第1話 出会い
僕の名前はバーム。
異世界人の父と、オークの母との間に生まれた、ハーフオーク、とでも言うべき存在だ。
オークと人間の関係ははっきり言ってあまりよくないけど、両親は恋愛結婚だったらしく、仲はとてもよかった。
僕みたいなハーフは人間からは受け入れられないし、オークからも仲間外れにされがちだけど、その分両親が大切に育ててくれたから、あまりさみしくはなかった。
でもそんな両親は、10年前の戦争で死んでしまった。
僕は両親の知り合いの人間の武器職人の親父さんに預けられていたから、戦火を逃れることができた。
魔法道具職人だった母と、武器職人だった父の技術と異世界の知識を受け継いでいた僕は、それを組み合わせた設計や実際の鍛冶の作業で親父さんのお手伝いをした。
親父さんは
そんなある日、僕は突然、自分で一から武器を鍛えたいという思いに駆られて、親父さんにわがままを言った。
親父さんは材料、
両親の残してくれた財産と、親父さんのお手伝いでもらうおこずかいをためていた僕は、さっそく材料調達に向かった。
先ず魔法石以外の材料を人間の街に買いに行く。
ハーフの僕を見る人間の視線は冷たいけど我慢する。
一番重要な鋼は、不純物の少ないものが好ましい。
残念ながら優秀なミスリルは高く、買えない。
だが一番重要なのは、硬く割れやすい銑鉄と、粘りのあり割れにくい錬鉄の二種類をそろえることだ。
最終的に僕は中の上程度の質で、値段の比較的安いものを
他の材料も同様だが、余計な飾りにお金はかけない、あくまで性能を高める素材にお金をかけた。
次に武器の心臓となる魔法石。
これは購入するととんでもない額になってしまう。
――魔法石の鉱山を源流にする川の下流の河原でわずかに拾うことができる。
母の教えに従い河原で丸一日探していると、日が落ちる直前、小さいけど悪くない質の魔法石の原石を見つけることができた。
材料がそろえば早速製作……とはいかない。
下準備にかける時間と手間を惜しめば、武器は
一般に最重要とされるのは、魔法石と鉱石を
半年ほど寝かせる手もあるが、いたずらに時間をかける余裕はないし、非効率に過ぎる。
僕は魔法石の原石を研磨した時に出た粉末を入れた水に材料をつけ、弱火で長時間加熱した。
次に行うのは、硬く割れやすい銑鉄と、粘りのあり割れにくい錬鉄の二種類を混合させ、新たな鋼を作る作業だ。
これは父から教わった秘伝の手法だ。
こうしてできた鋼を
それが終わればようやく鋼を打ち延ばす作業だ。
これは一人ではできないので親父さんに手伝ってもらう。
硬い鋼で軟らかい鋼を包み込む製法もあるらしいが、僕はそれをしない。
折り返しは少なくし、ただ
刀身は刃渡り60センチ、幅広、肉厚、小さい反りのある、とにかく頑丈な、実戦用の刀だ。
魔法石を組み込み、金属の刀身と結合させるのは母から教えられた技術だ。
温度差による
軽量化と魔力の循環のため、はめ込んだ魔法石から血管が刀全体に伸びるのをイメージして溝を彫る。
手元を守る
柄も一切飾り気なし、手に馴染む形状を工夫し、刀身と柄を固定する目釘は最高の材料を用いる。
出来上がった刀は、我ながら見事な出来だった。
早速親父さんに見てもらう。
親父さんはあくまで職人として、僕の鍛えた刀を舐めるように見、目利きする。
「――刃がついてないな」
親父さんが呟く。
そう、僕は鍛えた刀に刃を付けなかった。
「誰かを積極的に傷つける武器は鍛えたくなかったんだ。だからそれは武器破壊用。それ用のまじないも施してあるんだ」
