下で武器を買ってきたという事実に興味が湧いたのだ。


「その刀見せて」


 少女が言うと、エイミーは筆を止め、その刀を両手で大事そうに持ち、少女に手渡す。

 普段物を雑にしか扱わないエイミーのその所作に、少女はまた驚きながらその刀を受け取る。

 それは飾り気の一切ない、武骨な刀。

 エイミーが武器に限らず、外見にほとんど気配りをしない性格なのは知っているが、これは本当に、戦うためだけの武器、といった印象だ。

 エイミー程の立場となると外見にも気を使ってもらわないと困るのだが、幸い元の見目が美しく、必要な時は都度侍女が外見を整えるので問題は発生していない。

 この刀に関しても、程なく彼女の立場にふさわしい装飾が施されることになるだろう。

 そう考えながら、少女はさやから刀身を抜き放ち、すぐに気付く。


「ちょっとこの刀、刃が付いてないじゃない!」


 そう驚いてエイミーに言う。 

 だが当のエイミーは最初から知っていたらしく、


「そうよ、武器破壊用だって」


 そう軽い調子で答える。


――騙されたのではないか


 脳裏をよぎる考えに、少女はその刀を、舐めるように目利きする。

 だがその刀は刃が付いていないことを除けば、確かに素晴らしい出来のようだった。

 とはいえまだ可能性は捨てきれない。

 無垢むくな彼女を騙すような輩は、決して許してはならないのだ。


「いくらしたの?」


 問いかけると、エイミーは少女の方を見、笑顔で答える。


「武器屋さんは金貨15枚って言ってたけど、50枚で買ってきたの」


――言っている意味が分からない。

 

 少女は少し思案した上、


「――まさか、金貨15枚で売られていた商品を、金貨50枚で買ったっていうんじゃ?」


――さすがにそれはないか。 


 少女がそう思うのと同時、


「そうよ」


 エイミーはまた笑顔で答える。


「――エイミー、あなたお金がどれくらい大切なものか分ってる?」


 職人の月収が大体金貨18枚、騎士で72枚だ。

 エイミーの実戦での働きぶりもその恩賞も騎士一人の比ではないが、それでもこの子にはもう少し金銭感覚というものが必要だ。

 そう少女が頭を抱えていると、エイミーは続けて言う。


「いい刀でしょ。そのグラディウス、この刀で折ったのよ」


――今なんて言った?


 あまりに信じられない言葉が続きすぎて、少女は一瞬、思考が追い付かなくなる。

 だがそんな少女を置きざりにして、普段ほとんど言葉を発しないエイミーが、この時ばかりは自分から積極的に言葉を発して状況を説明してくれる。

 城を抜け出して城下を散歩していた際、定期市でたまたま見つけたこと。

 刀はその武器屋が鍛えたものであること。

 店の前で実際に試し、グラディウスをへし折った事。


「じゃあエイミー、あなた店の前でグラディウスをへし折ったの? それも購入前の商品で?」


 驚き呆れながら確認すると、エイミーはまた笑顔で頷く。

 

――この子には常識も学ばせる必要がある。

 

 そう思うのと同時、この刀にも興味が湧いてくる。

 へし折られたグラディウスは、武器を直ぐ壊してしまうエイミーのために用意された、一流武器職人の鍛えた頑丈なもの。

 だがこの刀には、傷らしい傷ひとつ見受けられない。

 エイミーの化け物じみた剣の腕前を考慮しても、武器の性能が伴わない限り、こんなことは不可能だ。 それだけの武器がこの城下で売られていた。

 その武器屋が嘘をついていたのか。

 それとも本当に、名の知られていない神がかり的技を持った武器職人なのか。

 湧き上がる疑問を解消するため、その武器屋の事をさらに聞こうと口を開きかけたまさにその時、城内に鐘の音が鳴り響く。

 緊急招集の合図だ。

 

