第12話 自分

無事に学校初日が終わり、俺は少しのんびりしてから寮に戻っていた。


「ただいま…」


とは言っても誰も…。

違和感が一瞬感じた。

いや、感じたのではなくいつもと明らかに違う点がある。

この寮は勇者の為に作られた寮であり玄関で靴を脱ぐ形式になっている。

そして、そこには明らかに俺の知らない方があったのだ。

それも男物と推測できる。

奥からチラリと覗いた人影があった。


「誰かと思ったらお前か…」


その人影はそう言った…。

その正体は双剣の勇者の詩音 忍だった。


「何でここに…」


「いや、こっちのセリフだよと言いたいが、おそらく相部屋になったんだろ?」


「そういえばこの寮って相部屋になってるんだっけ…」


俺は受験の時の封筒の中に一緒に入っていた同居者申請があったことを思い出す。

まぁ、知らない人と一緒になるよりかはマシか…。


「とりあえず妥協できる寮での生活の最低限のルールを考えるか…」


「なんか一気にめんどくさいな…」


俺の提案に対して詩音はめんどくさそうに顔を歪める。


「仕方ないだろ、それが無いと後々問題になる可能性だってあるわけだし」


「それもそうだな…」


そうして、二人で部屋でのルール、マナーを決めていく。

そうして作っていき一時間…ようやくお互いの妥協できるラインを作ることができた。


「よし、こんなものだな…」


俺はそう言って紙を清書していく。


「なぁ、お前ってどんな時代だったんだ?」


「うん、なんの話だ?」


急に詩音に話を振られて俺は少々困惑する。

清書している手は止めないで話をする為に集中の仕方を少し変える。


「ほら、魔剣や千剣とかの話を聞くとな、大体は同じなんだけど、細かい年代とかが違うんだ。

俺の未来から来てたり、過去から来てたりとな…」


「ふーん、そうか。

どうなんだろうな…俺は詳しい時代までは思い出せないけどVRをやってる人間がちょくちょくいたくらいかな?」


「…っ!

それってフルダイブ型!?」


「えっと、詳しくは思い出せないけど確かそう…」


いきなり興奮して立ち上がった詩音にビビりながらも俺は答える。

記憶は曖昧だが、最近になってどんな場所に自分がいたかは思い出せるようになっていた。

相変わらず他のことは全くと言っていいほど思い出せないけど…。


「てことは、俺より進んでいるのか…」


「そうなのか?