甘いこと言っているのは分っている。
だがどうしても、戦争で死んだ両親の事が脳裏から離れなかった。
親父さんもそれを察してか、そのことに関してそれ以上は追及しない。
「――特殊な刀だから何とも言えんが……街で人間が鍛えたものとして売れば、金貨3、40枚は下るまい」
親父さんが呟く。
街で売られている同じサイズの人間の鍛えた刀は、おおよそ金貨10枚が相場だ。
親父さんの言葉に僕は飛び上がりたくなるほどうれしくなる。
だが親父さんは表情を険しくして付け加える。
「だが……ハーフのお前が鍛えたものとしてでは、金貨10枚でも売れるかどうか……」
それは事実だった。
人間のハーフに対する扱いはそれほど冷たい。
だが僕はどうしても自分が鍛えた刀を街で売りたかった。
それだけ出来に自信があった。
親父さんは最初は渋ったけど、やがて、
「まあ社会勉強だ、行って来い。命だけは置き忘れるなよ」
そう言って送り出してくれた。
人間の街では定期市というのが開かれる。
僕は場所代を払ってそこに店を出す。
僕の刀一振だけ売るわけにはいかないので、親父さんの鍛えた武器も売る。
全く売れなかった。
僕の刀はもちろん、親父さんのも。
それだけならまだいい。
――この武器をどこで手に入れた? 盗んだか、奪ったか。
――間違ってもハーフにこんな武器作れるはずがない。
――この汚らわしいハーフオークめ、恥を知れ。
沢山の人が僕も商品も馬鹿にした。
中には斬りかかってきそうな人までいた。
ハーフに対する偏見や差別はもちろん、オークに恨みを持つ人が多いのも理解している。
だから我慢した。
でもそれに従い、僕の心は曇り、やがて真っ暗となった。
「――ねぇ、武器屋さん。ねぇ」
どうやら心地よい日差しにまどろんで、僕は眠りの世界に逃げ込んでいたらしい。
誰かの暖かく快い声と袖を引く感触で、僕は目を覚ます。
「……わぁっ!?」
いきなり視界一杯に映しだされた、その眩しすぎる容貌に、僕は驚いて後ずさる。
人形のようにきれいに整った、幼げな顔立ち。
後ろで一つに束ねていると思われる、美しい亜麻色の髪。
茶色の瞳に、黄色を主としながらもやや色白の肌。
身長は女性としてはやや高く、僕より頭半分ほど低い165センチ。
年齢は僕よりいくつか若い20歳前後といったところ。
美少女という言葉が最もふさわしい女性が、そこにいた。
濃い緑色のローブを身に着け、晴れているというのにフードを
「その刀、見せていただいてもいいですか?」
そう言って僕の鍛えた刀に指をさす。
僕はその言葉が信じられなくて、目蓋を何度か瞬きした後、どうやら間違いではないらしいと理解し、刀を手渡す。
少女は決して軽くないその刀を片手で握り、掲げる。
その腕はその容貌に反し、とても引き締まった、筋肉質なものだった。
そして少女は刀を軽々と、手慣れた様子で数度振るう。
振るうたび、風を切る心地よい音がする。
剣筋の乱れていない、優れた腕を持つことの証しだ。
「どうして刃がついてないの?」
少女の言葉に、僕は親父さんに言ったのと同じ内容の答えを返す。
「――そう……少し試してみてもいい?」
少女の言葉に、僕はつい頷いてしまう。
でも僕は頷いてから、どう試すのだろうと疑問に思う。
すると少女はローブの内に手を入れ、一振のグラディウス(幅広、肉厚、両刃の片手剣)を抜き放つと、それを左手に握り、地面に対し水平に伸ばす。
どうするのだろう?
