勇者様御用達! ~設計・製作チートで無双することになりました~

@akababgreen

第一章 勇者様御用達!

プロローグ

「放て!」


 城壁から放たれる号令。

 次の一瞬、世界を包み込む無数の銃声と小さな衝撃の渦。

 直後、悲鳴と絶叫が戦場を覆い、攻城側の軍勢の先頭を固めていた数十の兵が瞬く間に打倒され、バタバタと地面に崩れ落ちる。


「てっ、鉄砲だ!」


 誰かの叫ぶ声に、攻城側の軍勢の間に走る動揺。


「ば、ばかな、奴らが鉄砲など持っているはずがないだろう!?」


 将校の一人が叫ぶが、それを否定するかのように、城壁からはさらなる銃声が響き渡る。

 城壁に向かう攻城側の軍勢は弓を防ぐ木製の盾は持っていても、鉄砲を防げるような装備は何一つ持っていない。

 城壁からは続けて矢が放たれ、さらに接近すれば今度は大小無数の石が投擲され、攻城側の軍勢に頭上から雨のように降り注ぎ、襲い掛かる。

 さらに不自然なまでに折れ曲がり多角形を成した城壁からは、複数方向から飛び道具による攻撃がなされる。

 一方からなら盾で防ぎようもある。

 だが鉄砲による水平方向、弓と投石の放物線の軌跡を描く上方向、さらに屈折した城壁からの横方向と、複数方向から攻撃が一斉にかけられては、防ぎようがない。


 もちろん攻城側の軍勢もまた鉄砲、弓により反撃をしかける。

 だが城側は土塁の上の高所から、城壁越しに有利な射撃を繰り返す。

 さらに攻城側の軍勢があまり用いない投石という攻撃手段が、意外にも大きな脅威となる。

 大小の石は肌の露出した部位なら勿論、甲冑や兜といった防具で覆われた部位にぶつかった場合でも、衝撃は防具の内まで浸透し、深いダメージを与えるのだ。


「火矢だ、火矢を用い火攻めにせよ!」


 次なる将校の指示に、攻城側の軍勢は城壁に対し火矢を放つ。

 だが城壁の表面には藁を混ぜた泥が塗られており、火矢は城壁に次々と突き刺さるものの、泥の表面を焦がすのみで、多くの矢は燃え広がる前に燃え尽きてしまう。

 さらに城側は水を張った桶を大量に準備しており、城壁にはすぐさま水がかけられ、火は瞬く間に消し止められる。


「くそっ、魔道士隊、前へ!」


 飛び道具同士の攻防は旗色が悪く、火攻めも通用しないと見、今度は攻城側の魔道士隊が前に出る。

 指示の下前進した魔道士達はそれぞれ火球や水弾、稲妻を巻き起こし城壁に攻撃を仕掛けようとする。

 だが攻撃が始まる直前、城兵は城壁から謎の紙片をまき散らす。

 程なく、攻撃を開始する攻城側の魔道士達。

 だがその攻撃は全て、そのまき散らされた紙片に向かい逸れ、本来攻撃すべき敵の城壁には一つも命中しない。


「申し上げます! 敵は謎の紙片をばらまき、魔道士隊の攻撃はすべてそちらに吸い寄せられ、全く命中しません!」


 もたらされる報告に、


「馬鹿者! 誘導に頼るな、目視で狙え!」


 指揮する将校が叱咤する。 

 だが普段から誘導攻撃にばかり頼っている魔道士達に、慣れない目視攻撃など簡単にこなせるものではない。

 そうして行われた目視攻撃は正確性を欠き、多くが土塁もしくは上空に外れ、城壁に命中したものも、城兵が斜めに構えた対魔法用の障壁に阻まれ、多くは防がれてしまう。

 程なく次々と魔力切れを訴える魔道士達。

 

「ええい、遠距離戦ではらちが明かぬ。槍隊前へ、射兵隊はこれを援護せよ!」


 攻城側の将校の指示に、続いて槍を持った兵が盾を構えつつ前へ出る。

 彼らは城兵の攻撃にさらされ損害を出しながらも果敢に前進し、遂に堀にたどり着く。

 だがむしろ本番はここから。

 先ず堀の前から内部、その先の土塁の斜面にかけて、木の先端をとがらせた逆茂木と呼ばれる杭が、剣山のように所せましと植え付けられ、攻城側の侵攻を阻み傷つける。 

 堀は堀底に土塁状の仕切りが互い違いの格子状に掘り残された障子掘で、仕切りの上は三角形にとがらされ幅がなく、歩いて渡るのは困難。

 複数方向からの激しい射撃の中、逆茂木を破壊し、格子を乗り越えるのは至難だ。

 さらに長板を渡す等して堀を突破し、その先の高さ2メートル以上の土塁を上りきっても、そこには城壁と無数の城兵が待ち受ける。

 