「また戦……か」


 うんざりした様子で少女がつぶやく。

 対するエイミーは表情を真剣なものへと変化させると、手慣れた様子で軽量な板金鎧を身に着け始める。

 金貨500枚はする代物だが、またエイミーは使い物にならなくしてしまうことだろう。

 そう考えながら少女はエイミーの身支度を手伝う。

 そうして鎧を身に着けたエイミーは、刃の無いその刀を迷いなく腰に固定する。


「ちょっとエイミー、まさか、刃の無い刀で実戦に出るつもり!?」


 驚いて尋ねるが、エイミーは揺るがない。


「この刀なら、刃の無いこの刀だから、戦える」


 エイミーの返答に、少女の脳裏をよぎる、戦場での彼女の姿。

 体格や筋力に勝る魔物や魔族を相手に一歩も引かず、阿修羅のごとく暴れ狂い、打倒す。

 そのあまりに激しい戦いぶりに、身に着けた装備は耐え切れず、戦いの度ことごとく壊れてしまう。

 そうして戦闘が終わり、壊れ、ボロボロになった装備を身に着けた彼女を、味方の将兵は称賛し、喝采を送る。

 だがどれほど活躍を称えられても、戦闘の後エイミーが浮かべる表情は、いつだってむなしく、悲しげなもの。

 そして呟くのだ。


――せめて殺さず、誰かの命を奪わずに済むのなら……


 人々は知らない、戦場に咲き誇る一輪の花の流す涙を。

 だがそんな優しさが通るほど、戦場は甘くない。

 そしてそんな彼女の優しさに気付かないふりをして、踏みにじってでも戦場に駆り出し続けなければならないだけの武勇を、彼女は持ってしまっている。

 少女自身、エイミーがいなければ何度、戦場で命を落としていたか分らない。

 だから知っていて、気づかないふりをしてきた。

 

――私には、彼女の友を名乗る資格などない。


 改めてそう思い、歯を一文字に食いしばる。

 ソードブレイカー。

 戦場に出るたび、装備をことごとく破壊してしまうエイミーを、武器職人たちが揶揄やゆし、付けた名。

 

――ふざけるな。


 もはや武器職人たちは、彼女の戦いぶりに耐えられるだけの武器防具を作るのを諦めている。

 ある時など、耐久性の欠片もない、使い捨て前提で性能を発揮する武器を用意してきたことすらあった。

 エイミーは装備に文句を言わない。

 先ず槍で戦い、ボロボロになれば敵に投げ、腰の剣を抜き放つ。

 剣が折れればナイフ。

 それも失えば盾で殴り、素手で組み伏せ、敵の武器を奪う。

 それができるだけの実力を、彼女は持ってしまっている。

 だから実力にふさわしい武器を今まで得られなかったにもかかわらず、前線ではかなり名の知られた存在となっている。

 せめて一つの戦闘の間だけでも、エイミーの戦いに付いていき、耐えることができる武器防具を鍛えることができていたなら。 

 エイミーの名は今頃、天下に並ぶ者なき無双の勇者として轟いていたことだろう。


――もしこの刀に、彼女の優しさと甘さを戦場で通すだけの性能があるのなら。彼女の阿修羅のごとき戦いぶりに耐え抜き、敵の命を奪わず、制圧することができたなら。


 無責任な淡い期待であることは分っていた。

 だがそれでも、無力な自分と、どうしようもない現実に対するせめてもの抵抗として、少女はエイミーが城を抜け出してその刀を買ってきたことも、戦場にその刀を持ち込もうとしていることも、彼女の周辺の人々に秘密にしておくことにした。

 

――そしてもしこの戦で、この刀が彼女にふさわしい武器であることが証明されたなら――

 

 一瞬そう考えて、しかしそれを考えるのはまだ早いと首を横に振ると、少女は身支度を終えたエイミーと共に部屋を出、将兵が集まる召集場所に向かう。

 

 城から数千の兵が戦場に向け出陣したのはその数時間後の事。

 

 そしてエイミーことエイルミナ・フェンテシーナの名が天下に並ぶ者なき無双の勇者として世界に知れ渡るのは、この後わずか2週間の事だった。

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