疑問に思った次の一瞬、彼女は右手に握った僕の刀を振り上げ、一気に振り下ろす。
時間が止まったかのような一瞬があった。
心地よい金属音が耳を撫でる中、両断されたグラディウスの刀身が、陽光を反射しながら宙を舞う。
次の一瞬、息をすることもできないでいる僕の目の前の地面に、折れたグラディウスの刀身が突き刺さった。
なんて危ないことをするんだ。
そう思ったけれど、あまりに予想外の出来事にあっけにとられてしまい、言葉を発する事ができなかった。
「――これなら、戦える」
折れたグラディウスと、傷一つない僕の刀を見、彼女は呟く。
「これ、おいくらですか?」
何もできず、ただ呆然としていた僕に、彼女が問いかける。
僕は目の前で起きている出来事に思考が追い付かず、一瞬まごついてしまったけど、やがてなんとか思考を回復し、
「……えっと……金貨、15枚……です」
そう答える。
人の偏見を考慮し、かなり値を下げて設定していた。
それでも売れなかったのだが。
「――これが……金貨15枚……!?」
今度は彼女が目を丸くした。
「その……僕が初めて鍛えたものだから、もちろん不良が無いよう細心の注意を払っていますけど、その分を差し引いて」
答えるけど、彼女は表情をしばらく変えなかった。
「これ……あなたが鍛えたの?」
その問いかけは、それまでの最初から丸っきり信じていなかった人々のものとは異なる、確認のものだった。
「……はい、頑張って鍛えました」
答えると、少女は、
「――そうなんだ」
そう、微笑を浮かべて呟く。
そして僕の前にもう一度かがむと、
「どうやって作るのかとか、聞かせてもらってもいいですか?」
そう、今度こそ満面の笑みを浮かべ問いかけてくる。
僕はその一瞬、目の前で起こっている出来事が信じられなかったけど、もう信じられない出来事がずっと続いていたので、逆に現実を受け入れることができた。
そして途端にうれしくなって、製作段階の話を始める。
やれ魔法石を見つけるのに苦労したとか。
やれ鋼はどう鍛えるとか。
本当の秘伝は言えないけれど、かなり重要な秘密の知識を、ぺらぺらしゃべってしまった。
後になって、女の子にそんな話をして、つまらない思いをさせなかったかなとか思ったけど、その時は舞い上がってしまっていて、何も気づかなかった。
調子に乗ってかなりの時間、一方的に話をしてしまったけど、彼女はその間ずっとニコニコして、僕の話を興味深げに聞いてくれた。
やがて話したいことを大体話しつくしてしまった頃になって、僕は長時間一方的に話をしてしまったことに気づき、後悔する。
「すいません、一方的に話してしまって」
僕はそう謝るけど、彼女は笑顔を崩さないまま、
「いいの、聞いていて楽しかったから」
そう、日の光を思わせる、明るく暖かな声で言う。
「武器屋さん、この刀、頂いてもいいですか?」
そうして彼女はその表情を崩さないまま問いかけてくる。
僕はその一瞬、その言葉の意味を理解できなくて、しばらくその場でまた固まってしまう。
信じられなかった。
けれど、そんな僕の様子を見ても、笑顔を崩さない彼女の姿に、僕は心が天まで舞い上がってしまうのを自覚しながら、慌てて口を開く。
「……え、えっと、その、かっ、買って頂けるんですか!?」
あんまり慌てて、しどろもどろになってしまった僕に、彼女は一瞬、きょとんとした表情を浮かべ、それから直ぐ表情を元の笑顔に戻すと。
「もちろん」
そう屈託なく頷く。
そしてフードの内から重そうな袋を取出し、僕に差し出す。
僕はその袋を恐る々る受け取って、中に50枚もの金貨が入っているのを確認する。
あまりに驚愕の出来事が続きすぎて、僕の思考は焼き切れる寸前だったけれど、自分で自分の頬をつねり、これは現実なのだと思考を立て直すと、中から金貨15枚を取ろうとする。
けれど、彼女はそんな僕の所作を見て、
「お釣りはいらないです」
軽い口調で、そんな事を口にする。
信じられない言葉に、僕は思わず彼女を二度見する。
すると彼女はほんの少しだけ心配そうな、様子を伺うような表情を作り、
「その代わり、来月もまたここにお店を出してくれますか? できたら次は片手用の盾と槍がほしいのだけれど……それに今度は、あなたが実際に武器を鍛えているところ、見てみたいなぁ」
そう上目使いで言う。
その仕草はわざとらしさや下心の一切ない、本当に自然で
「……はい」
心が真っ白になる中、口が自然とそんな言葉を
すると彼女は、
「ほんと!? ありがとう! それじゃあまた来月、この場所で。絶対来てね、約束よ、武器屋さん!」
そう告げて
それは春の日に吹き抜ける一陣の風のようでも、舞い散る桜のひとひらの花弁のようでもあった。
あるいは僕はまだ夢の中にいるのかもしれない。
そう考えて視線を落とせば、僕の手の中には確かに50枚もの金貨の入った袋があり、その重みだけが、僕と現実の世界をつないでいた。
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