俺自身、あまり分からないのだが…」


「んじゃ、携帯は?」


「それは普通だな…」


俺がそう言うと何故かジト目を向けられる。


「その普通を知りたいんだって。

ちなみに俺はスマホな」


「…っスマホってかの伝説の液晶端末の!」


「えっ?」


「確かスマホって廃止された筈の携帯…。

ARやホログラムが進んだ携帯と比べて劣ってはいたがコアなファンからは絶大な人気を誇っているあの…」


「お、おう…多分そうなんじゃ無いか?」


詩音は若干引きながらも答えてくれる。

俺はそれを知り、少し興奮していたようだ。


「と、とりあえず、お前のいた時代は俺よりも遥かに未来ということでいいんだな?」


「多分、そうなるな…」


自分としては記憶が曖昧なので分からないが、スラスラと出てきた知識からしてみたらそう捉えることができる。


「ふーん、そうか…ならさ、記憶が無いみたいだけど直近で戦争とかあったのか?」


「戦争…っっ!」


詩音の何気ない一言に俺は一瞬、頭を抱える。

何か思い出していけないような、何か思い出さなくてはいけないような…そんな…気がした。


「すまん、思い出せない」


少しして、俺は俯きながらか細い声で呟く。


「あ…いや、こちらこそすまないな。

流石にデリカシーの無い質問だった」


詩音は少し申し訳なさそうに呟くと少し真面目な表情に変わった。


「少しだけ、失礼だが…お前って本当に日本から来たのか?」


「えっ?」


その言葉に俺は悩まされた…。

なぜ、詩音はそういったのか理解できなかった。


「すまん…忘れてくれ…。

時々、お前の目が日本で見ないような怖い目をしてからさ…悪い」


そう言って詩音は自分のベッドで横になる。

そして、少しすると仮眠をしてるのか規則正しい寝息が聞こえた。

まだ、寝るにしては晩飯を食べていない。


しかし、今の俺は彼を起こす気も、同じように仮眠を取る気分ではなかった。


「本当…俺って何者なんだ?」


俺はそう呟いてどこか見つめる。


実は同郷の人間を見た時から思っていた。

自分は本当に同じ世界の人間なのか…そして、眼に映るものが彼等と俺とでは違うような…そんな感覚に囚われた。


自身だけが持っていない元の世界の記憶…。

そこで何があったのか…。


再び先程の詩音の言葉が蘇る。


『お前って本当に日本から来たのか?』


肯定したかった…でも…できなかった。

俺はただ魔王の魂から作られた人間なのでは…。

自身の持つ情報からはそれしか想像ができなくなって来た。


自分に持っていた信用が消えていく…そんな感覚が俺の心を支配していく。


ーそう、あなたは委ねればいいのですー


声が…聞こえて来た…。


あの日のように…あの時のように…夢のように。


ーその不安や絶望…それは間違いではありませんー


その言葉が優しく聞こえてしまう…。


僅かな理性がそれを否定する。


誰だ…俺に話しかけて来てるのは誰だ…。


ー嫌ですね、忘れたのですか?『また』と言ったでしょうー


だから…誰だ?


いや、本当は知っている。

でも、見たくない。

考えたくない。

俺が俺ではなくなる。

そんな感覚を味わいたくない。


そう、何故なら…この亡霊は…


ー誰って、私はあなたの過去を知る者ですよ、魔王様ー


自分というものが信じられなくなる…、この時の俺は否定というものがどれだけ難しい言葉か理解した。


信じたくない…俺は耳塞いでベッドに潜り込んだ。

そして、夢を見た…。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


絶望の中で悲鳴を俺は聞いた。

情景などは思い出せない。


ただ、俺は怖かった。


人が人を殺す。

当たり前であり、それは許容できないことでもある。


自らの手には血が染まっていた。


なぜ、血が俺にこびりついているのか分からない。

それでも、俺は前に歩き続けた。


救い…もし、それがあるのなら、それが欲しい。


俺は全てを憎しみに委ねてしまいそうだ。


自分が自分であり、自分ではない…。


恐怖と絶望と憎しみで俺の中は一杯一杯だった。


だから、変えようと思えた…だから俺は目の前の情景から目を逸らした。


しかし、再び俺は自らを知ろうと手を伸ばした…その時だった。


隣の一人の少年が立っていた。

その少年は俺の手を掴んでゆっくりと首を横に振る。


何なんだよ…離してくれ…俺は知りたいんだ。


しかし、少年は首を振る。


ー今の君では壊れるだけ…、君は君であるべきだ壊したくない、だから、僕が止めるー


誰だよ…お前…勝手なことを言ってるんじゃねえよ…俺は俺だ…俺だけのものだ。

勝手に俺を語るなよ!


ーそうだよ…だから、まだ目を逸らしているべきだ、君が呑まれなくなるその時まで…まだ眠っていてー


それと共に俺は意識が揺らぐ…。


お前…何を…。


ーおやすみ…** ***君、僕だけは君の中で君の味方であり続けるよ…僕が僕で無くなるその日まで…ー


お前は…何者だ…?


少年は綺麗な笑顔で笑っていた。

その裏には深い闇がある…それでも、俺というものを救おうとした本物の笑顔がそこにはあった。


その時、亡霊の声が再び止んだ。


まるで、何かにせき止められたかのように…。

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