 それでも一部の勇敢な兵がかろうじて堀を超え、土塁を上りきる。

 だがその兵たちも、城壁からの槍や落石による攻撃にさらされる。

 城壁を乗り越えようとかけられた梯子も次々と落とされ、突破できる者は一兵も無い。

 ならばと堀に土橋がかけられ、侵攻が容易な城門部分に攻城側の軍勢は殺到する。

 だがその者たちも、細い土橋と狭い城門前に密集したところで、複数方向から城側の集中砲火を受け、たちまち多くが打倒されてしまう。

 

「くそっ、敵はただの平城なんだぞ、なぜ突破できない!?」


 攻城側の軍勢の指揮を執る将軍が、本陣に据えられた椅子から勢いよく立ち上がり、怒りに頬を赤く染め喚く。

 平城とは平野に築かれた城の事で、一般に山城に比べ防御面で劣るとされる。

 力攻めで短時間のうちに突破するはずだった計画が序盤からつまずいた。

 隠しようのないこの事実に、攻城側の将兵の間には早くも焦りが見え始める。

 するとそんな将軍の元に、伝令が駆けこんでくる。


「もっ、申し上げます! 敵軍港に突入した味方艦隊、待ち受けていた敵の攻撃にさらされ混乱中!」


 もたらされる報告に、表情をさらにゆがめる将軍。

 付近にあるもう一つの城の備える軍港に、攻城側の艦隊は陸軍の攻勢に合わせて突入し、上陸作戦を行う手筈となっていた。

 上陸がうまく行き、軍港を備える城を落とす事が出来たなら、さらにその城から打って出てこの城を挟撃することができる。

 それがうまく行かずとも、軍港を制圧することさえできたなら、城側の補給を断つことができる。

 だが軍港も制圧できないとなれば、そのどちらもが失敗したことになる。


「そんな訳があるか! 軍港に残っている敵の軍用艦艇は、せいぜい小型船7、8隻。それも多くは損傷していたはずだ!」


 そう感情をむき出しにして怒鳴りつける将軍。

 その剣幕に伝令は慌てるが、それでも必死に口を開き、


「しっ、しかし、敵は海面に浮かぶ奇怪な爆弾を用い、突入した味方艦隊の先頭数隻を撃破。さらに湾の入り口を包み込むように配置されていた敵艦からは、海中を魚のようにひた走る不可思議な爆弾が放たれ、命中した味方艦船は次々と巨大な爆発と水柱に襲われ大破。味方はなおも三方からの猛攻にさらされ、浸水艦も多く、進むのも退くのもままならない状況とのこと……」 

 

 そう答え、あとはそれ以上将軍の怒りに触れないよう頭を下げ、慌てて去っていく。

 将軍は伝令を怒鳴りつけても仕方がないとは理解しつつ、しかし怒りを向ける矛先も無く、拳を握り震わせ、 


「海軍も頼りにならん、やはり我々のみでなんとかせねば」


 そう歯ぎしりしながら呟く。

 だがその直後、前線からにわかに上がる歓声。

 損害を顧(かえり)みない猛攻の結果、攻城側は遂に城門の突破に成功したのだ。

 

「よしっ、城門さえ破れば後はこちらのもの! 一気に攻め入れ!」


 そんな将軍の采配の下(もと)、攻城側全軍が一気に城門内部に突入する。

  

「――勝った」


 そんな呟きが将軍の口から漏れた次の一瞬、再び無数の銃声が世界を包み込む。

 直後、それまで勢いよく城内に突き進んでいた攻城側の軍勢の動きがにわかに鈍る。

 銃声はさらに続き、それと共に立て続けに城内から、将兵の悲鳴が響き渡る。

 程なく、城内に向かっていた攻城側の軍勢の動きは完全に止まり、しばらく後には逆に、突破したはずの城門から、兵が一人、また一人と逃げ戻り始める。


「何をしている? 勝機はいまだ。なぜ逃げ戻る!?」


 将軍が叫ぶと、前線から新たな伝令が駆けこんでくる。


「もっ、申し上げます。敵の城門は内部が二重構造となっており、内側にもう一つ城門が! さらに城門内部に侵入した部隊は、周囲を囲む城壁三方から集中砲火を受け死傷者続出。すでに味方将兵の一部は戦意を喪失し逃亡を図っています。将軍、急ぎ指示を!」


 必死に叫ぶ伝令の言葉に、それまで怒りに赤く染まっていた将軍の顔色は一変して蒼白となる。

 直後、将軍が慌てて城門付近に視線を戻せば、その視界に映し出されるのは、城門内部になだれ込んだ際の勢いを完全に失い、ある者は傷つき、ある者は戦友に抱えられ、統率を完全に失いながらも、それぞれ必死に城門の外に脱出する兵の姿。

 そうして脱出に成功した兵の多くは、そのまま戦場そのものからの逃走を図る。

 将校達はそんな彼らを敵前逃亡と咎め、味方に刃を向けてでもそれを阻止しようとする。

 だがそれに従う兵はほとんどおらず、中には怒りの矛先を無謀な指揮を繰り返す彼ら将校達に向け、逆に刃を向け襲い掛かる者すら出る。

 

 そうして巻き起こる敗走の混乱と動揺は、戦闘に参加してまだ攻勢を続けていた他の部隊にも広がる。

 程なく前線からは次なる指示、特に後退や撤退の許可を願い出る伝令が次々と押し寄せ、遂には指示を待たずに勝手に撤退を始める部隊さえ出始める。 

 そうした動揺は、やがて後方に控え、戦闘に参加すらしていなかった部隊にまで広がり、金で雇われた雑兵などから一人、また一人と陣や部隊を離れていく。

 一度浮足立った兵を落ち着かせ、部隊を立て直すのは至難の業だ。

 そうして軍全体が崩壊していく光景を実際に目の当たりにし、もはや退却以外に残された選択肢がない事を悟った将軍は、忌々しげに敵の城を睨み、呟く。


「あの城を築いたのは、一体何者なのだ?」


 




「へくしっ」

 

 戦況を一望できる位置にある見張り台の上で、一人の男がくしゃみをしつつ鼻をこする。

 人間とオークの間に生まれた、ハーフオークの男性だ。


「――風邪でも引いた? 体調がすぐれないならすぐにでも休んで。今あなたが無理をして寝込むような事でもあれば、その損失は兵数にして数百、数千人分にも匹敵するんだから」


 そんな様子を見た女性が真顔で言うと、言われたハーフオークの男性は苦笑いを浮かべ、


「いくらなんでも大げさですよ……それと、体調は大丈夫です。多分誰かが噂でもしていたんでしょう。それより、城門の多重構造がうまく機能したのは良かったですけれど、もし敵が塹壕でも掘って正攻法で来たら、危なかったかもしれません」


 そう冷静に答える。

 塹壕というのは戦争で歩兵が砲撃や銃撃から身を守るために使う穴または溝のことだ。

 だがその言葉に女性は首を横に振り、


「大げさなんかじゃないわ。敵は十分な攻城兵器の備えも無く、陣地も攻城のためというより、こちらの奇襲を防ぐための防御を主眼としたもので、明らかに城の防御を甘く見ていた。この勝利はあなたのものよ。さあ、そろそろ追撃をかけないと」


 そう女性が呟き采配を振るうと、城門の裏に控えていた部隊が一斉に城から打って出る。

 敵にわざと逃げる隙を与えた上での容赦ない追撃、味方ながら恐ろしい戦術の手腕に男性は恐怖する。

 

「それより、以前言っていた軍船の件だけど……少し奥ゆかしすぎない?」


 女性が尋ねる。

 奥ゆかしい、というのはその設計の事だ。

 というのも彼の設計した軍船は、武装も、その他の性能も、はっきり言って大したことがなかったのだ。

 しかしそんな女性の言葉に、男性は苦笑いを浮かべつつ、


「そうですね、皆そう思いますよね。そりゃ武装も性能も、もっと追求したいところです。でも人も、物資も、資金も、何もかも足りない現状では、それは贅沢だと思うのです。となれば武装と性能は全体的に抑つつ、あらゆる状況に対応できる汎用的なものにする。輸送船の護衛にも使えるよう、外洋航行能力は高め、構造は簡略化してコスト削減と生産速度の向上に努める。様々な戦況に柔軟に対応できるこの艦を重点的に量産することで、量産効果も期待できる。とにかく頭数をそろえたい今は、それしかないと思うのです」


 そう自分の考えを曲げずに主張する。

 そんな男性の態度に、女性は微笑み、


「あなたは気が弱いように見えて、自分の考えは絶対に曲げない。そしてこの分野にかけては、誰もあなたには敵わない。――わかった。今度の軍船も、あなたの設計そのままでいきましょう」


 そう、信頼を内包した強い口調で答える。

 その言葉に、男性もまた女性の信頼を感じ、その期待に応えねばと大きく頷くのだった。


 


 人々は知らない。

 圧倒的敵兵力を跳ね返したこの平城の築城。

 製作上の問題を短期間で克服し鉄砲の量産化に成功。

 海面に浮かぶ、あるいは海中をひた走る不可思議な爆弾の開発。

 それらが全てあるたった一人の、人間とオークのハーフの武器職人によって成し遂げられたことを。

 

 これは自らは戦う術を持たないハーフオークの武器職人が、両親から受け継いだ知識と技術を生かし、兵器開発、製造、築城、造船、様々な分野で活躍し、やがて並み居る敵を圧倒するようになるまでを描いた無双譚である。

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